第139話―クレナの住民になる―
コモンたちの作業はまだ続いている。数が多いと確認だけで大変だなとアヤメが呟いている。何か悪いことしたなと思いながら頭を掻いた。
ちなみに報酬については既に届いているらしい。追加で査定売却金がどれだけの額になるのかは分からないから、こうやって調べているという。
「お、そういや、シンムの里でお前と闘っていう冒険者たちの分は払い終えたぞ」
「そうか、あいつらちゃんと来たんだな。で、その後は?」
「ああ。報酬を渡すと、早くお前に追いつきたいってんで、花街にもよらずに依頼に出て行ったよ。なかなか見どころがある連中だったな」
アヤメは腕を組みながら笑った。聞けば、スライムの殲滅を共にこなしたツルギ達は、報酬を受け取ると、何か他に依頼は無いのか、とアヤメに詰め寄ったという。
驚きながらも嬉しくなったアヤメはひとまずいくつかの中級依頼を任せ、皆を見送った。そいつらの背中は、この街で遊び惚けている冒険者たちよりもだいぶたくましかったとアヤメは語った。
「そうか、ならいいんだ。俺もあいつらと一緒にまた闘いたいものだ」
また会うって約束だからな。その日を楽しみに、俺も落ち着いたら依頼に取り組もうと思った。
「で、お前の報酬はどうする?」
「ああ、それなら査定売却金と共に受け取るよ。その方がいっぺんに済んで助かるからな」
「……まあ、どエライ額になっているということだけは伝えておこう」
やっぱりそうなんだな。スライム殲滅の報酬を分けたとしても、問題はなかったようだ。あの場で決まったことだが、俺が報酬を受け取らなくてもよかったのかも知れないな。
「ロウガンからの書状に書いてあったんだが、貰った金はちゃんと使えよ」
「分かってるって。金は貯めておくことに越したことは無いが、あまりありすぎると持っていても仕方ないからな」
俺がそう言うと、アヤメは頷く。まあ、ここはクレナだ。腕利きの色んな職人が居る。それも作っているものは武具に関わらず、多岐に渡っている。高くて良いものが大体揃っていることだろう。金を使わないということは無い。
それに屋敷の修繕費やたまたちの給金も払わないといけないからな。案外あっという間になくなるのではと高を括っていた。
「そういや、この後はお前、どうするんだ?」
「ん? ああ。ツバキとリンネの様子を見に高天ヶ原へ行くつもりだが、何かあるのか?」
「いや、そういうことなら話は早い。ナズナからな、帰りに二人の様子を見るついでに、遊びに来いってさ。もてなしの用意をしているらしいぞ」
へえ、それは確かにちょうどいいな。しかし、もてなしか……。たまとジゲンに悪い気がする。
まあ、妓楼に寄って、晩飯は食って帰るって伝えたから何とかなるか。土産を包んでもらおう。俺が分かったと頷くと、アヤメは不思議そうな顔をする。
「へえ、ムソウは妓楼が苦手かと思っていたんだが、そう言うことなら行くんだな」
「まあ、それは仕方ないだろう。わざわざもてなす準備してくれてんならよばれようよ」
「妓楼でもてなしって聞いて何も思わないのか?」
「……あ、それは考えていなかったな」
アヤメの言葉に頭を抱える。そうか、そういうことか……。
最悪の場合、そういう内容だったら有無を言わさず妓楼を飛び出てやる。
「まあ、騎士の嬢ちゃんも居るし、あの妖狐も居るからな。流石にナズナもその辺りは考えてくれていると思うから安心してろよ」
俺はアヤメの言葉に頷く。……正直、ツバキが居るからそんな心配になるんだよなあ。飯に何か入ってて、朝起きたら布団の中でツバキと寝てたってのは嫌だからな……。
まあ、薬、媚薬の類は俺には効かねえけど。EXスキルが無いとしても、俺に効くようにしたかったら、俺を殺すつもりでやらねえと無意味だからな。
流石にそこまでの無茶はするまい。ひとまず、二人の様子を確かめるとともに、家に帰るかどうかの確認など、色々としておきたいからな。寄るには寄っておこう。
そして、しばらくすると作業が終わったのか、コモンが何か書類を持って、アヤメの所に来た。
「ふう……ようやく終わりました。長く待たせてしまい、申し訳ありません」
「いや、気にすんなって。これだけの量を持ってきたムソウが悪い」
「なら、これだけの依頼を頼んできたアヤメが一番悪いな」
