第118話―ギルドクレナ支部を目指す―
さて、下街から花街に入ろうとするのだが、入り口の所に下街に居た奴らとは違って少々小奇麗な恰好をした男たちが居る。人相は悪いがな。
そして、俺達が街に入ろうとすると何人かが前に立った。
「止まれ。ここから先は花街、更にその奥は貴族の暮らす上街だ。身分を証明できるものが無いと入れない」
男たちは俺達を睨みながらそう言った。ふむ下街と違い、誰でも入れるというわけではないようだな。さらに言えば下街の奴らもここに入ることは困難なようだ。
まあ、見てくれから怪しい奴らばかりだからな。これは仕方ないか。俺は納得し、ギルドの腕輪をかざす。
「これは失礼した。俺は冒険者のムソウ。故あってアヤメ殿の所まで行きたいのだが……」
そう言って、腕輪から俺の情報を提示する。男たちはうんうんと何かを確認しながら、それを見ていた。すると一人の男がツバキに寄っていく。
「お前は何者だ? 新しい妓女というようには見えないが……」
男は何か嘲るような視線でそう言った。自分にされたわけではないのだが、何となくこういう奴は嫌いだ。殴ってやりたい……。
そう思っていると、ツバキは淡々と口を開く。
「私は、騎士団のマシロ師団団員のツバキと申します。ムソウ様の旅の護衛の任に就きご同行させていただいております。こちらが、証文となります」
ツバキは懐からマシロでよく見た紋章の入った封筒を男たちに渡す。男たちは中身をあらため、ジッと見ていた。
「……ふむ。なるほど、護衛というのは本当らしいな」
男は納得したように、ツバキに証文を返した。その際に、ツバキが少し眉をひそめている。何か気に障ったことでもあったか? ……まあ、いい。
「……で、俺達は入っても良いのだろうか?」
未だ、花街に入って良いという返事を聞いていないので、俺はそう尋ねた。すると、男はフッと笑い、口を開いた。
「まあ、待て。少し確認をとっている。そんなに花街に行きたいのか?」
「いや、そうじゃ……はあ……それでいいよ、もう」
何となく男たちの馬鹿にするような口調に若干苛立ち、これ以上話すと、先ほどのツバキとの約束を反故にしそうな気になってくるので、俺は諦めた。コイツ等も、先ほどのジロウ一家とかいう自警団の者たちなのだろうか……。下街に居た奴らと比べると、愛想が悪いというか、何となく腹が立つ連中だ。
リンネも何か気に障ることがあったのか、俺の懐の中で、慟哭している。ひとまず落ち着かせながら、しばらく待つと、一人の男がそばにあった建物から出てくる。
そして、俺達の前に居た男にこそこそと何かを話していた。それを聞き、男は頷いて、俺達に口を開く。
「確認が取れた。冒険者ムソウに、騎士のツバキ、それに従魔のリンネ、入っていいぞ。だが、くれぐれも問題は起こすなよ」
男はそう言って、他の者達に合図する。すると、門が開かれ、俺達は花街に入ることが出来た。長く待たされた割にはあっさりしてんな、と一つため息をついて、俺達は花街の中に入っていった。
「……私、あの方たち、嫌いです」
ぽつりとツバキが呟いた。顔を見ると、ずいぶんと不機嫌そうだ。珍しいな、ツバキがそんなこと言うなんて。
「まあ、正直俺も良い気はしなかったな。下街に入る時の門番がいかにいい人間かが良くわかる」
俺はツバキの言葉に頷きながらそう言った。先ほどの男たちはどこか俺達を馬鹿にしているような態度だった。まあ、長旅で身なりが悪いということもあるからこんな奴らがこの街に入ったところで……という考えでもあったのだろう。
そう考えていると、ツバキはパッとこちらを見る。
「ムソウ様、ご覧になりましたか?」
「ん? 何をだ?」
「私に証文を返した男、証文を渡す際に私の手を撫でて笑っていたのですよ」
「キュウッ!」
ツバキが自分の手を、汚物を見るような目で見ながらそう言うと、リンネも嫌そうな顔をしながら頷いている。ああ、先ほどから機嫌が悪そうなのはそういうことだったのか。
そりゃ、嫌だな。俺がツバキだったらぶっ飛ばしていたところだ。花街の門番ということもあって、そういうところはどこの世界も一緒か、と呆れてしまう。
