86 おまえでなければ
「ちょっとお願いがあるの」
母からの電話だった。
土日の二日間、親父の面倒をみて欲しいという。
親父は三年ほど前に病気で倒れてから寝たきりとなり、それからは母がずっと一人で面倒をみているのだが、その母が久しぶりに友人と一泊二日の旅行に行くことになったという。
たまには母に楽をさせてやりたい。それにわずか二日間だ。オレたち夫婦でも何とかなるだろうと、親父の介護を引き受けた。
土曜の早朝。
親父が眠っているうちにバトンタッチをして、母を旅行に送り出した。
目を覚ました親父が問うてくる。
「母さんは?」
「友達と旅行に行ったよ。明日の夕方には帰ってくるそうだ。それまでオレたちで、父さんの面倒をみることになったんだ」
「そうか……」
母から旅行のことを聞いているだろうに、父はまったく記憶にないような言い方をした。頭の方もかなりボケ始めているのだ。
母が用意していた朝飯を食べさせた。それから妻と二人で、オムツ替えをしようとパジャマのズボンを脱がせにかかるも、体格が良い親父の体の向きを変えるにしろ、重い尻を浮かせるにしろ、何もかもが思った以上に大変だった。
「ちがう、そうじゃない」
親父は痛いのか、しきりに文句を言った。
「お義母さん、もっと優しく、ていねいにやっていたんだわ」
妻が感心したように言う。
「たぶんコツがあるんだよ」
とはいえ介護は素人で、さらには初めてすることなので、なかなか思うようにいかない。それにどうやったとしても、父さんのすべてを知っている母さんのようにはうまくはできないだろう。
母の苦労を、オレはあらためて思い知らされた。
「もうちょっとなんで、悪いけどがまんしてくれよな」
「ごめんなさいね」
夫婦二人で、親父をなだめながら続けてゆく。
その間。
「母さんはどうした、母さんは……」
親父はしつこく母にしてもらいたがった。
「さっきも言っただろ。母さん、旅行に行ってるって」
「なあ、母さんは?」
「だから今日は帰ってこないって」
オレはついカッとなって、親父の尻をペシッと叩いてしまった。
そのとたん。
親父が嬉しそうな声をあげた。
「おっ、母さん帰ってきてくれたのか」




