第137話―トウショウの里に帰る―
シンムの里の宿を出て、最初は騎士団のエンライに挨拶に向かった。スライム殲滅の事後処理などに追われていたが、快く対応してくれた。トウショウの里に戻ることを伝えると、またいつか会おうと約束し、固く握手した。
その後、街を出てアヤメが待つトウショウの里に戻る。旅の最中、ずっと保留にしていた、俺の秘密を二人に話しておいた。
迷い人であること、EXスキルを持っていること、そして、前の世界での俺の話。たまには少し難しかったようで、途中から寝始めたが、ジゲンは最後まで頷きながら聞いていた。
「……なるほどの。ムソウ殿の強さの秘密も、時折見せる遠い目の理由もわかったわい」
「え、俺そんな顔していたのか?」
「うむ……昔の仲間や死んだ家族のことを思い出していたのかの?」
ジゲンは俺の顔を見てくる。気づかないうちにそんな顔をしていたようだ。クレナに居ると、確かに前の世界のことをよく思い出す。
そして、たまやジゲンと過ごしていると、家族のことを思い出す。そんな時、俺はいつもそのような表情をしているらしいな。俺はジゲンの言葉に頷く。
「……かも知れない。まあ、過ぎたことはどうにもならねえからな。思い出すくらいは良いだろ?」
「そうじゃの……」
ジゲンはフッと微笑み、遠くを見つめた。
……あ、こんな顔か、と思い、気になって聞いてみた。
「爺さん、今は何を思っている?」
「ん? ……ああ、ムソウ殿と同じような顔になっていたか……これは、一本取られたわい……。
儂もふと、昔の仲間たちを思い出していたのう……」
ああ、やっぱり。爺さんも時々こんな顔をする。懐かしいような、寂しいような、そんな目だ。こいつにも俺と同じような者達が居たんだなと、その都度思う。
「爺さんの仲間か。どんな奴らだったんだ? 俺も話したんだから教えろよ」
「気が向いたらの……」
そう言って、ジゲンは、ほっほっほと笑う。まあ、いいや、と思い、俺は馬を歩かせる。互いに、過去に何かを忘れてきたような妙な共通点があることを知り、俺達は笑う。
俺は世界が違う。ジゲンは既に亡くなっている。今となってはどうしようもない過去を持っているわけだが、それでも俺達の「今」は楽しい。こうやって笑い合っているのだからな。
そして、これからは、たまも含めて、また、新しい生活が始まる。きっと楽しく、そして笑って死ねるように、生きていこうと、ジゲンと約束した。
その後、昼頃になり、たまが目を覚ますと同時に、シンムの里で作っておいた弁当を食べた。早朝、宿の厨房を借りて、たまが作ったものだ。煮物に焼き魚と豊富でどれも美味しい。
俺達が美味いという度に、たまは嬉しそうな顔をする。これからはこいつの飯をたらふく食えるのかと思うとすごく嬉しくなるな。
そして、昼飯を食った後は、また移動を再開した。途中で何度か魔物と遭遇することがあったが、いつも通り俺が前に出て闘った。あれだけ動けて闘えてもジゲンは動かない。たまのことを護っている。
複雑な気持ちだが、ありがたいと思い、それ以上は言わなかった。
魔物を倒しながらも、順調に旅を続け、日が傾きだした夕方ごろに、トウショウの里が見えてくる。ポツポツと花街の妓楼の提灯に明かりがついていくのがここからでも見えた。
「うわあ~~~おっきい! ねえねえ! あそこに住むの!?」
たまは花街辺りを指差してはしゃいでいる。俺は笑って、首を横に振る。
「いや、そこよりももう少し、下の方だ」
花街に比べると、だいぶ地味な下街を指差してそう言うと、たまは、ガクッと項垂れる。
「え~……あそこかと思ったのに……」
花街がどんなところか知らないたまは残念そうにつぶやいた。するとジゲンがたまの頭を撫でながら、優しくささやく。
「あそこには光に寄って、怖い物の怪が、夜にはたくさん集まる。下の薄暗いあそこの方が良いかも知れんぞ?」
間違ってはいないような、そんなことを言うと、たまはぴくッとして、怯えだす。そして、ぽつりと、
「……下でいい」
と言った。それを聞き、俺とジゲンは大いに笑った。
