第115話―クレナに向けて旅をする―
今回から新章スタートです。
マシロを発って結構な日数が経過していた。俺とリンネと、さらについてきたツバキの旅は順調に……
「じゃねえって! こんなに遠いとは思わなかったぞ!」
「よく地図をご覧にならなかったのですか?こんなにもいい地図なのに勿体ないですよ……」
そう、俺達は未だクレナに到着していない。領内に入ってすらいない。ツバキは地図をよく見ていなかった俺に呆れるが、俺はしっかりと見たはずだ。
マシロからクレナまではパーシ、ソウブ、グリドリという三つの領地を跨いだ先にあることは確認した。だが、来てみれば、ソウブという領土が意外と広く、というか面倒くさい道順で進むことになり、今、ようやくグリドリ領まで辿り着いた。
「ソウブであそこまで時間を食うとは誤算だった。しかし、マシロも結構広かったような気がする」
「マシロ領は集落が少ない代わりに荒野や山脈地帯といった自然のままの状態の場所が多いですからね。その影響で人族よりも魔物族が多いんですが……」
ツバキは地図を見ながらそう言った。確かにマシロはそういうところだ。魔物が多いから人族も集団を形成するのが難しく、村や町といった、人族の住む集落が少ない。デーモンと闘った山でもゼブルたちが山に住む人間を襲ったって話だったからな。
その代わり、パーシは人族が多かった。街道沿いにも街は結構あって、宿屋や、食料の調達には苦労しなかった。中にはハクビのような獣人だけが住む集落もあったりとマシロに比べて活気づいていたという印象だ。
まあ、住んでいる種族が多いということはそれだけ種族同士の争いが起きやすいということ。この世界では人種差別のようなものはあまりないが、時々精霊人の一件でのロイド卿のように「絶対人間主義者」のような者達も居る。
ことあるごとにそいつらは獣人たちなどの混血種たちに喧嘩を売っていた。それらを諫めたりするのも正直、苦労したが、何とか無間を抜かず平和的に解決することが出来て良かった。
パーシではそのくらいだ。魔物も少なかったし、順調に旅が出来た。
だが、ソウブでの順調な旅というのは困難だった。なぜなら、街道に跨るように、領全域に湖がある。旅人は湖を渡るか、湖に沿うように続いている街道を迂回しなければならない。
大概は迂回の方法を選ぶ。何故なら湖には多くの魔物が居て、船を出そうにもたちどころに襲われてしまうからだ。俺達もどうしようか悩んだ挙句、迂回の方法を選んだ。
流石にリンネでも湖は渡れないし、渡れたとしても闘いながらというのは流石にきついと感じたからな。少し面倒だと思ったが仕方ない。
それにソウブは湖の領地ということもあり、海産物の飯が多く、陸路で行った方が良いと思った。ただ、それも旅が遅れた原因にもなったが。
「ムソウ様がソウブの町々で海鮮料理巡りをしたことも遅れの原因の一つでもあるんですよ?」
「ぐ……それを言われたら、俺も返す言葉が無いが……美味かったから仕方ないだろう。な? リンネ」
「クワンッ!」
この世界に来てから海産物というものをあまり食べていなかったからな。焼いたものではなく、刺身などもあったりして、俺とリンネは呆れるツバキを尻目に、寄った街や村で飯を食うことに没頭していた。
密かに俺の好物となっている貝類も食うことが出来て、腹は満足だ。一つの街に二日間居て、その町の飯屋を制覇したこともある。正直、旅では無かったら、食うことに関しては一番のお気に入りの領だな。
「はあ……それにしてもここまで時間が掛かるなら、最初から飛んでいけばよかったものを……」
ツバキはボソッと呟く。確かに、リンネにエンテイに化けてもらって飛んでいけば確実に速くクレナに着くだろう。しかし、俺はそれをしなかった。
「それだとつまらないだろう。出来るだけこの世界のものを多く見ておきたいんだ」
俺はツバキにそう言って、納得させている。何と言うか、ただ、飛んでいくのは味気ないからな。それに地上を進んでいくおかげで美味い飯にもありつけたわけだし、色々なことに気づけたからな。俺の選択は間違っていないと思う。
それに上空というのは意外と魔物が多い。それらをいちいち相手にしないといけないのは骨が折れそうだ。
