第179話―“刀鬼”と“斬鬼”の約束―
「……その後、回復した儂はすぐさま屋敷に戻り、皆と再会した。シロウとナズナはまだしも、自警団の者たちや、ショウブまでもわんわん泣いてな……。
本当に無事で良かったと、皆に言われて、嬉しかったのお……」
ジゲンは俺とたまに昔のことを懐かし気に、そして、時折、辛そうに語っていた。
たまは震えながら、話を聞いていた。時々、俺の袖を握り、何かに耐えるように、ジゲンの話を一つも聞き漏らすことなく、全て聞いていた。
たまと同様、ジゲンが感じた、怒り、悲しさ、辛さを思い知りながら、俺もジゲンの言葉に耳を傾けていた。まさか、こんな話だったとはと、昔のことを聞いたことを少し、後悔した。
俺も、仲間を喪った。だが、ジゲンの場合は、俺とは違う。呪われていたとはいえ、自らの手で、仲間を葬った。
そして、その記憶は克明に残っている。その辛さを、俺は計ることが出来ない。ただただ黙って、ジゲンの話を聞いていた。
「……それから、儂は屋敷で過ごしながら、シロウ達に武芸も教えていった。儂のような目に遭わせたくなかったからのお。
皆には……次を生きる子供たちには、強くなって欲しい。かつて、儂と共に戦った者達の遺志を継がせたいと考えるようになっていった。
……皆、儂がおらんようになっても、腕を上げたようじゃの」
ジゲンは喪った仲間達へのせめてもの罪滅ぼしとして、仲間たちの後継者を育てようと思い、当時、幼かったシロウ達に、牙の旅団の技や武器を託していく。それぞれの者たちが、立派にそれらを使いこなすことで、贖罪になるのではと考えたようだ。
そのおかげで、今のシロウ達は強くなり、今もここクレナで立派に生きていることを知ったジゲンはすごく誇らしかった、まるで、かつての仲間達がよみがえったようじゃと嬉しそうに語った。
「……それで、その後はどうしたんだ? 何故、行方をくらまし、たまと出会うことになったんだ?」
震えるたまの頭を撫でながら、ジロウが、ジゲンと名を変えて、皆から去った理由について聞いてみた。たまは、スッと顔を上げ、ジゲンの顔を見つめる。ジゲンは優しくたまに微笑み、頭を撫でた。
「……皆が成長し、アヤメも領主として、立派にその任を務めるようになったころ、もう大丈夫だと思い、皆の仇討を成すため、動いた。
じゃが、儂の闘いにアヤメたちを巻き込むわけにはいかん。だから、皆には黙ってここを出た。
それに、老いても儂の名は、クレナではかなりの影響があったからのお。儂が去ることで、シロウ達も真に独り立ちできると思っていたから、丁度いいと思っておった。
……まあ、それは逆効果だったみたいじゃが……。
その後は、以前話した通りじゃよ。旅の間に怪我をして、あの温泉街でたまの親に出会い、二人が亡くなったと知って、たまの面倒を見ようと、決心した」
領主としてアヤメ、街を護る自警団の長としてシロウを後継として決めた後は、本格的に牙の旅団の仇討のために動き出した。ジロウという名を捨て、世間から姿を消した後、方々をめぐり、情報を集めたりしていたという。
そんな時に、歳の所為か、今までの人生の疲れかで、旅の間に足を痛めたという。
そこで、あの温泉街に湯治をしに行ったときに、たまの家族と出会った。そして、たまの家族にもてなされ、傷も癒えたジゲンは大きな恩を感じる。
たまの両親が死んだ後は、遺された小さなたまを護っていこうと決心したようだ。そして、数年が経ち、俺と出会って今に至る。
「じゃが、そんな儂が、まさかもう一度ここで、昔と同じようなことをするとは、思わなかったの。ムソウ殿のおかげじゃな……」
ジゲンはニコッと笑い、俺に頭を下げる。仲間たちの償いとはいえ、自分の人生の大半を、他人のために走り続けたジゲンを、もう一度引っ張り出し、ここに連れてきたことに後悔を感じていたが、ジゲンの態度を見て、そんな気も失せた。
こちらこそ、本当に素晴らしい者が、俺の補佐をしてくれると思い、ジゲンに笑った。
すると、たまが、俺の袖から手を放し、ジゲンに寄っていく。そして、ジッと顔を見上げた。
「おじいちゃん……もう、つらくないの? ……わたしなんかほっといてもよかったんじゃないの?」