さて、その後トウショウの里の入り口のところまで行った。俺は馬車を下りて、門番の男に話しかける。そいつは前と同じ男だった。
「よう、冒険者ムソウだ。入っても良いか?」
「おお、ムソウ殿か! 戻って来られたのだな! アヤメ殿からの連絡は届いておる。
……大活躍だったそうだな」
門番は俺を見るや興奮気味な様子になる。依頼達成のことについては既に連絡行き届いているらしく、男は、噴滅龍はどうだった、とか、魔獣の大山の浄化はどうやったんだ、とか色々聞いてくる。一応は一つ一つ答えていくが、朝からの旅で少し疲れていたので、切り上げるようにした。
「そろそろ、良いか?」
「あ、ああ! すまない。
……で、そちらが、伝令にあったジゲンという者とたまという子か?」
男は馬車の荷台に居るたまとジゲンを指差して聞いてきた。
「ああ、そうだ。今日から、俺が借りてる家に住んでもらう」
「承知した。……では、ムソウ殿、ジゲン殿、たま殿、長旅ご苦労様」
俺だけでなくたまとジゲンにも労いの言葉をかけてくれた門番は門を開けて、俺達を中に入れてくれた。最初は荷台にこそっと隠れるようにしていたたまも、門番の言葉を聞いて、パッと顔を出し、
「ありがと~!」
と、手を振っていた。門番は優しく微笑み、手を振り返してくれている。
そして、ジゲンと俺は一礼して、門をくぐり、街の中へと入っていった。
街は夜だと言うのにがやがやとにぎわっている。この街特有の少し人相の悪い者達が酔いながら歩いていたり、家族連れが道のあちこちにある飯屋や屋台で、夕飯を食っていたりしている。
たまはそんな街の様子を荷台から覗きながら不安そうな顔をしている。
「うぅ~……ここの人たち、ちょっと怖い……」
まあ、温泉街の住民たちよりはそう思うだろうな。たまはなるべく人と目を合わさないようにしていた。すると、ジゲンが優しく口を開く。
「見た目はああでも、気が良い者の方が多い。そこまで怯えんでもよいぞ。それにムソウ殿より怖い者などこの街には居らんからな」
そう言うと、たまは段々と笑顔になっていき、うん! と頷いた。たまが元気になったのは良いが、少し複雑な気持ちがして、ジゲンの方を見る。
「おい、爺さん」
「本当のことじゃろう。それよりもどうするのじゃ?」
「あ? 何が?」
「今晩はどうするつもりなのじゃ?」
ああ、そのことか。一応今は、俺の屋敷を目指して歩いているが、あそこはボロボロだ。一晩泊まるのは気が引ける。
かと言って、この街には宿屋が無いし、花街や上街に行こうにも一度入ったら出づらいのがあるからな。たまも居るし、危険な所には行きたくない。ひとまず立ち止まって、どうしようかと悩んでいる。
「……ひとまず、シロウの所にでも行ってみるかな」
「ここの自警団の長じゃったのう。大丈夫なのか?」
「一応、俺が今日帰ってくることは知れ渡っているみたいだし、その辺りは何とかなると思う」
「そうか……では、向かうとしよう」
俺の提案にジゲンは頷き、ひとまず、今日泊まれるか、若しくは、俺の屋敷が泊まれる状態なのか、シロウに聞きに行くことにした。
シロウの屋敷の門の前に着くと、見覚えのある奴が居る。こないだ、俺と飲んだ奴の中の一人だ。俺がスリに絡まれたところを真似して、笑いを取っていた奴だったな。
「よう」
「ん? あ……アンタは確か……」
「冒険者のムソウだ。こないだは楽しかったぜ。ありがとう」
俺の顔を見て何かを思い出そうとしている男にそう言うと、男はハッとして、手をポンと叩く。
「おお! あの時の冒険者か! そういや、今日この街に帰ってくるって旦那が言っていたな! 無事で何よりだ!」
「ああ。でよ、少しシロウと話したいことがあるんだが、今居るか?」
「おお、居るぞ。ちょっと待ってろよ……」
門番の男は中へと入って行った。俺は馬車に居るたまに屋敷の方を指差し、良い奴だろ?と聞くと、たまは笑顔で頷いた。そして、しばらくすると、男がシロウを連れて戻ってくる。シロウは俺の顔を見るや、目を見開いて、迎えてくれた。
