第183話―デスニアを斬る……?―
次の日、俺は朝からデスニアの討伐に向かった。場所を確認した限りでは、神人化して飛んでいけば、昼前にはここに帰ってこれるはずだ。その時にジゲンとたまを連れて、アヤメの元へと向かう。
そして、今日は、コモンはケリスの宴会に行くわけだ。晩飯は外で食べてくるというコモンの言葉に、たまはふてくされながらも頷いた。たまにとってコモンに料理を振舞うということが、どれだけ大切なことなのだろうかと思ってしまう。
俺の方からは、有事の際は、ツバキとリンネのことを頼むと伝えておいた。場合によっては俺を必ず呼べと言うと、そうならないように努力しますと帰ってきた。仮にも十二星天だ。信じることにしよう。
さて、門を出た後は、クレナ南方に向けて飛んでいる。やはり上空は寒いのだろうなと思っていたが、ヴァルナから貰った脚絆と、サンダルという履物のおかげで、足元が温かいので問題なかった。
相変わらず下級の魔物が俺に向かってきては勝手に消滅していく。結構こういった下級の魔物が空を飛んでいることが多い。依頼には出ていないが、被害とかはないんだろうか。
にしても、天界の波動というものは、こういった下級の魔物にはひどく有効的だ。対して冥界の波動というものはどうなんだろうか。神族、龍族にしか効かないのであれば、こういったことは出来ないのではないのかと思うようになっている。下級の龍族というものが居ないからな。
ひょっとしたら、龍族の幼生体や、神族の赤子では触れただけで消滅するものなんだろうなと考えている。でないと100年戦争に置いて、鬼族と神族が拮抗しあっていたという理由が分からなくなる。この状況だと、神族が圧倒的に強いのではないか?
鬼族にも、何らかの術があったのだろうか。鬼人化を会得すればそれも見えてくるのだろうと思いながら、俺はなおも飛び続けた。
その後しばらくして、依頼のあった湖にたどり着く。
……だが、ついた途端に絶句した。
「……何だ……これ……?」
俺の目に飛び込んできたのは、大きな湖、そこに浮かぶ大量の魔物の死骸。それはデスニアのものだった。
全く以って訳が分からない。デスニアが大量発生しているから、それを倒してくれという依頼だったのだが、そのデスニアがすでに死んでいる。ざっと見ただけでも1000以上は居る。依頼があったのはここで間違いないようだが……。
ともかく状況を確認しようと、地上へ降りた。
「ゔ……生臭ぇな……それになんだ? この匂い……」
地上へ降りると、デスニアの死骸からは、吐き気を催すほどの、腐敗臭が漂ってくる。死骸には大量のハエや、下級の魔物どもが、群がっていた。
そして、それに混じって、何か変な匂いがしていることに気付く。
それは、魔獣の大山の時と同じような匂いだった。腐った血肉やら、卵やらが混ざった、強烈な悪臭……どうやら死骸に瘴気が含まれているようだ。
そして、それが湖全体に行き渡り、湖自体が、ゴミ溜めのようなものになっている。神人化を解くのではなかったと後悔した。
状態異常完全耐性のおかげで、俺にはほとんど影響はないが、常人には耐えられたものではないだろう。下手をすれば命に関わるくらいの毒気だ。そういえば、この依頼元の、近くの村というのはどこなのだろうか。そして、無事なのだろうか……。
俺は鼻をつまみながら、地図を頼りに村を目指した。
すると、しばらく森の中を進んでいったところに、人の住んでいるような、建物が集まっている集落が見えてきた。村についたようだ。
だが、湖から離れてはいても、若干悪臭が漂っているためか、外を出歩く者は一人もいない。
居るとすれば、門番くらいだった。恐らく、この村の自警団なのだろうが、人相の悪い男が、気分の悪そうな顔で、門を護っている。俺は村に入ろうと、門の方に向かった。
「……よう。村に入りてえんだが」
「あ? なんだ、テメエは……?」
「トウショウの里から来た、冒険者のムソウという。少し聞きたいことがあってな……」
そう言うと、門番は目を見開き、俺のことをジロジロと見てきた。何かを物色しているような目だ。ああ、俺が冒険者かどうか、疑っているわけだな。
俺は懐から、腕輪を取り出し、男に見せた。
すると、男は凄い形相で、俺につかみかかってくる。
「て、てめえ! 今更この村に何の用だ! もう用は済んだだろうがッ!」
「うおっと! いきなり何すんだ! この野郎!」
俺は門番の手を振りほどく。急につかみかかってきやがって、何のつもりだ……?
