第19話―精霊人の集落を後にする―
辺りの土煙が晴れたころ、長老は結界を解いた。さっきまで笑っていた皆も、思い思いに更地になった場所を見て、泣いたり、祈ったりしていた。
さすがの俺も先ほどの件に関しては声を上げない。
「……本当に礼を言う。これで儂らは堂々と、未来を見つめることができる」
「それよりも良かったのか? あれだけデカかったらよ、何かと便利だったのに」
「ほっほ。儂らはもともと木の洞に住んで居る。あんな屋敷はどうも落ち着かんからの。それに……」
そう言って長老は前に出て、
「さあ、皆の衆。今度は我々がムソウ殿を驚かそうではないか!」
長老の号令に頷き、精霊人たちは、屋敷のあった場所を囲うように円になる。ホリーやフィニアたちも一緒だ。
そして、長老は杖を高く掲げた。
「偉大なる精霊女王よ。われらに、命育む力を与えたまえ!」
長老が言うや、精霊人たちの体が輝きだす。あれは魔力か? 大きいな。
どうやら、全員の魔力を一つにしているみたいだった。それぞれから出た魔力は球体に一つに集まる。そして、それは更地へと入っていった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……・
「な、なんだ!? 地震か?」
突如地面が揺れだした。すると更地の中心から芽が生える。芽は一本だけじゃない。無数に存在する。そして最初の芽をはじめとして、どんどん成長し、伸びていく。ほかの芽も伸びていき、隣同士の木々は絡み合う。
どんどん大きくなっていき、最終的には大きな一本の木が目の前に誕生した。樹齢は恐らくたった今からだが、そこらにある木よりも巨大で、生命力にあふれている。
「な……!?」
俺は目の前の光景に少々戸惑った。おそらくこの世界にきて、一番驚いたと思う。
「……驚いたかの?ムソウ殿」
「あ、ああ。驚いた……いや、ほんとに驚いた。いや、大したものだなあ~」
「ほっほっほ。この集落総出で作り上げた大木じゃ。これは強いぞ」
長老曰く、精霊人には植物を活性化させる力があるという。今回はその力を精霊人複数でその分倍加し、このような大樹にしたという。いや、精霊人の魔法はすげえな。
このように、魔力を以って育てられた大樹は命を司る木、「世界樹の枝」と呼ばれ、信仰の対象にもなっていたりする。
長老によると、世界樹とは、この世界に一本しか生えていない伝説の樹木で、これの数万倍も大きいものだという。いや、それは信じられねえ……。
「この木を改装し、新たな住処を作る。あの屋敷にも負けない立派なものをな!」
そう言って、長老はハッハッハと一笑いした。
すると、精霊人たちが戻ってきた。
「……ムソウさん、どうでしたか?」
ホリーが尋ねてきた。
「ああ。大したもんだ」
そう言って、ホリーの頭をなでる。ホリーはエヘヘと笑った。
「あ、ずるい。フィニアにも!」
「ああ、そうだな。すごかったぞフィニア」
フィニアにも頭を撫でてやった。フィニアも、エヘヘと笑った。
「……さて、それではさっそく作業に入ろう。皆、行くぞ」
長老は何人かの精霊人たちを引き連れ、巨木へと向かった。そして、魔法を使って、木に穴を開けて、中をくりぬいたりしている。
「……では私たちも行きましょうか」
「ん? どこへだ?」
ホリーの言葉に思わず、そう聞き返す。
「炊き出しです。皆さん、お腹を空かせますからね。ムソウさんは申し訳ないですけど、魔法が使えないですからね。そちらで力仕事など、お願いしたいのですが……」
「……ああ、なるほど。わかった」
俺は了承し、ホリーの後についていく。
到着したところには、精霊人たちの女性たちが集まっていた。
「あら、ムソウさん。昨日はどうも!」
お、玉遊びの時のわんぱく少年たちの親もいるな。精霊人たちって、寿命が長いだけあって、皆若々しく見えるんだよなあ。でも、この若く見える奥さんも俺よりすげえ年上なんだろうなあ。
