第117話―クレナに到着する―
クレナに入る直前の街の宿屋で少しばかり休息をとっている。例の森での行動が予想以上に大変だったこともあるが、一番の目的は今のうちにクレナがどんな所かを知るためだ。俺は地図を広げ、ツバキにいろいろ確認している。
「う~ん……やはりクレナ領に入ってからギルドがある街には四日ほどかかるか……。前のように近道を見落としているってことは無いよな?」
「ええ、これを見る限りは一本道ですね」
ソウブの件があるからな。これは慎重に確認しておかないとと思っていたが、俺達が目指す街までは一本の道しかなかった。近道もない。それは確認できた。
「そういや、ツバキは以前クレナに行ったことがあるんだよな?」
「行きましたけど、ギルドがある街ではなく、サネマサ様の故郷の街に行っただけですね。あそこには騎士団の支部がありますから」
「あ? ギルドの支部と騎士団の支部は別にあるのか?」
俺の問いにツバキは頷いた。なんでも元々クレナには武芸が達者な奴が多く、各集落に自警団のような者達が別に居たという。
壊蛇襲来の折もそいつらが街を護ってきたらしい。だが、サネマサの故郷にはそれが居なかった。理由はサネマサと、サネマサの両親が凄まじい強さで、自警団の必要性がまるで無かったという。ちなみにサネマサの両親というのは、サネマサの故郷の街の管理人で、一家で街を護ってきたとツバキは語った。
大したもんだな、と思っていると、ツバキは続ける。
「しかし壊蛇襲来でサネマサ様のご両親は亡くなり、街を守護する者が居なくなりました。そこでその町に騎士団の一個師団が創設された、というわけです」
「なるほどな……で、ギルドの街を護っているのはどんな奴らなんだ?」
「そこまでは、私も分かりませんが、噂ではサネマサ様のご友人という方が、創設した一団が、街を管理しているという話です。まあ、その方も隠居されていて、代表の方は代わっているみたいですが」
「サネマサの友人ってなると歳だからな……まあ、それは仕方ないか……。で、ツバキはその町のことをどれだけ知っている?」
俺が尋ねると、ツバキはギルドが置かれた街について説明してくれた。少々、その町は特殊な街だという。
その町は大きく三つの地域に分けられているという。一つ目はギルドの支部兼領主アヤメの屋敷を中心とした、「上街」という地域。露店が並び、活気に溢れていて、クレナの貴族などもそこに居を構えているという。
そして、二つ目は妓楼や宿屋などが並ぶ「花街」という地域。クレナを訪れた者達や、貴族たちをそこで癒すという。
三つめが「下街」。この地域には、古くからクレナに住む領民たちが住んでいるという。だが、この地域は「上街」、「花街」との間に壁を築いて隔離されているという話だった。理由は、よく分からないが、貴族たちを荒くれ者であるそのクレナの領民から護る為とのことらしい。
何だか、物騒な話だなあと思っていると、ツバキは更に続ける。
「ただ、領主でありギルド支部長であるアヤメ様のお陰で、今はまとまりをみせており、治安の方は回復しているという噂ですし、この街の自警団の方々が下街に目を光らせているおかげで、そういった者達もだんだん減ってきているという話です」
ああ、この話は俺も聞いたな。アヤメという領主のお陰で、クレナの荒くれ者達はまとまりをみせてきた、と。ただ、ソイツ自体が癖のある奴だから注意しとけってロウガンたちに散々言われたが。一応、ツバキにアヤメのことを聞いてみると、
「お会いしたことが無いのでよくわかりませんが、良い噂と悪い噂半々というところですね」
ということだった。う~む……やはり少し注意しておいた方が良いな……。
「ところで、ムソウ様はトウショウの祠に用事があるんですよね?」
「ん?ああ。どちらかというとそちらの方が目的の大部分を占める。ギルドから離れているのかな」
そう言って、俺達はトウショウの祠を地図で探してみた。すると、ギルドのある街に祠があるようだ。つまり、その街こそがトウショウの里というわけである。
更にはギリアンから貰った、紹介状の工房にも用事がある。ツバキに聞いてみると、恐らくギルドがある上街にそれがあるのではないか、という話らしい。なら、安心して良いな、と考えていると、ツバキがぽつりと呟く。
「ちなみに、ムソウ様。花街に興味はありますか……?」
ツバキは真顔でそう言ってきた。俺はツバキに少し呆れて口を開く。