良いから話を聞かせてくれよと呆れていると、門番は刀を抜き、村の方に向かって叫んだ。
「頭あっ! またギルドから冒険者の野郎が来やがった! 前の奴らの仲間かも知れん!」
男がそう叫び、しばらくすると、村の奥の方から、大勢の男たちが武器を構えて、こちらに向かってくる。悪臭の所為か、皆口元を手ぬぐいで隠している。男たちはこちらに駆けながら、俺を見るや、怒鳴りつけてくる。
「奴らの仲間かッ! ふんじばって他の奴らの居所を聞きだすぞ!」
「そこのオッサン! 覚悟しろよっ!」
……いきなり臨戦態勢かよ。門番の言った「前の奴ら」も分かんねえし、「奴らの仲間」というのも意味不明だ。
どうしたものかと思ったが、やはり言われなく襲われるのは面倒だ。いつものように死神の鬼迫で脅しをかけようと、無間に手を伸ばし、身構える……すると……
「止まれッッッ! テメエらッッッ!」
どこからともなく、男の大きな声があたりに響く。すると、俺に向かってきている男たちの前に、大きな槍が降ってきた。槍が地面に刺さると、自警団の者たちはぎょっとし、慌てて止まる。
すると、建物の陰から、大柄で、髭とぼさぼさの髪を蓄えた男が、のそっと姿を現した。男は地面に刺さっている槍を手に取り、俺の方にゆっくりと近づいてくる。口元を覆っている手ぬぐいの所為で、顔はよく見えないが、目元には深くしわが刻み込まれていて鋭い視線で俺を見ていた。
「頭領、何で、止めるんだよ!? そいつ、恐らく奴らの仲間だぞ!」
「そうだ! やっぱり報酬が欲しいって言って、戻って来たんだ!」
「奴らの居場所を聞き出す好機ですぜ!」
などと、男たちは、その大柄の男に問いただしている。ふむ……この男がここの自警団の長か。
しかし、自警団の言葉、本当に分からないと思い、俺は男が何か仕掛けてきても良いように、無間から手を放さず、ジッと男の行動を待った。
男は俺の前まで来ると、じろじろと俺の姿を目に映していく。そして、パッと固まっている男たちや、門番の方に振り返った。
「テメエら! こいつは、あの時の冒険者の連れじゃねえよ! あの時には居なかったから、間違いねえッ!」
「は!? どこにそんな証拠があるんだよ!」
「そうだっ! 頭の記憶力は当てにならねえ!」
「馬鹿かッ、テメエらッ! こんな目立つ奴が居たら、分かるだろうがッ!確かにあの時居なかったぜ、こんな派手なあんちゃんは!」
あんちゃんと言われるのはなんだかなあ。ああ、まだ髭が生えてないからか。早く生えてくれ……。
男の一言に、顔を見合わせながら、武器を下す自警団の男たち。恐る恐ると言うか、疑り深い目で俺の方をジロジロと見てきた。
「確かに……居なかったような」
「あれだけ居たらな……」
などと、言いながら俺の顔を見てくる。何の検査なのだろうかと思ったが、一応、こちらに敵意は感じられない。俺は力を抜き、無間から手を放した。ひとまず落ち着いていると、男たちの方から声が上がる。
「……分かった。頭領を信じるか」
「だな。でも確かに、こんなおっかねえ刀を剥き身で持っている奴が居たら、すぐわかるよなあ……」
自警団の方も、俺が初めてここに来た奴だと納得してくれたようだった。発端となった門番なんかは、申し訳ないと、頭を下げてくる。ほらな。見た目はいかつくとも、やはり気は良いらしい。取りあえず、自警団のしたことは水に流してやることにした。
すると、自警団の長の男がこちらを振り向く。
「いや、すまなかったな、あんちゃん。こいつら今は少し殺気立っててよ。迷惑かけたようで、申し訳ない」
「いや、謝るのは良い。そういう状況にここに来た俺が悪かったな。
……さて、いくつか聞きたいことがあるんだが……」
頭を下げる、自警団の長の男を許した。そして、改めて自己紹介をすると、長の男も、この村のことと、自分たちのことを話しだす。
男の名前は、ホウジ。予想通り、この村の自警団の長をしているという。色々と聞きたいことはあるのだが、俺はホウジに取りあえず、ずっと気になっていたことを聞いた。
俺が聞いたのは湖の状況について。依頼を見てここまで来たのに、着いたらあの状況だったということがどういうことなのかと。すると、ホウジは口を開く。
「ああ。まあ、それが、俺達が殺気立っているということにつながっているんだが……。数日前に、冒険者の一団が、ここに来てな。村でもてなしていると、何か困っていることは無いかと聞かれ、ギルドには一応言ったんだが、湖のデスニアをどうにかしてくれって言ったんだ」
なんでも、少し前に、この村にある冒険者の一団が、ここを訪れたそうだ。あまり人が訪れるような場所ではないので、久しぶりの来客に、村全体でそいつらを手厚く歓迎したという。
そして、冒険者たちは、何か出来ることは無いかと、感謝のつもりで聞いてきたらしい。ホウジは、ギルドに申請した後ではあったが、身近に冒険者が居るなら都合が良いと言って、その冒険者たちにデスニアの討伐を依頼した。