「おお、おっさん! 無事だったんだな~! アヤメからの書状では噴滅龍や破山大猿と相手をしたと書いてあったが、五体満足で何よりだ!」
シロウは俺の体をジロジロと見ながらニカっと笑った。倒したことについては特に驚かないみたいだ。むしろ無事に帰ってきたことについて喜んでいる。珍しい反応だな、と思いつつ、シロウの言葉に頷く。
「ああ、ありがとう」
「おうよ。まあ、立ち話もなんだし、上がれよ。飯用意するからよ!」
シロウは俺の腕を掴み、屋敷に入れようとしてきた。俺は慌てて、
「あ、いや、今日ここに来たのは話を――」
「良いから、来いって! ……おう! そこの馬車に居る二人もだ。アヤメから話は聞いている。確か名前は……」
「ジゲンじゃ」
「たまだよ~! よろしく~!」
「おう! たまちゃん、それから爺さんも、遠慮せずに入れって!」
「では、遠慮なく……」
「お邪魔しま~す!」
ジゲンは門番の男に馬車を任せると、荷台からたまを下ろし、手をつないで、屋敷の門をくぐる。
そして、俺を引っ張るシロウと共に、屋敷の中へ入って行く。
……誰も俺の話を聞かねえ……。まあ、いいやと思い、俺も屋敷へと入った。
屋敷の中では、前と同じく、女中たちが飯の支度をし、男衆は居間でくつろいでいる。俺達が姿を現すと、皆で俺に労いの言葉をかけてくれた。
そして、たまを目にすると、男たちの目の色が変わる。と言っても下卑た様な目ではなく、娘を見る父親の顔になって、デレっとしているようだ。たまが、こんばんは、と頭を下げると、一斉に正座になり、
「「「こんばんは」」」
と深く礼をした。荒くれ者が礼儀正しいことをぎこちなく行う光景は何とも面白いもので、俺とジゲンは笑った。
ひとまず、安心した俺とジゲンはたまを男衆と近くに居た、こいつもたまにデレっとしている中年の女中に任せ、呆れるシロウについていった。
「いやはや、おっさんにはうちの恥ずかしいところばかり見られるな」
部屋に着き、ドカッと座ったシロウは申し訳なさげにそう言ってきた。俺は首を横に振り、シロウの言葉を否定する。
「いやいや、毎度楽しませてもらっている。旅の疲れも癒えてくるよ。なあ、爺さん」
「うむ。この街のことは噂で聞いておったが、自警団がお主らなら儂らも安心じゃの……」
ジゲンも笑いながらそう言っている。シロウはありがとう、と一礼し、ジゲンに向き直った。
「改めて、ジゲン殿。この街に住むということで、自己紹介だ。俺がここ、トウショウの里の下街を仕切る自警団、ジロウ一家のシロウだ。よろしくな」
「ああ、こちらこそ……儂はジゲンという。今後はムソウ殿の所でたまと共に奉公する。よろしく頼む……」
ジゲンとシロウはお互いに礼をした。そして、シロウはこのトウショウの里に住むことへの注意点などを伝える。と言っても、俺が話した内容とほぼ同じだ。下街は別として、偶に花街に住むガラの悪い奴らがここに来ることには注意しろ、見かけたらジロウ一家の者を呼ぶようにとか、そういうことだからたまを一人にさせるなとか、色々だ。
「……なるほどの。ムソウ殿から聞いていた話は本当じゃったか。ここもずいぶんと変わったものじゃのお……」
「なんだ、爺さん。この街に居たことあったのか?」
「まあの。と言ってもずいぶんと昔の話じゃがな……」
「ということは親父が居たころか……」
シロウはそう言ってがっくりと俯く。
こいつ……あれだけ、もうそのことはあまり気にするなと言ってやったのに、まだ引きずってやがるな……。
「親父とは?」
「ジロウだよ。爺さんも名前くらいは知っているだろ?」
ああ、というようにジゲンは頷いた。
ジロウが居なくなってからこの街は貴族が支配しだし、再び治安が悪くなっている。アヤメやここに居るシロウは落ち込んでいたが、まだ、そのことを思っていたのか、と頭を抱える。だが、ポツリとジゲンは口を開く。
「……そう落ち込むこともあるまい。ここに来る途中、街の様子を見ていたが、皆楽しく笑って暮らしておった。お主らが頑張っている証拠じゃろ。その頑張りは無駄じゃない。じゃから、儂もここに住もうと思えるのじゃ」
