第185話―“刀鬼”が姪の成長に喜ぶ―
しばらくすると、アヤメがよろよろと立ち上がる。俺は肩を持ってアヤメを立たせる手伝いをした。
「すまないな……」
「気にすんな。ただ斬りかかってきたことに関しては気にしろ」
「そう言われてもな……決まり事みたいなものだし……」
アヤメは不服そうだ。俺は事前にジゲンから聞いたが、アヤメの口からこの部屋に入って来た強者に、アヤメの立場を分からせるためにまず斬りかかれというジロウとの約束についての話を聞くのは初めてだった。
ちらっとジゲンを見ると、何か満足したような目でアヤメを見ながら頷いている。いや、嬉しそうな顔をするんじゃねえ……。
さて、俺とジゲンとたまは部屋に置かれた長椅子に座り、反対側にアヤメも座った。アヤメはいくつか書類を取り出して、ジゲンをジッと見つめる。
「まあ、こうして会うのは初めましてだな。俺はクレナ領主、アヤメ・クレナだ。先ほどは失礼したな」
「構わんよ。アヤメ殿らしい豪気な挨拶じゃった」
頭を下げるアヤメに、ジゲンはフッと微笑みながらそう言った。
「なるほど……ムソウの言っていたように、強いだけでなく、優しい爺さんみたいだな」
「そう言ってもらえるのは嬉しいが、先ほどはアヤメ殿の一振りが、遅すぎたようじゃったの……」
「ぐぬ……そうか……口も確かに達者なようだ……」
二人はそんなことを言いながら笑い合っていた。アヤメは気付いていないが、久しぶりの叔父と姪の会話だ。二人だけで存分に楽しめと思いながら俺は黙って、二人のやり取りを眺めている。
「で、今回来てもらったのは、アンタの過去について何点か不審な点が見つかったということなんだが、いくつか質問して良いか?」
「うむ。答えられる範囲でなら、正直に答えよう」
アヤメは頷き、書類を指さす。その時、たまが、じいっとアヤメを見ていることに気付く。アヤメもたまを見て、少し困ったような表情になった。
「……嬢ちゃん、そんな目で見ないでくれ。爺さんを困らせるようなことはしないからよ……」
「やくそくだよ……?」
たまの言葉に、頭を掻きながら頷くアヤメ。こいつが小さな女の子に、たじたじな様子というのは見ていて面白いものだなとジゲンと俺は笑った。
さて、アヤメは昨日俺に見せてくれた、クレナの傭兵の名簿を指さして、ジゲンに口を開く。
「これは、ここクレナに居た傭兵の名簿だ。爺さんも昔は傭兵をしていたとムソウから聞いたが、爺さんの名前はここにはない。一体どういうことなんだ?」
「ふむ……儂はどこの部隊にも所属などしておらんかったからのお。一人で闘い、偶に他所から応援があれば一緒に戦ったことなどもあったが……」
「個人生業の傭兵だったというわけか?」
「まあ、そんなところかの。生まれたシンム里付近で、今の……サネマサ殿の親父殿の要請を受けて魔物や、山賊退治を主な生業としておった」
半分嘘で、半分本当のことだな。ジゲンは牙の旅団を立ち上げるまでは、サネマサと一緒にそうやって、闘いの腕を競い合っていたという。その後、力を付けて、サネマサと共に牙の旅団を名乗り、クレナ全域で活躍するようになったと聞いた。
一人で戦っていたという一つの嘘は言ったが、ほとんどは本当のことだけに、ジゲンの言葉には説得力がある。アヤメも、なるほどとジゲンの言葉に頷いた。
「すると、叔父貴……ジロウや、サネマサの爺いと闘ったりしたのもこの頃か?」
「そうじゃの。サネマサ殿とは幼い時から顔見知りだったし、彼らが牙の旅団を立ち上げた後も、要請がある度に、共に戦ったりしていたのう……」