「まあ、機嫌直せってツバキ。今度そういうことがあったら、俺が対処するからよ」
俺はそう言って、ツバキの肩に手を置く。だが、ツバキは未だにムスッとしたままだ。
「いえ、ムソウ様の手を煩わせるようなことはしません。必ずこの手で叩きのめします」
ツバキはグッと拳を握りながら、そう言った。俺はそれを見て、ハッとし、ツバキの肩を引き、俺の方に向かせた。
「駄目だ」
「……ムソウ様?」
急に体をこちらに向かせたわけだから、ツバキは驚き、目を丸くさせて俺の方を見ていた。
「ツバキ、もしもお前が何か腹立つことがあったとしても、お前は絶対に手を出すな」
「それは……どういう……」
「お前は騎士団の一員だ。そんな者が体を触られてカッとなり、人を斬ったということになってみろ。大ごとになるし、マシロに居るリュウガンやコウカン殿にも迷惑がかかるかもしれない。
だから、お前が手を出すのはやめておけ。……それにお前はまだ若い。まだ、未来がある。たった一回の過ちで人生を水に流すな」
俺はツバキをまっすぐに見た。ツバキは俺の言葉を聞き、少し眉をひそめた。少々不服らしい。
「ですが……それでは私の……」
「気が収まらないってか? だったら、その時は俺がお前の代わりにそいつを殴ってやる」
「ムソウ様が、ですか?」
「ああ。思いっきり殴ってやる。そして、お前に手を出したらどうなるかってのを骨の髄まで染み込ませてやる」
俺は拳を握り笑いながらそう言った。ツバキは考え込み、しばらくするとニコっと笑った。
「分かりました。その時はお願いしますね」
「ああ、任せとけ」
俺はそう言って、ツバキの頭を撫でた。ツバキは嬉しそうにしている。機嫌は直ったか、と聞くと、充分です、と頷いた。リンネの方もそれで納得していた。ツバキはリンネの頭を撫でながら楽しそうにしている。
そして、俺達は花街を歩いていく。
花街は、下街と違い、クレナの住民のような者達はほとんど歩いていなかった。大抵、冒険者か、少し小奇麗な恰好をした者達がそこらを歩いている。
あれが、この領の貴族かなと思った。そして、周りには大小さまざまな妓楼が立ち並んでいる。どれも似たような外装だ。見世から通りを覗きながら退屈していそうな者、キセルをふかしている者、通りの男たちと談笑している妓女たちがちらほらと見える。
店の前では客引きのような男や、女が、行き交う者達をつかまえてはうちの店にと、呼びこんでいるのが聞こえ、街は活気に満ちている。
……だが、こういう場所はどこの世界でも同じだな。ふと路地裏を見ると、怪しげな者達がたむろしていたり、むしろを敷いて、物乞いをしているような者達、更には店に入れなかった者達だろうか、夜鷹のような女たちが道行く者達をジッと見ていた。
俺達は外套についている頭巾を被り、誰ともなるべく目を合わせないようにしながら、花街を歩いていった。
すると、他の建物よりも一際大きな妓楼の前に辿り着いた。この街の外からも良く見えた、白壁に赤い屋根に提灯がたくさんぶら下がっていた店だ。
看板には「高天ヶ原」と書かれている。
「大きいですね~」
「ああ、ワイツ卿の家……いや、もっとデカいか」
俺とツバキは建物を見上げながらそんなことを話していた。すると、見世から俺達を招くように手を振っているのに気が付いた。まあ、この街に入ってからしょっちゅうされているので、俺達はいつものように無視しようとしたのだが、あることを思いつき立ち止まる。
「ツバキ、少し待っててくれ」
俺がツバキにそう言うと、ツバキはジトっと俺を見てきた。そして、詰問するように口を開く。
「……どうなさるおつもりですか?」
「馬鹿、情報収集だ。とりあえず色々と聞いてくる」
「でしたら私も行きます」
「女連れだと向こうも引くだろうが。外套のお陰でたぶん向こうはお前を女だと思っていないだろうし好都合だ」
俺がそう言うと、ツバキは、はあ、とため息をついて仕方ないという感じで頷いた。念のため、リンネをツバキに預け、俺は店の前に行った。
すると、手を振っていた女がニコッと笑い、俺に話しかけてくる。
「お兄さんたち、ちょっと寄っていきなよ~」
「いや、もう店は決まってんだ」