「無えよ。毎回毎回、俺を何だと思っているんだ?」
「なら、良いのです。安心しました」
……何に安心したんだよ……。妓楼には今の所、興味はない。俺の興味は祠と工房だけだからな。
ただ、クレナに拠点を作るとなるとどこにしようか、というのは悩む。ギルドのある上街が良いのか、宿屋がある花街が良いのか……妓楼があるくらいだ。酒場とかも花街が多いような気がするな……。
しかし、それだとツバキは納得し無さそうだ。そこで、ギルドがある上街も捨てがたい。工房を見て回ることも出来るし、何より冒険者が多いというのなら、それだけ情報も入ってきそうだからな。
ただ、一つだけ難点がある。どうしようか俺が悩んでいると、ツバキは不思議そうな顔をする。
「どうされました?」
「あ、いや。拠点を作るならどこが良いかと思ってな」
「なるほど……。花街は私が嫌ですし、上街となると今まで通りギルドの空き部屋ということになります。あそこはアヤメ様の家ということになりますからね。少し心配です」
……何に心配なんだよ……こいつの心配とは違うが、ギルドを拠点にするということに微妙な思いを持っている理由はそれだ。領主の家で過ごすというのもあまりしたくはない。ことあるごとに何かを言われそうだ。会ったことねえからわからないがな。
そして、やはりツバキは花街に住むのは嫌らしい。ところでツバキはいつまで俺の元に居るつもりだろうか。クレナに行ったらこいつの任務も終わりだろう。俺の住むところくらいは口出ししないでもらいものだな。
まあ、今は置いておこう。後は……下街か? 元々クレナの住民たちが住んでいるから、良いっちゃ良いが。ただ、治安は二つの街に比べて悪いと聞いている。住んでいる奴らも荒くれ者が多いというらしいが。しかし……。
「ムソウ様? どうされました?」
「……いや、案外、下街って所が良いかも知れないな……」
俺がそう呟くと、ツバキはハッとし、頭を抱えた。
「ムソウ様……」
「ん? 何だ?」
「……いえ、何でもありません」
ツバキは何か言おうとしていたが、諦めたかのように俯いていた。正直何を言いたいのかは分かっている。それもあり、下街に住むかどうかも悩んでくるな……。
まあ、この件についてはクレナの街に着いたときに考えるとしよう。今から決めることでは無いな。それに、噂とは違う一面もあるかも知れない。案外、下街の治安が一番良かったりもするかもな。
そう思い、いったんこの話を終えた。地図をしまい、俺とツバキは茶をすすり始める。その後、出発を明日にすることを決めて、今日はもう早めに眠りについた……。
◇◇◇
翌朝、宿を出て俺達はクレナへの旅を再開させた。クレナとグリドリとの領境は宿がある街からすぐだった。昼過ぎにはクレナ領に入った。すると、辺りには田園風景が広がり始めてくる。
「ふむ……やはりクレナは俺の居た世界に似た雰囲気があるな」
「ムソウ様の世界もこのような景色だったのですか?」
「ああ。ひどく懐かしさを覚えるよ」
そう言うと、ツバキはそうですか、と頷く。田んぼというのは今まで通ってきた道にはあまり無かったからな。となると、クレナの特産物は米か? ここの飯も美味しそうだな、と思い、俺達は旅を進める。
田んぼがあるということはその近くに集落があるということで、クレナに入り、夕方になったころ最初の街へとたどり着いた。街の感じも、マシロやソウブで見てきた石造りの建物が並んでいるという感じでは無く、木造で藁ぶきの、どこか俺の世界に近いものだった。というか、ツバキの家もこんな感じだったなと思い出す。
だが、そこには宿が無かった。仕方ない、と思い少し先に進んで野宿の準備を始める。いつものようにリンネは狩りに行き、ツバキは飯の支度をしている。俺も風呂の準備をした。
作業を終えて、ふと辺りを見渡す。夕焼けの赤い空が田んぼで反射し、一面赤く染まっている。前の世界で、仕事帰りによく見た風景だなと思い、昔を懐かしんだ。
ミサキや、サネマサが言うように、やはりここらは俺の世界に似ているな。だが、似ているだけだ。
……ここに来ると、諦めていた前の世界への未練ってやつが想起される。あの時、俺がどういう形でこの世界に来たのかはまだわからない。だが、前の世界に俺はもう居ないということは事実だ。
