第124話―宿に泊まる―
俺は火山を飛び立ち、地図を広げ、近くに街が無いか確認した。早速、毎回依頼を片付ける度に、トウショウの里に帰るという計画が狂うということになったが、ここから次に行う予定の破山大猿の棲む山までの距離と、トウショウの里までの距離では、前者の方が近い。
どうせなら一気に片付けておこうと思った。まあ、家も無いし、ゆっくりするなら、近くの宿屋に泊まった方が正解だと思っている。
さて、地図を見ていると、少し離れてはいるが近くに、宿場町があるようだ。今日はひとまずそこにしようと思い、その町へと向かった。
そして、街の近くで地上に降り立ち、神人化を解く。そのままでは入れないからな。
さて、街を見ると、それなりに大きな街だということに気付く。まあ、宿場町だからな。当たり前か。
だが、ところどころで湯気のようなものが上っているのが見えた。そして、かすかに香る硫黄の匂い……。これはひょっとして……。
そう思い、街に近づいていき、入り口の所に立っていた者達に声をかける。
「なあ、アンタ達」
「ん? ……っと! なんだ!? その恰好は!?」
俺が声をかけると振り向いた男たちの中からそんな声が聞こえる。ああ、今日倒した奴らの返り血だらけだからな。神人化してもここまでの汚れは落ちないから、仕方ないことだ。
だが、そんなことはどうでも良い。俺は湧き上がる期待を込めて、男たちに聞いてみた。
「ここは……温泉街か?」
「え? あ、ああ、そうだが……それよりも、アンタ……」
俺は男の言葉を聞き、そこで小躍りしたくなったがグッとこらえた。だが、表情は緩んでいくのを感じる。……そうか、温泉か。近くに火山があるからな。
……それにしても、久しぶりだな。ツバキとの旅の間はずっと火炎鉱石で温めて入るものだったからな。それに、今日は朝から飛び続け、日中は闘い続け、正直かなりしんどい。これはありがたいな。
「そうか、分かった。ありがとう!」
俺は門番に礼を言って、街の中に入ろうとしたが、止められる。
「待て待て待て! そんな恰好の奴を待ちに入れる訳にもいかないだろう!」
「え~! 疲れてんだよ! 少しくらい見逃してくれよ!」
「駄目だ! とりあえず、腕輪を見せてくれ。そして、何があったかを聞かせろ」
俺は渋々男の言うことに従った。ここで暴れる訳にもいかないからな。俺は腕輪をかざし、自分の情報を男たちに見せる。
「ふむ……冒険者の……ムソウか。ん? 迷い人か、珍しいな……。
ほう……マシロから……って! 噴滅龍討伐!? ちょっと待て! 何があったんだ!?」
俺の情報を続けていた男は急に慌てだして、そう聞いてきた。面倒だな、と思いつつも俺は、今日あった出来事を説明していく。
「今朝、ギルドの街を出て、火山に着いた後はオウガの群れを殲滅して、そのまま火山に入ってレッドワイバーンを倒して、その後火口で噴滅龍を倒した。証拠が見たいなら全部出すが……」
俺はそう言って、異界の袋を開けようとする。だが、男はポカンとしたかと思うとすぐさま首を横に振った。
「いや! いい! 大丈夫だ! ギルドの腕輪は嘘をつかないからな。トウショウの里からシンコウ山まで一日で到達できたことに関してとか色々疑問はあるが、大丈夫だ……」
男はそう言って、納得している。ほう、あの火山はシンコウ山というのか……。一人納得していると、落ち着いてきた様子の男が口を開く。
「噴滅龍の討伐とはな……オウガ達の群れもあり、この辺りでは厳戒態勢をとっていたのだが、そうとなればそれらを解除する必要があるな」
男は胸を撫で下ろしながらそう言った。ふむ、トウショウの街で依頼を受け取った時には特に何も言われなかったが、やはり付近の町々ではそういうことになっていたらしい。
これは明日の破山大猿も早急に対処した方が良いか。まあ、その前にここで疲れをじっくり落としておきたいがな。そう思い、安堵している男に口を開く。
「では、もう入っても良いか?」
「う……む。その格好だと敬遠されるかもしれないが、構わないのなら良いぞ」
そう言って、男は門を開けた。俺はハッとする。……まあ、そうだよな。こんな格好で言ったら注目の的だ。男の言うことは正しい……。
