第186話―家族を想う―
ひとしきり、俺に対する笑い声が響き、皆はひとまず落ち着く。
……いや、声が小さくなっただけだ。笑いをこらえてプルプルと震えている者がいる。
「お前らいい加減にしろよ……」
最後まで笑っている奴に睨んだところで、皆は頷き、笑い声は収まっていく。
「さて……これからクソみてえなところに行く前に、楽しませてもらったな。そろそろ俺達は行くよ」
「ああ」
「気を付けるんじゃぞ、アヤメ殿」
「ハハッ、分かってるって、爺さん」
相手がケリス主催ということもあり、ジゲンにとってはやはり心配なようだ。アヤメはニカっと笑い、ジゲンの言葉に頷いた。
その後、アヤメは、ミオンと何人かの従者を連れてギルドを出ていった。
「さて……じゃあ、俺達も帰るか」
「は~い!」
「うむ」
たまとジゲンが俺の言葉に返事をするとともに、俺達もギルドを出た。
来る時と同様、帰りも花街と下街の門の所で、たまとジゲンが隠蔽スキルを使う……と、しようとしたのだが、上街で、すでに、貴族のような者たちが多く居るのが目に入った。
そこで、今回は最初から、ジゲンにスキルを使ってもらい、後で合流することにする。闘鬼神の奴らや俺と違って、ジゲンは冒険者じゃないからな。門を抜けるときに何を言われるのか分からない。細心の注意をはらうことにした。
たまと一緒に楽しく帰られると思ったロロなどはがっくりとしているが、仕方ないことだと諭した。その代わり、新しい着物を買ってやると言うと、元気を取り戻していく。
そして、俺達は貴族たちの列が終わるのを待って、後から上街の門をくぐった。いつも通り、ここを管理しているのは、ショウブ一家の者たちだった。
だが、ショウブはいない。昼間言っていたように、今は花街で警護の指揮を執っているという。
「へえ、ショウブは宴会に呼ばれていないのか?」
「いや、宴会が始まると、今度は会場内の警護をするんで、高天ヶ原には居るってことになるっす」
ショウブ一家の者達によると、無事、招待客を高天ヶ原に送り届けた後は、バークら闘宴会の奴らと共に、ショウブも会場内の警護をするということらしい。
もっとも、闘宴会と違い、ショウブは飯を食ったりはしないんだがな。まあ、警護ってのは本来そうあるべきだからな。それは当然だな。
ショウブ一家と少しやり取りをした後は花街を進む。高天ヶ原前に来ると、多くの貴族や、冒険者たちが列をなしていた。冒険者たちは腕輪を入り口の所に立っているコスケや、バーク、ショウブなどに見せて、身分を確認してもらうと、高天ヶ原にどんどんと入っていく。
結構多いな。冒険者、貴族合わせて二百人くらいは居るか。これからも増えるってなると、結構な大宴会ということになりそうだな。高天ヶ原の妓女が総出で何人か知らないが、よくやるなあ、と思う。
本当にツバキは裏方で徹していてくれと祈るように高天ヶ原を見ていた。
「どうしたの? 頭領。すごく必死な顔になってるわよ」
「いや……何でもない」
「頭領も参加したいっすか?」
「馬鹿言うな。誰があの野郎主催の宴会など行くか」
「ですが、頭領なら呼ばれても良いものですけどね。功績的に……」
カサネの言葉に皆は頷く。だが、それは上手くアヤメが俺のことを隠してくれているんだと教えてやると、皆はきょとんとした。
「え、どうしてそんなことを?」
「絶対目を付けられるだろ? 面倒だ。もっとも、レインの方には俺がこれまでどんな依頼をしてきたかというのは伝わっているからな。
ケリスの耳に届くのも時間の問題だとは思うが……」
ケリスは今の所、俺のことは殆ど知らないだろう。以前会った時の反応から、俺が災害級の依頼をこなした冒険者だということを知っている印象は受けなかった。
ただまあ、レインには俺のことが伝わっているので、何かしら……例えば、今日の宴会などで、俺のことが耳に入ると思っている。面倒くさいことが俺に起きなければ良いがな。俺は普通に自分なりに冒険者としてやっていきたいと言うと、闘鬼神の皆は、あ~、と納得した顔をする。