……あいつら、どうしてるかな。タカナリ、皆と上手く大陸をまとめているかな。ツバキ、俺が居なくなって泣いてないかな。ハルマサはちゃんとしてるかな。
皆……元気かな……。俺は前の仲間たちの顔を一人一人思い浮かべながら、そんなことを考えていた。
「ムソウ様~! リンネちゃんがお戻りになられましたよ~!」
ふと、ツバキの声が聞こえた。俺はハッとし、
「ああ! 今行くよ」
と、言って、ツバキたちの方に向かった。
……過去は悔やんでもどうしようもできない。どうしようもできないことはもう諦めるしかない。だから、今はこいつらと一緒に生きていこう。もう二度とそんな思いはしないように……。
俺はそう思うことにした。
◇◇◇
クレナに入って四日後、俺達は予定通り、トウショウの里に辿り着いた。その町は、ツバキの言うように、三つの区画に分けられているというのがすぐに分かった。分けられているというよりは三段になっている。どうやら一つの山を切り開いて街を作っているようだ。さしずめ山城に街が入っているという様相だ。
まず、下から俺の世界にあったような土壁で藁の屋根をした建物がいくつか並んでいる区画が見える。あそこが文字通りの下街というわけだな。
そこに至るまでは東西と正面にある坂を上っていくみたいだ。坂の先には門がある。あそこから入れば良いわけだな。
そして、その街の上には石垣と白壁に囲われたもう一つの街がある。一際大きな建物が中央にあり、その周りには赤で統一された瓦の屋根に白壁の建物はいくつも見えた。建物にはここからでも分かるくらいすごい量の赤ちょうちんがぶら下がっている。あれは、妓楼か。ということはあそこが花街か……。
最後に一番上、ギルドがある上街なのだが、そこには大きな城のような建物があり、その周りには幾本もの煙突が伸びている。ほとんどの煙突からは煙が上っていた。どことなく、タカナリの元屋敷のような様相だ。あそこが領主の屋敷兼ギルド支部か、と思っていると、その隣にも大きな建物が見える。あれは何だろう、とツバキに聞いたが、ツバキも何でしょう、と言った。
まあ、良いや、と気にせず、俺達は街に入るため、長い坂を上っていく。ちなみにリンネは既に小さくなり、俺の肩に乗っていた。街に入る時は大概そうやっている。パーシの一件もあるし、騒ぎになると面倒だからな。
そして、俺達が門の前まで来ると、門番のような男が現れた。
「ん? ここらじゃ見ない顔だな。冒険者か?」
男は不審なものを見るような目で俺達を見て、そう言ってきた。俺はギルドの腕輪を出して、男に見せる。
「ああ、マシロから来た冒険者のムソウという。こっちは護衛の騎士団のマシロ師団員ツバキという」
俺はツバキを差しながらそう言った。門番の男は、うむ、と頷き、そばに居た別の男たちに何かを確認している。その後俺達に近づいてきた。
「ふむ。確認が取れた。マシロ支部長のロウガン殿の書状にあった者で間違いないか?」
「ああ。……ちょっと待ってくれよ」
俺はギルドの腕輪を掲げ念じた。すると腕輪が輝き、中空に俺の情報が照らし出される。男はそれをじっくりと見ていた。
「……ほう、書状にはデーモンロードを討伐した者とあったみたいだが、事実のようだな。良し、本人と確認が取れた。手間かけさせてすまないな」
「いや、良いって。門番の仕事としては当然の責務だ。一応伝えとくが、ここに来た目的はトウショウの祠に行くことで、それから、しばらくここに滞在するからよろしくな」
「ああ、分かった。アンタは見た目と違って律儀だな」
「よく言われる。じゃあな」
そう言って門番に一礼し、俺達は街の中に入った。ふと、気になったことがあるので横に居るツバキに確認してみた。
「入る時の確認、長くなかったか? マシロも、今まで行った所も腕輪を見せるだけで良かった気がするが……」
「ええ、確かに長かったような気はします。まあ、あの者達も恐らくは自警団の方々か、もしくはアヤメ様の私兵かもしれませんから、騎士団が行う審査とは少し違うのかも知れません」
なるほど、とツバキの言葉に頷き、俺達はまず、下街に入っていく。下街はやはり、俺の世界の村々に似た雰囲気だ。マシロのように石畳ではなく足元は土がむき出しのままの地面だ。雨が降ったら大変だな、と思い歩いていく。