「……詰所、借りて良いか? 着替えてくる」
「……うむ」
俺の頼みに男は頷いた。俺は門番たちの詰め所のようなところに入り、着替える。温泉街らしく、ベヒモスの鬣で作った浴衣だ。
そして、着ていた着物を異界の袋に入れ、男の前に行った。
「これなら……大丈夫か?」
「ああ……問題ないだろう。……今日はお疲れさん。この街でゆっくり休んで行ってくれ」
「おう。色々とありがとう」
俺は男に頭を下げて、街へと入っていった。
街の中は温泉街らしく、大小さまざまな宿屋や、露店などが立ち並んでいる。夕方ということもあり、露店は既に営業を終えているが、宿屋には灯がつき始め、町全体が明るい雰囲気だ。
だが、人通りはまばらだ。噴滅龍の影響で厳戒態勢をとっているからな。この地を訪れる者も少ないのだろう。
ということは、宿屋もそんなに人は居ないか……さて、どこに入ろうかな、と思っていると、他の所と比べると、小さな宿屋が目についた。あまりに大きなところに泊まるのももったいないような気もするし、今日はあそこに泊まろうと思い、そこに入って行くが、誰も居ない。
「おーい! 誰かいるか~?」
奥の方に向けて声を出すが、返事は無い。やってないのか? と思い、その場を立ち去ろうとすると、奥の方から、ドタドタと足音が聞こえて来た。
そして、部屋の奥にあった襖が勢いよく開き、小さな女の子が顔を出す。
「い、いらっしゃいませえ!」
女の子は元気に口を開けた。
「お、おう……今日ここに泊まりたいんだが」
「あ、はい! 何名さまですか?」
「一人だ」
「えっと……えっと……あ! 何泊くらいされますか?」
「一泊だな。明日の朝、ここを発つ」
「そ、そっか……」
泊数を伝えると何故か落ち込む少女。少し不思議に思い、ふと辺りを見渡し、人の気配を探った。が、少女以外の人の気配がない。
「なあ、お前……ここ、一人でやってんのか?」
そう尋ねると、少女は俯き、口を開く。
「うん……お父さんもお母さんも死んじゃって、それから……」
「死んだ? それからは一人でやってるのか!? 他の奴らは手伝わねえのか?」
「うん……みんな、自分とこが忙しいみたいだからね……。
あ、でも、時々手伝ってくれる人もいるし、それにおへやはいつもきれいにしてるから、安心して! おふろも毎日おそうじしてるから!」
少女は落ち込んだかと思うと、急に笑顔でそう言ってきた。俺は少女の言葉に茫然としている。まあ、確かにここは温泉街、厳戒態勢をとっている今ならまだしも、普段は多くの人でにぎわっているはずだ。どこも忙しいのは分かるが……。
なんだか少女が気の毒になってきた。俺は、必死に俺を引き留めようとする少女の言葉に頷く。
「……分かった。今日はここに泊まるから、取りあえず部屋に案内してくれ」
そう言うと、少女の表情はぱあっと明るくなる。
「ありがと! こっちだよ!」
少女は俺の腕を掴み、部屋へと案内してくれた。俺の腕を掴んでいる手にはまめだらけだ。それだけ必死にこの宿を切り盛りしているのだろう……。
「お、お客様のおへやはここ! おゆうはんはここに用意するから、ごゆっくりしてね!あ、おふろは下の廊下の奥にあるからご自由にどうぞ!」
部屋へ着くと、少女は俺にそう言ってきた。そこで、ふと、思い出したことがあるので聞いてみる。
「洗濯桶かなにかあるか? 着物の汚れを落としたいんだ」
「えっと……おじちゃん、みたところどこも汚れてないけど……」
「ああ……俺は冒険者だ。汚れた着物は異界の袋に入れてある。……すこし、お前に見せるには気が引ける……」
血まみれだからな。こんな少女に見せるわけにはいかない。洗濯も自分でやろう。俺は少女に異界の袋と、ギルドの腕輪を見せた。すると、少女は頷く。
「分かった! じゃあ、おふろの、だついじょの所に桶と洗濯板を置いておくからご自由に使ってください!」
「そうか、ありがとう」
俺は少女に礼を言って、頭を撫でてやった。少女は嬉しそうにニコッと笑い、どこかへ行った。
ところどころ言葉遣いに妙なところはあるが、接客は上々だ。いい子だなと率直に思う。幾つなのだろうか。そして、いつから一人でここを切り盛りしているのだろうか……。