ジゲンの言葉に顔を上げるシロウ。そして、フッと笑った。
「そうか。そうだよな! ムソウのおっさんと同じこと言われちまった。こんなんじゃだめだよな!」
シロウは元気を取り戻し、力強くそう言って、両頬をパンと叩く。若干その光景に驚きながらも、ジゲンは口を開く。
「あまり自分を卑下するでない。お主らのそういう若いが故の頑張りが、今度はたまたちの世代にもつながっていく。そのことを忘れることなく、今は突っ走っておけ」
「ああ! もちろんだ! 爺さんは良いこと言うなあ!」
シロウはそのままハッハッハ! と大笑いした。ジゲンも優しく微笑んでいる。感情の起伏が激しいことで……。さっきまで頭を抱えていた俺が馬鹿みたいだ。だが、元気を取り戻してくれて何よりだ。
そして、ジゲンも相変わらずいいことを言う。こないだ言っていたように、ジゲンは若い世代にいろいろと残してきている。たまだけでなく、シロウにもその思いは伝わったようだ。やはりこの爺さんは計り知れないな……。
まあ、何にしてもジゲンとたまがこの街に住むことに関しての話は終わったみたいだ。今度は俺の話だ。
「……でよ、ここからは俺の用事なんだが」
俺が口を開くと、シロウはガクッとなって、呆れるように俺を見てきた。
「なんだよ、おっさん。またも話の腰を折りやがって……」
「そう言うなよ。お前が勝手に落ち込んだのが悪いんだろ? ……まあ、いいや。お前らから預かった俺の屋敷、今はどうなってる?」
シロウの言葉をサラッと受け流し、屋敷のことを聞くと、シロウは、ああ、と頷く。
「一応、おっさんが出て行って今日までの間に、手の空いた自警団の連中で修復など行っている。寝泊まりくらいは出来るぞ。ただ、まだ少し汚れや破損が目立つな」
「なるほど。寝泊まりは出来るか……」
俺は少し考え込んだ。ならば、今日からあそこに行くか? などと思っているとシロウが口を開く。
「今日のところはうちで休めよ。おっさんらも疲れているだろ?」
「良いのか?」
「ああ。泊まれるって言っても、たまちゃんや爺さんのことを考えるとお勧めは出来ないってことだ。
ただ、まあ明日からは何とかしてくれ。こちらも部屋はいっぱいだからな」
「もちろんだ。じゃあ、今日の所は感謝する」
「世話になるの、シロウ殿」
俺とジゲンはシロウに頭を下げる。シロウは気にすんなと言って、ニカっと笑った。その後、屋敷の修復についてシロウ達が少し協力してくれるというので色々と話し合う。
結果、屋根や壁の修繕や、畳の張替えなど大規模で力が要りそうな作業が終わるまでは自警団を寄越してくれるという話になった。基本的には俺かジゲンの命令を聞くようにするとのことで、暇があれば、たまの相手をしてくれたりもするという。
屋敷で作業をしている間、俺が冒険者稼業に専念できるようにしてくれるそうだ。その代わり給金は払ってくれということだったので、一日銀貨二十枚くらいで良いかと尋ねると、納得してくれた。俺とジゲンは内心、これから受け取る依頼の報酬と、素材の査定売却金に比べたら、それくらい、はした金だからな、と思ったが口には出さない。
そうやって、屋敷のことについて話がつくと、急にどっと疲れが出てきて、思わず背伸びする。
「あ~……少しだけ肩の荷が下りた気分だ……」
「なんだ、おっさん、お疲れか?」
首周りを揉んでいると、シロウが、意外だという目で俺を見てくる。何だろうな、俺が疲れない人間だとでも思っているのだろうか……。
一応、そのあたりは俺も人並みなんだがなあと思っていると、ジゲンが口を開く。
「ここ数日は依頼もあったし、儂とたまの件もあったし、旅の間中もずっと馬を引き、闘っていたからのお。ムソウ殿もさすがに疲れたか」
「そう思うなら、闘いの時とか手伝ってくれよ……。まあ、たまが居たから良いけどよ」
ジゲンの言葉に悪態つくと、ジゲンとシロウは笑った。とりあえず屋敷のこと、たまとジゲンのことが決まったのは嬉しいことだ。
できればツバキたちも屋敷に住まわせたいが、どうだろうな。明日ギルドに報告に行った後に聞いてみるか。