コモンの言葉に対し、俺に悪態つくアヤメにいい返してやると、皆で笑った。コモンはどちらの言葉に返すわけでもなく、そうですね、と頷いている。
「さて、こちらが一応の見積もりです」
コモンはそう言って書類をアヤメに渡す。アヤメはそれを見て、目を丸くした。やはりすごい額になっているようだ。
「コモン、これは予定だよな? 減ることだってあるよな?」
「増えることだってあります。……一応、僕の名前も入っているので、セインさんも大丈夫だとは思いますので、そこはご安心ください」
コモンの言葉にアヤメは、そうだったな、と胸を撫でおろす。こういう時に十二星天の繋がりって便利だな。同じ十二星天の言葉なら他の奴らも信じるってものか。なかなか、強い絆だと思いたいが、ミサキから聞いた話もある。
少し、不安にはなるが、ここはコモンのことを信じよう。
「それで、ムソウさん。ざっと見た感じですと、鎧の強化にはやはり壊蛇の鱗と噴滅龍の素材、その他いくつかの魔物の素材を使うことになりまして、このくらいかかりますが……」
そう言って、コモンは他の書類を俺に渡す。そこには鎧と小手に使われる素材の一覧と共に、「金貨400枚」の文字があった。普通なら高いなと思うところなのだろうが、天災級の素材を使うのなら妥当だなと思い、コモンに頷く。
「ああ、大丈夫だ。ここから増えても問題ない。先ほども言ったが、最高の装備を頼む」
コモンはわかりました、と笑って頷く。会った時から思っていたが、俺の頼みをそつなくこなしてくれるこいつはやはり、トウヤに似ている。トウヤは無間から俺の鎧まで何でも修復してくれていたからな。
それに向き合うあいつの目は、いつもやる気に満ちていたが、コモンも同じだ。俺が持ってきた素材を見る目は子供の様で楽しそうだ。安心してこいつに任せることが出来るが、俺はトウヤにも言っていた言葉をコモンに言ってやることにした。
「ただ、まあ無茶なことはするなよ。しっかりと休養を取りながら作業は行うように」
「分かってますって。じゃないと良いものは出来ませんからね」
コモンは俺の言葉に頷く。ああ、やはり似ている。同じことを返された。トウヤの親父さんがカンナの小太刀を作ってくれた時は何日か徹夜していたからな。良いものを作ってくれるのはありがたいが、それで体を壊してしまっては俺の気が引ける。
トウヤはそんなことをするなよ、という意味合いでそう言ったら、今のコモンと同様のことを言っていた。俺は少しおかしくなって笑った。
「あ、そう言えば一応、その書類にも書いたんですが、ムソウさんってお連れの方がいらっしゃいますよね?」
「ん? ああ、ツバキって女騎士とリンネって妖狐だ」
「はい、そのお二人にも取りあえず何か作ってみますが、よろしいでしょうか?」
ほう……気が利くなあ、こいつ。確かに土産に何かをと思ってはいたのだが、コモンがそう言ってくれるならありがたい。
「おお、是非頼むよ」
「わかりました」
俺の頼みにコモンは頷く。これなら良いものを作ってくれそうだと安心した。すると、アヤメが横から俺を小突く。
「このこの、隅に置けねえな、ムソウは」
「茶化すなって。土産は用意するものだろ」
少し恥ずかしくなり、アヤメにそう言うと、皆は笑った。他意は無いというと、皆は、はいはいと頷いている。信じてねえ……。コモンまでも笑っている。くそう……。
さて、そんなことしていると、ふと思い出したようにヴァルナが口を開く。
「あ、そう言えばアヤメ、前に修復と強化が終わったばかりで申し訳ないんだが、ムソウの持ってきた素材でさらに強化とかできると思うんだが、どうだ?」
ヴァルナはアヤメの刀、「花鳥風月」を指差して、そう言った。すると、アヤメは目を丸くして、ヴァルナの方を向く。
「え、良いのか? それなら俺もありがたいが……」
アヤメはそう言いつつ、チラッと俺の方を向く。何やら催促しているような顔だ。アヤメの考えに気付き、俺は一つため息をつく。
「はあ、分かったよ。金は俺が出すから好きにしろって」
「本当か!? じゃあ、頼む、ヴァルナ」
「はいよ。まあ、素材を組み込むだけだから、前のように長い時間はかからない。明後日にでも取りに来てくれ」
ヴァルナがそう言うと、アヤメは刀をヴァルナに渡し、がっちりと握手をした。類は友を呼ぶというが、ずいぶんと仲が良いみたいだな。どちらも似たような雰囲気だし。ここにエンヤも加われば、恐らく三人に対してだと俺も何も言えなくなるな……。