「サネマサの爺いやジロウの応援に駆り出されたってか……やはり、爺さんはただ者じゃないな……」
アヤメはジゲンに感服するように口を開く。今回の話し合いで、俺が気にしていたことでもある。
ジゲンと、サネマサ、それにジロウが率いる牙の旅団は何も関係ないという風に思わせること。だが、ジゲンと奴らは深いつながりがあるものだと、俺がアヤメたちに言ってしまっている。よくよく考えれば、牙の旅団と共に戦える者というのは相当な実力者だ。そうはいない。
本当にこの男は何者なのかというような目でアヤメは先ほどから、ジゲンを眺めている。余計なこと言ったなあと思いながら、俺はジゲンがどう出るか待っていた。すると、ジゲンはニコリと笑って、口を開く。
「そう大したものでもないじゃろう。あの頃のクレナには儂みたいなのはごろごろ居たからの。たまたま儂がサネマサ殿やジロウ殿と顔見知りだっただけの話じゃ」
「……まあ、そうだったな」
……あ、そうなんだ。これには驚きだ。後で聞いたところによると、若干話は盛ったとのことだが、その頃のクレナは荒っぽい奴らが今よりも多く、皆、自分の腕っぷしには自信があったということで、それなりに強い者達というのは結構居たらしい。
その頂点がサネマサとジロウだったと聞くが、アヤメはジゲンもその中の一人ということに納得したようだった。
「では、次にアンタ自身のことを聞かせてくれ。そうだな……名前と出身地は分かったから、取りあえず得物とスキルといったところだな」
これは、万が一ジゲンが何かしでかしたとき用にという対処の為である。俺も居ることだし、アヤメもジゲンがそんなことをしないというのは分かっているが、念の為とのことだ。ジゲンはアヤメの言葉に頷き、口を開く。
「武器は見ての通り刀じゃ。他に手裏剣や棒術、拳闘術なども使えた。今は歳じゃからの。昔のようにはいかん。一応、魔法もある程度使える。適正属性は風と火じゃ。
スキルは、剣術、心眼、鑑定、隠蔽、気功、武術、眼力じゃな。そのうち、剣術、心眼、気功、武術は極めておるよ」
「結構多いな。おまけに四つも極めているとは大したものだ。それに刀だけでなく、そのほかにも闘う術を持っているとは……」
「ほっほ、歳じゃからのお……長く生きればある程度はな。
それに、サネマサ殿やジロウ殿と同じ時代を生きていた傭兵じゃからの。それくらいは出来ねばのお」
「まあ、そりゃそうだな……」
すげえな、ジゲン。アヤメの質問にはほとんど全て正確に答えているのに、未だアヤメはジゲンをジロウと気づいていない様子だ。いつもと違い、ジゲンの目は見えているが、カラーコンタクトもあり、顔を見ても気づかない様子だ。そんなに違うのかと思うほどだった。
そして、ジゲンの言葉全てにアヤメはうんうんと頷いている。アヤメにも何かしら突っ込む余地を見せないとは、流石、こいつを扱いなれていることだけのことはあるな。
「大体わかった……では最後の質問だ。これだけは確認しておかないといけない」
と言って、アヤメはジゲンを真剣な眼差しで見つめた。今までより少し雰囲気が重たくなっている。何を聞くんだろうと思っていると、ジゲンの横に居るたまがアヤメにジトっと目を向ける。
「……りょうしゅさま」
そんなたまをアヤメはフッと微笑み、頭を撫でた。
「……心配するな。そこまで厳しい質問じゃない。これは領主として俺が聞きたいだけのことだ」
「むー……」
アヤメの言葉を聞いても、たまはまだムスッとしている様子だ。ジゲンを困らせないようにするという言葉を守るためアヤメにここまでするたまは、大したものだと感心していた。すると、ジゲンがたまに優しく微笑む。