道を歩いていく人の数はそこそこ多いようだ。皆、道の傍の露店などで買い物をしていたり、そこらで喋っていたりしている。だが、言い方は悪いが、どこか小汚いというか、傷んだ着物を着ている者が多いような気がする。そして、目つきが悪い者もちらほらと見える。男だけでなく女も何となくガラが悪い。美人なのにもったいねえなとか思いつつ、取りあえず、ギルドがある上街を目指していた。
すると、ツバキが話しかけてくる。
「どうですか? 街に入った感想は」
「やはり、ガラが悪いというか、そんな風に見える奴が多いな。ま、俺は気にならねえけど。お前はどうだ? ツバキ」
「先ほどから視線のようなものは感じますね。何かを狙われているみたいで気持ち良くはないですね」
「ハハハッ! やはりツバキはそうか! こりゃ、コウカン殿も耐えきれないだろうな。まあ、視線の理由は大方俺の格好と無間かも知れないから、そこは気にせず行こうぜ」
俺はツバキに笑ってそう言った。ツバキは不思議そうに俺を見ている。
「ムソウ様、どこか楽しそうですね」
「ん? まあな。なんとなくこういう雰囲気は傭兵やってた頃を思い出して懐かしい気がする」
何せ、反乱軍もそこに居た傭兵たちもガラが悪かったからな。しょっちゅう俺もジロジロと他の奴らに見られたものだ。まあ、後で聞いたら俺の無間と、包帯だらけの姿を見ておっかなかったと言っていたがな。だが、そんなこともあり、この街は、前に拠点をどこにしようか、とツバキと話していた時に感じたように、俺の気質に一番合ってるんじゃないか、と感じていた。
それにガラが悪いだけで、気質は悪くないのかも知れない。ここなら退屈しねえな、と実感している。
ツバキにそう言うと、頭を抱えて、やはり……と嘆いていた。
なるほど、あの時ツバキが俺に言おうとしていたことも同じだったか。だが、俺は山賊に育てられ、その後も決して育ちが良いとは言えないような者達と過ごしていたんだ。むしろ、こっちの方が落ち着いている。
何となく、本気でここに住もうか、と思い始めてきた。
「はあ……別にこの街に拠点を作らなくても良いのでは?」
「それだと、依頼をこなすときに面倒だろ。それに住めば都っていうかも知れないし……」
と、呆れているツバキを見ながら話していると、
ドンッ
俺は何かにぶつかったようだ。振り返ると、ガラの悪い男女二人組がこちらを睨んでいた。
「ちょっと! どこ見てんのよ!」
「気をつけろ! この野郎!」
そいつらはそう言いながら俺の顔を殴ってきた。俺はその勢いで地面にしりもちをつく。リンネは驚いて、俺を見ながら鳴いていた。
「ムソウ様! ……あなた達!」
それを見たツバキは刀に手をかけて、そいつらを眺めた。俺はツバキを制し立ち上がる。
「ああ、すまなかったな。気を付けるよ」
俺がそう言うと、二人は俺を睨みながら去っていった。尻についた泥を払っていると、ツバキが寄ってくる。
「大丈夫ですか? ムソウ様、リンネちゃん」
「ああ、大丈夫だ。屁でもねえ。……っと、リンネも、大丈夫だ。ありがとな」
「キュウ~……」
俺が殴られたところをペロペロと舐めているリンネにそう言って、頭を撫でた。すると、ツバキが俺の顔を覗き込んでくる。
「しかし、いつものムソウ様でしたら、やり返しそうなものですが……?」
意外と失礼なことを言ってくるツバキ。思わず苦笑いした。
「お前がいつも言っているだろう? 問題は起こさないでくださいって。こんなことでいちいちキレていたら、こういう場所ではやっていけねえぞ」
そう言って、俺はツバキの頭を撫でた。ツバキは、ハイと頷いている。さらに俺は続けた。
「それに、スリくらい許してやろうぜ。すでに仕返しも終わっているからな」
俺は懐から二つの財布を取り出してそう言った。それを見たツバキは目を丸くさせる。
「ス、スリ!? え、ムソウ様、何か盗まれたのですか!?」
「ああ。ぶつかった時に懐にしまっていた財布をな」
「で、ですが……それは?」
「これはあいつらのだ。殴られたときにこそっとな。まあ、よくあることだろう。わざと相手にぶつかってその隙に財布などを盗む。
その後ああやって攻撃してきて俺に逆らったらどうなるかわかってんのか! みたいにしとけば、後でスリって気づいても相手は何も言えなくなるからな」
そう言いながら俺は奴らの財布を投げて遊んでいた。財布の中は……結構入ってんな。思わぬところで儲けることが出来たと笑っていた。
ツバキは俺の行動に驚いていたが、段々と落ち着きを取り戻し、口を開く。
「それでも、お財布を盗られたことには変わりないですよね……それはなんとも……」