その後、査定売却金の受け渡しは一週間後という話になり、俺もそれを承諾し、ひとまず、この一件は片が付いた。無間をどうするか、ということも聞かれたが、祠に行っていない以上はそれも先延ばしだ、と伝える。
ついでに祠に行くのも屋敷のことが落ち着いてからゆっくりしていくということを伝えると、何故だか、コモンは落ち込み、分かりましたと頷いた。
どうやらコモンの方が、無間のことが気になるらしい。コモンによると、精霊の反応が無かったのは今まで無かったことらしいからな。未知なるものを調べることはコモンが好きなことだ。
残念そうにするコモンに、早めに色々と片づけると言うと、コモンは表情を明るくして、頷く。
そして、コモンとヴァルナと別れ、俺とアヤメはギルドに戻った。一応、今後の予定を話しあうことにする。たまとジゲンのこととか、色々だ。
天宝館を出ると、日が高いところまで来ていた。いつの間にか、昼時を過ぎていたらしい。ギルドに戻ると、ひとまずアヤメと飯を食った。その間も、アヤメは、長年抱えていた問題が解決出来て、肩の荷が下りた、と嬉しそうに喋っていた。
それは何よりと思いながら、俺も飯を食う。ギルドは相変わらず人が少ないが、ちらほらと依頼を受けている奴らも居る。俺と、スライム殲滅した奴らもクレナには居ることだし、これがもっと広まってくれればなあ、と思いながら、冒険者たちの様子を見ていた。
その後、飯を食い終わり、俺達は支部長室へと向かう。中ではショウブが机に座り、書類に目を通していた。
「よう」
「ん? おお、ムソウ殿か。聞いたぞ、大活躍だったそうではないか」
「まあ、そこまで活躍したという実感はないんだがな」
手を止めるショウブにそう言うと、大笑いして、次からは“規格外”ではなく、“死神”と呼ぶことにすると、言ってきた。頼むからそれだけはやめてくれと言って、辞めさせたが。この世界の奴らも俺のことを“死神”と呼ぶのか。何とも頭を抱える話だな。
さて、アヤメが座ってくれというので、言われた通りに座り、アヤメも俺の前に座った。
そして、今後のことを話す。
「とりあえず、お前のお陰で大きな依頼は特にない。急ぎの依頼もだ。だからお前も、他の冒険者同様、クレナで自由に行動できるぞ」
「そうか。そういうことなら当分はさっきも言ったように屋敷の手入れを行いながら、ゆっくりと冒険者稼業を行うつもりだ。話は聞いていると思うが、昔ジロウが使っていた場所だ」
「ああ、シロウからの書状で伝わっている。デカくて色々とガタがきているらしいからな。あいつらに頼んで修復してもらったんだが、どうだ?」
「問題ない。そのあたりのことも、シロウと話して決めている。……っと、そうだ」
俺は温泉街を出てから昨日までの間にジゲンが書いていた書状をアヤメに見せた。そこにはたまとジゲンの詳細が書かれている。住まわせてもらうのだから万一の時のために、とジゲンが用意していたものだ。
アヤメはそれを受け取り、じっくりと眺めている。
「なるほど……こいつらがムソウの屋敷で世話をするガキと、爺さんか。爺さんの方は傭兵だったみたいだな……」
「ああ、いろんなことに詳しくて、よく助かっているよ。昔のサネマサのことも知っていたし、ジロウの刀精のことも知っていた」
「ほう、そいつはすげえな。あの頃を知る傭兵はもうほとんど生きていないっていうのに……。
だが、それが本当ならこっちの、たまってガキがこの街で暮らすのも大丈夫だな」
アヤメはたまの資料に目を通しながらそう言った。こいつが言うのなら、大丈夫だな。ひとまずの心配は解けた。今頃、自警団の奴らと一緒に屋敷で安全に作業していることだろう。
「しかし、ジロウの刀精など妾達でさえあまり見たことないというのに……何者なのじゃ?」
俺達の会話を聞いてか、ショウブが不思議そうな顔をする。俺は肩を上げて、首を横に振った。
「それが、よくわからねえんだ。傭兵をやっていたってこと以外はな。まあ、特に気にすることでもないし、それだけ前からこのクレナで闘っていたということは、サネマサやジロウとも面識があってもおかしくは無いだろう?」
「まあ、そうじゃの……ひとまずは分かった。では妾は住民登録の手続きでもしておこうかの……」