「なるほどね。頭領ほどの腕を持つ冒険者だったら、ケリスがあれこれとちょっかい出してきそうだし、下手すると、側室を求めるように頭領を屋敷の近衛兵とかに必死になって招きそうだしね」
「ああ。現にこないだギルドで会った時に、誘われたよ。もちろん蹴ったがな」
笑いながらそう言うと、アビが意外そうな顔をした。
「うへえ、貴族からの誘いを蹴るって結構もったいなくないっすか? 冒険者やるより定期的に金は入るし、頭下げてりゃいいことずくめだと思うんすけど」
なるほど。こいつの言い分も分かる。貴族に召し抱えられれば、何の文句も無しに、ここを行き来できるし、花街で遊びながら暮らすことも出来る。少し前までここらで、浮浪者やってたこいつらならではの意見だな。
だが、俺は違うと、アビに説明してやった。
「俺がそんなタマか。小せえ男にへこへこするくらいなら、テメエら引き連れて、そこの大将やってた方がマシだな」
俺がそう言うと、皆は、確かに、と頷く。ケリスに忠誠を誓って楽な暮らしを手に入れるくらいなら、皆と一緒に住んで、色んなことに悩みながら暮らした方が楽しい。正直なことを言えば、今でもそんなに苦労してないからな。
例え、屋敷ごとケリスが面倒を見ると言っても、俺は蹴るだろう。今働いてくれている女中たちは、ケリスや闘宴会の所為で、大変な目に遭ったわけだし、何よりジゲンが居る。仇敵に頭を下げるような真似はさせたくない。
だから、今のままでいい。今の幸せな日々がずっと続いてくれたらいいと、俺は思っている。
その後、高天ヶ原を後にして、花街の門へと向かう。今朝のように絡まれるんだろうなと思っていたが、意外にも検問は早く終わった。
闘宴会の奴らからすれば、俺らみたいなのは、一刻も早く花街から追い出したいらしい。逆に好都合だなと思いながら、俺達は下街を目指していく。
すると、門が見えなくなったところで、ジゲンが姿を現した。
「ふむ、無事に抜けられたのう」
「ふぃ~……ずっとだまってるの、つかれた……」
ジゲンの背中で、たまが疲れた表情をするすると、ジゲンに代わり、ここからはロロがたまをおんぶすると言い出した。たまは悩んでいるようだが、流石にここまでたまをおんぶしながらスキルを使うというのはジゲンもしんどかったらしく、たまをロロに預けた。たまをおんぶしたロロはうっとりとしている。
「うはぁ~……癒されますぅ~……」
「ロロ、アンタ少し気持ち悪いよ」
「え~? だって楽しいんですもん!」
先ほどまでとは一転して、誰よりも元気になっていくロロにルイは呆れている。ダイアンの時といい、ルイは本当に面倒見がいい性格のようで、アザミや、リアと共に屋敷内では、皆のお姉さんというような感じだな。
今回の依頼もこうやってルイが中心となって、火炎獣を倒したのだろうか、と思った。
はしゃぐロロと、呆れるルイ、その間でゆったりとしているたま。それらを微笑ましく見ながら道を歩き、隠蔽スキルについて語り合うジゲンやカサネたち。
ああ……この「家族」を纏めるのは大変そうだなと、苦笑しながら、下街を進んでいった。
そして、下街の大通りに出ると、今日は人が多く歩いていることに気付く。ジゲンに聞くと、今日はいわゆるこの世界においての休日だそうだ。
なるほど、確かに家族連れなどが目につくな。道に並んでいる露店などから一家で楽しんでいる声がいたるところから聞こえてくる。
だが、その中から聞き覚えのある大きな声が聞こえてきて、俺は立ち止まる。
「お~い! もっと酒持ってこ~い!」
それはすぐそばの酒場から聞こえてきた、シロウの声だった。何をそんなに上機嫌に飲んでいるのか気になった俺とジゲンは闘鬼神の奴らを待たせ、酒場に入っていった。
すると、そこには顔を真っ赤にしたシロウと、ジロウ一家の者たちが、楽しそうに呑んでいる光景が目に入る。
運ばれてきた酒をぐびぐびと呑み、シロウはまた一つ笑い声をあげていた。
「おい、シロウの旦那、その辺にしとけって」
「そうだぜ。良い刀が手に入ったってのは分かるが、はしゃぎ過ぎじゃねえか? ジロウさんが居たらどやされるぞ」
ジロウ一家の者たちは、どんどん酔っていくシロウにもう酒は辞めろと、忠告するが、シロウは聞く耳を持たない。