「……どうされましたか?」
「いや、何でもない。……で、俺は何すればいい?」
「ではまず、川で土ぼこりを落として、ついでに水を大量に持ってきてください。ちょうどあの鍋一杯くらいに」
女達が指をさすほうを見る。でかいな。大鍋だ。あれ一杯ってことは、樽何個分だろうか。そして、俺は再度自分の体を見る。……うん、まだ白い。ここまで白いと、確かに炊き出ししたら悪いよな。よし。川に行こう。
俺は川に行くと、着物を脱ぎ、体を洗い、顔を洗った。うわっこんなに汚れてたか。川の水が濁っていく。
しかし、あいつら、げらげら笑いやがって。……でもいっか。ここ数年はあんなに笑うこともできなかったんだろなあ。……よし、この件は不問にしよう。
「……ムソウさ~ん! 早くしてくださいます?」
精霊人の女の声が聞こえる。やっぱりこっちの世界でも女性は強いみたいだ。
さてと。樽に水をいれて二つ抱えて持っていく。
だが、見た感じ、まだ、往復を何度も繰り返しそうだ。
俺は荷車を使うことにし、それを使った。それでも一気に4つが限度だな。何回か繰り返すと、鍋は水でいっぱいになった。
「ありがとうございます。では次に、あちらから米を、あちらから小麦を持ってきてくださいね」
女はそう言う。
なに!? 米が出るのか! 女によると昨日領主が置いて行ったらしい。サネマサあたりが用意してくれたか!
俺は人使いが荒いことを忘れて、喜んで運んだ。
俺が持ってきた材料をもとに、女性陣は料理をせっせと作る。俺も混ざっていいか? と聞くと即答で
「「「手伝ってください!!!」」」
と言われたので、俺は炊けた米でおにぎりを作ることにした。
米を取っては握り、米を取っては握り。
向こうの世界では仲間によく作っていたからな。なれっこだ。調理スキルも働くし、熟練度も上がっていく。良い感じだな。
しばらくすると、大樹の作業をしていた男たちがやってきた。昼飯時らしい。そして、料理をふるまってやった。皆、うまい、うまいと食べていた。そして、男たちが大樹に戻り、再び、女性陣と俺が飯を食った。
前の世界からの癖なのか、俺の食事の時間は早い。すぐに戦えるよう、早く終わらせる必要があったからな。それを見た、女性陣から、若いんだし、誰も取らないからよく噛んで食べなさいと叱られた。
くそう。ちょっと恥ずかしいぞ……。
そして、食事が終わり、また、同じく、水を運び、材料を運び、と朝と同じ作業が続いた。今日は、宴会だから、忙しくなるよと、女性人たちから作業を急かされる。なんの宴会かな?
あ、屋敷の解体成功祝いとかかな。なるほどな、と納得し、ならば気合い入れて、やろう。
その後も俺はおにぎりを握り続けた……。
そして、日が暮れるまで、おにぎりを握り続け、作業が終わった。
その後、皆で大樹のもとへ行くと、すでに屋敷に代わる新たな住処ができていた。精霊人たちによる、魔法での工事も終わったようだ。
大樹の前には、机や、椅子が置かれており、俺たちはその上に料理を置いていく。
「ふーっこれで全部だな」
俺がワイアームの丸焼きという料理と呼べるものなのかビミョーなものが乗った大皿を広場の真ん中の机に置くと、長老がやってくる。
「ご苦労じゃったな。ムソウどの」
「いや、こっちの台詞だ。今朝まで屋敷があったのに、もう新しいものができているからな」
「ほっほっほ。精霊人の使う魔法は人間に比べると天と地ほどの差が出るからの」
長老はそう言って、皆を見る。
「では、ムソウ殿。こちらへ……」
俺は長老に連れられ、大樹の前の席に座る。隣にはホリーがすでにいて、今日はありがとうございますとか言ってる。
そして……
「さて、諸君。あらたな管理所の落成、そして、新管理人就任を祝い、今日は存分に楽しんでくれ!!!」