「大丈夫じゃよ。儂はそこまで困っておらん……それで、何かの?」
たまを優しく諭したジゲンはアヤメの方に向き直る。たまはジゲンに納得したのか、仕方ないなあ、とでも言わんばかりに腕を組んで、アヤメを見つめた。
アヤメはジゲンに微笑みながら、口を開く。
「ここに住んでいて幸せか?」
アヤメの質問を聞いて、少し驚き目を開く俺。面倒そうなことを聞いてくるのかと思ったが、どうやら違うようだ。ジゲンも同様に、少し驚いた様子で、アヤメを見つめる。
だが、フッと、微笑み、アヤメの質問に答えた。
「……ああ……幸せじゃよ。当然、昔は辛いこともたくさんあったが、今はたまも居るし、ムソウ殿も、多少怖いと感じることはあるが良くしてくれておる。
じゃから、充分……幸せじゃ……」
……ほう、ジゲンはそんな風に思っていたのか。ジゲンとたまには割と優しく接しているつもりなのだが、もう少し気を付けた方が良いか。
だがまあ、幸せだと言っているあたり、そこまで気にしてはいないようだがな。
ジゲンがアヤメの質問に答えると、横に居るたまもジゲンを見上げ、ニコーっと笑った。たまは嬉しいだろうな。自分が居て、幸せだと言っているのだから、嬉しくないわけはない。ジゲンはそんなたまの頭を優しく撫でた。
すると、アヤメはフッと微笑み、そうか、と頷く。そして、俺の方に向き直った。
「聞きたいことは全部聞けた。これで尋問と言うか、爺さんのことを調べるのは終わりにするよ」
「ん? そいつはまた急だな。それで結果はどうなんだ? 爺さんはこのままこの街で暮らしても大丈夫なのか?」
俺の質問に、アヤメは満足そうにニカっと笑って頷いた。
「ああ、問題ない。長くここで生きている強者が、今も満ち足りた生活を送っているというのならば、何の問題も無いからな。
それにお前の庇護に置かれているということならなおさら安心だ。嬢ちゃんの面倒を見るということもあるし、これからも、ここに住むといい。そもそも、爺さんがここに住むこと自体はそこまで反対してねえよ」
アヤメの言葉を聞き、俺とジゲン、たまは胸を撫でおろす。一応大丈夫だろうと思っていたのだが、最後の最後で、「俺を倒すような奴を置いておくわけにはいかない。出ていけ」と言われたらどうしようかと思ったのだが、何の心配もなかったな。
ジゲンはニコッと笑い、頭を下げた。
「感謝する。アヤメ殿」
「礼は良い。ただ、この街の現状はすでに知っていると思うからそこまで言わねえが、気を付けて住めよ。嬢ちゃんも居ることだしな」
アヤメの言葉にジゲンは頷く。今日も来るときに花街が変な状況になっているというのは分かっている。これからも極力たまを花街に行かせないし、外に出るときは必ずジゲンか、屋敷の者たちを同行させるようにする。
たまは、今までアヤメをムスッとした目で見ていたが、ジゲンがこの街に住むことを許し、自分を気遣う素振りを見せたアヤメに、ニコッと笑った。
「りょうしゅさまって、ホントはすっごくやさしいんだね~」
「ハハハッ、ちと優しすぎるという自覚はあるがな」
そう言って、たまの頭を撫でるアヤメ。そして、懐から菓子を取り出して、たまに渡した。たまはまた、ニッコリと笑って、それを受け取る。
こういうところは優しいみたいだが、毎度毎度、部屋に入る度に俺に斬りかかってくるこいつのどこが優しいのかと頭を抱えた。
すると、ジゲンが不思議そうな顔をして、口を開く。
「……そういえばアヤメ殿は、ショウブ殿たちのように、儂に、ジロウはどこかと聞かんのう。何じゃ、気にならぬのか?」
「ん? ああ、特に気にしてねえよ」