ちなみに、旅の途上、俺はむやみに目についた魔物を斬っていくということはしなかった。斬るのは俺達に向かってきた敵だけ、ということにしている。そうでもしないと本当に先に進めないんじゃないか、というのもあるし、ただそこで生活しているだけの魔物をいちいち狩るのは気が引けた。
一応、通ってきた領のギルドに顔を出しては、討伐依頼なども確認しているが、俺達が討伐する魔物はそれくらいなものだ。
一度だけ、ソウブのギルドの依頼にあった、湖で大量に繁殖した人食い魚「デスニア」という魔物を殲滅した時に、ソウブの領主がもう少しここに居てくれと懇願してきた。急ぐ旅だからと断ったが、ああいうのも面倒だからな。必要最低限の闘いはしないことにしている。
ただ、未だに遭遇はしていないが、超級以上の魔物は何があろうと倒すと決めている。ツバキもその方が良いと言った。一匹居るだけで、その辺りの生態系が変わってしまうからな。
マシロを出てからは一度も遭遇していないところをみると、やはり、マシロは異常な状態だったんだと改めて認識した。
ギルドには顔を出しているということで、ロウガンから貰った伝令魔法の魔道具も使っていない。狩った魔物の素材は、そのギルドで解体し、金に換えているからな。もったいないことをしたなとは思いつつも、これに関しては、クレナに着いたら使うことがあるだろうと思っているので特に気にしていない。
さて、ついてきたツバキとの旅には五日目くらいから慣れた。最初は女との二人旅ということもあり、色々気を使ったが、リンネも居るし、だんだん慣れてきた。
ただ、少し困るのは、俺が風呂に入っているときや、寝ているときなどに急に傍に来ることが偶にあることだ。旅に出る際に、節操のない女は苦手、と言ったのだが、聞いちゃいねえみたいだな。前の世界のツバキと同じ様なことをしてくるツバキに、頭を抱えている。
その度に俺はツバキを風呂から追い出したり、離れたりするのだが、ツバキは辞めようとしなかったので、今ではツバキに最初に風呂に入って貰って、後から俺が入るようにしている。
また、寝る時もツバキが熟睡したのを確認した後に寝るようにしている。そうしないと……駄目だ。
リンネはいつでも楽しそうに旅をしている。街に入ったときも、先ほど言ったように、その街その街の名物を食べては嬉しそうにし、子供たちと遊んだりもしている。
時々、俺とツバキで鍛錬をすることもあるが、行うたびにリンネは強くなっていっているような気がしている。俺はリンネの成長に喜びを感じている。
ただ、先ほどのパーシの時はやはり、面倒くさいことが起こった。人族絶対主義の人間が、そこに居た獣人と喧嘩したかと思うと、目についた俺の肩の上に乗るリンネにまでも、ヤジを飛ばして来た時があった。
流石にその時は死神の鬼迫を使って、ソイツを黙らせた。やり過ぎたかと思ったが、周囲の人間が味方をしてくれて、その男が逃げ帰っていく姿を見ていると、リンネはその者達と遊んだりもしていた。
人間嫌いにならなくて良かったものである、と思いながらもやはり、人が住んでいるところでは、リンネは小さくなって肩に乗ってもらうか、懐に入れておくかしないといけないということが分かった。
まあ、当の本人はどれも気に入っているから、どうでも良いようで、常に楽しそうにしている。
また、リンネは野宿の際に、狩りをしては、そこらの木の実や、魔物たちを狩ったりしている。この旅に出て俺はリンネを何度褒めたか、もうわからない。本当にこいつは大した奴だと常々感じている。
「さて……で、結局今はどの辺りだ?」
「えっと……先ほどグリドリに入りましたので……この辺りじゃないかと」
俺の言葉を聞き、ツバキは地図の一点を指差す。おお、こうしてみるとグリドリも結構長くなりそうだな。今までの感覚でいくと三日くらいはかかるか……。
いや、この領地は森が多いな。行く先にも、大きな森がどーんとあるようだ。これだともっとかかりそうだな。森の中に集落でもあれば良いのだが、多分、無いだろう。その線は諦めよう……。
「これで見ると、クレナまではあと十日くらいか?」
「どうでしょうか。クレナに入ってギルドのある町……つまり領主アヤメ様がいらっしゃる街までのことも考えると、もう四日はかかりそうですね」
ということは合計十四日か。まあ、正直急ぐ旅でもないからな。気長に行こう。