冒険者たちは、すぐに承諾。その日は村を上げて大宴会をしたという。翌日、たらふく飯と酒を食いつくした冒険者たちは湖へと出発し、昼過ぎには帰ってきたという。
相手は1000体を越えるデスニア。妙に早いなあとは思いつつ話を聞くと、もう大丈夫とのことだった。そして、報酬はギルドで受け取ると言った冒険者たちは、村を後にしたという。
ホウジたちはその後、湖の様子を見に行った。そこには確かにデスニアの死骸が浮かんでいる。それを見た、村の者たちは、喜んだが、よく見てみると違和感に気付いた。
「違和感?」
「ああ。デスニアだけでなく、他の魚とかも浮いていたんだ。何かおかしいなと思い、湖を調べてみた。
そしたら、湖に大量の毒が流されていることに気付いたんだ……」
ホウジは苦々しく答えた。湖を見た時、デスニアの死骸と共に、普通に食える魚の死骸や、下級の水棲魔物なども浮いていたらしい。
そこで、湖の水質を調べてみると、そこには人にも有害な毒の成分が確認された。
あの湖で漁をしたり、水を汲んだりして生活をしているこの村にとっては大きな打撃だ。デスニアを殲滅出来ているとしても、この方法だと村の生活が成り立たなくなる。
おまけにデスニアの死骸を求めて下級の魔物たちが肉を食らいに来る。そして、その魔物たちも毒で死んでいく。
湖は、今やデスニアと、その魔物たちの死骸で汚染されているという。ああ、ここに漂っている腐敗臭や瘴気はそれか……。
「で、そんなときにアンタが現れたというわけだ。ギルドで報酬を貰えなかったあいつらが、ここに来たのかと思って、俺達は襲っちまったってわけだな……」
「なるほどな。そういうことなら仕方ねえし、元々気にしてねえよ。
しかし……ひでえもんだな……」
俺は村の様子を見ながらそう思った。立ち込める悪臭の所為で、村の奴らは表にも出られない。
そして、生活源である湖も使えない。これから来る冬を越すためには金が必要だというのに、湖の魚だけで生活をしているこの村にとって、その冒険者たちが行った、デスニアの討伐の方法というのは問題があったようだ。
ただ、問題があったのなら、何とかしろと言いたくなるがな。それで、ここの者たちは怒っているのだろう。俺がやったことじゃないが、同じ冒険者として何となく呆れてくる。
「大変なことになってんだな……」
同情交じりに呟くと、自警団の者たちは声を上げる。
「他人事みたいに言うな。アンタと同じ冒険者の所為でこうなってんだぞ!」
「これじゃ、俺達も生活できねえし、どうしてくれるんだ!」
「この村の地酒も水がないのでは出来ない。領主に一つ文句でも言わなきゃ気が済まねええ!」
自警団の者たちは、ほとんど俺は関係ないというのに、今回の騒動についての文句を投げかけてくる。ホウジはそんな者達を諫めているが、俺は聞いていない。自警団の男の言葉に、一つだけ興味をそそられるものがあった。
「ちょっとまて……おい、アンタ……今なんて言った?」
「あ? だから領主に文句でも――」
「いや、その前だ。地酒がなんだって?」
男に再度そう聞き返すと、ああ、と言って、どこかへ行き、徳利を下げて、俺の所に来た。
「これだよ、これ。ここの名産、「大銘水」って酒だよ。ここらでとれた米と、ここの湖の綺麗な水で作られる酒だ。
……だが、湖の水が毒で侵されてしまってんじゃ、この酒も出来ねえな……。
だから、領主に一言言わねえと気が済まねえって言ってんだよ!」
男の捲し立てるような物言いに、他の者たちも頷いている。ホウジばかりもこれには何も言わない。よほどうまい酒のようだ。
俺は男から徳利を受け取り、栓を抜いた。心地いい酒の匂いが漂ってくる。
……が、どこかで嗅いだなあと思い、そのまま飲んでみた。
米の香りがしたかと思うと、果実のような甘くさわやかな香りが鼻を抜けていく。
……うん。何度も飲んでいる酒の味だ。というか、昨日も飲んだな、これ。
なるほど……ここがこのままだとこの酒も飲めないのか。良い酒ってのは、良い米と、良い水で出来ているからな。それで、その良い水ってのはここの湖から汲まれる水らしい。
「……ふ」
俺の中で、何かが弾ける感覚があった。
「ッッッざけんじゃねええええええッッッ!!!」
―おにごろし発動―
無間が輝き、天界の波動が俺を包んでいく。目を見開くホウジたち自警団の前で、おれは神人化を完了させた。
「おいっ! このままだとこの酒はもう二度と呑めねえんだよな!?」
確認の意味も込めて、自警団にそう尋ねた。すると、ホウジは驚きつつも口を開く。
「あ、ああ、そうだ。湖が汚染されたままだと、この酒も金輪際出来な――」
「くそったれッッッ!!!」
ホウジの言葉も聞き終わらずに、そのまま、湖の方に向かった。
……ふざけんじゃねえぞ。あれだけ美味い酒がこのまま飲めないなんて、そんな話あってたまるか!