さて、その後、俺は部屋へと入る。……うん、綺麗だ。よく掃除されている。部屋は畳の部屋で、特に何かあるわけでもなく、大きな卓が置かれているだけだった。
とりあえず、隅の方に無間と異界の袋を置き、座った。
そして、窓を開けてみる。街は既に日が沈んでいて、ぽつぽつと灯りがつき始めているが、宿の灯りはやはり少ない。まあ、厳戒態勢は解かれるわけだから、それもじきに終わるだろう。
ふと、思い出したことがあった。今日の依頼のことについて、ギルドに送らねえとな。俺は異界の袋から、伝令魔法の魔道具を取り出す。魔道具は丸い宝石を鳥の彫像が抱えているようなものだ。それを手に取り、じっくり見てみる
「えっと……どうするんだっけか……。確か、ここに頭を付けて……」
ロウガンにこれを渡されたときに教えてもらったことを試していく。
まず、鳥の頭の所に額を付ける。すると、丸い石が輝き始める。そこからが、記録できるという合図だ。俺は今日あったことを思い出していく。
報告以上の数が居たであろうオウガの群れ、オウガジェネラル、オウガロード、そして、火山の中の様子、そこで遭遇したレッドワイバーン、最後に噴滅龍……よし、以上だな。
俺は魔道具から頭を離す。すると、丸い石の輝きが収まった。これが記録完了の合図だ。そして、鳥の口が開く。次に、ここへ伝言を言うと、言葉が記録されるということだったな。
「さて……と。とりあえず、オウガの群れの殲滅、レッドワイバーンの討伐、噴滅龍の討伐は完了した。オウガの群れは百どころじゃない数が居た。
一応全滅したと思うが、調査隊を組み、再度確認した方が良いだろう。
レッドワイバーン、噴滅龍の討伐に関しては問題ない。天宝館のコモンとヴァルナって刀工には取りあえず全身分の素材はあるから安心しろと伝えろ……。
それから、アヤメ。天宝館に行く際に、紹介状が必要ってことと、コモンが居たことを俺に伝えなかった件については後で言うことがあるから……覚悟しとけ」
俺は最後にそう付け加えて、魔道具から顔を離す。すると、鳥の口は閉じ、魔道具全体が輝いたと思うと、丸い球が浮かび上がる。
それは、そのまま鳥の形になって、トウショウの里の方向に飛んでいった。
……ふむ、終わったらしいな。……いいな、これ。簡単だし、便利だ。
ミサキ……いい仕事するなあ。あと、セインもだ。これを作った時は二人とも仲良かったのかな、と、ふと、思った。
まあ、この件は良いや。周りにコモンや、サネマサみたいなちゃんとした奴が居るんだからな。それに、今のミサキにはウィズたちも居るし、問題は無いだろう。
さて、ギルドに伝令を飛ばした後は、取りあえず、洗濯をして、風呂に入ろうと思い、下へと降りた。そして、脱衣所に入る。
……うん、ここも綺麗だ。よく手入れされている。ふと、風呂の方を見ると、そばに洗濯桶と板が置かれていた。これか、と思い、異界の袋から、血まみれの着物を出し、桶に入れてそこに水を入れていく。透明な水がどんどん赤くなるのを見て、どうしようか、と悩む。仕方ない。風呂場を汚すわけにもいかないな……。
―おにごろし発動―
俺は神人化し、その姿で、着物を洗っていく。すると、赤く染まっていた水は透明になっていった。オウガ達、魔物の血で汚れた水が浄化されている、ということである。
だが、これは意外と恥ずかしい。こんなことのために俺は神人化するのか、と自問自答を繰り返しながら行っている。
正直、この宿に泊まっている奴が俺一人で良かった……。
そして、汚れを落としては、赤く染まる水を浄化し、また、汚れを落とし、浄化し……と何度も繰り返すうちに、着物は段々と綺麗になっていく。もう良いか、というところで、着物の水気を切り、最後にもう一押しと、光葬雨を着物に浴びせる。残っていた細かな汚れが無くなり、着物は新品のように綺麗になる。
ひとまずそれを泊まっている部屋に持っていき、乾かすために窓際にぶら下げた。
……毎回これをやる度に思うが、こうやって着物や自分を神人化して綺麗にする方法、浄化って言えるのか? 納得はしているが、少し違う気がする……。
……細かいことは気にするまいか。そう思い、これ以上は何も気にせず、俺は作業を続けた。
