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87 約束の指輪

 火葬場の焼却炉から台車に乗せられ、変わり果てた姿のオヤジが出てくる。

 オヤジは白い灰と骨のかけらになっていた。

 親族が順送りにその骨を拾ってゆく。そして最後に、オフクロが頭蓋骨のひとつをつまんで骨壺に収めた。

 と、そのとき。

 オフクロが係員に話しかけた。

 なにを言ったのか、その声はオレまで届かなかったが、オフクロは微笑んでいるように見えた。


 オヤジはまったくもって不器用な男だった。

 人生最期にしてそうだ。

 深夜、酒に酔って歩道橋から転がり落ち、しかも打ち所が悪く、家族のだれにも看取られることなく逝ったのである。

 それも五十六歳という若さで死んだ。さらに今日はオフクロの誕生日。

 なんと間の悪いことか。

 生き方にしたってそうなのだ。

 オレが幼少のころ。

 あれこれと商売に手を出しては、ことごとく失敗を繰り返していた。

 あるときは呉服店を開いたのだが、大量の仕入れで在庫がさばけず、資金繰りにこまって倒産させてしまった。そして残った在庫は、オフクロが行商をして売りさばいたそうである。

 夢を見て、夢を語り、夢を追う。

 夢を語る口はよく動くのだが、それに行動がちっとも追いつかない。

 それがオヤジだった。

 死ぬ前日。

「楽しみにしとけよ。誕生日プレゼント、でっかい金の指輪にするからな」

 オヤジはオフクロの前で豪語していた。

 それが……。

 自分の死をプレゼントして、オフクロのめでたい誕生日を自分の葬儀の日にしてしまった。

 オヤジはそのような人物だったのだ。


 控え室を出ようとしたとき。

 係員が足早にやってきて、オフクロに白い紙に包まれたものを手渡した。

 オフクロが微笑んで頭を下げる。

「ごめんなさいね、お手数を取らせて」

「いえ、すぐに見つかりましたので」

 係員は一礼して去っていった。

「それ、なんなの?」

「指輪よ」

 オフクロが紙包みを開く。

 紙包みから現れたソレは、たしかにリング状ではあるが、指輪と呼ぶにはほど遠いものだった。

「指輪には見えないけどな」

「くすんでいるけど、金の指輪なのよ」

 オフクロは小さなソレを指でつまむと、天井の電灯の明かりにかざすようにした。

 ソレはリングの太さが不均一で、しかもねじれていびつな形をしていた。色も黒っぽく、触らなくてもガザガザしているのがわかる。

「じゃあ、さっきの人、わざわざ灰の中から探してくれたんだ」

「母さんがお願いしたの。骨を拾っているとき、指輪みたいなものに気がついたんでね」

「でもオヤジ、指輪なんてはめてたっけ?」

「ううん。これって、お父さんの金歯が溶けてできたものなのよ」

「じゃあ、なんで指輪なんだよ?」

「誕生日プレゼントだからよ。お父さん、言ってたじゃない。金の指輪をプレゼントしてくれるって」

「まさか?」

「最後の最後、お母さんとの約束を守って、せいいっぱいがんばって作ってくれたのよ」

 オフクロはどうしても、ソレを誕生日プレゼントの指輪と思いたいようである。

 指輪なのか。

 指輪ではないのか。

 まあ……。

 ソレが指輪であれば、口達者で口先三寸だったあのオヤジのことだ。

 閻魔様から舌を抜かれる直前、必死に口とベロを動かして、金歯を指輪にしたのであろう。

 母との約束の誕生日プレゼントにと……。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 正確にではないのですが、途中でオチに近い想像が出来たので、読み終わって凄く嬉しかったです(*´ー`*) オフクロさん、腹黒い人じゃなくて、ちゃんと旦那さんを想っている人だったのでホッとしま…
[良い点] 最後の力で約束を成し遂げたのでしょうね。不器用だけど奇跡的なプレゼントだと思います。
[一言]  男は、大体そんなモノですよ。  普段から感謝の気持ちはあるけど、表立っては言えないから最後まで行動できずじまい、っと……。  でも、奥さんの方はきっと旦那の気持ちは判ってるんでしょうけどね…
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