第114話―マシロを旅立つ―
翌朝、目が覚めて体を起こした。昨晩は少し話し過ぎたな。まだちょっと眠い。一つあくびをついて起き上がる。
起きてもおぼろげなリンネと一緒に顔を洗い、身支度をした。ギリアンから貰った着物と外套を着て、レイカが選んでくれた髪飾りを着けた。
そして、異界の袋に荷物を詰め……と、ロウガン達から貰った永久金属なども忘れないようにしないとな。それらを袋に入れて、無間を背負う。最後にリンネを肩に乗せて、部屋を出た。
「おはようございます。ムソウさん」
「おっと……マリーさんか」
部屋の前にはマリーが居た。マリーは笑顔で俺を見ている。そういや、精霊人の森を出た時も、こうやってホリーが出迎えてくれたな。流石姉妹だ。俺は嬉しくなり、マリーの頭を撫でた。
嬉しそうにするマリーと共に、ギルドを出る。
すると、外にはロウガン、リンス、リリー、エリー、ギリアンといったギルドの面々、さらに、ワイツ卿、シーロ、シロンの三人、それからコウカン、リュウガン他、俺が訓練に付き合ってやった騎士団の奴らが目の前に居た。
「よう、皆。見送り、感謝する」
俺がそう言うと、ワイツ卿とシーロ、シロンが前に出てくる。
「ムソウ殿、本当に世話になったな。今後はお主が居なくとも、マシロをしっかりと護っていく。もちろん、家族もな」
「ああ。前の世界のタカナリ同様、アンタには期待している。頑張れよ」
俺はそう言って、ワイツ卿と握手をした。タカナリ同様、ワイツ卿も人の上に立ち、領民を導いていく人間だと俺は思っている。正直、何も心配はないだろう。
「ムソウ様、お達者で」
「ありがとう、シーロさん。悪戯はほどほどにな」
そう言うと、シーロはニコッと笑い、頷く。この顔は……辞める気は無いな。まあ、それが夫婦円満の証だと実体験も兼ねてそう思うので、何となく、安心した。
「おじちゃん……また会える?」
「もちろんだ、シロン。俺は冒険者だ。またいずれこの街に来る。その時はお母さんに負けないくらい綺麗になってろよ」
俺がそう言うと、シロンは頷き、俺に跳びついてきた。俺とリンネでシロンの頭を撫でてやった。
昨日と違い、これが今生の別れというわけではないということを認識しているリンネは、泣くことも無く、シロンの頬を舐めたり、頬ずりしながら楽しそうにしていた。
「まったく……ムソウ殿は女の子によくモテるな」
そうやっていると、コウカンとリュウガンが前に出てきた。俺はシロンを離し、そちらを振り向く。
「本当ですね。正直、羨ましいです」
「お前らにはツバキが居るだろ……って、あれ? ツバキは?」
ふと、ここにツバキが居ないことに気付き、二人に尋ねた。二人は慌てたようになって、口を開く。
「ツ、ツバキは朝から仕事でな、残念ながらここには来れなかった」
「ムソウ様を見送るのが出来ないと、落ち込んでいましたが……」
二人の言葉を聞き、俺も少し落ち込んだ。昨日のあの様子で別れるのはやはり忍びないからな。まあ、いいか。また、いつか会えるだろう、とリンネを見習って落ち込むのはやめた。
「分かった。ツバキには達者で、と伝えておいてくれ」
「ああ、承知した」
未だ何かに慌てているコウカンにそう言うと、コウカンは落ち着きを取り戻し、俺の言葉に頷いた。
「ムソウ様、次にお会いするときまでに師団長にもムソウ様にも負けないくらい強くなりますので、その時はまた我らと手合わせをお願いします」
リュウガンが他の騎士団と共に俺の前に出てそう言ってきた。俺はその言葉に強く頷く。
「ああ、楽しみにしている。皆、しっかりコウカン殿の元で研鑽を積んでいけよ」
俺がそう言うと、騎士団の連中は、はい! と大きく返事をした。
「では私は、それが叶うようにしっかりとこの街を護っていこう」
コウカンはそう言って、俺に手を出してくる。俺は笑って、コウカンと握手をした。
「頼むぜ。俺が居ない間もこの街やシロン達をしっかりと、頼んだぞ」
俺がそう言うと、コウカンは力強く頷いた。
そして、最後にギルドの奴らが前に出てくる。最初に俺に話しかけてきたのはマリーたち、精霊人姉妹だ。
「ムソウさん。あなたには数えきれないくらい感謝してきましたね。だから、私が言えることはもう一つです。……安全に行ってらっしゃいませ」
マリーは受付らしく、いつも、依頼に出かける俺の背中を押してくれるいつもの一言を放つ。その言葉に、俺もいつものように頷いた。
「偶には遊びに来てね~!」
「正直、すごく寂しいですけど、私達も頑張りますから!」