それが終わると、風呂へと向かう。今、着ている浴衣を脱ぎ、俺は浴場へと入った。……というか、出た。
ここの宿は、露天風呂のみでやっているみたいだ。内湯は無い。まあ、あったところであの少女一人では厳しいだろうな。風呂場も綺麗にしているみたいだ。正直、良いところに泊まったなと思い、俺は石で出来た、天然の露天風呂のような様式の風呂に入る。
「ああ~~~……♨」
ああ、気持ちいいな。一日の疲れが取れていく感覚は、やはり、温泉ならではだ。今日は朝から飛び続けていたからな。なお、気持ちよく感じる。
ちなみにだが、最近気づいたことがある。神人化した時に出る羽……あれは俺の背中から直接生えているものではない。
先日うっかりして神人化のまま無間を背中に背負ったんだが、羽根に痛みも感じず、何も感じなかった。恐らく、気か何かで羽の形をしているだけのものだろうと納得している。
ちなみに、その状態で、羽根を収めようとしたが、無理だった。どういう理屈なのだろうか。まあ、物質をすり抜けるのであれば、狭い場所でも問題ないと思い、特に気にしては無いのだがな。
神族の奴らって皆そうなのか……? 若しくは神人がそうなのか、とあれこれ考えてみるが、いずれどこかで会えたら確認してみようと思っている。
居れば、の話だがな……。
ふと、周りを見渡す。俺一人だ……やはり、少し寂しいな。旅の間は、リンネと入ったり、ツバキが押しかけてきたり、とあったが、今は違う。
今度、一緒に入ってやろうかな……。
いやいやいや! 嫁入り前だ、ツバキは。そんな女とは入れない。……うん。次からもリンネとは一緒に……。
……あ、そういえば、昨日リンネが人化して思ったんだが、リンネって、雌だったんだな……。
特に気にしたことなかったから、気にしなかったが。人化した姿は女の子だったし……。
まあ、妖狐という種族に性別というものがあるかは不明だがな。だが、ミサキの召喚獣たちも性別というのはあったし、デーモンにもあったし……。なら、妖狐にもそういう概念はあるのかも知れない。
……うん。リンネと風呂に入るかどうかはまた後で考えよう。だが、あの子は子供だからな。それに親も亡くしているから。女と言えども、風呂くらいは良いかな……。
……さて、と。しばらくそんなことを考えながら、湯に浸かっていたが、腹が減ってきたと思い、風呂から上がり、部屋へと戻った。
部屋では少女がせっせと飯の用意をしている。
「あ! も、もう少しまってね! すぐに用意しますから!」
「慌てなくていい。おかず、こぼさないようにな」
俺はそう言って、部屋の隅の方に座った。少女は、はい! と返事をして、飯の用意をしてくれる。献立は、白米に、汁物、焼き魚に、一品料理がいくつか。それに鍋物か……。結構豪勢だな。
「それは、お前一人で?」
「あ、はい! 私、かじぜんぱんとくいだから!」
少女は茶碗にご飯をよそいながらニコッと笑う。やるなあ……。良い嫁さんになれるぞ、と思い、笑い返した。
その後、飯の準備が出来たようで、俺は近づき箸をとろうとした。ふと、卓の上を見てみる。何故か飯が三人分用意されていた。
チラッと少女を見ると、何かもじもじとしている。
「あ、あの……」
少女は何か言いたそうにしているが、うまく口を開けないみたいだ。ああ、なるほど、と思い、俺は少女に笑った。
「一緒に食おうか」
そう言うと、少女の表情は明るくなっていく。
「うん! ありがとう!」
というわけで、俺は少女と一緒に夕飯をとることになった。その後、二人で手を合わせて、飯を食い始める。おかずはどれも美味かった。……いや、本当に美味しい。お世辞じゃない。少なくとも、この世界に来てから食って来たものの中で一番美味く感じる。少女が、家事全般が得意というのは本当らしい。
飯も美味く、接客もきちんとしていて、何故ここに客が居ないのか、疑問に思うが、切り盛りしているのがこの子一人だということを考えると、妥当かも知れないが、何とも勿体ないと感じた。
まあ、今日はそれを独り占めしているのだと考えると、悪い気はしないがな。
「あ……あの、どうですか?」
ふと、少女が俺に尋ねてきた。俺はおどおどする少女に笑って、空になった茶碗を差し出す。
「ああ、美味いぞ。今日の疲れが取れていく」