ジゲンの問いに、アヤメはニカっと笑ってそう答えた。ジゲンの方は、何故か落ち込んだような顔になって、アヤメを見つめる。
何だ? ジロウの今が気になるとか、会いたいとか言って欲しかったのだろうか。少し寂しそうな顔つきになっていく。
俺も、アヤメの回答がいまいちよく分からなかったので、聞いてみた。
「お前だったら、ジロウに早く会いたいと思いそうなものなのにな」
「まあ、少し前まではそう思っていたが、今はお前のおかげで、領内の問題も、ギルド内の問題も片付いてきて、自信が出てきている。ジロウの力を借りたいと思ってはいたが、今はもう大丈夫だ」
ふむ……それだと何か、俺がアヤメの良いように使われているというように聞こえて何となくムッとするが、そういう約束だからな。仕方ないか。
しかし、俺がここに来てから起こした行動というものはジゲンも言っていたように、本当にアヤメに大きく貢献しているらしい。何となく安心した。
「では……アヤメ殿は本当に、ジロウに会いたいとは思ってはおらんのか?」
「そうは言っていない。もちろん今でも会いたいさ。だが、昔のように頼ろうとは思っていない。
ジロウは……叔父貴は生まれた時から、今までずっと俺やクレナに尽くしてくれたからな。感謝と共に、立派になった姿ってのを見せてやりたいだけだ。
それに、もう歳だからな。ここに来て、俺の仕事を手伝わせたいとも思っていない。ゆっくりと過ごして欲しいと願っている」
アヤメの言葉を聞いたジゲンは、先ほどまでと違い、穏やかな顔をした。ジゲンもアヤメの思いに納得したようだ。
「では、その時は存分にもてなしてやらねばのう」
「まあな。その時は、叔父貴が教えてくれたように、対面した途端に斬りかかってやるよ」
アヤメは胸を張って、俺達にそう言った。まあ、その方が喜びそうなものだよなと、ちらっと横のジゲンを見ると、口を開き、ボソッと呟く。
「……本当に……いい子に育ってくれたのう……」
◇◇◇
その後、しばらく皆で談笑していると、部屋の戸を叩く音が聞こえてくる。アヤメが許可すると戸が開き、そこにはミオンが居た。
「アヤメ様、そろそろお時間です」
「ん? そうか」
ミオンに頷き、アヤメは立ち上がる。すると、ミオンも部屋の中へと入ってきて、後から続いて、ギルドの職員兼この屋敷の女中の者たちが数人入って来た。
「何かあるのか?」
「いや、これからケリスの宴会に行くから着替えるんだよ」
アヤメは面倒くさそうだ。やはり領主ともなると大変だな。一応は名目上、貴族からの招待だ。いつもの武人然とした格好ではなく、化粧もして少し着飾った格好にならないといけないようである。
これから、この部屋でアヤメの着替えが行われるということで、俺とジゲンは、わかったと頷き、部屋を出ようと立ち上がる。
だが、たまはその場に座ったまま、羨望の眼差しで、アヤメを見ていた。
「のこっちゃ……だめ?」
たまは俺とジゲンを見上げながらそう頼んできた。ふと、アヤメの方を見ると、アヤメも困っている様子だ。会った時からたまに悪戦苦闘されているという光景は見ていて楽しいものだが、どうしたものかと思っていると、ミオンがたまに近づいていく。
「邪魔をしなければ、大丈夫ですよ」
ミオンが優しくそう言うと、たまは、ぱあっと表情を輝かせて頷いた。
ミオンの行動に、目を見開く俺とアヤメだったが、渋々という感じに、アヤメはたまが残ることを許した。
そして、ミオンは俺達の方を振り向く。
「では、着替えが終わりましたら、たまちゃんを連れていきますので、下でお待ちください。闘鬼神の皆さんも何人か依頼から帰ってきておりますので」