俯くツバキの肩を叩き、俺はニカっと笑った。
「それなら心配ない。あの財布は元々空っぽだ。こんなこともあろうかと用意しておいた。元々俺は、金とか大事なものは異界の袋に入れているからな」
そう言うと、ツバキはまたしても目を見開き俺を見ている。俺はそんなツバキの顔が可笑しくて腹を抱えて笑っていた。すると、ツバキは段々と真顔になっていき、俺をジトっと見てくる。
「……では、今回の一件は、ムソウ様がただただあのお二人から財布を盗んだ、ということですか?」
ツバキは詰問するようにそう言ってきた。ふむ……やはりこういうところは真面目だな。何とも、騎士らしい。やはり、ツバキにはこの街は慣れそうにないな。まだ、もう少し面白くなりそうなのに……。
「まあ、今の所そうだが、そろそろ……っと、来たようだ」
不思議そうな顔になったツバキに振り返ってみろ、というとツバキは後ろを見た。すると、俺達の向いている方向から先ほどの男と女が慌てた様子で駆けてくる。
そして、俺を指差してきた。
「この野郎!!! 俺達の財布を返しやがれ!!!」
「あ? 何の話だ?」
「とぼけないで! さっきぶつかった時に盗ったの分かってるんだからね!」
俺がとぼけていると、がみがみと二人は捲し立ててくる。何ごとかと街を歩く者達は歩みを止め俺達の方を見ていた。ツバキはどうすればいいのかわからないという状態だ。
「てめえ~~~! ぼさっとしてねえで、返せってんだ!!!」
男はそう言って、俺の襟を掴み詰め寄ってきた。リンネは驚いて、ツバキの方に跳んだ。よしよし、リンネは安全なところに行ったな。それを確認し、俺は男に、
「そんなに言うなら、調べてみろって」
と言った。すると、男は女の方に俺の体を調べるように促す。男は未だ、俺の襟を掴んだままギロッと俺を睨んでいた。
その後、女は俺の全身を調べた後、目を見開いて驚いていた。
「……無い」
女はぽつりとそう呟いた。それを聞き、男はパッと女の方を見る。
「な!? そんなわけあるか! よく探してみろ!」
「無いものは無いんだもん!」
「何だと!」
男と女は俺の目の前であーだこーだと口喧嘩を始めた。俺は一つため息をつき、二人に口を開く。
「アンタらよく探したのか? もう一回よく見てみろよ、懐の中とか、袖の中とか……」
「何だと! 無かったから俺達はここに来たんだろうが! さっきも探したさ! こうやっ……あ?」
俺の言葉を聞き、怒鳴り散らしらしながらも二人はそれぞれ、懐と袖の下に手を突っ込んだ。その瞬間、二人の動きは止まり、驚きの表情を浮かべている。すると、見てわかるくらいに汗をかきだした。
二人はゆっくりと手を出す。そして、震える目で自らが手にした財布を凝視していた。周りの群衆たち、そして、ツバキも目を見開いてその様子を見ている。
俺はわざとらしく、ぶっと噴き出して腹を抱えて大笑いした。
「ハハハッ! こいつは傑作だ! 言いがかりをつけ、散々脅しをかけた挙句、実は自分らが持っていたとはな! とんだお間抜けさん達だ!」
俺は、男たちを指差しながら笑っていた。周りの群衆たちからもクスクスという笑い声が聞こえてくる。なおも高笑いを続ける俺の前で男たちの顔はみるみる赤くなっていく。そして、
「ふざけんじゃねえええ!!!」
とうとう男は激高し、腰から刀を抜いた。女の方はキッと俺を睨み、手のひらに魔力を溜めだした。すると、群衆から聞こえていた笑い声はピタッと止み、その中から悲鳴が聞こえてくる。
ツバキはハッとし、刀に手をかけた。俺はまたしてもツバキに視線をやって動きを制した。二人は俺を睨みつけながら、
「よくも俺達に恥かかせやがって!!! この場でぶっ殺してやる!!!」
「覚悟しなさい!!!」
と怒鳴ってきた。俺は頭を掻きながら、フッと笑った。それを見て、更に苛ついたのだろう。二人は同時に俺に攻撃を仕掛けてきた。雄たけびを上げながら刀を振り上げ、俺に突っ込んでくる男の背後で、女は溜めていた魔力を風の球に変換し、撃ってきた。
俺は頭から手を放し、刀を持つ男の腕を掴む。
「な!?」
驚く男を尻目に、掴んだ腕を引き、女が撃った魔法の方向に向ける。
「え! ちょっ!」
ボンッ!とその魔法は男の腹に直撃した。グフっと言って白目をむく男を、俺は女の方に投げる。
「キャアッ!」
「ぐぅっ! て、テメエええぇぇぇ……」