「ほ、ホント? がんばってつくったかいがあった!」
料理を褒めると、少女はニコッと笑って、茶碗を受け取り、ご飯をよそった。ふと、卓の上のもう一人分のおかずと茶碗が目につく。
「なあ、何で三人分用意しているんだ?」
「えっと、もう少ししたら、もう一人来るから」
「客か? 他にも居たのか……」
「ううん。時々手伝いに来てくれるおじいちゃん。今日はうちに来てくれるって言っていたから」
ほう。そんな奴いたのか。って、そう言えばさっき言っていたな。時々手伝ってくれる奴が居るって。……そいつのことか。
「どんな奴なんだ?」
少し興味がわいて、聞いてみた。
「えっとね、元々はこの街の人じゃないんだけど、ずっと前にとうじにうちにきて、お父さんたちと仲良くなってそれからはちょくちょく来てたんだけど、お父さんたちが死んじゃうと、しばらく来なくなったの。
でも、三年くらい前にまた、来るようになって、ときどきお手伝いをしてくれるんだ」
「そいつは……良い奴が居たもんだな」
「うん! お父さんとお母さんが死んじゃってから寂しかったけど、おじいちゃんが居てくれて楽しくなったの!」
少女はにぱっと笑ってそう言った。ずいぶんとまあ信頼されているもんだ。よほど良い奴らしい。話を聞く限りじゃ、俺からも好印象だ。会うのが楽しみだな。
そうやって、少女と話しながらご飯を食べていると、戸を叩く音と男の声が下から聞こえてくる。
「お~い、たま、居るか~い?」
その声を聴くと、少女はパッと箸を置いて、ガタっと立ち上がった。
「あ! うわさをすれば、来たみたい! は~い! 今行くよ~!」
少女はそう言って、下へと降りて行った。あの子、たまっていうのか……。その後、しばらくすると、二人分の足音が聞こえてくる。たまとそいつは何か話しながらこちらの方に近づいてくる。
「む? お客さんが居るのかい?」
「うん! ぼうけんしゃさんだって!」
「ふむ……儂が加わってもよかったのかの?」
「あ……ちょっと待ってね!」
すると、ドタドタドタっとこちらに近づいてくる小さな足音。廊下から、たまがこちらを覗き込む。
「あ、あの……おじちゃん……」
たまは不安そうに俺を見ている。俺は優しく笑って、
「気にすんな。そちらが問題なければ、大丈夫だ。
……お~い! 早く入って来いよ! 飯は皆で食う方が楽しいし、美味いだろ?」
と、廊下に向けて言った。すると、たまの表情は明るくなり、後ろから、長着を着た老人がのそっと顔を出す。白髪の髪はボサボサに伸ばしており、顔が良く見えない。
背は俺よりも少し低いくらいか。腰はしゃんとしているみたいだが、表情は好々爺そのものだ。どことなく、タカナリを思い出す、優し気な爺さんだった。
爺さんも、たまと同じように部屋の中の俺の表情をうかがっているようだ。
「本当によろしいのかの?」
「もちろんだ。宿主が世話になっているというからな。無下には出来ん。さあ、こちらに……」
そう言うと、爺さんの表情も明るくなり、たまと共に手をつないで部屋の中に入ってきた。そして、食卓につく。
「いやいや、優しそうな御仁で良かった。今日は、ようこそこの宿に……」
「あ、いや、こちらこそ、素晴らしいもてなしに感謝している」
頭を下げる爺さんに俺も頭を下げた。すると、たまが徳利を俺達の方に向ける。
「ほら、おじいちゃん、おじちゃん! 今日はおつかれさま!」
本当にしっかりしてんな、たまは。俺達は顔を見合わせて、笑い、御猪口をむけた。たまは俺達に酒を注ぎ、自分の器に、茶を注いでいた。
「それじゃ、二人とも、乾杯!」
「ああ」
「ありがとう、たま」
俺達は乾杯し、飯を食うのを再開させた。美味い飯があると、俺達の会話も弾んでいく。
「お主はどこから来たのじゃ? 冒険者と聞いたが……」
「ああ、マシロで冒険者の登録をして、今はトウショウの里に拠点を移している」
「ほう……あそこに拠点を移し、旅とは珍しい……」
「あ、やはりそうなのか……まあ、そんな奴らのお陰で、この辺りが大変なことになっているって聞いてな。領主から、依頼を任されてここに来た」
「領主直々にか?確かに凄腕のようじゃが、どんな依頼を頼まれたんじゃ?」