「む? そうか。わかった」
「たまをよろしくの、アヤメ殿、ミオン殿」
ジゲンがそう言うと、おう、と頷くアヤメ。俺とジゲンはそのまま部屋を出て、闘鬼神の皆が居るという、下へと向かった。
「どうだった? 久しぶりのアヤメの感想は」
歩きながら、ジゲンに今日の感想を聞いてみた。ジゲンはにこやかに笑顔になる。
「アヤメに関しては、本当に立派になったものじゃの。もっとも、これもムソウ殿のおかげのようじゃがな」
「爺さんに比べると大したことはしてないつもりなんだがな。だが、会ったら斬りかかると言っていたぞ?」
「ほっほ、そうじゃったの。まったく、本当にいい子に育ったものじゃわい」
「どこがだよ」
ジゲンの感想に、悪態つくとジゲンは更に嬉しそうに笑った。おどおどとした性格だったのをジゲンとサネマサはどうしても変えたかったらしいからな。それに牙の旅団の者達も。今のアヤメを見たら、奴らも喜びそうなものだとジゲンは嬉しそうにする。
まあ、こいつらが納得しているのなら良いやと思い、また次からもアヤメから斬りかかられるんだろうなと思った。
そして、下へと降りると、ミオンが言っていたように、酒場に闘鬼神の奴らがいるのが見えた。一昨日、火炎獣を倒しに向かったルイたちと、ミニデーモンの討伐に向かったチャンたちだった。
俺達は近づき、声をかけてみる。
「よお、無事に帰れたみたいだな」
「あ、頭領、それにジゲンさんも!?」
闘鬼神の皆はやはり、この場にジゲンが居ることについて驚いているようだ。まあ、冒険者でもないし、まずここに居ることはおかしいからな。
取りあえず、ジゲンがここに居ることについての経緯を説明した。ルイやロロなどは、たまもここに居ることを知り、喜んでいる。
「ということは、今日はたまちゃんと帰られるというわけですね。疲れも吹っ飛びます~!」
「何だ? そんなに苦労したのか?」
「いいえ、そこまで苦労しなかったけど、そうは言っても火炎獣だったからね……」
ルイはそう言って、燃え後が残る着物を俺に見せてくる。ロロやマルス、アビも焦げ付いた着物を俺に見せてきた。
こいつらが倒した火炎獣という魔物は常に炎を纏っている。ゆえに近づくだけで凄い熱波を浴びるようだ。
ルイたちはマルスの張った罠に火炎獣をおびき寄せて動けなくすることには成功、だが、倒そうと魔法を浴びせていると、苦しみもがいた火炎獣の火の粉を浴びて、服がボロボロになっていったという。
「そいつは災難だったな」
「けど、頭領から貰った回復薬のおかげで五体満足だぜ」
「ああ。取りあえず、道具があれば中級の魔物でもやり方次第で何とかなるというのも分かったし、儲け者だな!」
マルスとアビはニカっと笑ってそう言うが、ロロはそれでも納得していないという顔をしている。
「はあ……でも髪もボロボロになりました。切ろっかな……」
ロロは毛先が少し焦げている自身の髪を見ながら落ち込んでいる。ロロは自分の長い髪をすごく大事にしているようだ。流石に無くなったものまでは回復薬でも治せない。そのままにしておくのも不格好なので、ロロは髪を切ることに決めたらしい。
「心配しなくても、私がちゃんと綺麗に切ってあげるよ」
「お願いしますね、ルイさん」
落ち込んでいるロロを励ますように肩を叩くルイ。ついでに頭領も切る? と聞いてきたので、丁重に断っておいた。
着物の方は取りあえず、コモンにでもお願いしておこう。もしくは、俺が何か買ってやろうと思う。頑張っているようだから褒美も考えないといけないからな。時間があるときにでも聞いておこう。