ツバキとリンネにそう言って、俺達はグリドリの街道を進んでいった。
……ちなみに、リンネの上でツバキは俺の前に座っている。というのも俺は無間を背負っているからな。俺はどれだけリンネが走っていてもツバキの体を掴むということはしないが、ツバキは時々俺にもたれかかったりしてくる。
その度に俺は少し後ろに行ったりするのだが、あまりに後ろに行くと、リンネが立ち止まり尻尾で俺の背中を押してくる。仕方なく元の場所に座ると、ツバキはクスっと笑ってこちらを見ていた。そうやって、俺達の旅は進んでいる
◇◇◇
その後も街道を進んでいくと日が暮れてきた。前方には森が見える。
「あ、ムソウ様、どうしましょう。森に入って野宿にしますか? それとも、今日はこの辺りで野宿にしますか?」
「ふむ……どちらでも良いが、危険が少ないこの辺りが良いだろうな」
森に入る前に英気を養っておこうと、俺達はリンネから下りる。そして、ツバキは焚火を起こし、リンネは森に狩りに出かけた。
俺はというと、風呂の準備を始める。例の風呂場を異界の袋から取り出し、そこに水を入れていく。水の方はソウブの湖で大量に手に入ることが出来たからな。これで当分は問題ない。
ちなみにその水は、俺が拾った給水石にロウガン達から貰った亜空間コアの一部を職人に組み込んでもらって貯めている。職人曰く、このくらいの大きさの給水石なら、大きめのため池くらいの水なら貯めることが出来るという。いまいち使い道のわからなかった二つの素材を合わせて便利なものが出来たと俺は喜んだ。
出来たそれを貯水岩と名付け、大事に使っている。
さて、浴槽に水が溜まったら、次にツバキが持ってきていた火炎鉱石を入れて風呂が熱くなるのを待った。その間、外で作業をしているツバキの手伝いをする。夜寝る天幕を張った後はリンネを待ちながら、野菜や果物を切っていく。
「慣れてくると、こういう旅も良いものですね」
「ん? 今までやってこなかったのか?」
「ここまで長いのは流石に無いです」
などと、ツバキと会話しながらこうやって料理を作るのは俺も少し楽しい。前の世界で大陸を統一してからの二年間は主に一人旅だったからな。……あ、ハルマサと出会うまでも俺は一人だったな。
こうやって誰かと一緒に迷ったり、飯食ったり、喋りながらの旅は確かに楽しい。
その後、リンネが森から魔物を咥えて戻ってくる。デカい猪のような魔物だ。早速食べることが出来るか鑑定眼で視てみる。
……
バースト・ボア
森などに棲む猪型の魔獣。短気な性格で、所かまわず突進し、目の前のものを粉砕していく。牙に強い衝撃が当たると小規模の爆発が起きるので突進には要注意。肉は無害。
……
割とあぶねえ魔獣だな。少し気になって牙の一部を、すべてをきるものを発動し斬ってみた。……ふむ、切れ目を斬ると爆発はしないみたいだな。そして、剥ぎ取った牙の一部を少し離れたところで地面に思いっきり叩きつけた。
ボンッ!
「おっと……これはなかなかだな……」
牙を叩きつけたところを見ると、その大きさの分だけ地面が抉れている。これだけの量でこの威力か。炸裂弾とかに使われていそうだな。とりあえず、肉とかを切り分けるのには邪魔そうなので、デカい牙の部分を先に剥ぎ取って、異界の袋にしまった。
「……ムソウ様、あまり無茶はなさらないでください」
「ん? ああ、すまねえな。気を付けるよ」
俺を心配してそう言うツバキに適当に答えた後、俺達は肉を解体していく。皮と骨、それから内臓は一応とっておいた。また、ギルドに寄ったときにでも査定に出そう。その後、暗くなる頃に肉を焼き、晩飯をとり始める。俺は肉にかぶりついた。すこし筋っぽいが食えないことはない。オオイナゴの脚よりは柔らかいな。
「ん……少し硬いが、美味いな。リンネはどうだ?」
「キュウッ!」
リンネは笑って肉にくらいついている。ふむ、気に入ったみたいだな。ツバキはというと、例の小刀のような食器……ないふと、三つ又の槍のような食器……ふぉーくを使い、肉を切り分けながら食べていた。
あの食器を以てしてもやはり、この肉は切りづらいみたいで、ツバキは少々手間取りながら食べている。
「う~ん……やはり、私には少し硬いですね」
「そうか? ……じゃあ、明日は煮込んでみるか。少しは変わるかもしれない」