長老がそう言うと、精霊人から、拍手と歓声が上がった。
……ん? 待て待て待て。状況がわからない。管理所落成って……あ、これか。それは良いが、新管理人ってなんだよ。
困ったようにホリーを見ると、
「……ムソウさん、ご存じなかったのですね」
と、頬笑んだ。
今朝、俺が寝ている間に皆と長老が話し合い、決めたそうだ。それは、長老が新しい管理人となり、この集落のことをウィニアに伝えていく者として、マシロ領主のワイツ卿、マシロ領ギルド支部長ロウガン、十二星天のサネマサが王都の代表として認めることにより、成立したようだ。
まあ、長老だからな。確かに適任だ。
ちなみに補佐役はホリーとなったらしい。ホリーは、頑張ります! と言ってたな。まあ、姉妹がギルド勤めなら、依頼なども、楽にいきそうだしな。
それで、今日一日ホリーは、自分の家の引っ越し作業を、ほかの精霊人たちとしてたらしい。道理で途中から姿が見えなかったわけだ。
……にしても、誰か、教えてくれよ。俺、今日握るだけだったぞ。最初から知っていれば何か用意したのにな。
まあ、いいか。今日はもう飲もう、食おう!
その後、俺たちは、皆と飯を食い、「再戦だ!」というフィニアの親父たちと、例の遊びをしたり(指揮官親父さん全勝だったが、指揮官フィニアには2勝2敗1分けだった)、「ワシが相手をしよう」と言ってきた長老とも遊びをしたり(長老には全敗。無数の球を正面と上から降らしてきたから、どうあがいても無理だった)、余興で、また空中早彫りを見せたりした(ちなみに今回は無間で丸太を削り長老の木像を作った)。
途中から、私も今日は飲みます! と言ってホリーがわいんを飲み始めたが、三杯目くらいで顔が真っ赤になり、笑いながらフィニアたちと踊ったり、火炎魔法で花火を打ち上げたり、楽しそうにしていた。
時々、魔法が人にぶつかりそうになったりしたので、俺は皆を守るためその魔法を斬るという作業に入っていった。
どうやらホリーは下戸らしい……。
「おい!ホリー、気をつけろ!」
「え? 良いじゃないですか~。ムソウさんが居れば安全ですし」
と言って、なおも魔法を連発する。
俺が魔法を斬る度に精霊人たちから何度も歓声が上がった。
その後も皆笑い、歌い、踊り、それぞれ楽しそうに宴会を楽しんでいった。
◇◇◇
そして、宴会は終わり、皆それぞれ帰っていく。俺は酔って寝ていたホリーを担ぎ、大樹の中へと入っていった。
大樹の中は普通の建物とほとんど変わりはないが、木の香りがして、心地いい。中には女中っぽいというか、家のお手伝いをする、と志願してきた女の精霊人たちがいたので、ホリーの部屋を聞き、連れて行った。その後、ホリーの着替えを、その人たちに任せ、俺は風呂に入る。
風呂はこの集落独特の木を削りだしたものだったが、前の屋敷のものと同じくらい大きかった。今後、ほかの精霊人たちや、この地を訪れる冒険者たちにも開放して、交流の場とするらしい。
いい考えだな……。精霊人たちから、人間への憎しみが薄くなっていき、消えてくれることを俺は願った。
風呂から上がり、俺は女中に案内され、部屋へと行く。中にはすでに寝具、布団が入っていた。そして、俺の荷物も置いてあったが、鎧がない。
……あれ? 屋敷に置いたままだったかな? と思い、あたりを見ると、着物の上に、紙切れが置いてあった。それを開くと……
「鎧は預かった。こちらで強化、修繕しておくのでギルドに帰ったらエリーから受け取ってくれ
――ロウガン」
と、書いてあった。
強化? なんだろう。まあいいか。俺は手紙を置いて、寝具に座る。
よし、もう寝るかな。そう思い布団をかぶろうとすると……
トンットンッ
戸を叩く音が聞こえる。
こんな時間に誰だ? と思い戸を開けると……
「エヘヘー。来ちゃったあ」