「な~に言ってんだ! ジゲンの爺さんが気ぃ遣ってくれたおかげでよ、良いもんが手に入ったんだ! 浮かれなくてどうするよ!? 姉ちゃん! もう一杯だ!」
シロウは盃を上げて、店の人間に酒を注げと合図する。そばに居た女は、心配になりながらも、仕方ないわね、といった感じに、シロウに、酒がなみなみと注がれた大きな盃を渡していた。話を聞く限り、シロウはよほど刀を新しくしたのが嬉しいようだった。
ジロウ一家の奴らの言い分も分かるが、嬉しいことがあったときは、それなりに喜ぶ方が良いだろうと俺も思っている。楽しそうに呑みやがってと、シロウを眺めていたら、ジゲンも俺の横でにこやかな顔をしていた。
「ふむ……やはり昔とは大違いじゃの……シロウ」
「ほう、自警団の者たちが言うように、ここは調子に乗るなと喝を入れるかと思ったが、違うようだな」
「まあの。泣き虫小僧はあれぐらいはしゃいでもらった方がちょうどいいじゃろう」
おっと……ジゲンが久しぶりに毒舌だ。幼い時のシロウを知っているからこそ言えるのだろうが、ジゲンの言葉を聞いて、妙に納得だ。
だが、確かに自信を無くしていた時よりもこっちの方が良いのかも知れない。シロウにも、ああやって羽目を外すときがあったって良いよなと俺達はその場を去ろうとした。
正直、絡まれたら面倒そうだとも思っている。早々に酒場を出ようとした時だった。ふと、シロウと目が合ってしまった。
「ん!? おお~、ムソウの旦那に爺さん! こんなところで何してんだよ!」
うわぁ……酔っ払いに絡まれるほど、面倒なことはないのにな……まあ、仕方ない。俺達は店を出るのをやめて、シロウ達に近づいていく。
「偶々だ。家に帰ろうと思ったんだが、お前の声が聞こえてきてな。ちょっと寄っただけだ」
「ほっほ、シロウ殿、大層その刀が気に入ったようじゃの」
ジゲンは、シロウの刀を指さし、にこやかに笑っている。
「お~うよ! 爺さんには本ッ当に感謝してるぜ! 困ったことがありゃ、何でも言ってくれ! ジロウ一家二代目頭領として、何ッでも助けになるからよ!」
「それは頼もしいのう」
ジゲンがシロウの言葉に笑うと、シロウは更に嬉しそうにする。頼られるということがシロウにとってはやはり嬉しいようだ。その自信がこれからも続いていけばいいなとは思うが、少し羽目を外し過ぎだなとも思ってしまった。
ジロウ一家の者達に、お前らも大変だなと言うと、慣れてると返ってきた。やはり、いつもこんな感じで、自信を無くしたと思うと、急に元気になっていたりしているという。
一団を率いるというのも大変だが、それに付き従うというのも大変なんだなと思い、改めて、俺も闘鬼神を大事にしていこうと誓った。
すると、突然赤ら顔のシロウが俺に肩を回してきた。酒臭いが我慢しよう……。
「なあなあ、おっさんって、よく高天ヶ原に行ってんだよな?」
「ん? ああ。仲間の面倒を見てもらっててな。まあ、それも明後日までだが、それがどうかしたか?」
急に変なことを聞くなあと思っていると、シロウは、そうかと頷き、口を開く。
「ナズナ……元気にしてっか?」
シロウの言葉を聞き、ジゲンと顔を見合わせる。昼間のナズナと似たようなこと聞いてくるなと思ったんだが、ジゲンも同じようだ。
眉間にしわを寄せて、何のことだかと、肩を上げた。よく分からないが、シロウの質問に答えてやる。
「高天ヶ原ではあまり会わないが、今日会った感じだと元気だったぞ」
「そっか~!いやあ~、安心した!」
ナズナのことを伝えると、ニッコリと笑って、また酒を呑み始めるシロウ。何がそんなに嬉しいのか。さらにはアヤメでもなく、ショウブでもなく、何故ナズナ限定なのかと首を傾げている。
「一体なんなんだ? ナズナも似たようなこと――」
「どわあ~っと! ムソウの旦那! ちょっと、こっちに……」
俺の言葉をさえぎって、ジロウ一家の者たちがシロウから俺を離す。ジゲンも、この行動が気になったのか、俺のそばまで来た。
「何だよ、一体?」
「何かあるのか? ナズナ殿と、シロウ殿の間に……」