たまはこう見えて賢い子だ。そして、子供としての純粋な一面も持つ。だから、まっすぐに自分の思いをそのままぶつけることが出来る。
たまは、自分の存在が、ジゲンに取って重みになっていないかと問う。先ほど、俺とあれだけ闘っておきながら、全盛期ほどではないにしろ、仲間たちの仇討が出来ないほど、弱いということはない。
ただ、今もそれをしようと考えていないのは自分がジゲンに守られているのではないか、という考えがあった。こんな自分など、放っておいて好きに生きても良かったのではないかと、たまはジゲンを見つめた。
ジゲンはたまの言葉に、フッと微笑み、口を開く。
「仲間達を喪ったということは、もちろん今でも辛い。
……復讐を遂げるという誓いは今でもちゃんと残っておる。
……じゃが、それとたまをほっぽり出すというのは関係ない。儂はたまの面倒を見る。そのうえで、亡き友たちの無念を晴らそうと考えておる。じゃから、そんな顔はするでない。儂は好きで、たまの面倒を見ているのじゃからの」
そう言って、ジゲンはたまを抱き寄せた。たまはハッとし、うんうんと何度も頷く。自分がジゲンの足かせになっていないと知ったたまは涙を流し、ジゲンの服を掴んだ。
俺は、ジゲンに今の意志を確認するため、口を開いた。
「……では、今でも仇討は考えているのだな?」
たまの面倒を見ながら、俺の屋敷で働きながら、本当の所はどうなのかと確認する。すると、ジゲンは強く頷く。
「……うむ。やはり、牙の旅団の無念は儂が晴らさねばならん。あの時の悔しさ、怒り、悲しみはどれだけの年月を過ごそうとも消えないものじゃからのお」
ジゲンはまっすぐ、俺を見て、そう言った。決意はやはり固いらしい。俺はジゲンの言葉に頷き、肩を叩いた。
「分かった。出来ることがあれば、俺も協力しよう。お前には世話になっているし、向こうが呪いを使うのなら、呪いも効かず、解呪術が使える俺が居た方が都合がいいだろ?」
俺は笑って、ジゲンに協力を申し出た。出会ってから今日まで、何かと世話になっているし、何より、マシロの呪いの一件を解決したのは、厳密に言えば違うが、俺だ。何かの役に立てればと、ジゲンを見た。すると、ジゲンは少し悩みだし、口を開く。
「……良いのか? 儂の仇討に、ムソウ殿は関係のない人間じゃ。それに屋敷のことだって、アヤメとの約束だってある。これ以上負担になるようなことはさせたくないのじゃが……」
「構わねえよ。爺さんも今じゃ、闘鬼神の一員だ。俺はお前らの頭領でもある。仲間の助けになるのは当たり前だろ?
……それに爺さんのことだ。実は仇討の算段はすでに付いていて、その中に俺も居るんじゃねえか?」
ジゲンは頭が良いからな。昔もサネマサの立てた作戦にミドラって奴と口を出し、よりよい作戦を立てていたと先ほど話していた。今回もどうせ、既に先を読んでいて、その作戦の中に、いつの間にか、俺が巻き込まれているのではないかと踏んでいる。
すると、ジゲンの目が見開かれ、フッと笑った。
「……ムソウ殿には驚かされることばかりじゃの……」
「やっぱりか。食えない爺さんだ。……で、どうするんだ?」
ジゲンの考えに俺が入っていることを確認した俺は、改めてジゲンに先ほどと同じ質問をした。ジゲンはコクっと頷き、頭を深く下げた。
「ムソウ殿……頼む。儂に……力を貸してくれ……」
俺はジゲンの頼みを聞くと、頭を上げさせて、ジゲンと無理やり握手した。
「任せろ。その依頼、この冒険者ムソウが承ろう」
俺がそう言うと、ジゲンは笑い、目から涙を流し始めた。ようやく、長年抱いていた思いが果たされる。
そんな目だった。ジゲンは涙を拭うと、いつものような調子で、口を開いた。
「ムソウ殿……そこは、“死神斬鬼”と名乗るところではないのか?」
「そのあだ名、あまり気に入っていないんだよ。明らかに暴言だろ……」
「確かにの。正直儂も、“刀鬼”と呼ばれるのは好きではなかったのお。“大侠客”は嬉しかったが、どうもあれは、悪口にしか聞こえないのお……」
などと、お互いの呼び名について頭を抱え、笑い合う俺とジゲン。やはり、この男と俺はどこか似ている。同じような過去を持ち、同じように育ち……。