二人は地面に突っ伏しながらも、男の方は俺に刀を向けて、未だに睨んでいる。俺は二人にゆっくりと歩み寄っていく。
「いやあ~、元々はてめえらが売ってきた喧嘩だというのに、こんなことになるとはな……」
「う、うるせえええ!!! ぶっ殺してやる!」
男はなおも俺に怒鳴りながら、刀を向けてくる。俺はその刀を気を纏わせた手で掴んだ。男は刀を抜こうと力を入れて動かそうとするがピクリともしない。俺はそのまま刀をへし折った。唖然とする男と女、そして街の奴らとツバキ達。
「こんななまくらで俺に喧嘩を売る方が問題だな。財布が戻ってきた時点で手を引くべきだったのに変な欲が出て、更に俺から金を巻き上げようとしたのが運のつきだったな。
……まあ、これで手打ちにしてやっからさっさと失せろ」
俺はそう言って、男たちに背を向け、ツバキたちの方に行こうとした。だが、背後から男たちの声が聞こえてくる。
「て、てめえッ! 今度会ったらぶっ殺してやるからなっ!」
「そ、そうよ! 次はこうはいかないからねっ!」
未だ虚勢を張る男とついでに今なお俺を睨んでくる女にサッと近づき、髪を掴んで黙らせた。
そのまま俺は声を低くして、俺の腕を掴み、じたばたしている二人に口を開いた。
「チッ……見逃そうと思ったが、辞めた。
テメエらに次は無えよ。次が来ねえように今この場で……」
「ゔッ!」
「ヒぃッ!」
―死神の鬼迫―
「……殺す」
二人にちょっと強めの殺意をぶつけながらそう言うと、二人は震え、白目を剥きだし、俺の手の中で失神していた。俺は手を放し、男と女を地面に転がせる。
全部片付いて、ツバキたちの方を見た。
「……終わったぞ。コイツらどうすりゃいい?」
俺がそう言うと、一瞬間が開き、群衆から拍手と共に歓声が聞こえて来た。
「いやあ~いいモン見れたぜ! おっさん!」
「やるじゃねえか!」
「素敵!!!」
などと言いながら群衆は俺に押し寄せてくる。俺は慌てて、後ずさるが、すぐさま群衆に囲まれた。その様子を、何故だか安心した表情でツバキは見ている。
……いや、ツバキ、見てねえで助けてくれ! と視線で訴えたが、ツバキは我関せずといった表情で肩を上げ、視線を外すと、リンネを撫でていた。ツバキめ……後で説教だ……。
そう思いながらも俺は群衆たちに揉まれている。これは面倒ごとじゃないよなと自分に言い聞かせながら、俺は天を仰いでいた。
「早速か……」
俺の自虐にも通じるつぶやきは群衆たちの声にかき消され、ため息とともにクレナの街へと溶けていった。
その後、寄ってきた群衆たちをとりあえず落ち着かせた。だが、皆は未だに俺にいろいろと声をかけてくる。俺は仕方ない、と思い一つ一つの質問に答えていった。
「おっさんは冒険者か?」
「ああ、マシロから来た」
「そのバカでけえ刀は何だ?どこの工房だ?」
「俺の愛刀、無間だ。工房は知らん」
「その恰好何なんだ?」
「何って、ただの着物だろ?マシロのギルドに居た奴に作ってもらった」
「あの嬢ちゃんはお前さんの嫁か?」
「違う!まあ、ただの連れだ」
「あの可愛い魔獣はなあに?」
「リンネだ」
などと、群衆は俺にあれこれ質問してくる。やはりこの格好は目立つのか、と改めて認識した。特に皆無間をジロジロと見てくる。
流石職人の街だな、と思い、一通りの質問には答えた。やはり、見てくれは悪そうでも、そこまでガラが悪い荒くれ者共という感じでも無さそうだ。小さな子供たちも居るようだし、やはり、噂というものは怖いな……。
さて、俺から金を巻き上げようとしていた二人をこれからどうすれば良いのか分からない。女の方は妓女のような恰好をしているし、恐らくは花街の人間なのだろう。このままにしておくわけにもいかず、俺は気絶している二人を指差した。
「で、アイツらはどうすればいい?」
そう言うと、群衆の中から、若い男の声が聞こえてくる。
「俺達で預かろう」
俺と群衆たちは声のする方を見た。すると群衆をかき分け、着物に同じ紋章が描かれた羽織をした男たちが俺の方にやってくる。皆、腰に刀を差している。人相は……悪いな。そして、集団の先頭に居た長髪の男が俺の前まで来た。
「俺達はここらを仕切っている「ジロウ一家」だ。俺はその長、シロウという。この往来で喧嘩と聞いてな、ここまで来た」
男はそう言って、辺りを見渡す。ふむ、若いが眼光は鋭い。まるで鷹のようだ。コイツがこの集団の長なのか……?