「へえ、うち以外の店に行くなんて、信じられない。もしかして、お兄さん、この街は初めて?」
「ああ、初めてだ。で、どこに行けばいいか、と入り口の所に居た奴らに聞いたら、あっちの方に良いところがあるって聞いてな」
俺はそう言って、適当な方向を指差した。町中こんな店だらけだからな、適当に差しても嘘だとバレないだろう。
「それ多分、嘘よ。あの人たち、そうやって自分たちが管理する店に旅人を誘導させてその店の売り上げを自分の懐に来るようにしているから~」
「ほう……そうだったのか……。いや、良いことを聞いたな。……で、その俺を利用しようとしたあいつらは何なんだ?」
俺はまず、最初に気になったことを聞いた。あの男たちも自警団のようだが、やはり下街で出会った、ジロウ一家の者達とは雰囲気が違う気がする。恐らくは、下街と花街とでは仕切っている自警団が違うのだろう。一応、アイツらが何者かを知りたかった。
「あの人たちは、ここ花街を仕切っている、「闘宴会」の人たち。上街、下街、そして、ここ花街の自警団の中で一番大きな自警団。
だから、ちょっと威張り腐っているかんじがするの」
ほう、俺の考えは正しかったようだ。さらに言えば、上街を仕切っている奴らも別にいるということを確認できた。
なるほど、だから門番の態度にもはっきりと違いが出ていたわけだな。それに下街に入る時と違って人数も多かったし、それほど人員も多くいるようだ。それだけに威張り腐っている。
目の前の女もはっきりとそう言っている辺り、ジロウ一家と比べると領民にそこまで支持されていないみたいだ。まあ、路地裏での様子を見るに、そりゃそうか、と納得してしまう。
そして、恐らくここら一帯の妓楼から身かじめとして金を受け取っているんだろう。しかし、金を集めて何をしようとしているのか、そこまではこの女も知らないらしい。
「噂だと、この街を乗っ取るって話もあるけど、十中八九それは無いわ」
「ん? なんでだ?」
「闘宴会は、数は多いものの、上街の「ショウブ一家」、それに下街の「ジロウ一家」に比べると、兵隊は弱いから、いざ戦争となっても真っ先にやられると思うわ」
女は何故だかうきうきした様子で俺にそう言ってきた。おいおい、その闘宴会が仕切っているこの街でそんなこと言っていいのかよ、と頭を抱えていると、女はさらに口を開く。
「それで、何故資金しか取り柄が無い闘宴会がこの花街で大きな顔できるか分かる?」
女は何かを期待するような目で俺にそう尋ねてきた。そんなの簡単だろ、と思い、おれは女の問いに答える。
「どうせこの街の上役……ここじゃ上街の貴族とかに金を流しているんだろ? 貴族の資金源となりゃ、そのショウブ一家もジロウ一家も手が出せねえからな」
そう言うと、女は正解!と言ってきた。……思わずため息が出るな。この領の貴族たちは少し汚いという意味で頭が回るみたいだ。この街に騎士たちが居ない分、民間で結成された自警団を手ごまに加えれば、そういうのには困らないからな。良い資金源だ。
それで、私腹を肥やす事しか考えていない奴らの所為で、路地裏には闘宴会に金も払えない浮浪者が溜まっていくのだろう。と、ここでふと気づいた。
「そういや、あの浮浪者たちは、何故、下街に行かねえんだ? あっちならもう少し楽に過ごせると思うんだが……」
「ここは貴族たちの遊び場でもあるから、下手な噂話も貴族たちにとっては大きな痛手となるの。
だから、ひとたびこの街に入った者は冒険者や騎士、あるいは職人たちを除いて出ることは許されない。特に下街には多くのクレナの領民が住んでいるからね。そんな人たちに、自分にとって都合の悪い話をされたら、どうなると思う?」
ああ、なるほど。まあ、そうなれば、その貴族は失脚だよな。それを防ぐためと貴族たちの安全のためということで花街と下街の間を塀で囲んでいるのか。
そうやって俺が一人納得していると、女はキセルをふかし、更に楽しそうに口を開く。
「まあ、そんな貴族たちのお金が私達の給金になっているんだからね。こんなに面白い話は無いよ」
「ん? ここは闘宴会の管理下じゃないのか?」