俺は周りの空気を浄化しつつ、湖の方へと向かう。湖に着くと、デスニアの死骸に群がっていた下級の魔物どもが、俺に向かってくる。
「邪魔だ! 雑魚共ッッッ! 光極波ッッッ!!!」
手に気を集め、そいつらに向けて放つ。いわば、天界の波動を圧縮させて撃つ光霊波の強化版のようなものだ。気に当てられた魔物どもは、デスニアの死骸と共に、その場から消えていく。
そして、湖の真上に行く。無間を抜き、その場で廻旋刀を使い、竜巻を発生させた。その中に光葬針を粒状にして纏わせる。
俺を追ってか、ホウジたちも湖のそばに来たようだ。下から何か声が聞こえてくる。
「お、おい! あんちゃん、何を!?」
「やかましい! 奥義・光葬嵐雨ッッッ!!!」
俺は竜巻を湖に向けて放った。魔獣の大山や、グリドリの汚染されたピクシーの楽園にやったのと同じ原理だ。毒や魔物の死骸に汚されたのであれば浄化すれば良いこと。
俺が放った竜巻は、湖にたどり着き、水をまき上げながら浄化していく。ホウジたちは、水しぶきなど衝撃に耐えるために、木にしがみついている。すると、大きな波が、ホウジたちに近づいていくのが見えた。俺はサッとホウジたちの前に出て、無間を構える。
―すべてをきるもの発動―
俺の視界に、切れ目が現れる。迫ってくる大波の切れ目を斬ると、水はその場で割れて、ホウジたちに何の影響も与えずに、霧散していった。
その後、湖を浄化し尽くした竜巻は次第に収まっていき、消えていく。雲の間から光が差し、湖をキラキラと輝かせた。
辺りに充満していた悪臭が無くなったことを確認すると、湖の水を掬って、飲んでみた。
「……うん、美味いな。これならもう、安心だろ」
湖の水は、先ほどまでと違って、とても澄んでいて、呑んでも何も感じないくらい甘い。
俺は未だに目を白黒させているホウジたちに、飲んでみろと促した。疑心暗鬼ながらも、ホウジたちは水を飲む。すると、目を見開いて、驚いた。
「……毒が……無い!?」
「あ、ああ……前と同じ……いや……それ以上だ……」
自警団の皆は驚きつつも、水を見つめて、綺麗になったことを確認している。俺はそいつらに笑って、ホウジに近づいていく。
「よし、これで、あの酒はまだまだ作れるな?」
「……あ、ああ。問題ないと思う」
「なら良いや。で、一応、湖も浄化しきっているはずだから魚など、食っても問題ないと思う。
ただ、これは可能性の段階だ。不安なら一度自分たちで食うかして調べた方が確実だな」
地酒の方はまだ良いとして、次に問題なのは、こいつらの冬越えだ。湖の生物たちを食えば良いのだが、まあ、そのためには、それが安全かどうか調べる必要はあるがな。俺がそう言うと、まだ、目の前で起こったことが信じられないという表情のホウジ。
「ま、まあ……それはおいおい考えるが、あんちゃん一体――」
「お、そろそろ時間だな。悪いが今日はここらで帰らせてもらう。じゃあなっ!」
このままだと、長くなりそうだと思って俺はその場から飛び立ち、トウショウの里へと向かう。ジゲンとたまをアヤメに会わせる予定だからな。
これだと依頼には失敗ってことになるのだろうが、デスニアがすでに倒されている以上は仕方ない。
ただ、あの酒がまた飲めるというのは嬉しいことだなと思い、湖を後にした。
後ろから、歓喜にも悲鳴にも似たような自警団の声が聞こえてくる。俺はフッと笑い、トウショウの里への帰路を急いだ。