男はじっくりと辺りを見た後に、倒れている二人を見て、そして、最後に俺に視線を移した。
「ふむ……状況や住民たちの話を聞く限り、そこで寝ている二人がアンタに突っかかり、返り討ちにあったってところか?」
「まあ、そんな感じだな。……で? アンタらは何なんだ? ジロウ一家って?」
「ああ、この街は初めてみたいだな。この領には騎士団が無いから、各町に自警団を結成しているという話は知っているか?」
「ああ、それは知っている。……ひょっとしてあんたらが、その自警団か?」
「まあ、そんなところだ。それよりも長旅でここに着いたばかりなのにゴタゴタに巻き込んだみたいですまなかったな」
男……シロウはそう言って、俺に頭を下げた。取り巻きの人相の悪い奴らも俺に頭を下げる。ほう、見た目に反して良い奴らみたいだな。俺が昔率いていた、元、「夜」の奴らを見ているようだ。
「あー……気にすんなって……じゃあ、こいつらのことは任せて良いか?」
「ああ、こちらで対処する。……おい、そいつらをうちに運んどけ!」
シロウが取り巻きの男たちにそう言うと、男たちはウスッと返事をし、二人をどこかに連れて行く。
「では、俺達は行くとする。機会があればまた会おう……」
シロウはそう言って、俺達の前から立ち去っていった。なかなか気持ちのいい男だな、と思い、俺は笑っていた。すると群衆の中から声が聞こえる。
「はあ~……さすが、シロウ様、男前だわ」
「そうねえ~、一家の長というのも板についてきたって感じ」
「シロウはジロウさんの全てを受け継いだからな。長としての責務も、ジロウさんの技も」
「うむ! 皆をまとめる統率力、どこか惹かれる人間力を持ち、更には剣の腕も超一流。流石ジロウさんの後継者だな」
群衆はそんなことを言いながら、シロウの背中を見ていた。すると、ツバキが群衆に近寄っていく。
「あの……ジロウさんというのは、クレナの“刀鬼”、“大侠客”と呼ばれた、あのジロウ様のことでしょうか?」
ツバキが群衆たちにそう聞くと、皆は一様に頷いた。ツバキはなるほど、と言いながら頷き、少し微笑んでいる。
すべてが分からない俺はツバキに近づき、こそっと聞いてみた。
「誰だ? そのジロウって男は」
そう言うと、ツバキは、一瞬ハッとしたが、すぐに何かに思い当たり、微笑んだ。そして、口を開く。
「ムソウ様が迷い人ということを失念しておりました。こういう展開は長くなかったものですから……」
「ん? ということはやはりこの世界の有名人か?」
そう聞くと、ツバキはコクっと頷く。ああ、こそっと聞いてよかった。群衆たちに聞いたら、また驚かれ、俺は自分の素性を話さないといけなくなる。余計な混乱をさせたくないから、旅の間、俺は自分のことを自ら迷い人と言うのを控えている。
もちろんEXスキルについても出来るだけ黙っている。言えば十二星天のように神聖視されるからな。それで、何かこの世界の常識的なことについてわからないことがあるとこうやってツバキにこそっと聞いたり、状況を読んで推察したりしている。
だが、確かにここ最近はまず、人に会うこともなかったため、そういうことも無かった。ツバキが失念していたのも頷けるな。
まあ、この話はどうでも良い。早速ツバキはジロウという男について教えてくれた。
「ジロウ様は以前お話ししたサネマサ様のご友人の方です」
「ああ……確かここらの自警団を設立したっていう奴か」
「話を聞く限りでは先ほどのお方がジロウ様の後継者の様ですね」
「みたいだな。……で、そのジロウってのはどんな奴なんだ?」
「はい。幼少期からサネマサ様と共に過ごされ、共に武芸に励みながら育ったと聞いております。その結果、ジロウ様もサネマサ様に負けず劣らずの武勇を持つ方となり、いつしかジロウ様はクレナの“刀鬼”と呼ばれ、多くの武芸者の憧れの存在となったのです」
ツバキは目を輝かせながら、ジロウについて語っている。……なるほど、こいつもそうか、と思い、納得する。へえ、そんな奴が居るのか。にしても普通の人間でサネマサと互角の強さを持つって凄いな。一度会ってみたい。
「また、ジロウ様は非常に心根の素晴らしい方で、強きを挫き、弱きを助けることを旨とし、古くからクレナの領民たちが魔獣などに襲われていると刀を抜き、老若男女問わず、弱い者の味方をし、不逞の輩あれば拳を握り、それらに立ち向かっていきました。
クレナの領民の皆さんは、ジロウ様を“大侠客”と呼び、慕っていたという話です」
「強いだけではなく立派な男なんだな……」