「まあな。だが、当人には言うなよ。じゃねえと面白くねえからな……」
そう言って、ジロウ一家の男は、コソコソと話し出す。俺とジゲンは聞き漏らさないように、耳を傾けた。
「シロウの旦那……ナズナの嬢ちゃんにホの字なのさ」
「……は?」
「さらに言えば、ショウブ一家の奴らによると、ナズナ姐さんも、シロウの旦那に惚れている」
「……む?」
「で、お互い両思いなのを知らずに、今日まで思いをあらわにせずに過ごしているってわけさ。
ちなみに、アヤメ嬢も、ショウブ嬢も、高天ヶ原の妓女たち、その他、関係する奴はこのことを全員知っていて、アヤメ嬢の提案で、面白いから経過を待とうってことで、皆黙ってこの状況を見守っているのさ」
ジロウ一家の者達の言葉に、俺とジゲンは困惑を隠せない。
つまりは、ナズナとシロウは長く、愛し合っているのだが、その気持ちを伝えたことは無いそうだ。どちらかがいつ、想いを伝えるのか、昔からアヤメや、ショウブ、その他の者たちは気になっていて、それを面白がっているという。ちなみにだが、その中には、妓夫、コスケも居るらしい。
俺は、ジゲンと共に皆から離れて、小声で確認する。
「おい、知ってたか?」
「いや……確かに小さい時からやけに一緒に居るとは思っておったが、それは単純に、泣き虫なシロウを、優しいナズナが放っておけないと思っていたのかと……」
流石のジゲンもこのことは知らなかったようで、少し狼狽えている。ただ、俺としてはそこまで見ていたなら気付いても良いものなのにと思っている。
にしても、シロウとナズナの間にそんなことがな。アヤメやこいつらも趣味が悪いなあとは思うが、確かにそれは面白いなとも思った。
「で、爺さんはどうする?」
一応、ジゲンにこの状況をどうするか聞いてみた。親代わりだからな。自分の子供たちがそういう状況なら、今ここで、その状況を楽しんでいるジロウ一家に何か言うかと思ったが、ジゲンはニコリと笑った。
「決まっておるじゃろう。儂も、皆のようにするとしよう」
「お? てっきり二人の背中を押すものかと思ったが……」
「ほっほ、儂が背中を押して、想いを伝えられるのなら、シロウもナズナも自分から出来るじゃろう。二人とも、強い子じゃ。儂なんぞの助けなど、もう要らんはずじゃ」
ジゲンの言葉に俺も頷き、ジロウ一家の者達の元へ行った。そして、シロウにはナズナのことは伝えないと約束したうえで、再びシロウの元へ行った。
「お? 何話してたんだ?」
「別に……え~っと、先ほどの話だが、ナズナは元気だ。俺が預けている仲間の話じゃ、今は更に強くなろうとしているようだな」
「そっかあ~……あいつも頑張ってんだなあ~……俺ももっと頑張らねえとな!」
シロウはそう言って、またも酒を呑み始める。これ以上酔っぱらうと、本当に面倒そうなので、俺とジゲンはジロウ一家の者達と、少し嫌な笑みを浮かべながら、酒場を後にした。
待たせていた闘鬼神の皆と屋敷に向かう道すがら、ふと、ジゲンを見ると、嬉しそうに笑っていた。
「シロウも、ナズナも……それにショウブも、アヤメも……昔と変わらず……いや、変わったかの……皆……強くなった。立派になったものじゃの……」
「そうは言っても五年だろ? そんなに変わって見えるか?」
「ああ。子供というのは、しばらく見ない間に、凄まじく成長するもんじゃよ」
「そうか……」
ジゲンの言葉を聞き、俺はリンネを思い出し、確かにな、と思った。リンネも気づいたら、驚くような成長を遂げているからな。
だが同時に、カンナのことも思い出した。もしも、カンナが生きていたら、そう思えるような日があったのだろうか。
いや、でも、きっとそう思う日はあったかも知れない。なんたって、俺の息子だからな。俺と……サヤの子供だからな。
自分で言うのも変だが、強い俺と、優しいサヤの子供なんだ。生きていたなら、きっと、何度も俺を驚かせてくれていたに違いない。
俺はカンナを想いながら、道を歩いていた。すると、ロロに背負われていたたまが、ふと、こちらを振り向いた。
「おじちゃん、さみしいかおしてる。どうかしたの?」