前の世界ではゴウキとエイキと俺で、「三国の三鬼、そろえば敵なし」と謳われたが、今回は“大侠客”に、“古今無双の傭兵”だ。きっと上手くいく。
そう信じて、笑い合っていると、たまも俺達の手の上に、自らの小さな手を重ねた。
「私も頑張る!」
ジゲンにニパっと明るい笑顔を見せるたま。期待しておるぞ、と優しくたまの頭を撫でるジゲン。その後も、俺達は楽しく、笑い合っていた。
◇◇◇
さて、ジゲンの仇討に協力することになった俺は、どういう風に、その計画を遂行していくのかを尋ねる。その前に確認したいことを確認した。
それは、仇討の標的となる相手。ジゲンを呪い、牙の旅団を全滅させた張本人の男。ジゲンは姿を見たわけではないが、声は聴いている。それで、その正体は分かっているとのことだが。
「結局誰なんだ? その相手って……」
「うむ……恐らくムソウ殿も気付いておるのではないか?」
ジゲンは俺の心を見透かしたように口を開く。
……正直、俺も何となく話を聞きながら、何となく分かった。ジゲンの話によれば、その男はクレナを掌握したいと考え、一番の邪魔者であった、牙の旅団を全滅させた。
だが、結果としては、ジロウは生き残った。その時点ではまだ、男の目論見は外れてしまったというわけになる。
しかし、その後、ジロウは姿を消す。トウショウの里に自分の脅威となる人物がいなくなり、動きやすくなった。
簡単に言えば、現在、クレナで調子に乗っている奴のことだ。
……となれば、答えは出てくるな。
「……ケリス卿か?」
そう尋ねると、ジゲンは神妙な面持ちで、頷く。牙の旅団が全滅するきっかけとなる依頼を出したのは奴だからな。
そして、依頼に出る前に、ジゲンはケリスと握手をした。呪いたい相手に接触しなければ付けることが出来ない呪印をその時、刻んだのであろう。
相手がケリスなら、話は早い……というわけにもいかない。奴を斬るのは簡単だが、俺もそれは面倒なことと考えている。
ケリスは神人であり、神族の末裔。ゆえに王都でさえも、何をしても許されていたような存在だ。手を出せば、また戦争が起こるかも知れないということで。
だから、クレナへ来て、街を三分したり、闘宴会という無法者共を囲っていても、街には許されないとも、王都には許されている。
つまり、よほどの理由が無い限り、ケリスを斬っても、裁かれるのは俺、もしくは俺を含む、ジゲンやたま、闘鬼神の奴らにまで、それが及ぶ可能性がある。
牙の旅団の仇討も立派な理由になると思うが、証拠はない。不当な理由と言われるのが落ちだろう。
ジゲンもそれゆえに手が出せないでいた。もしもあの時点でケリスを襲っていれば、アヤメや、自分の屋敷の奴らまで危険にさらすことになるかも知れない。サネマサにしたって、武王會館を設立することに影響が出るかも知れないし、最悪の場合、自分ともども、皆裁かれる可能性があった。
だから、ジゲンは全てを隠し、今日まで生きてきたというわけだ。
「また、面倒な相手だな……」
「まったくじゃな……じゃが、言ったであろう? 算段はすでに付いておる」
なかなか手ごわい相手かも知れないと思っていたが、長い間、ジゲンはどうやって仇討を成すのか考えてきた。
そして、最近になりようやくその手段を導き出したと語る。まあ、その手段というのに、サネマサのような強い味方の存在は必要であるという。一人ではできないと思っていたところに、俺と出会った。サネマサと同じくらい、いや、それ以上の力を持つであろう俺と知り合い、共に行動をするようになったのは、本当に幸運だとジゲンは語った。
だが、先ほど言っていたように、牙の旅団の仇討に俺は関係ない。俺を巻き込むべきか、どうか、必死に悩んでいたようだが、俺が協力を申し出たことでそれは解決し、考えを話そうと決心したというわけだ。
さて、ジゲンが言うには現状、ケリスを斬って良い理由が無い。その状態で、ケリスを斬ると面倒なことになる。ならば、ケリスを斬っても良いという理由があれば、問題ないのでは、とのことだ。
俺は頭をひねる。いわゆる、大義名分ってわけだ。確かにそれならば、恐らくレインにも、何も言われないだろう。ジゲンにも俺にも処分が下る心配はない。