リリーは相変わらずだな。それにエリーも……。俺は最後に、とエリーの頭を撫でながら口を開いた。
「ああ。ロウガンを始め、お前たちが居てくれたからこそ、冒険者としての今の俺が居るんだ。感謝している。これからも、ホリー含め姉妹全員で力を合わせて行けよ!」
俺がそう言うと、姉妹は笑顔で頷いた。エリーは撫でられたことがよほど嬉しかったのか、その場でぴょんぴょんと跳ねている。まあ、こいつらも大丈夫だろう。こいつらには帰る家があるからな。それだけで、充分だろう。
そう思っていると、ギリアンが前に出た。
「う~む……やはり、その装備、似合っているな。流石俺だ」
「フッ……そうだな、アンタには特に世話になったな。今後は俺が居ねえから珍しい素材が手に入らねえかも知れねえぞ?」
「そんときはロウガンに出てもらうから心配すんな! ……しかし、アンタのお陰で久しぶりにいい仕事が出来た。感謝している」
「俺の方こそだ。良いものをありがとう。例の紹介状、ありがたく使わせてもらうぞ」
俺がそう言うとギリアンはいつものようにガハハ!と笑った。
「まったく……ギリアンは何言ってんだか」
「良いじゃないですか、彼らしくて」
そう言いながら、最後にロウガンとリンスの二人が俺の前に来た。
「よう、二人とも。昨日はだいぶ遅くなってしまったが、大丈夫か?」
「ええ、問題ないです。ロウガンさんには今日も頑張ってもらいますので」
「俺が頑張ったらこいつらの仕事がなくなるからな。ほどほどにしておく」
ロウガンはそう言って、笑った。俺とリンスも思わず笑ってしまう。
「二人とも本当にありがとう。リンス、これからもロウガンを引っ張っていけ。そして、いずれロウガンが全てをお前に任せられるように精進していけよ」
「はい、ムソウさん。もう、前の事件のようなことは起こさせません。これからもロウガンさんの元で、研鑽を積んでいきます」
「上出来だ、リンス。……そして、ロウガン。アンタに会えて本当に良かった。また会えることを楽しみにしている」
「ああ、俺もだ。次こそはお前に勝ってやるからな。楽しみにしていろ」
俺達はそう言葉を交わし、がっちりと握手をした。
「さて、じゃあ、そろそろ行くよ」
俺はそう言って、リンネに大きくなってもらい、背中に跨った。
「気を付けてな! そして、必ずまたここに来いよ~!」
「ああ、約束だ。必ずまた会おう!」
ロウガンの言葉にそう言って、俺は街の出口へと向かった。背後では未だに皆の声が聞こえる。俺は普段こういう時振り返らない性分だ。振り返ると、未練を残すみたいでなかなか出発できないからな。
だから、俺は振り返らない。前だけを見て進んでいく。
そうやって街の中を歩いていると、何人かの者達に出会う。呪いの一件で世話になった宿屋の女、俺を男前と言ってくれた婆さん、神人化した姿をかっこいいと言った少年、ロウガンたちを見舞いに行った際突き飛ばした女……こいつに関してはおびえる目で俺を見送っていたので、全力で謝った後に、呪殺封の薬を何本か渡しておいた。
女は目を輝かせ、それを受け取り、俺に頭を下げた。そうやって、皆、俺の旅立ちを見送ってくれた。
本当に、良い街だな、ここは……。必ず帰ってくると、勝手に約束した。
さて、そろそろ街の出口だなと思い、前を見てみると、門の所で誰かが壁にもたれて立っていた。何だろう、と思い近づいていくと……
「あ、ムソウ様。お待ちしておりましたよ」
そう言って、そいつは、俺の方に駆けよってきた。白衣に黒い袴を履き、その上には見覚えのある外套を羽織っている。そして、腰には真っ白の刀を帯びて、何やら大きな荷物を背負っていた。
そこに居たのは、今日は仕事で見送りに来られないと言われていた、ツバキだった。
俺は驚き、リンネから降りて、ツバキの前に立つ。
「ツ、ツバキ!? 何してんだ、こんなところで……」
俺がそう言うと、ツバキはリンネの頭を撫でながら、口を開く。
「あら? 師団長から聞きませんでした? 今日は朝から仕事だと……」
「いや、それは聞いたが……ちょっと待て、どんな内容だ?」
そう言うと、ツバキはニコッと笑った。
「ムソウ様が無事にクレナに行けるように護衛の任を賜りました」
……え、何言ってんだ、こいつ。護衛? そんなの俺に必要あるわけ……そう思っていると、ツバキは口を開いて、説明しだした。
「昨日、ミサキ様達を見送った後、師団長や領主様、ロウガンさんに呼ばれて、この護衛を任されました」
