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69 桜の花の下で
病室から裏庭に見える、背の高い銀杏の葉っぱが黄色く色づき始めていた。
――じきに冬が来るな。
そんなことを思う。
振り向くといつものように、母がベッドの上で目を閉じて眠っている。
父が若くして亡くなり、それからは母が夜遅くまで働き、苦労してオレを育ててくれた。
「母さん、父さんの分まで頑張って生きてくれよな」
そう声をかけてむなしくなった。
母はすでに九十三歳、夏に入った頃から徐々に食欲が落ちてゆき、今では体を動かすことさえままならず、ずっとこの病室のベッドの上で過ごしている。
医者の話では、今年の冬が越せるかどうかと話していた。
暮れが近づいた。
最近、母は口から食事を取ることがなくなった。今は点滴だけで命をつないでおり、細い体はますます小さくなっていた。
裏庭のイチョウの木が、毎日少しずつ葉っぱを落としている。あと一週間もすれば、すべての葉が散ってしまうだろう。
それは母の命の残りを思わせた。
春を迎えた、この日。
オレは母が入院していた病室を片付けていた。
少ない荷物をバッグに詰めてゆく。
窓から見える裏庭には、葉を散らした銀杏にかわって、桜の花が咲いていた。
オレは窓辺に立って裏庭を見下ろした。
桜は満開だった。
その桜の花の下。
「帰るぞー」
母がオレに大きく手を振って叫んだ。