「ええ。ここ、クレナ領最古にして最大の妓楼「高天ヶ原」は何代か前の領主様によって作られたものよ。ここだけは他の妓楼と違って闘宴会じゃなくて、当代領主様が管理しているの。今の私達の大雇い主はアヤメ様ってことになるわね」
女は誇らしげにそう言った。なんでも当時の領主は、最初はトウショウの祠を訪れる冒険者や職人たちのための癒しの場としてここを作ったという。
そして、その後もここを存続させるために各時代の歴代領主がここの運営をしてきたという。領主が相手じゃ貴族も、ましてや民間の自警団も手が出せねえよな。
ふむ……ツバキは花街にあまりいい印象を持っていないようだが、ここが出来た経緯を知ると、そんなに悪い場所でもないように感じる。当代のアヤメは分からないが、ここの領主も、それなりの人格者なのだろう。
だからこそ、ここは他と違い女の質も芸も酒もどれをとっても一流の質を持った妓楼だ、と女は言った。
「だからさ、お兄さん、クレナに来た記念に入らない?」
女は急に声色を変えて商売人の顔になって俺にそう言ってきた。……あ、本当だ。どれをとっても一流だ。流石だな、と思い俺は苦笑いした。
そして、懐に手を入れて、女の方に伸ばす。不思議そうな顔をする女の手のひらに金貨を三枚ほど置いた。女は目を見開き、俺を見てくる。
「こ、これは?」
「話し相手になってくれた礼だ。少し先を急ぐから、今日は中に入るつもりはない。邪魔してすまなかったな」
「だ、だからって、こ、こんなには……」
「話し相手になるってのも妓女の仕事だろ? とっとけ」
俺はそう言って、その場を立ち去ろうとしたが、女に引き留められた。
「ちょ、ちょっとお待ちよ! ほら、これ持ってって」
女はそう言って、俺に何かが入った袋をくれた。開くと月餅が五つほど入っている。俺は頭を下げ、それを一つ手に取って口に運んだ。
……ん? ああ、やっぱりか……。
俺はあることに気付く。女を見ると何やら口の端が少し上がっているようだ。まあ、いいやと思い月餅を口にする。
そして二つ目を手に取り、一口で食べた。さらに食べ続ける。最初は薄ら笑みを浮かべていた女だったが、次第に曇っていき、俺が最後の一つを腹に収めると、口をあんぐりと開けていた。俺はそんな女に袋を返した。
「ありがとう、美味かったよ」
そう言って、女に別れを告げて、その場を離れる。その際に背中越しに言っておいた。
「ちなみに、俺は媚薬とかの類は効かねえからな。昔、仲間に散々盛られて体が慣れてしまった。
金貨を貰っていい金づるが来たと思っていたのだろうが、当てが外れたな。まあ、その金貨はくれてやるから安心しろ」
茫然とする女を放って置き、俺はツバキの元へと歩いていく。ちなみに、俺に媚薬を盛っていたのは、言わずもがな、ナツメだ。
何か、体がおかしいなと飯を作っていたナツメを問い正すと、実験ですからと言っていた。その後、鉄拳制裁をしても、何度かナツメが作った媚薬や、薬を食わされることが続いた。おかげで俺は毒類だけじゃなく媚薬にまで体が慣れてしまったというわけだ。
やはりこういう所に居ると、アイツを思い出す。だから、女たちからの誘惑だったり仕草だったり、まずアイツが思い出されて何も思わなくなってしまうな。
まあ、それで助かっていると思うと、なんだか可笑しな気持ちになって、苦笑した。すると、一人の男が前に出てきた。
ああ、先ほどから俺と女の方をずっと睨んでいた番頭のような奴だな。男は俺を指差し、怒鳴ってくる。
「おいこら、あんちゃん! あれだけうちの女、捕まえといて、店に寄らねえとは何事だ!冷やかしのつもりだったんならよお、一発入れねえと気が済まねえ!」
「何だ、アンタ」
「俺あ、長くこの高天ヶ原で番頭やってるコスケってもんだ!」
「男が妓楼で番頭ってややこしいな。妓夫で良いだろ……」
「何だっていい! 俺あな! 楼主、つまり領主様がお生まれになる前の先代の頃からここに世話になってんだ! 妓女一人一人が娘みたいなもの……それをてめえは!」
男はガミガミと俺を捲し立ててくる。俺、クレナに入ってからこういうの多いな。まあ、下街だったから、あのスリの時は痛い目見せたが、今回はすこし状況が違う。下手なことはしたくない。