「……だが、ケリスを殺すほどの理由なんて、あるのか?」
現在クレナでやっていることだって、貴族の度を越えているものばかりだ。アヤメを差し置き、クレナを裏から操作し、その結果、貧困問題、冒険者不足、増加する魔物の被害など、問題事が後を絶たない。
だが、それすらも、レインは黙認している。ケリスを斬る理由としては、不十分というわけだ。そう思っていると、ジゲンは口を開く。
「……儂が思うに、ケリスにはまだ、大きな目的があると考えておる」
「それは、ケリスを斬っても良いような状態になるほどのものか?」
俺の問いに、ジゲンは頷く。
ジゲンが牙の旅団を皆殺しにし、姿を現したとき、ケリスは言った。
「我が大願、間もなく成就される」
……と。恐らく、ケリスにはクレナ掌握の他に、まだ何かの企みがあると、ジゲンは踏んでいる。クレナ掌握よりも、大きなこと。それは人界そのものが危険な状態になるものと考えていた。
「それを裏付けるのは、あの時の行動。ケリスは、皆の亡骸から、何かを取り出していた。じゃが、それはまだ足りないと……。
儂は、それを使い、ケリスは何か、とてつもないことをしようとしているのではと考えておる」
「なるほどな……で、その何かというのは分かったのか?」
「うむ……恐らくじゃが、あれはコウシ達の魂ではないのかと思っておる」
ジゲンの考えでは、死んだ者に残っているものと言えば、その者の魂しかない。ケリスはそれを集め、何かをしようとしているのではないかとのことだ。
この世界における魂というのは、大きな力を持っている。俺が戦ったゼブルなども、魂の力を取り込み、強くなっていた。
そもそも、100年戦争のきっかけとなったのは、大地に現れた魂の結晶だ。手にすれば、強大な力を得られるほどのものをめぐって、それだけの闘いが起きたのだ。魂にはそれほどの力が秘められている。
ケリスはクレナを掌握するのに、邪魔な存在であった、牙の旅団を葬るついでに、その魂を回収したのではないか。その力を使って、何かをしようとしているのではないかと、ジゲンは語った。
何となく納得のいく話である。綿密な計画の下作られた、ひどく合理的な話だなと感じた。
「ふむ……なるほどな。それで、ケリスの目的というのは何か、そこまでは考えているか?」
ケリスは一体集めた魂で何をするのか。そこが重要だ。それによって、ケリスを斬って良いかどうかの判断が決まる。ジゲンが考えている、ケリスの目的というのは何なのか、確認してみた。すると、ジゲンは頷き、口を開く。
「恐らくじゃが……強大な魔物、あるいは魔龍を生み出そうとしているのではないかと考えておる。
それも、かつてサネマサらが倒した壊蛇に匹敵するような、強大な魔物をな」
「ほう……で、その根拠は何だ?」
「根拠はないのじゃが、ケリスは神人。神族の末裔じゃ。ならば、龍を生み出した神族の真似事も出来るのではないかと思っておる。
……儂らが倒した迷彩龍。あれは他所から来たのではなく、ひょっとしたらケリスが生み出したものかも知れないと思っていた。たまたまあそこにおったにしては不自然じゃからの。
ケリスが生み出し、あの呪いの触媒となった羽を仕込ませ、儂らとぶつけたと考えた方が自然じゃと思った」
「確かに、その方が確実に目的を果たせるからな。最悪、迷彩龍にお前らが倒されるということも考えられるが、そうなったら、迷彩龍を野に放ち、ますます多くの魂を集められるってわけか……だが、そんな魔物を生み出して、どうする気だ?」
ケリスが魔物を生み出す力を持つという可能性があるというのは理解できた。
だが、その目的までは、流石に俺も分からない。そんなことをして、何が出来るのか、見当もつかないな。だが、ジゲンは何か思い当たるようで、ゆっくり、口を開く。
「……奴の狙いは、クレナの掌握ではない。
……恐らくは、人界そのものの掌握が、奴らの狙いではないかと考えておる」
突拍子もない……ことも無いか。壊蛇に匹敵するような魔物を生み出すとなると、その結論には至るよな。何となく理解は出来るが、まだ分からないことの方が多い。俺は更にジゲンに考えを聞いていった。