と、まだ、顔が赤いホリーが立っていた。
「どうした?今日はもう寝たほうがいいだろ」
「やーだー!今日もお話しするの!」
俺の問いにホリーは駄々っ子のようにそう言って、俺の部屋に入ってきた。
「ね、ね、今日もお話ししてよ! 面白い話がいいなー!」
初めて見るホリーの様子に若干驚くが、何を言っても動かなさそうだ……。
はあ……しょうがない。ちょっとだけ付き合ってやろう。
さて、面白い話をすると言っても、何をするかなあ。
ホリーはニコニコしながら、ジッとこちらを見ている。まるで子供だなあ。酒飲むとこうなるのか。ということは、本来ホリーはこういうやつなのか。……案外、昨晩マリーの前ではこうだったのかもしれないな。
「ねー、まだー?」
ホリーは子供のようにそう聞いてくる。
子供のように……か。そうだ……あの話をしよう。
「しょうがない。……では一つ、ある話をしようか」
「うん!」
「これはな、俺の世界に伝わるおとぎ話の一つなんだが……」
それは俺の世界に伝わるおとぎ話。そういや、昔は子供とサヤを寝かすときによく聞かせたな。ちなみに俺は頭領から聞いた。
……
あるところに、優しく美しい姫様と、とても強くて優しい青年がいました。青年は、昔からお姫様のことが好きで、大きくなっても彼は城の近衛兵となり、姫様を近くでずっと慕い、守っていました。しかし、お姫様は、そんな彼のことなど、露とも知らず、ただ過ごしていました。
ある時、姫様は悪い人たちに連れ去られてしまいました。そこで、近衛兵である青年は武器を持ち、姫様を救うべく、悪い人たちのところへと単身、乗り込んでいきました。
そして、ボロボロになりながらも姫様の前へとたどり着いた青年に姫様はこう言いました。
「どなたかはわかりませんが、早く私を助けなさい!」
それを聞いた青年は愕然とし、その場にうなだれてしまいました。自分は長い間、姫様を好いて、慕い、近衛兵になってからも姫様を守り続けていたのに、姫様の目には自分など映っていなかったことを知ったからです。
その後、絶望した青年は姫様を斬り、辺りにいた悪い人たちも全員殺しました。青年は駆け付けた兵士たちにより捕縛され牢の中に入れられてしまいました。
牢の中で死を待つだけだった彼のもとに誰かがやってきました。顔を上げるとそこには美しい女性が立っていました。青年がその女を見ると、女は言いました。
「ようやく……私を見てくれましたね」
青年には何のことだか、わからない。
実は、この女性は青年の家の隣の家の娘で、ずっと青年のことを慕っていたのです。しかし、青年は姫様だけを見続け、その女性のことなんて知りもしなかったのです。
「さあ、ここから出ましょう。私はずっと、あなたの味方です」
そう言うと女性は牢から青年を助け出して、逃亡。
二人は安住の地で仲良く暮らしましたとさ。
幸せというのはいつも、気づかないうちに傍にあるものなのです……。
……
……さて、この話には続きがある。それは俺たちへの問いかけだ。昔話って、伏線をあまり用意しない割にこういう謎かけみたいのがあるから腹が立つんだよな。この話だって、急展開すぎるからな。謎かけにしたって……。まあ、いい。
この話を作ったやつがしてきた謎かけはこうだ。
「青年はこの後幸せか。女性はこの後幸せか」
これはすぐわかるやつには自分なりの答えをすぐ出すんだが、俺みたいに深読みしすぎてもう20年以上悩むやつもいるからな。
「……というわけだが、ホリー、わかるか?」
ホリーは顔を真っ赤にしたまま、う~んと、悩み始める。
「んーとね、女性は幸せだと思うんだー。これからはずっと見てくれるんだから。
男のほうは……わかんないなあ。今でも姫様を思っているのなら、自分の夢の中の姫様にすがるっていうならそれは幸せかっていったらどうかわかんないしー、実はそばでずっと見てくれていた人がいたってわかったんなら幸せかもしれないしー。……わかんないよぉ~」