たまが心配そうに、そう言うと、歩きながら、皆は俺の方を見てきた。皆も、何か心配するような顔で、俺を見ている。
む……幸せだったころのことを思い出していたが、そういう顔になっていたか。皆に心配かけるわけにはいかないと思い、俺は無理やり笑ってみせた。
「ああ。たまが大きくなって、誰かと結婚して、俺達の屋敷から出ていくことになったら寂しいなと思っただけだ」
俺は冗談のつもりでそう言った。すると、たまはきょとんとした顔になる。
「え? わたしはどこにも行かないよ。ずっと、おじいちゃんと、おじちゃんと、みんなといっしょ! わたしも、とうきじんだもん!」
たまはそう言って、ニパっと笑い、着物の闘鬼神の紋章を指さした。闘鬼神の奴らも、ジゲンも、たまの言葉を聞いて、穏やかに微笑む。
俺は、たままでも、自分は闘鬼神という、俺の部隊の一人だと言ったことに驚いたが、何か面白くなってきて、普通に笑えた。
「そうだったな……何も寂しく感じることは無かったな……」
「うん! わたし、これからもっと、も~っと、頑張るよ!」
たまの言葉に、闘鬼神の奴らも頷く。
全てをうしない、世界が変わってもなお、俺にはまだ、成長を喜べる家族が居ることが分かり、本当に嬉しくなった。
今日は、ジゲンの家族というものを感じ、シロウ達にとってのジロウという存在感を実感したが、俺も、もっと、皆の手本になるような生き方をしないとな、と思いながら、俺は皆と一緒に、家へと帰った。
そして、飯を食いながら皆と語り合う。もうそろそろツバキとリンネがこの家に来ることを伝えると、ツバキの姿を見たルイやロロ達を中心に、その話題で盛り上がる。
男どもは、ルイたちのツバキへの印象を聞くたびに、それほどの美姫なのだろうかと、眉を寄せている。何となく、ムカッとするが、俺が怒っていても仕方ないと思い、黙っていた。
たまは、リンネちゃんはどんな子なの、と期待しているようだった。一応魔物ということも伝えていて、獣の姿になると言ったはずだが、たまは臆していないようだった。
これなら、どんな姿でも、たまとリンネは良い関係になれるだろうなと思いながら、たまにリンネのことを色々と教えてやった。
その後、飯を食った後は、風呂に入って、自室で酒を呑んだ。今日行った、湖の水で作った、あの、旨い酒だ。
一口飲むたびに、やはり浄化して良かったなとしみじみ感じた。毒でデスニアを殲滅し、それを放置していった、冒険者たちは許せないが、終わりよければすべて良しだ。
これからも、この酒を呑み続けられるんだなと思いながら、その後、布団の中に入った。
ツバキたち、上手くやっているよな、と思いながらも、疲れていたのか、そのままゆっくりと俺は眠りに落ちていった。
◇◇◇
翌朝、寒さで早めに目が覚める。まだ日は上っていないようだ。もう少し寝ようかと思ったのだが寒くて眠れない。仕方なく起き上がり、着替えて庭へと出てみた。
やはり外も中も同じような感じか。そろそろコモンが用意したっていう、暖房の魔道具の使い方を聞いておかねえとな。
……っと、忘れてた。昨晩はケリスの宴会だったよな。いつまで続いたのか知らねえが、少なくとも俺が寝るまでの間にコモンは帰ってこなかったよな。
帰ってきてまだ寝てるのか? 部屋の灯はついていない。夜が明けたら確認しておこっと。
そのまましばらく縁側に座り、ぼーっとしていたが、少し体を動かしたくなり、散歩に出かけた。
いつもギルドを行く際に通る街の方ではなく、少し外れた所に行くつもりだ。ちょうど日が昇る方角だからな。朝日でも拝んでおこう。
流石にこの時間歩いているのは俺だけだ。昼間の活気が嘘のような静けさで変な気分になってくる。普通に道を歩いているのだが、普段は絶対気にしない、俺の足音でさえ、少し迷惑なんじゃないかと思うくらいだ。
音をあまり立てないようにそっと歩いて行く。
そして、町はずれの広場に来た。遠くの空が白んでいる。あそこから太陽が上がるようだな。俺はその場に腰掛けて、ジッとその時を待っていた。
……だが、突然、何か妙な気配を感じた。最初は、俺のように日が昇るのを見に来た街の人間かと思ったのだが、人ではない感じだ。かと言って、魔物でもない。戦地で普段感じるような殺気などでもない。