そう言って、ショウブはアヤメからたまとジゲンの書類を受け取り、何か書き込んでいる。聞くと、街を管理する上で、どんな人間がどこに住んでいるかを把握しておかないといけないらしい。
有事の際、迅速に避難や生存確認などをしないといけないからな。ショウブは俺達のことを書き込んでいるみたいだが、ふと、手を止めた。
「そう言えば、ムソウ殿は結局、トウショウの里の住民ということになるのかの?」
「……あ、それは考えていなかったな。どうする? 籍だけでもこちらに入れておくか?」
俺達が住む屋敷がここにある以上、俺の住処はクレナのトウショウの里ということになる。元々、迷い人である俺は一定の生活拠点というものがない。
だが、ジロウとたまを家に入れる以上はそれが必要になってくる。ショウブとアヤメの問いに、俺は頷く。
「ああ。そういうことにしておいてくれ。クレナは俺の居た世界に似ているからな。俺が永住するにも不自由はない。改めてここの住民になるとするよ」
たまの面倒を見るという約束もあるしな。その方が、後々、都合が良いだろう。俺の言葉にショウブは分かったと頷き、再び筆を走らせる。すると、アヤメが口を開く。
「“規格外”の冒険者で問題起こしそうな住民か。……なかなか面白そうだな」
「何言ってんだ、まったく……」
アヤメはフッと笑い、俺は呆れてしまう。問題は起こすつもりはない。いつもいつも俺の周りで問題が起きているのは俺の所為じゃなく、面倒ごとが、俺のほうに寄ってくるからだと、アヤメに言うと、それもまた面白いな、とアヤメはニカっと笑った。
その後、アヤメとショウブと談笑していると、戸を叩く音が聞こえてきた。
「失礼します。あの……ナズナです」
「おお、入れよ」
尋ねてきたのはナズナだった。ナズナは部屋に入ると一礼し、アヤメとショウブに挨拶している。そして、俺の姿を確認すると、優しく微笑んだ。
「あ、ムソウさん。お帰りなさい」
「おう、邪魔してるぜ」
「依頼の件聞きましたよ。本当にお疲れ様です」
そう言って、ナズナは俺にも一礼する。礼儀正しいな、本当に。
「で、何の用だ、ナズナ」
アヤメに頷き、ナズナは口を開く。
「はい。ムソウさんがこちらにいらっしゃると聞いて。高天ヶ原の準備が整いましたので、お迎えに上がりました」
「ん? もう、そんな時間だったか……」
ふと、窓の外を見ると、日が傾き、夕焼け空となっている。アヤメたちと話し込んでいるうちにあっという間に時間が過ぎていたようだ。
確か、この後、妓楼で、もてなしてくれるんだったよな……。
「そうか、では早速向かうとするか」
「はい。この子も待ちくたびれていましたよ」
ナズナはそう言って、少し横にずれた。すると、後ろから小さな女の子が俺に駆け寄ってくる。女の子はそのまま俺に抱きついてきた。
「おっと……ん? リンネか?」
「……」
リンネはコクっと頷き、ニコっと笑った。妓楼で働くということで、リンネは禿らしく、綺麗な着物を身に纏い、少し化粧をしているようだ。パッと見ただけでは気づかなかったな。
「そうか、元気そうで何よりだ」
「……!」
俺はリンネの頭を撫でてやった。リンネは嬉しそうにさらに笑顔になった。
「私がムソウさんを迎えに行くと言ったら、すぐさま、こちらに来ましてね。どうやっても離れないので連れてきちゃいました」
「そうか。えらいぞ、リンネ」
よほど俺に会いたかったらしい。リンネは俺に抱き着いたままなかなか離れない。仕方ないので、そのままリンネを抱き上げ、立ち上がる。
「では、向かうとするか。アヤメ、ショウブ、色々と世話になった。また、依頼に取り組むときは顔を出すからな」
「おう、またな」
「羽目を外し過ぎるなよ」
アヤメとショウブは手を振って、俺を送った。ショウブは何やらニヤニヤしているようだ。そんなことしねえって……ショウブの方こそ……いや、それを言うのは辞めておこう……。
さて、ナズナと共にギルドを出て、高天ヶ原を目指す。ナズナは歩きながらツバキとリンネの様子を教えてくれた。
約束通り、ツバキはいわゆる裏方をしている。楼内の掃除や、妓女たちの身の回りの世話、寝所の準備などを主に行っているらしい。偶に客の前に行くとしても、酌だったり、妓女たちが舞うときの演奏などで、めったに客と接することは無いという。