ツバキと約束もしたからな。それに男の言い分は理解できる。長話をしていた俺も悪い。どうしたものか……よし、あの手で行こう。
「おいこら! 話聞いてんの――」
俺は男にズイッと近寄る。ビクッと固まる男の手に、俺は金貨を十枚ほど掴ませた。それに目を見開く男の肩を叩き、一言呟く。
「アンタも大変だな。また来るよ」
俺はそう言って、男から離れていく。すると、しばらく経った後、後方からやけに優しいが、嬉しそうな口調で、
「またのおこしを~!!!」
と、男は大声でそう言った。俺はやれやれと思い、ツバキの方に向かって行く。
ツバキを見ると、ジーっと俺を見ていた。その表情は至って真顔だ。問い詰めるような感じでもないし、呆れているような感じでもない。
何だ? 表情からは何も読めない。こんなのは初めてだ……。
「ど、どうした? 今回は何も起こしていないぞ」
俺が焦ってそう言うと、しばらくしてツバキはフッと笑った。
「はい、よくできましたね」
ツバキは子供を褒めるようにそう言って、俺の頬を触ってきた。リンネも俺の頬をぽんぽんとしてくる。かあ~っと顔が熱くなり、俺はツバキの手を払った。
「い、いきなり、なにすんだ!?」
「褒めているだけじゃないですか……それより、何か情報は得られましたか?」
ツバキはやれやれという感じで俺にそう尋ねてきた。怒っているわけでも呆れているわけでもないが、これはこれで、何となく嫌だなあと思いつつ、俺は先ほど女から仕入れた話をツバキにもしてやることにした。
「なるほど……そういうことでしたか……」
俺の話を聞き終えたツバキは、納得、という感じに頷いている。先ほどの門番がジロウ一家の者でないと知り、安堵しているようだ。まあ、憧れの者の一派に下卑たことをされたとなるとツバキも嫌だろうからな。
「しかし、それでしたらムソウ様も安心して刀を抜けますね」
おいおい、何恐ろしいこと抜かしてんだよ。抜いたら最後、この街の貴族たちに恨まれるだろうが。流石に刀は抜かん。……手は上げるかも知れないがな。
まあ、それはよっぽどのことが起きた時だけにしておこう、とツバキにも念を押しておいた。
その後、俺達は花街を抜けて、ギルドのある上街へと向かった。上街と花街の間には門などはない。数人の男が居るくらいだ。話に聞いていたショウブ一家だろう。
ただ、コイツ等は特に俺の体や、ツバキのことを調べるわけでもなく、腕輪を見ると、すんなりと入れてくれた。……う~ん、こうしてみるとやはり下街とこことでは差別的なものも感じて嫌な気持ちになるな。下街の奴らが気のいい者達ばかりだったので余計にそう思う。
と、そう言えば先ほどの妓楼にしても、ここの領主であるアヤメのことについては何も聞かなかったな。“暴れ姫武将”と呼ばれるほどの者ならば、ここに来るまでに何かしらの噂を聞くかと思えばそうではなかった。
話によく出てくるのは自警団のことと貴族たちのことくらいだ。ひょっとして本当に単なる噂に過ぎないんじゃないか、とロウガンやハクビを少し疑った。
さて、上街に着くと、至る所から鉄を打つ音が聞こえてくる。流石は職人の町だなとクレナに来て初めて思った。
そして、街の住民たちがジロジロとこちらを見る視線に気づく。皆の視線の先は、俺というよりも俺の背負った無間の方に向けられている。やはり、この刀ってどこか珍しいものなのか、と少し自慢げに思った。
そうやって歩いていくうちに、ギルドに到着した。外から見た時にあった、城のような建物だ。マシロのものと同じように、入り口の所にギルドの紋章が描かれた旗が立っているのですぐに分かる。ということは、ここが領主の家ということになるわけだが、何人従者がいるのだろうかと少々戸惑った。
ふと、辺りを見ると、ギルドの近くには、大きな建物が集まっている区域がある。しかし、そこの家々には煙突も見えないし、何かを作っているような音も聞こえない。
なるほど、あそこが貴族たちの住む区域だな。あそこに入るには許可がいるようで、入り口の所に衛兵らしき男がいる。そして、気になったのは、外からもはっきりと見えていた、ギルドと同じくらい大きな建物があることだ。
