89 思い出づくり
大学最後の冬休み。
登山同行会の猪瀬と石原は、大学生活の思い出づくりにと、一週間ほど冬山で過ごすことにした。
たいそうなことのようだが……。
山の空気を吸い、夜は星空をながめる。ただ、それだけのことである。
「社会に出ても二人で山に登ろうな」
猪瀬が笑顔で言う。
「もちろんさ。山がオレたちを待ってるからな」
石原はきどって答えた。
準備には三日かかった。ぬかりのないよう、いつもより慎重にやったのだ。
大学生活最高の思い出になるだろう。
二人はそう思った。
登山の日。
二人は意気揚々と山頂をめざした。
一週間分の水と食料がつまったリュックは背にくいこんで重たかった。それでも足どりは軽い。
食料は、主食がインスタントラーメン、そしてレトルト物と肉と魚の缶詰。お湯さえ沸かせば、すぐに食べられるものがメインだった。
さらにワインを三本。
アルコールは、飲兵衛の二人には必需品である。
山頂付近でテントを張り、二人はさっそく昼飯の準備にとりかかった。
「ライターを貸してくれ」
石原が猪瀬に手を伸ばした。
「いや、オレは持ってねえけど」
「なんだ、持ってきてねえのかよ?」
「オレはオマエが……」
「しょうがねえ、缶詰を食おうぜ。お湯、缶詰ならいらねえからな」
「そんじゃあ、こいつを開けるんで、缶切りを取ってくれねえか」
猪瀬は自分のリュックから缶詰を取り出した。
「缶切りってどこに?」
石原がまわりを見まわす。
「オマエ、持ってきてるんだろ」
「いや、オマエが持ってくるとばかり……」
「なんだ、缶切りかもねえのかよ。缶切りねえと、コレ食えねえよな」
猪瀬がうらめしそうに缶詰を見る。
「こうなったらヤケ酒だ」
石原はリュックのワインを取り出した。
それから猪瀬を見やる。
猪瀬が首を振って言う。
「まさかオマエ、ワイン持ってきて、栓抜き持ってねえわけじゃ」
「ああ。栓抜きはオマエが……」
あんなに念入りに準備をしたはずなのに、二人して肝心なものを忘れていた。ともに相手を信用しきっていたようだ。
二人はペットボトルの水を飲みながら、ラーメンの麺をかじった。
うまくもなんともない。
いや、まったくもってまずかった。
けれど、しょうがない。ここで空腹を満たすものは乾いたラーメンしかないのだから。
そのうち雨が降り出した。
その夜。
もちろん星を見ることなんてできなかった。
翌朝早く。
猪瀬と石原は無言のまま下山した。足取り重く、苦い思い出を背にしょって……。
卒業後、二人が山に登ることはなかった。
二度と……。