「この辺りだと、今日こなしたオウガの群れの殲滅、レッドワイバーンの討伐、それから、噴滅龍の討伐だな。流石に今日は疲れた……」
そう言うと、爺さんは身を乗り出して、信じられないという表情で俺を見てきた。たまも同様の反応をしている。
「噴滅龍の討伐!? こなしたじゃと!? 倒せたのか!?」
「ああ、問題ないぞ」
「お主一人でか!? にわかには信じられん……」
「証拠を出せとか言うなよ。ここじゃ狭すぎる」
「う、む……そうか……」
「おじちゃん、強いんだね……」
「おう、俺は強いぞ。歳はくったが、その辺の若い衆にはまだまだ負けんぞ」
「それにしても、だよ……でも、それがほんとうなら、またこの街にも多くの人が来るね! おじいちゃん!」
「そうじゃな……これから忙しくなるかもしれんぞ?」
「……うん、そだね」
爺さんの言葉に少し落ち込むたま。何だろうとは思ったが、一人でやっていく不安でもあるのかな、くらいにしか思わなかった。
「……で、明日からはどうするのじゃ?」
「ああ、取りあえず、ここから北の方にある魔獣の大山というところに行って、そこに居る破山大猿って奴と、付近に居るゴブリン、オーク、リザードマンの群れを殲滅する予定だ。
その後はまた移動し、雷獣の討伐、死骸軍、ムカデカラス、大鎌カマキリの群れの殲滅、最後にスライムの大群を殲滅したらトウショウの里に帰ろうかと思っている」
流石に、一日では無理だと思っているが、出来るだけこなしていこうと考えている。すると、爺さんは顎に手を置いて、再び思案を巡らすように呟き始める。
「う~む……噴滅龍のみならず破山大猿まで行くのか……他にも魔物の殲滅……。領主も難儀なことを……」
「そう言うなって、アヤメは悪くない。悪いのは遊び目当てにここに来る多くの冒険者の所為さ」
「お主がそう言うのなら、まあ、良いが……気を付けていくんじゃぞ」
「ああ」
爺さんの言葉に頷き、酒を呑む。心配してくれる人間が居るのはありがたいことだな、全く。ふと、たまの方を見ると、たまは不思議そうな顔をしていた。
「そう言えばおじちゃん、名前は?」
「ああ、言ってなかったか。俺はムソウという」
「あ、わたしはたま! えっとね……ムソウおじちゃん……やっぱり、明日の朝、出ちゃうの……?」
たまは、寂しそうな顔をして、そう言った。俺はどうしようかと悩んだが、たまの頭を撫でて口を開く。
「そんな顔すんな。明日も明後日もここに泊まるよ」
「ほんと~!? わ~い!」
たまは嬉しそうな顔をし、大きく頷いた。幸い、スライムの軍勢を除く他の依頼の指定場所から、ここはそこまで離れていない。寧ろ、トウショウの里の方が離れている。逆にこの方が良いかと思っている。
すると、爺さんが俺のお猪口に酒を注ぎ始める。
「すまんのう……」
「気にすんな。飯は美味いし、風呂は気持ちいいし。断る理由は無い」
そう言って、酒を呑むと、爺さんはそうか、と頷く。まあ、本音を言えば、たまの寂しそうな顔が心に刺さったからな。こんなにも丁寧に俺をいたわってくれたこの子の悲しむ顔は見たくない。
それに、これから行く所に温泉がある保証はない。疲れをとるにはやはり温泉だ。こちらに何泊しても良いだろう。
「そういや、爺さん、名前は?」
「儂か? 儂は……ジゲンという」
俺が名前を聞くと、爺さんは少し詰まったようにそう言った。ボケでも始まってんのか?まあ、いい。ジゲンというのか。俺は分かったと頷き、
「じゃあ、爺さん。これから何日か世話になるからな」
「ほっほっほ。こちらこそよろしくの、ムソウ殿」
と、改めて言葉を交わした。
その後、飯を食い終わった後は、たまとジゲンと一緒に、食器を片づけた。流石にたまひとりに後片付けをやらせるわけにはいかないからな。
そして、ジゲンを見送ると、急に寂しそうな顔をするたまと一緒に部屋で寝た。
さてと、明日はまた依頼をこなすことだからな。ゆっくり休もう。
俺は横でスヤスヤと眠るたまの頭を撫でて、眠りについた……。
はい。新しく加わったロリ枠と、ムソウさんの友人枠の爺さんです。
やっぱり、血なまぐさいオッサンの近くには純粋無垢なロリが居ないと駄目だという構想の元に生まれたキャラクターです。




