71 父さんのカメラ
母さんに頼まれて、カメラからフィルムを取り出そうとしたとき、未撮影のフィルムが一枚残っていることに気がついた。
「母さん、あと一枚写せるけど」
「じゃあ、それであなたを撮ってあげる」
母さんが私を写すと言う。
「ううん、私が母さんを写してあげる」
私は母さんを雨上がりの庭に誘い出した。
庭にはアジサイの花が咲いていた。
「きれいね、アジサイ」
「それ、お父さんが植えたのよ」
「そうなんだ」
「じゃあ、このアジサイの花の前に立って。天国にいるお父さんも、きっと喜ぶと思うわ」
私はアジサイをバックにして母さんを撮った。
母さんはとても古いカメラを使っている。
父さんが遺したカメラだ。
母さんの話では、結婚したときにはすでに父さんが持っていたもので、新婚旅行のときもそれを持っていったという。ただ古いカメラのせいか、母さんが写すとピントが合っていないことが多い。
「母さん、デジタルカメラにしたら? 私が買ってあげるから」
「ううん、これで十分よ」
「最近のカメラって、すごくよくできてるの。ほとんどブレないし、明るさも調整してくれるので、写りがとってもいいの。それにパソコンを使ったら、いろんな補正もできて、顔のシミだって消せるんだから」
「でも、私はこれでいいわ」
母さんは使い慣れた父さんのカメラがいいという。
翌週。
私は写真館で仕上がった写真を受け取った。
そのほとんどは春先に、母さんが友人と旅行に行ったときに写したのものであった。
何気なく写真をめくっていて、私は心臓が飛び出すくらい驚いた。
最後の一枚。
それにはアジサイを背景にした母さん、そしてその隣には笑顔の父さんが立っていた。
こんな素敵なこと。
デジタルカメラは補正してくれないだろう。