「……何だ?」
俺は立ち上がり、その気配に意識を向ける。すると、街を覆っていた薄い霧が、広場にゆっくりと集まってきた。
そして、俺の周りを取り囲み、あっという間に何も見えなくなる。やはり敵の罠か、魔法による攻撃か何かかと、無間を抜いて、辺りの気配を探った。
しかし、やはり殺気などは感じない。感じるのは、先ほどから続く、妙な違和感だけだった。
「訳わかんねえな……」
周りの様子が変わっていき、それが俺を中心として発生しているのにも関わらず、俺には何のことだかわからない。徐々に苛立ってくるのだが、ここで焦っても仕方ないと思い、深呼吸して、気を静める。
すると、今まで感じていた違和感が急に強くなった。ハッとし、身構えると、霧の向こう側に何かが見えてくる。それはおぼろげだったが、だんだんと濃くなり、最終的に、大勢の人間のような人影が、俺を取り囲んでいることに気付いた。
「何だ? ……」
俺はその人影に無間を向けた。だが、そいつらは微動だにせず、ただただそこに立ち尽くしているだけだった。
少し慌てたが、その影からの気配に敵意は無い。やはりここはこちらから何かをするということは辞めた方が良いと判断し、無間を下した。
そして、再度、その影に俺は語り掛けてみることにした。
「……質問に答えてくれ。何なんだ? 一体。俺は日の出を見たいだけなんだよ」
……正直なところ、俺は一人で何をやっているのだろうと自分に呆れてくる。なんで俺の周りでは、俺の意図しないところで訳の分からない現象が何度も、何度も起きるのだろうかとため息をついた。
そんな思いで、なおも霧の向こうの影を見ていると、その影たちに動きがあった。
百を超える影が、俺に向かって手を上げる。何かしらの攻撃かと思ったが、やはり殺気などは感じない。
代わりに感じたのは、祈るような、想いを俺に託すような、そんな強い気持ちだった。何をどうしたいのか全く分からない俺はただただ困惑していた。
「……何なんだよ……一体……?」
俺はおもむろに、その影に向けて、手を差し出す。よくは分からないが、何か渡したいものがあるというなら、受け取ろうと思った。
だが、その瞬間、影はボヤっと形を崩し、消えていく。そして、辺りを濃く包んでいた霧が晴れていった。
……結局何がしたかったのだろうと、唖然としている俺に、上ってきた日の光が当てられる。急に日光が差してきたので、眩しくなって、顔を手で覆った。すると……
―もうすぐ……です―
突然、頭の中に声が聞こえてきた。魂の回廊で、あの女と直接話すまで聞こえていたような感じだ。
俺は、少し後ろに下がり、ゆっくりと目を開けた。
すると、そこには大勢の半透明な人間が立っていた。そいつらは何か祈るような目で全員が俺を見ていた。
「な……何だ?」
呆気に取られながらも、そいつらのことを確認する。全員合わせて千……いや、もっと居る。そいつらは俺を取り囲むように立っていた。
着ている着物からクレナの者たちが多いようだが、それ以外の者達も混じっている。小さな子供から白髪頭の老人も揃い、ただただ俺を見ていた。
そして、目を引くのは、その先頭で俺を囲む九人の男女。歳のほどは若い奴は三十前後、上の奴だと、俺と同じくらいの奴らも居る。
他の奴らと同様、何か祈るような、頼みたいことがあるような目で俺を見ている。
「お前ら……一体……?」
俺があまりの光景に狼狽えていると、先頭の九人が口を開く。
―こことは……違う世界から……来た者……お前に頼みがある……―
最初に声を上げたのは、俺と同じくらいの歳の男だ。大きな体格で、筋骨隆々といったところか。長い髪をぼさぼさに伸ばした、蛮族のような男だった。
こいつは何故か俺が、違う世界から来た者と知っているようだ。そして、何か頼みがあるという。一体何のことだろうと思っていると、次の奴が言葉を紡ぐ。
―まもなく……この地に……大いなる災いが……訪れる……―