どんな奴が住んでいるのだろうかと思ったが、今は特に用事は無いので気にしないようにした。
そして、俺達はギルドの中へと足を踏み入れる。
中は、今まで通ってきた、各領地のギルドと同じく、鑑定をする受付、依頼を受注する受付がある。査定の受付は……無いな。別の場所にあるのだろうか。後は、酒場兼食堂といった感じに、やはり、どこのギルドも作りは同じかと感じた。
俺はそのうちの依頼を受注する受付に向かい、そこに居た女に声をかけた。
「すまない、少し良いか?」
「あ、はい、なんでしょうか?」
俺が声をかけた女は、女物の着物を着た若そうな女だった。ツバキと同じか少し下くらいか? 黒髪を背中まで伸ばし、後ろでまとめている。女は俺の声に笑顔でこちらを見てきた。
「マシロから来た冒険者のムソウという。ここの支部長、アヤメ殿に会いに来たんだが、今は大丈夫か?」
俺がそう言うと、女は少々お待ちください、と言って、奥へと入っていった。しばらく待つと女は何か、書類のようなものを手にして戻ってきた。
「お待たせいたしました。え~と、ギルドマシロ支部支部長、ロウガンさんのご紹介のお方で間違いないでしょうか?」
「ああ、それだな。ちょっと待ってくれ……」
懐からギルドの腕輪を取り出し、俺の情報を女に見せた。すると、女はそれと持ってきた書類を見比べながら、何かを確認している。俺とツバキはその様子を見ていたが、女は笑って、頷く。
「はい、確認が取れました。ギルドクレナ支部へようこそ、冒険者ムソウさんと護衛のツバキさん」
女は俺だけじゃなく、ツバキにも礼をする。俺達は女に一礼して、話を続けた。
「ああ、ありがとう。……で、だが、早速支部長に挨拶に行きたいんだが、今は大丈夫か?」
「えっと……今は少し留守にされているのですが、しばらくするとお帰りになると思います。ですので、二階の執務室でお待ちください。副支部長がいらっしゃいますので……」
女は階段を差して、俺達にそう言った。俺は頷き、部屋へと向かった。
ギルドを歩きながら、ふと隣のツバキを見てみた。ツバキは何かすましたような、疲れているような表情をしている。
「どうした、ツバキ。疲れているのか?」
「あ、いえ……なんだかあっさりとアヤメ様に会えるようで、すこし拍子抜けだな、と感じていました」
ああ、確かにそうだな。下街でも花街でも色々あったからな。それに引き換え、上街では特に何も起きなかった。それにアヤメの噂を聞いていた以上、会うまでにも何かあるのではないかと心配していたが、拍子抜けだったようだ。
俺も何となく力が抜けて支部長室を目指した。
しかし、戸の前に立ち、いざ、開けようとすると、部屋の中から女二人の声が聞こえてくる。
「……やめた方がよろしいかと……」
「……何を言うのじゃ……ムソウという男の力を知るには……」
などと、部屋の中では話している。何だろう……すごく嫌な予感がする。俺は戸から手を放し、ツバキの耳元でささやいた。
「……ツバキ、俺の真後ろに居ろ」
ツバキは不思議そうな顔をしている。まあ、無理もないか。いきなりそんなことを言われてもって思いだよな。
「何故ですか?」
「何となくだ。良いからそうしてくれって」
なおも不思議そうな顔をしているツバキはわかりましたと観念し、俺の真後ろに立つ。ついでに俺の肩に乗っていたリンネもツバキに渡した。
リンネは動物の勘か何かで、何となく何が起こるか分かったらしく、戸を見ながら少し震えている。俺はリンネの頭を撫でてやって安心させた。そして、首を傾げているツバキの前で、俺は戸を叩く。
「マシロから来た冒険者のムソウだ」
そう言うと、先ほどの声のうち、一つの声が聞こえてくる。
「おお、来たか。入るが良い」
部屋の主がそう言ったのが聞こえたので、俺は戸を開けて、部屋へと一歩踏み入れた。すると……
「風刃!!!」
バシュッと音がして、俺の方に透明な刃状のものが襲ってきた。俺の後ろでツバキとリンネが声を漏らし、身構える。
だが、俺はそれを気を手に纏わせて、掴む。すると、刃状のそれはすうーっと消えていった。
「まだじゃ! それ!」