リンネも同様だ。むしろ、掃除や皿洗い、妓女の世話くらいしか仕事がない。偶に妓楼で働く者達の相談相手になっているというが、無言のままで何とかなるのか、と聞くと、無口で頷いてくれる分、妓女たちも思いのたけを全て話せるということらしい。
おかげで今までよりも妓楼内が明るくなり、皆生き生きと仕事をしているという。妓女だけでなく、男衆の悩みなども聞いているらしい。リンネにえらいぞとほめてやると、ニコリと笑って頷いた。
「そう言えば、ムソウさんは妓楼などに行ったことは?」
「あるぞ、一度だけな……」
そう言うと、ナズナは安心したように、では大丈夫ですね、と言ってきた。何のことだか分からないので聞いてみると、今晩、俺の相手をしてくれるのはツバキの他に高天ヶ原でも一晩で金貨が消えるほどの高級な女達らしい。
それは高天ヶ原の四天女と呼ばれ、民衆から貴族までが夢見る高嶺の花という。あまりの美しさに俺が緊張したらどうしようと、ナズナは思っていたみたいだ。先ほどの礼儀正しさとは一転、失礼な奴だなと思いつつ、まあ、そんなこと起きねえだろうと思いながら、妓楼を目指す。
そして、上街の門をくぐり、花街へと入った。相変わらず客引きなどが目につくが、リンネとナズナが一緒に居るおかげか、そんなに声はかけられない。
これならいいや、と思い、俺達は平然と歩いていく……というか、前の一件もあるのか、俺の顔を見るや、何やら怯えたような目になっている。
いい気味だなと思いながら俺は笑っていた。
しばらくすると、高天ヶ原が見えてくる。この時間帯に来るのは初めてだが、客は入っていないみたいだ。張見世にも妓女たちの姿は見えない。おかしいなと思っていたら、ナズナがニコッと笑った。
「今日はムソウさんの貸し切りということになっておりますので、落ち着いて楽しんでくださいね」
……なるほど。それはありがたいが、何だか申し訳ないような気持ちになるな。一応、後で金は払っておこう……。
そのままナズナと共に高天ヶ原に入ると入り口で見覚えのある男が目についた。こないだ絡んできたコスケって奴だ。
コスケはナズナを出迎え、俺の顔を見るや、ピシッと固まる。
「あ、あんた……こないだの……」
どうやら俺だと気づいたらしい。コスケは何やら申し訳なさそうに俺とナズナをちらちらと見ている。
……金のことはやっぱり言っていないみたいだな。俺はフッと笑い、コスケに近づき耳元でささやいた。
「それが客に対する態度か?」
そう言うと、コスケはビシッとして、俺に作り笑いを向けた。
「い、いらっしゃいませ! ム、ムソウ様ですね! お、お部屋の準備は出来ておりますので、ど、どうぞ!」
俺は、うむ、と頷いてコスケに無間を渡す。コスケは震えながら無間を受け取るとおぼつかない足元で奥へと向かった。それを不思議そうに眺めるナズナ。
「どうされたのでしょうか、コスケさん」
「さてな。俺の人相見て少しビクついたかもしれんな」
ナズナの疑問に適当にそう答えると、ナズナは、はあ、と頷く。
そして、ナズナに連れられ、妓楼の一番上の部屋まで案内された。
「さあ、ムソウさん。こちらです」
「ああ」
ナズナに促されるままに襖を開けた。すると、目の前には豪華な飯が並んでいる。肉やデカい魚の大皿などと共に小鉢と様々だ。酒も多く用意されている。
……はあ、やはりこれだけのものを見ると、ジゲンやたまに申し訳ない気持ちになってくるな。金は払うから、一部だけ持って帰れるようにしてもらおう。流石にこんなには、食えないしな……
そして、料理の前で、一人の女が深く礼をしている。
「お待ちしておりましたよ、ムソウ様」
女はそう言って、顔を上げた。綺麗な着物に身を包み、うっすら化粧をしている。そして、頭には見覚えのある、椿があしらわれた簪を差していた。
「……ああ、ツバキ。ただいま」
俺はツバキにそう言って、部屋に入る。ツバキはにこりと笑って立ち上がり、俺と共に隣で座った。リンネもツバキとは反対側にチョコンと座り、酒の入った水差しを手に持つ。
「では、ムソウさん、高天ヶ原のもてなし、存分に堪能あれ……」
そう言うと、ナズナはひとまず引っ込み、襖を閉める。すると、奥から三人の妓女が現れて、俺に一礼した。それに続き、楽器を持った女たちが現れ、演奏を始めると、その三人の妓女たちが舞い始める。
そうやって、高天ヶ原での宴会が始まった。