「任されたって……お前なあ……」
「私は……私はこの任務を下りる気はありません。どこへだってムソウ様についていきます」
ツバキは強い目で俺の目を見てそう言ってきた。ロウガンもワイツ卿も、コウカンも俺に対するツバキの想いは知っているからな。これは護衛という名目で、三人がツバキにしてやった心遣いと受け取るべきだな。
……俺は正直、ツバキを追い返すかどうか、悩んでいる。昨日の様子を見るに、ツバキをこのまま連れて行った方が良いのかも知れないが……。
そうしていると、ツバキはゆっくりと語り出した。
「……ムソウ様……私は……貴方のことが好きです。ですから、どうか、この先もずっと貴方のお傍に居させてください」
ツバキは俺の目をまっすぐと見て、そう言った。俺は少し、考えを巡らせ、口を開く。
「……前にも言ったが、俺の心の中にはまだ死んだサヤが居る。お前の願いを聞いてやれないかも知れないぞ?」
「でしたら、ムソウ様のお心にサヤ様も、ツバキ様も居る状態で私がムソウ様を振り向かせるように頑張るだけです」
ツバキの言葉に、目を見開く俺。……ああ、そんな答えは正直予想していなかった。ああ言ったら、諦めてくれるかと思ったが、むしろ、ツバキの心には火が付いたみたいだ。本当にどうしようか、と悩む。
……こんな時、サヤが隣に居たら、何て言うだろう、と思ったが、きっとあいつは、けらけら笑いながら、良いじゃない! とか言って、この状況を楽しんでいそうな気がする。
何故かツバキの口から出てきた、前の世界のツバキも何となく、サヤの隣で、俺の動向を楽しんでいそうな……そんな情景が思い浮かんでくる。
そして、二人の周りに、ハルマサやトウヤ、アキラ、ナツメ、ゴウキやエイキ、タカナリにエンヤ達闘鬼神も集まってきて、ニヤニヤしながら俺達を見ているのが頭に浮かんだ。楽しそうにしやがって……。
……しばらく考え込み、俺は観念して、ため息をつく。
「……分かった。俺を振り向かせる云々は置いておいて、旅の道連れは居た方が良い。今後も頼むぞ、ツバキ」
結局、ツバキは連れて行くことにした。ここで無理にでも引きはがしても、勝手についてきそうな気もするし、残したとしても、ツバキがひどく落ち込むような気もする。
コイツには俺をずっと看病してくれたという恩があるからな。それだけに、悪いことをするわけにはいかなかった。
俺がなおも頭を掻いていると、ツバキの表情はぱあっと明るくなっていく。
「はい! ムソウ様、ありがとうございます!」
そう言って、ツバキは俺に抱き着いてきた。すこし、迷ったが、俺はツバキの頭を撫でてやる。……言ったよな、俺。節操のない女は苦手だと。分かっているのか、コイツ……ってそれを言ったのは前の世界のツバキだったな。未だに慣れない。
コイツにはまだ言っていないのかも知れないな。後できちんと言っておこう。
その後、ツバキがついてくると知って嬉しそうに笑うリンネの背中にツバキを乗せ、俺もリンネに跨った。
そして、例のおっさんから貰った地図を開く。……ふむ、クレナはここから東にだいぶ離れたところにあるみたいだな。ひとまず、その方向を目指して行くとしよう。
「よし、では二人とも、クレナに向けて出発だ」
「はい、ムソウ様!」
「クワンッ!」
俺の言葉に二人は強く頷き、リンネは東に向けて歩いていった。
……まだ、この世界に来てそんなに経っていないが、本当にもっと長くこの街に居たような気がする。俺はマシロで過ごした日々を思いながらも街から離れていった。
さて、クレナというところはどんな所なのだろうか。そこでも俺は変な事件や強力な魔物と闘うことになるのだろうか。
そこでも俺はただただ敵を斬っていけるのだろうか。
期待と不安を胸に、俺達はクレナを目指し、かつて、この世界に来てマシロを目指して歩いていった街道を進んでいった。
マシロ編はこれにて終了です。一応、ツバキをヒロインとして描くことに決めました。正直最初はヒロインとか要らない、と考えていたのですが、居てくれた方が面白いなと思いましたので、最初から明確に好意を向けているツバキを正ヒロインとして設定しました。
リンネをヒロインに、とも考えたのですが、そのためにはリンネに喋って貰わないとと思い、それは急な展開だなあ、となって、リンネは未だマスコット枠ということになりました。
・・・まあ、成長していくとリンネも人の言葉を喋るようになりますが・・・。
それでは次回からも、本作品をお楽しみに!