俺がそう言うと、ツバキはお願いします、と言って、ひとまず今晩は焼いたその肉を食っていた。
ただ、肉を口に運んで、噛んで呑み込む、それだけのことなのに、俺とリンネのものに比べるとやはり綺麗だなと、俺はツバキを見ていた。
「どうされました?」
俺がツバキを見ていることに気付いて、ツバキはこちらに顔を向けた。
「あー……やっぱり綺麗だなってな……」
そう言うと、ツバキはハッとした顔で目を見開いた。
「今……なんと……?」
ツバキの言葉に俺もハッとする。
「いや! そういう意味じゃない! 食べ方だぞ! お前の所作が綺麗だと……」
「私がご飯を食べている様子が綺麗なのですね?」
「ああ、そうだ。お前が飯を――」
「つまり、私が綺麗だとムソウ様は仰ったのですね!」
「違うって! 飯を食う仕草がだな!」
「ああ、また一つ、私はムソウ様のお心に近づけたということですよね!?」
俺の話……聞いてる? いや、聞いちゃいねえな。旅に出てからツバキはマシロに居る時よりもこうやって俺の一言一句を拾っては目を輝かせることがよくある。旅に出る際に言っていた、俺を振り向かせるというのはこういうことなのか、と少し疑問に思うが、大概、こういう時は……そう思っていると、ツバキはフフッと微笑み、
「冗談ですよ。やはりムソウ様は面白い反応をなさいますね」
と言った。そう、こいつはこうやって暴走した振りをした後、俺が慌てるのを面白がり最後にはそう言って、呆れる俺の前で一人笑っている。そういや、マシロに居た時もリュウガンと共にコウカンをこうやってからかっていたよな。今ならアイツの気持ちがよくわかる……。
「はあ……そういう悪戯は好かん。そんなことやってくる奴もな」
「では、サヤ様もお嫌いでしたか?」
クッ……痛いところをついてくる。ここで、頷こうものなら、それはそれで俺は納得しないし、違うと言えば、さらにツバキの悪戯は加速していくし……。
本当にこいつは口が上手いというか、なんと言うか……。
「やはりムソウ様は面白い方ですね。サヤ様のお気持ちよくわかります」
俺が悩んでいると、ツバキは笑ってそう言った。そんなところはわからなくても良いよ……。
もう知らん! と言って俺は肉を食うのを再開する。ツバキはフフッと笑って、飯を食い始めた。
……正直、コイツのこういう悪戯にはまいっているが、心のどこかで、前の世界の幸せだったころを思い出し、嬉しくもあった。
ツバキがそういうことをする度に、俺の心には悪戯な笑みを浮かべるサヤが現れる。俺達を楽しそうに指差しながら笑っている、そんな光景が、俺の中に現れる。
確かにツバキは、俺の心の中にサヤや皆が居る状態で俺を振り向かせようとしていると感じる。ことあるごとにサヤや、前の世界の仲間たちの名前を出すのはたぶんその所為だろう。
その甲斐あってか俺の心も少しずつだが、ツバキに寄っていく気がする。だが、それは果たして良いことなのか、と何度か疑問に思うことはある。サヤへの想いを残したままこいつの想いを受け入れるのは果たしてどうなのか、と。
……まあ、毎回答えは出ないんだがな。ただ、俺はそれでも今は楽しい。こうやって笑って旅が出来ているんだからな。だから、余計なことは考えず、なるようになるさと思いながら、ツバキと、リンネと過ごしている。……多分、その方が良い。
「どうされました? まだ、怒ってらっしゃるのですか?」
俺が一人、考え事をしていると、ツバキが俺の顔を覗き込んでくる。コイツ……心配するなら最初からするなと思いながら、俺は笑って、ツバキの頭を撫でる。
「気にしてねえって。さっさと食って風呂でも入ってろ」
俺がそう言うと、ツバキはニコッと笑って、頷いた。
……そうやって、俺達は旅をしていた。もちろん、今みたいにツバキの悪戯に驚いたり、意外と進んでなくてイライラすることもあるが、前の世界には無かったものや、見たこともない人や景色を見るのはやはり、楽しい。
目指すクレナでは何をしようか考えを巡らせることもあれば、マシロの奴らは今頃どうしているかとかツバキと話したり、ミサキはちゃんとやっているかをリンネと話したりするのも楽しいからな。
さて、明日はどんな一日になるのか、と思いながら、俺は焚火にあたりながら綺麗な星空を眺めていた……。