「……で、お前らはミニデーモンの討伐に行ったんだっけか。どうだった?」
俺は椅子に座ってくつろいでいる、チャン、チヨ、チョウシに聞いてみる。
「俺達は問題なかったすよ。頭領の心配もなく、二十程居たミニデーモンの群れを殲滅出来ました」
「その甲斐あって特別報酬も貰ったっす! ほら!」
そう言って、一つの袋を開けて中身を俺に見せるチヨ。中を見ると、三十枚ほどの金貨が入っていた。なるほど、上手く依頼をこなしたらしいな。
そして、こいつらもルイたち同様に五体満足そうだし、安心した。
「よくやった。これからも頑張れよ。お前らも色々とあったようだが、依頼は達成できたんだ。そこは胸を張れ」
「うっす!」
「は~い!」
「ま、終わりよければすべてよしってことね」
「ですね。でも次からは、こういうことが無いような依頼にしましょっと……」
俺の言葉に闘鬼神の奴らは頷き、それぞれ喜んでいる。着々とそれぞれが冒険者としてのやりがいを感じられているようでうれしいな。
ふと、隣に立つジゲンを見ると、何も言わず、にこやかに微笑んでいた。
「ほっほ、まるでかつての自分らを見ているようじゃ」
「そうか」
ジゲンは皆の様子を見て、かつて牙の旅団でも、こうやって闘いの後は、自分たちの戦果を競い合ったり、貰った大金を見て喜び合ったりしていたことを思い出したらしい。ジゲンにとってもこいつらが大切な仲間であることに変わりないということを感じられて、俺も嬉しかった。
「……それで、頭領。たまちゃんはどこにいるの?」
「ああ、たまなら……」
「おじちゃ~ん!」
ルイがきょろきょろをたまを探していると、階段の方からたまの元気のいい声が聞こえてくる。振り返ると、ててててっとたまが走ってきて、俺に飛びついてきた。
「うおっと、どうした? たま」
「あのね! あのね! りょうしゅさま、すっごくきれいになったよ!」
たまは興奮冷めやらぬという顔で、俺の懐から表情を輝かせている。何が何やらという顔の闘鬼神の奴らは置いておいて、俺とジゲンは階段の先に目をやる。
そこには、綺麗に髪をまとめ上げ、大きな簪を付け、いつもとは違って、何と言うか女の貴人らしい姿のアヤメが立っている。赤く綺麗な振袖と、クレナ領の紋章を背中にあしらった羽織を纏っている。顔は若干化粧をしているのか、目元と口に紅をさしていた。普段もそうだが、なおさら俺の一個下とは思えないような感じだ。
へえ、見違えるもんだなと思っているが、当のアヤメの表情は浮かないようだ。恥ずかしそうな表情で階段を下りてくる。
ふと周りを見ると、たまは顔を輝かせ、闘鬼神の奴らは惚れ惚れとした様子で、アヤメを見ていた。だが、ルイだけは真顔のままである。
俺が、そうやってアヤメを見ていると、アヤメは俺達の方に寄ってきて、恥ずかしそうに口を開く。
「な、何だよ、変なもの見る目で見やがって……」
「いや別に……なかなか似合ってんじゃねえか。俺とほぼ同い年とは思えないな」
「そうっすよ、アヤメさん美人っすよ!」
「流石、領主様ですね!」
俺に続き、闘鬼神の奴らも褒めると、アヤメは顔を真っ赤にする。
「ば、馬鹿言ってんじゃねえよ! 性に合わねえんだ! こんな格好!」
「そう言われても、似合うもんなあ、爺さん。……爺さん?」
照れるアヤメをからかいながら、ジゲンにも感想を聞いてみることにした。姪がこんなに綺麗になっているのだ。何かしら言うかと思ったが、ジゲンはアヤメを見ながら呆然としている。
娘を嫁に送るような気持ちか、とも思ったが、違うようだ。眉間にしわを寄せて、何か考え込んでいるようだ。