そいつは、先ほどの奴と違い、髪を伸ばしてはいるが、手入れはしているらしく、まっすぐと伸びていて、それを後ろで結っている。エイキみたいな印象で、賢そうな見た目だった。
男の言葉に続き、今度は一人の女が俺に語り掛けてくる。
―アンタには……そいつを……倒して欲しい……―
女は俺よりも少し年下くらいの見た目だった。声を聴かなければ、女とは気づかないような、端正な顔立ちだ。笑うと美人なんだろうが、今は少し必死そうな顔だ。
女によると、先に言われた災いというのは、何かしらの魔物らしい。それを俺に倒してくれと頼んできている。
そんなこと急に言われてもなあと頭を掻いていると、更に別の人間が口を開く。
―そいつは……俺達の……で……動いている―
―あれを……倒せれば……僕たちも……―
今回の奴らは、歯切れが悪いな。なんか大事なところが抜けている気がする。
最初の男は、袖が無い武闘着のようなものを着ている男だった。今は真面目そうな顔しているが、どこか間が抜けた顔をしている。
二人目は、他の者たちと比べると、ずいぶん若く感じた。体格も他と比べると痩せ型で、眼鏡をかけている青年だった。
そして、青年の言葉を紡ぐように、また、別の奴が口を開く。
―そうすりゃ……最後に……あいつの……―
―私達が……できる……―
……あれ……? これは、俺の意識的な問題なのか?
先の奴らよりも、歯切れが悪い気がする。声の主は、一人は先ほどの者と同じく、袖なしの武闘着を着た精悍な印象を受ける男だった。こいつは、ゴウキみたいな感じだな。
じゃあ、こいつも拳闘術が得意なのか? ここまでわかりやすい格好してるのなら、言葉も分かりやすくしてほしいものだ。
それで、そいつと共に口を開いたのは、先ほどの青年の少し上くらいの女だ。女の方は、特に他の奴らよりも、覚悟を決めたような強い目をしている。
ただ、そんな態度をとられても、何を言いたいのか分からない。せめてもう少し詳しく言って欲しいものだと思っていたが、有無を言わさず残りの二人も口を開く。
―頼む……俺達の……あいつの……残したもの……―
―どうか……頼む……―
最初の奴と同じく、短髪で筋骨隆々な、どこか荒々しそうな大男と、少し丸っこい体格の男がそう言うと、他の奴ら、それにそれ以外の多くの人間たちは俺に手を合わせた。
……流石に情報量が少なすぎる。聞こえてきた話を纏めると、クレナに近々凄い魔物が現れるようだ。俺がそいつを倒すと、こいつらにとって良いことが何か起こるらしい。
さらにそうなると、こいつらにとっての何かしら強い絆で結ばれた奴の役に立つということらしい。
……ふむ。歯切れが悪いところなどみると、多少胡散臭いな。だが、こいつらの様子を見るに嘘ということも考えられない。
まして、俺が住んでいる場所に何かしらの危機が迫っているとのことだ。冗談でも聞き流す手は無いよな。
よく分からないが、見ず知らずの、しかも得体の知れない奴らにまで、頼みをされるというのは、元傭兵として誇らしくなってくる。可笑しな話だがな。
俺は頭を下げる奴らの前に立ち、頷いた。
「はあ……分かった。何が何だか分からないが、取りあえずは敵を斬れば良いんだろ?それなら任せとけ」
取りあえず、コイツ等の願いというものを聞き届けることにした。皆はパッと顔を上げて、目を見開いた。頼んだのは良いが、こんな依頼、引き受けるなんて信じられないという目だ。
俺は笑って、九人に近づいていく。
「おいおい、頼んできたのはお前らだろ? そんな顔すんなよ。俺は敵を斬ることにしか能が無いからな。その辺は任せとけ」
俺が胸を張ってそう言うと、九人の中から最初に口を開いた、髪がぼさぼさの男が前に出てくる。
―良いのか? ……敵のこともよく分からない……アンタだって死ぬかも知れないんだぞ―
「そこは気にすんな。慣れているからな。
だが、死んだら、その時はその時だと、お前らも俺のことは諦めて、別の奴に頼め。
……まあ、努力はするよ」
―じゃあ……本当に……よろしくね……―
「任せろ」
俺の言葉に、九人とその他の者たちは、頷いた。どこか希望に満ちた表情になっていく群衆の顔を見て、何となくだが、この「依頼」を受けて、良かったのだろうと思い始めていた。