おお、ホリー。酒飲んでいる割にはたぶんいいセン行ってると思うぞ。
「……いや、流石ホリーだな。俺もその辺りが引っかかっている。
ずっと見てきたんだ。この青年の中にはまだ、聡明で美しかった姫様がいるはずだ。そんな状態で他の女と過ごして、果たして幸せなのかと……。
さらに言えばそんな男と一緒に居て女性は本当に幸せなのか、とな」
「あ、ムソウさんと同じなんだあ! うれしいなあ」
俺の言葉にホリーは喜んだ。
「……でも、なんでムソウさんはこの話をしたの?」
急に真顔になり、不思議そうな顔をしながら、ホリーは俺を覗き込んでくる。
「……お前にはサヤの話をしたからな。ついでだ」
「……ついでー?」
「……俺はあるつらい出来事……そう、サヤと息子をある事件で死なせてしまった」
そう言うと、ホリーは目を見開き、こちらを見てくる。
「……詳しくは言えない。言いたくないが、それは俺の不手際が原因でもあった。
……俺はひどく後悔し、サヤに出会うまでの、何も信じられない、何も考えたくないただの人斬りになっていった。だが、そんな俺をみて、その時の仲間が励ましてくれた。
そして、死んでいった家族のためにも、そいつらのためにも俺は笑って生きていこうって思ったんだ。
……だが、やっぱり俺の心にはサヤがいる。息子がいる。こんな状態の俺は幸せなのかなって思ってた」
「……ムソウさんは……忘れたいの?」
酒を呑んでいるからか、ホリーは遠慮なしに、そんなことを聞いてきた。
俺はフッと笑い、口を開く。
「……もちろん、忘れようとも思ったが……やっぱり無理だな。
あれだけ俺の心に居ついた奴はそういないからな。
……あと、忘れたらサヤにどやされるかもしれないし。この世界に来て、向こうの世界の後悔は消えていった気がした。……どうしようもないからな。だから、前の世界のことはきれいさっぱり忘れようとしたんだが……。
……お前や、皆を見るたびに……」
ふと、ホリーを見ると、すやすやと机に突っ伏して寝ていた。
……こいつ、質問してきて寝るとはな……俺はホリーを抱え、部屋に連れていき、寝かせた。
寝具のそばには俺がやった、サヤの置物があった。俺はそれを見つめ、
「……こいつらを見てたら、嫌でもお前たちを思い出すな
……大丈夫……忘れない……だからこそ今、俺は幸せだ……」
そう呟き、ホリーの頭を撫でた。
◇◇◇
翌朝、目が覚めて、俺は荷物をまとめ、出立の準備をした。
一通り済ませると、ホリーが部屋の前に立っていた。
「あ、おはようございます……昨日はありがとうございました」
「なにがだ?」
「酔って寝ていた私を運んでくださったとか。……お恥ずかしいところを見せてしまいましたね」
……運んでやったことは、まあ、別に気にしてないが……まさか……。
「……他は?」
「へ? 何のことですか?」
……やっぱり昨晩、俺に絡んできたことは覚えてないらしいな。言ったら泣き出しそうだ。黙っとこ……。
「……いや、何でもない。それより長老は?出る前に挨拶しときたいんだが」
「長老でしたら広場にいますよ。というか、見送りのため、皆集まっています」
「おお、そうか。では行くとしようか」
はいっと返事をして、ホリーは俺の後をついてくる。
広場へ着くと、ホリーの言うようにみんなが集まっていた。最初ここに来たときは俺を避けていたんだがな。これはうれしいな。
すると、長老が俺の前に来て
「おお、ムソウ殿。もう行くのか?」
「ああ。……世話になったが、お別れだな」
「本当に貴殿には世話になったな」
「礼ならもう抱えきれないくらい受け取った。……もういい」
「ほっほっほ。そうじゃったな。……お主に救われたこの集落をわしは立て直して見せるからの。期待していてくれ」
