70 隣家の彼
私は一人暮らし。
三年ほど前、夫を突然の交通事故で亡くした。
そのとき。
私の新しい人生が始まった。
私には、ずっと前から愛する人がいた。
ところが彼には、私もよく知る美沙子という妻がいて、私は彼と一緒に暮らすことはかなわないが、彼は私のことを思って、我が家の隣に家を建てて住んでくれている。
私は誰よりも彼を愛している。
美沙子より愛している自信があった。
それに何より、彼との付き合いは、私の方が彼女よりずっと長いのである。
――あの忌まわしい女と別れてくれたら、彼と一緒に暮らせるのに……。
これまで何度そう思ったことか。
私は毎日、塀越しに彼の姿を見るのを楽しみにしていた。
顔を合わせたときは話すこともあった。
美沙子がそれを見るとイヤがるというので、あまり長くは話せなかったが……。
あんな女が彼と一緒に暮らしている。
そう思うと私は我慢できなかった。
とても耐えられなかった。
それであらゆる機会に、私は美沙子に嫌がらせをしてきた。
どうしても彼と別れさせたかったのだ。
ある日の早朝。
庭に出ると、塀の向こうに彼が一人で立っていた。
私を待ってくれていたようだ。
「おはよう」
私は嬉しくて声をかけた。
彼が思い詰めた顔で私に近づいてくる。
そして……。
彼は私の耳元でささやいた。
「美沙子をいじめるのはよしてくれないか。お願いだよ、母さん」