「……おい、爺さん。無言が一番腹立つ」
アヤメもそんなジゲンを見て、少し苛立ったように口を開く、すると、ハッとした様子で、ジゲンは顔を上げた。
「む? すまぬの……うむ、綺麗じゃよ。本当に……綺麗じゃ」
「何だよ、歯切れが悪いな。似合ってねえならそう言えよ。その方が幾分か楽だ」
「似合ってないことなど無い。流石はアヤメ殿じゃな」
更に苛立つアヤメにジゲンは優しく微笑んだ。ふむ、やはり綺麗だとは思っているようだが、アヤメの言うように、どこか歯切れが悪いというか、何かごまかしているような感じがある。何だろうなと思っていると、たまがジゲンの袖を引っ張る。
「おじいちゃん、どうしたの? りょうしゅさま、きれいじゃない?」
「いや、妓楼の天女達に負けず劣らず、綺麗なものじゃよ……ただの……」
「なに?」
たまの質問にも、ジゲンは上手く答えられないようで、口ごもっている。俺も、闘鬼神の奴らもミオンもアヤメも訳が分からず、ジゲンを見ている。
すると、闘鬼神の中で唯一、アヤメに対して、真顔の反応だったルイが、ため息をついて、たまとジゲンに寄っていく。
「はあ……ジゲンさんもやっぱりそう思う?」
「む? ルイ殿もか? 儂だけでないので少し安心したわい……」
「そりゃあね。あの時の衝撃に比べればね……」
二人はそんなことを話しながら、俺の方をチラチラと見てくる。どうやらルイとジゲンは同じ思いらしい。だが、二人はそのことを本当に言いづらそうにしている。たまらず、俺はジゲンとルイに詰め寄った。
「おい、何、話してんだよ。なんでさっきから俺の方を見てんだよ」
二人は気まずそうに俺を見て、再度顔を合わせて、ため息をつく。そして、観念したかのように、さらに何か決断したように頷き、ルイが口を開く。
「頭領……怒らないで聞いてね」
「ん? お前らからは何度もそういうことを聞くなあ。怒らねえから言ってみろよ」
ダイアンの話の時のリアと同じようなことを前もって聞いてくるルイ。あの時もそんなに大したことないことだったので、今回も怒らないだろうと言って、二人を安心させる。そんなに怒った俺は怖いと思われているのだろうか……。まあ、大概、人が怒ると怖いもんな。
屋敷には若い奴らも多い。皆の士気が下がらないように、気をつけていこう……。
そう思いながら、二人に話を聞くと、ルイが自らの思いを語った。
「あのね……アヤメさんが綺麗な恰好するよりもね……頭領の女装の時に比べると――」
「待て……もう良い。何も言うな……」
ルイの口をふさぎ、言葉を遮る俺。それを指さして、闘鬼神、アヤメとミオン、たまが爆笑している。
「なるほど~! そう言われれば、あの時の頭領と今のアヤメさんだと甲乙つけがたいな!」
「マルスさん、それだと本当の女性であるアヤメ様に失礼ですよ」
などと言いつつ、ロロも顔を赤くして笑っている。すると、アヤメがロロの肩をポンと叩いた。
「いやいや、気にしなくていい、闘鬼神の諸君。あの時のムソウに比べれば俺の化粧もまだまだだな。もう少し女も磨かねえといけねえか、ムソウみたいに!」
アヤメの言葉に、皆は爆笑する。気まずそうだったジゲンもルイも、そうだろ? という顔になって、皆と笑っていた。
流石にイラつくが、たまとミオンまで笑っている。この二人には怒る気になれず、ただただ、俺は顔を赤くして、俯いていた。
ギルド内は、アヤメたちの高らかな笑い声がしばらく続いた。
くそ……先ほどは気を付けようと思ったが、辞めた。今後も変わらず、こういうことがあれば叱っていこうと、静かに誓っていた俺だった。