「ああ。楽しみにしている」
俺と長老は固く握手をした。
「ムソウさん。本当にありがとうございました」
「ああ、ホリー、こちらもいろいろ世話になったな。ありがとう」
「いえ。私もこれから、長老の下でこの集落の立て直し、それから、人間との関係をよりよいものにしていこうと尽力します」
「ハハハ! 頑張るのはいいが、もう我慢するなよ!」
「はい!困ったことがあったらムソウさんに頼みますからね!」
そう言って、ホリーは笑った。俺はまた、頭を撫でてやった。そして、耳元で
「次は、飲みすぎるなよ」
と言ってやると、ホリーは顔を真っ赤にしてうつむいた。
とっとっとと足音が聞こえる。今度はフィニアがやってきた
「……おじちゃん、もう行くの?」
「ああ、これでお別れだな。……なあ、フィニア、これからホリーのこと頼んだぞ!」
「……頼む?」
「ああ、ホリーをしっかり守ってやるんだ」
「え、でも、私なんかが……」
「いや、できる。お前はホリーのけがを治すことだってできた、この中で一番勇気がある精霊人だ。そして何より、俺に勝ったんだ。自信を持て」
「う、うん。そうだよね! 私、おじちゃんに勝てたんだもんね! わかった! ホリーは任せて!」
胸を張って言うフィニアの頭を撫でた。その後も精霊人たちからの言葉をしっかりと受け取った。
「……さて、そろそろ出発する」
「本当にまた来てくださいね」
「次もうちの酒場に来てくださいよ!」
「その時はまた宴会だあああ!」
精霊人たちはなおも俺に見送りの言葉や、謝辞を投げかける。俺は長老とホリーに礼をして、村を出た。
俺が見えなくなるまで、みんなは手を振ってくれた。
◇◇◇
「……もう見えなくなったのお」
「……行ってしまいましたね」
長老とホリーはムソウの姿が見えなくなると、そう呟いた。やはり、どこか寂しい気がしてくる。またすぐに会えるさ、と精霊人たちは言って、それぞれうちへと帰っていた。
「さあ、儂らも戻ろうか」
「ええ……長老様」
長老とホリーは役所に向けて歩き出す。
「……しかし良かったのか?」
「何がですか?」
「いや……なんというか……惚れておったじゃろう」
長老の言葉を聞き、一瞬キョトンとするホリー。だが、次の瞬間、噴き出したように笑い出した。そんなホリーを見て、長老は慌てる。
「ど、どうしたのじゃ!?」
「い、いえなんでもありません。お姉さんと同じことを聞くので、つい……」
とホリーは涙をぬぐいながら言った。
「……ムソウさんのことは好きですよ。でもあの人の中にはずっと忘れられない人がいて、私が入る余地もありませんでした」
「……なるほどのお。それでお前はあきらめきれるのか?」
長老の問いかけに、大きく頷くホリー。
「はい! 私は、そんなムソウさんが幸せになるのを見てみたいんです! そして、次にムソウさんが本気で好きになる人というのはどんな人なんだろうって。そんな人も見てみたいなあって思います!」
「ほっほっほ。それは難しそうじゃの」
「はい! でも精霊人の寿命は長いんで、気長に待ちます!」
そう言って長老とホリーは役所に入っていく。
「……そういえば長老、この役所の名前は?」
「もちろん、考えておる」
「え? どんな名前なんですか!?」
「決まっておるじゃろう」
長老はそういうと杖を掲げ、風の魔法を使い、木に文字を刻んだ。
……そこには「闘樹・ムソウ館」と書かれていた。
「闘う……樹ですか……なんか変な感じですが強そうですね」
「そうじゃろう。これからはあらゆる問題にも打ち勝つような、そんな集落にしていきたいからな。……さて、では仕事に入るか」
「はい、行きましょう!」
ムソウ館に走っていくホリー。頭にかぶっている精霊女王の冠は森に降り注ぐ日光を浴び、やさしく輝いていた。