あ……てことは妓楼に行くってことだよな。その気は無くてもやはり緊張する。ツバキとリンネを預ける者としてチンケな奴だと思われないために、少し上等な服を着ていこっと。
……まあ、ギリアンから貰った着物は全て上等なものだけどな……。
さて、その後、話を終えて部屋へ戻ると、たまは既に風呂に入っていて、多くの女中に囲まれながら髪を乾かしていた。たまはすっかり皆と打ち解けていて、たくさん喋っている。俺とジゲンはそれを微笑ましく眺め、風呂に入った。
「ふう……たまもここの自警団のことを気に入ったようじゃの……」
「ああ。気のいい奴らだろ? 元々はジロウに育てられた者達だとよ」
ジゲンはそうか、と言って、窓の外の星空を眺め出した。とりあえずはここの奴らを信頼しておこうかと思っている。俺はジロウという男のことは知らないが、あいつらのことは知っている。信頼に足る奴らだと思っている。
安心して、二人を任せることが出来るな。
さて、風呂から上がり、居間へと行くと、飯が用意されていた。俺達も席につき、皆で食卓を囲んだ。ふとおかずを見渡していると、真ん中に、龍のようなものが描かれた飾り料理がある。
「これ……たまか?」
「うん! 皆に喜んでもらおうと頑張ってつくったの!」
たまはニコニコ笑ってそう言った。娘を見るような目をしていた男たちは一転、信じられないという目でたまを見だした。シロウも女中たちも同様だ。
たまは皆に食べてみて! と無邪気に言った。すると、一人の男が、こんなのもったいなくて食えねえよ、と言うと、たまはシュンとして、
「食べてくれないの……?」
と呟く。それを聞いた男たちは少し、後ろ髪を引かれるような表情で、そっと箸をつけ、料理を口に運んだ。
すると、ハッと目を見開き、美味しい、美味しいとたまを褒める。たまは嬉しそうな顔をして、ニコッと笑った。
多くの箸で龍が崩れていく様を呆気にとられながらシロウが指差し、俺の方を向く。
……そうだよ、たまはこういう奴なんだ。見栄えよりも味が気になるみたいなんだ。俺が頷くと、納得、という顔で頷き、シロウも龍を食べ始めた。
飯を食いながら気を良くした男たちはたまに話しかける。
「いやあ~、たまちゃん、この料理は本当に美味しいぞ」
「ほんと!? 頑張って作った甲斐があったよ!」
「おお、ありがとうな~!」
「困ったことがあったらさ、おじさんたち、あの紋章を付けた俺達に何でも言ってくれよ!」
男はそう言って、部屋にかけられていた自警団の紋章を指差して、そう言った。たまはそれをジッと見ながら、皆に聞いた。
「ねー、あれってなあに?」
たまは自警団の紋章が何か気になるようだ。ここの自警団の紋章は、ボロボロの着物を纏った角のある髑髏が、刀を構えているようなものだ。不気味だと思うが、何となく前の世界でツバキが俺を見ながら彫った、あの腕輪に描かれた紋章に似ているなと思い、苦笑いする。
だが、本当に何なんだろうと思っていると、シロウが口を開く。
「たまちゃん、それがなあ、わからねえんだよ。あの紋章もここの自警団を設立した親父が作ったんだが、何のことだか、さっぱりでな。
親父が帰ってきた時にでも聞こうと思っていたんだがな……」
シロウは苦笑いしながら頭を掻いている。分からないままアレを使っているとは、何とも……。
しかし、このままだと本当のことが分からず、もやもやするなあと思っていると、ジゲンが突然口を開く。
「……あれは……死神鬼じゃの。ジロウの刀の刀精じゃったと思うが……」
ジゲンの言葉を聞き、皆はパッとジゲンの方を向く。
「爺さん……あんた、親父の刀精のこと知ってるのか!?」
「まあの。伊達に長生きはしとらん」
驚くシロウにそう言ってジゲンは茶をすする。ひとまず、俺も驚きつつも皆にジゲンが昔傭兵であったことなど伝えた。皆は動揺しながら、それなら納得という顔をした。
「そうか。爺さんも名のある戦士だったんだな……」
「そうでもない。
……さて、ジロウは長年共に闘った、自らの刀の精霊を、自らの分身として、この自警団の紋章にしたのではないかの?