掛け声とともに、またもシュッシュと空を切る音が聞こえた。見ると、正面に居る赤い衣に白い羽織を着た黒髪の少女のような女の方から、二本のクナイが飛んでくる。
「え、え~いっ!」
同時にその隣にいた、眼鏡をかけ、少女と同じような恰好をした、二十前後の女の方から鎖分銅が飛んできた。俺は飛んできたクナイを指で挟むと同時に、二本を分銅の方に順番に投げた。一本は分銅を弾き、もう一本は鎖の輪の中に入るとそのまま眼鏡の女の方に向かって行く。
「キャっ!」
女は驚きしりもちをつき、背後の壁に鎖分銅ごとクナイが刺さった。それと同時に落ちていたクナイを手に取り、少女のような者に一気に詰め寄り、首元にクナイの刃先を向ける。
―死神の鬼迫―
「ひぃっ!」
俺が睨むと、少女の方は震える目で俺を見てきた。
「ずいぶんと乱暴な挨拶だな……」
俺が笑ってそう呟くと、少女はハッとし、口を開く。
「お、お主! な、な、な、何をすりゅ気なのじゃ! 妾が誰か分かって――」
「知らねえな。俺はただ、攻撃されたから対処しただけだ」
「ななななにおう!? 今まさに、妾にクナイを――」
「そりゃ向けるさ、いきなり攻撃されたら誰だってそうする」
「お、お、おおお主! 本当にやる気なにょか!? こ、こうみえても妾は――」
「なあ、お前……」
「な、何じゃ!? というかお前と呼ぶな! こ、こう見えてもな――」
「少し黙っててくれ……あんまり騒ぐと一撃で殺せねえからよ……」
少女の首に突きつけていたクナイをじりじりと近づける……振りをする。少女は口を震わせ、目に涙を浮かべ始めた。そして……
「うわあああああん! 助けてくれえ~~~~! ナズナあ~~~!」
と、大きな声で泣き出した。すると、しりもちをついていた女が、はあ、とため息をつき、立ち上がる。
「あ、あの……ムソウ……さん。そ、その方を許してはいただけないでしょうか。こ……この通りです!」
女はそう言って、俺の目の前で土下座した。それを見て、俺は大きく深呼吸をして、少女からクナイを離し、死神の鬼迫を解いた。そして、眼鏡の女に近寄る。
「顔を上げろって。もういいからよ。まあ、これを冒険者の登録試験の一環だと思って、お互い恨みっこなしでいこうぜ」
俺は女の肩に手を置いて、そう言った。すると、女は顔を下に向けたまま、ありがとうございます、ありがとうございます、と何度も呟いていた。
まったく……後ろの少女は未だ泣いているだけだというのに、大した奴だよ。そう思い、俺は頷いていた。おっと、ツバキも段々と落ち着いてきたようだな。ツバキも大きく深呼吸をして、こちらを見ている。あ、今回は許してくれるみたいだな。良かったと思い、俺は未だ突っ伏している女の肩を叩く。
「ほら、もういいだろ? 積もる話もあるし、さっさと顔を上げろって」
「はい……ありがとうございます……」
俺が促すと、震える声で礼を言って女は顔を上げ始めた。……ふと、後ろでわんわん泣いていた、少女の泣き声が聞こえなくなっていたことに気付く。もう泣き止んだのか、と思い、こいつにも何か声をかけてやろうと、後ろを振り向く。
「フッ!!!」
眼鏡の女は顔を上げると同時に、頬を膨らませ、口から何かを飛ばしてきた。俺はそれをヒラリと躱す。すると、俺の背後でいつの間にか泣き止み、ニタア~と笑っていた少女の眉間に、その何かが刺さった。
少女はパタッと机にもたれるようにして仰向けに倒れた。表情は未だニタア~としているが、口元がぴくぴくと痙攣している。ああ、しびれ薬だったか……。EXスキル状態異常完全耐性が俺にはあるから、別に受けても良かったのだが、それでは面白くないと思い、やってみたが成功したみたいだな、と俺は一人頷く。
目の前には何が起きたのかわからないという表情の眼鏡の女と、何やら困惑している顔のツバキが居る。……大丈夫だ……ツバキ。こうして平然を装っているが、俺も少し困惑している。
……だが、このままだと終われないなと思い、俺はまず、眼鏡の女の方を見る。
「……まあ、奇襲としては良い手だったな。だが、俺が完全に油断し、背中を完全に向けた時に撃った方が良かったと思うぞ。ていうか、コイツが突然泣き止んだのはそれが狙いだったんじゃないのか?