そして、その姿はだんだんと透明になっていき、霧が晴れていく。しばらくすると、広場には俺一人という状態となった。
「……さて、どうしたものか」
誰も居なくなった広場で、またしても面倒ごとを引き受けてしまったのかと笑った。だが、俺の今の居場所を守るためだと考えればまだ理解できる依頼だと思った。
自分にそう言い聞かせ、俺は日も昇って、そろそろ飯の支度がされる頃かと思い、屋敷へと帰っていった。
さて、屋敷に戻ると、中からがやがやと声が聞こえてくる。皆起きたようだ。飯の支度をする女中たちや、身支度をしているような冒険者たちの声が聞こえてくる。
だが、コモンの部屋は相変わらず閉まったままだった。やはり昨晩は花街か、上街の方で過ごしたのかな。後で、天宝館に顔を出しておこう。
そう思いながら部屋へと戻り、依頼の支度というわけで、小手と無間を持ち、首飾りと髪飾りを身に着けて、食事の場へと向かう。そこでは、女中たちがせっせと飯を置いていた。冒険者やジゲンはすでにそれぞれの場所へ座っている。
「皆、おはよう」
「ああ、ムソウ殿、おはよう。部屋に居なかったが、どこか行っていたのか?」
「ああ。朝日を拝んでいた」
「そうか。ここから見える朝日というのは絶景じゃからの。気持ちのいい光景だったのではないか?」
「ん? ま、まあな……」
ジゲンの言葉に少し詰まりながら答えた。やはり、あそこから見える日の出というのは良いもののようだな。俺は霧の所為で全く見えなかった。
奴らの言う、強大な災いというのを倒したら一つ文句を言って、もう一度見に行こっと。
ふと、周りを見ていると、たまが立っていて、何かをきょろきょろと探してるようだった。俺と目が合うと、たまは心配そうな顔で近づいてくる。
「ねえ……コモンさまは?」
「……ん? やはり居ないのか。生憎、俺も知らないんだが、昨日の宴会で遅くなって、天宝館とかに居るんじゃないか?」
たまがコモンにご飯をよそうのは、こいつの楽しみの一つだからな。いつもはここに居るのに、今日は姿が見えないと思い、不安になったようだ。そして、俺の答えを聞くと、更に残念がるたま。
「え~……寂しいなあ……」
「まあな。だから今日天宝館に行ったときにでも確認してみるよ。皆の着物も新しく買っておきたいしな」
そう言って、たまを慰めると、コクっと頷いて、飯の準備を再開させていく。
今日は取りあえず、依頼をこなしたら天宝館に向かい、古龍ワイバーン及び、迷彩トカゲの素材がどうなっているかを確認する。
そのついでに、昨日ロロ達が言っていた着物の件もどうにかしようと思っている。
冬も来るし、温かいものを買っておこう。皆にそう言うと、特にロロはやったあ! と喜んでいる。
ちなみに昨日、依頼から帰ってきた者たちは、今日は屋敷で休むという。ロロはリアに髪を切ってもらうと楽しみにしているようだ。他の冒険者たちも、もうそろそろ帰るだろうが、一番遠いもので、シンコウ山に向かった者達も居る。ダイアン達は複数の依頼を重複して行っているということで、また、全員揃うのは難しいだろうな。
まあ、特に困ることは無いので、そこは気にしないでおこう。
さて、飯の用意が整った後、皆で飯を食った。食卓は、昨日のアヤメの格好と俺の女装のどちらが美しいのかという話で盛り上がっている。本当にいい加減にしろよ、と止めようと思ったのだが、皆が幸せそうに話し合ったり飯を食ったりしているのを見て、今日も怒る気をなくしてしまい、黙って聞いていた。
そのほか、アザミなどは、ツバキを見たというリアやロロにどんな印象だったかを聞いている。女中たちもアザミと一緒にツバキとリンネの見た目を褒めるリアの言葉に、会うのが待ち遠しいようだ。そういや、明日からだもんな。
ツバキたちが帰ってきたら、また三人で、一緒に依頼をこなしていこうと思いながら、皆の話に耳を傾けていた。
その後、飯を平らげ、俺は皆に見送られながら、屋敷を出た。今日はどんな依頼をこなそうか。いい加減、普通の依頼に取り組みたいなあと思いながら下街を進んでいった。