街の皆を護るという意味を持つものにこれ以上のものはあるまいて」
ジゲンの言葉になるほどとうなずく俺達。確かにそれならば、ジロウが紋章にそれを選んだというのならば納得だ。ツバキが作った紋章も、俺が皆を護り、皆も俺を護るという意味が込められていたからな。
ふと、俺は気になることがあり、ジゲンに聞いてみた。
「だが、なんで、爺さんがジロウの刀の精霊がアレだって分かるんだよ」
刀の精霊はトウショウの祠に行かないと見れないものだ。一緒に行ってみたのか、と聞くと、ジゲンは違うと言った。
「偶像術じゃよ。ムソウ殿は知らんか?」
「ぐうぞうじゅつ? 何だ、それは……」
「このクレナに伝わる戦法というか、術の一つだ。トウショウの祠にて精霊と心を通わせ、一つになった時に使うことが出来る。
刀精を実体化させ、共に闘うというものじゃ……」
へえ、そんな技があるのか。話によれば、それは刀によって効果が変ってくるというが、ほとんどは同じものだ。幻影のようなものを浮かび上がらせ、そこから実際に攻撃を仕掛けるというもの。
……前にナズナがやってきたのがそれか? あれも幻影かと思ったが、質量のある重い攻撃だったな。ジゲンに聞くと頷いている。
「恐らくそれは、魔刀「千手・千眼」じゃの。巨大な姿をし、千の腕を持ち、それぞれに手にしている武器で攻撃するものじゃが……」
「おお、全くその通りだった! 知ってんのか!?」
「まあ……の。先ほども言ったが、無駄に長生きはしとらんのでな。
さて、この他にも偶像術を使える者はここクレナにも多く居るはずじゃ……そう言った者達と闘ったり、また、自分の刀精を見極め、偶像術を極めるというのも、面白いものじゃぞ?」
ジゲンは、よくする懐かしそうな目をしてそう言っていた。こいつ、ジロウって奴と闘ったことあるのか、と思うくらい詳しい。こいつの知識の量は底知れないな……。
そして、偶像術か……興味はあるな。トウショウの祠で、無間の精霊に会うことが出来たら、俺も使っていこう。恐らく、多分だが、凄い力を振るってくれそうな予感しかしない。
などと思っていると、シロウがニカっと笑って、ジゲンの肩を叩いた。
「何にしても、爺さんのお陰で長年の謎が解けた。またしても礼を言うぞ!」
「何の……お役に立てられてよかったわい」
ジゲンは優しく微笑んだ。周りの男衆もジゲンに頭を下げる。これからはジロウの残した意味というのをちゃんと理解して働けるな、と心の中で思った。
さて、その後も夕食は盛り上がっていき、食べ終えた後は皆で後片付けをする。何故かたまが率先して行い、男衆や女中たちにいろいろと指示したりしている。
手際の良さに、女中たちの長のような中年のおばさんは、やるわね、と呟いている。これなら、屋敷の作業でも安心だな。
だが、疲れていたのか、たまは途中から眠そうな顔をしだし、机を拭きながら船をこぎ出した。俺はたまを寝室へと連れて行き、布団をかぶせ、体を撫でてやった。
すると、たまは目を瞑り寝息を立てだす。それを見て俺も一つ大きなあくびをして、急に眠たくなり、そのまま眠ってしまった。
後でジゲンが俺にも布団をかけてくれたらしく、その後も、朝までたまと熟睡していたという……。