隙を作って貰ったんだから、それを上手く活用しないと駄目だ。わかったな」
取りあえず、今思ったことをそのまま、眼鏡の女に言ってみた。最初は茫然としている様子だったが、次第に、うん、うんと頷きながら熱心に聞くようになっていく。
そして、俺の問いかけに、
「は、はい! ありがとうございます!」
と、頭を下げた。向上心はあるらしい。というか、真面目なだけか? まあ、良いやと、俺はがんばれよ、と言って、女の肩を叩く。
すると、女は、はい!と言って、頭を上げて、ニッコリと笑った。
―死神の鬼迫―
……俺の殺意をもろに受けた女はそのまま倒れ、気絶した。俺は女を担ぎ、部屋の中央にあった長椅子に寝かせる。
そして、異界の袋からかけ布団代わりに使っていた毛布を取り出して掛けてやった。
「これが奇襲だ」
すると、何かに肩を叩かれた。振り向くとツバキがこちらを見て、優しく微笑んでいた。
……あ、本当に今回に関しては、ツバキは怒っていないみたいだ。まあ、あれだけのものを目の当りにしたら流石にな……で、取りあえず、ツバキとリンネの様子を見てみた。
うん、どこも怪我をしていないな。……安心した。
さて……と。俺達は机で未だしびれている少女の前に立った。少女は表情を全く変えないまま、そこに居る。それを見ながらツバキがボソッと呟く。
「意外と強い薬だったみたいですね」
「ああ、だが、俺にはEXスキルがある。毒は元々効かねえよ」
ツバキは、そうですね、と頷いた。すると、少女の口からうぅ~~~と悔しそうにうめく声が聞こえてくる。表情は笑っているのに、そんなに悔しそうな声を出されると、不気味で仕方ない……。
「それで、ムソウ様、どうします?」
「う~ん……どうしようか……」
俺とツバキは頭を抱えて悩んだ。この部屋に居た以上、どちらかが、副支部長だ。というか、会話の関係上、この少女のような女がそれだろう。流石に斬るわけにもいかないし……いや、そもそもそんな考えは無い。
だが、何かしてやらねえとお互い、気は済まないというのは確かだ。すると、
ぐうぅ~~~~
と、少女の腹のあたりから音が聞こえた。どうやら少女の方は腹が減っているみたいだ。……なるほど。
「あの……ムソウ様?」
「何だ?」
「お腹空いていませんか?」
「ん? ……ああ、空いてんなあ。そう言えば俺達、昼抜いていたからな」
「では、こちらをどうぞ。先ほど露店で買っておきましたので」
ツバキは懐から竹の葉で包まれた何かを取り出す。開くとそれは饅頭だった。まだ湯気が出ていて美味そうだ。
「おお、すまないな、ツバキ。いただくとしよう。お前も食っとけよ」
「はい、ありがとうございます!」
俺とツバキは饅頭を口に運んだ。すると、中から肉汁が溢れ出てくる。
「お~、美味いな。中から肉汁がじゅわぁ~っと出てきて、体に染みわたっていくようだ」
「そうですね~。具がぎっしりと入っていてとても美味しいです~」
「そうだな……っと、リンネも食うか? 美味いぞ?」
「キュウッ!」
俺はリンネに饅頭をちぎって与えた。リンネはそれを口にすると、目を輝かせてもっとくれと尻尾を振ってねだってくる。しょうがないな、と思い、残り半分を割ってリンネに与えた。リンネは喜び、むしゃむしゃと美味しそうに食べている。俺とツバキはそれを微笑ましげに見ながら、更に一口、二口と饅頭を食い始める。すると、
ぐうぅ~~~~
……またも少女から腹の虫の音が聞こえて来た。チラッと少女を見ると、目に涙を、口にはよだれを溢れさせている。
そして、先ほどよりも低く、どこか寂しそうな声でうぅ~~~と唸っているのが聞こえた。
ああ、やっぱりその表情で、その声、更に今回はおまけに泣きながら、ということで、不気味半分、やり過ぎたかな半分の気持ちになっていた。俺とツバキは顔を見合わせ、ため息をつく。
「……どうする? ツバキ」
「流石に……そろそろ……。なんだか、私達がすごく酷いことをしているという気分になってきました」
「ああ、俺もだ。そろそろ許してやろう」
俺はそう言って、異界の袋から旅の途上で買ったり、作り置きしたりしておいた食料を取り出し、机の上に置いた。そして、解毒薬を取り出し、少女の前に向けた。
「おい、聞いてんな? これ飲ませてやるから、もう俺達を襲うな。良いな?」
「うぅ~……」
「よし、良い返事だ……では、ツバキ、頼む」
「かしこまりました」
ツバキは解毒薬を口に含むと、口移しで少女に飲ませる。すると、少女の体が輝き解毒がなされた。
すると、少女の吊り上がっていた口は下がっていき、下がりきっていた目からはドバドバと涙が溢れ出し、顔中しわくちゃになりながら、本気で泣き始めた。
俺はため息をつき、残っていた最後の饅頭を少女の前に出した。少女は俺から饅頭をすごい勢いで奪い取ると同時に泣きながらバクバクと食い始めた。
俺とツバキはひとまず安心すると同時に一気に疲れが襲ってきて、眼鏡の女が寝ている反対側の長椅子に座り込んだ。すると、ツバキはコテッと俺の肩に頭をのせてくる。俺はツバキに近づき、リンネを股座に置いて、誰にも盗られてたまるか! という勢いで俺達の食料にがっつく少女をずっと見ていた。
ここで、通貨の設定を説明します。
この世界は銅貨、銀貨、金貨の三種類の貨幣が回っています。
銅貨一枚が一円で、銅貨千枚で銀貨一枚(千円)、銀貨千枚で金貨一枚(十万円)となります。
となると……とんでもない額をポンと渡すムソウさんってことになりますね……。