ツバキの話を聞き、そう呟くと、群衆たちから声が聞こえてくる。
「その通りだぜ、姉ちゃん! ジロウ様のようなお方はこの世界に二人といないだろう!」
「さっきはおっさんもすごかったがジロウ様に比べるとな……っと、比べる相手の格が違いすぎるや!」
群衆たちは最後の男の言葉を聞き、笑い出す。若干腹立つが、俺もツバキも笑った。にしてもジロウという男、興味が出てくるな。強いだけでなく、こんなにも領民に慕われているとは。ますますどんな男か見てみたくなる。俺は笑っている群衆に聞いてみた。
「それで、ジロウは今どこに居るんだ? 良ければ会ってみたいものだ」
そう言うと、群衆たちの笑い声はピタッと止み、皆がっくりと俯く。どうしたのだ、と聞くと、その中の一人が口を開いた。
「それがな、行方不明なんだ」
「は?」
男の言葉を聞き、口を開ける俺とツバキ。
なんでも、五年ほど前、ちょうど先ほどのシロウに自分の跡を継がせると、忽然と姿を消したという。領民は必死になって探したが少なくともクレナ領にはいなかったらしい。
「サネマサ様にもお伝えしたんだが、当人も分からないと仰っていたな」
と、群衆の中から声が聞こえる。領民たちはジロウの消息を旧友であり、親友のサネマサは知っているかもと思い、尋ねてみたところ、本人も、初めて知った、と言っていたらしい。
一時は死亡説のようなものも流れたぐらいだが、あの方がそう簡単に死ぬわけないとクレナ領の民たちは思っているようだ。
「なるほど……何はともあれ、会えないのは残念だな」
「そうですね。ですが、こればかりは仕方ありませんか……」
俺とツバキはジロウに会えないことを知り、がっくりと俯いた。一度だけでも会ってみたかったな。どんな奴なのか気になる……というか、少し闘ってみたいような気もするからな。その辺は少し残念だ。そうやっていると、
「落ち込んでいるところ悪いが……」
群衆の中から声が聞こえた。声のする方を見ると初老の男が俺達を見ている。なんだ?と顔を上げると、男は、
「ところでお前さん、これからどうするのじゃ?」
と、聞いてきた。
「ああ、トウショウの祠に行く前に一度ギルドに用事があるからな。だから、これから花街を抜けて上街に行くところだ」
男の問いにそう答えると、群衆たちは一様に微妙そうな顔をした。
「ん? 何かあるのか?」
「おっさん、あの町は……いや、何でもねえ。気を付けてな」
俺の問いに答えようとするも黙り込む若い男。何だろうと思いツバキと顔を見合わせながら首を傾げる。
……その後、皆と別れ、俺達は花街の方に向かった。歩きながら、先ほどツバキが俺を助けてくれなかったことを思い出し、ツバキの方を見ながら話しかけた。
「そういや、お前、何でさっき、助けてくれなかったんだよ」
「何のことですか?」
「いや、俺が群衆に囲まれた時だよ。大変だったんだぞ、あいつらの相手をするの」
「ああ……問題や、揉め事を起こさないと仰っていたのに、自分から騒動を引き起こされたのでよろしいかと……」
ツバキはすました顔でそう言ってきた。
「お前……最初にあの二人が俺を殴ってきた時にカッとなって刀を抜こうとしたのはどこの誰だ? あのまま抜いていたら、もっと大変なことになっていたぞ」
「あ、そうですね。それは失礼いたしました」
ツバキはそう言って、俺に頭を下げた。失礼いたしました、とは言うものの、棒読みだ。謝る気はないらしい。俺は諦め、はあ、とため息をつく。
そして、しばらく歩き、花街の前まで来た辺りで、ツバキが口を開いた。
「……ムソウ様」
「何だ?」
「あまり、ご心配をかけないでください」
ツバキはそう言って俺をまっすぐと見た。俺は一瞬黙り込んだ。ツバキが刀を抜こうとしたのはアイツらに怒ったのもあるが、俺が怒って何かをしでかすと思い、先にアイツら二人を倒して、それを食い止めようとしていたらしい。
仮に俺があの時二人を斬っていたら、それこそ大変なことになっていたかも知れない。ツバキはそれを心配していたみたいだ。
まっすぐ俺を見るツバキに、
「……分かった……すまなかったな」
と、俺は頭を下げた。顔を上げると、ツバキは俺の頬に手を当てた。
「よろしいです」
そう言って、ツバキはニコッと笑う。急に恥ずかしくなり、ツバキの手を払って俺はあさっての方向に視線を移す。ツバキはフフッと笑って、また歩き出した。俺はため息を一つして、ツバキを追っていく。色々あったせいか、リンネは俺の肩の上で口を大きく開けてあくびをしていた。




