47 死因
気がつくと……。
なぜか私は、白いベッドに仰向けになって寝ている自分――もう一人の私を真上から見おろしていた。視界からして、どうも天井あたりに浮いているようだ。
――幽体離脱?
知識としては知っていたが、まさか自分がこうして体験するとは思ってもいなかった。
ここは病室のようだ。
ベッドの脇にある心電図がある。そして、その緑の線は一直線に伸び切っていた。
それを見る限り私は死んでいる。
まちがいない。
私は死んでいるのだ。
部屋にいる医師と数人の看護師たちは、すでに医療器具の片付けを始めていた。
半年ほど前。
私は長く勤めていた会社をリストラされた。
だが、そのことを家族にどうしても切り出せず、家を出て遠く離れた町で暮らし始めた。しかし手持ちの金はそう長く続くわけもなく、やがてホームレスの仲間入りとなった。
その後の路上生活は過酷だった。
段ボールの小屋は常に風雨にさらされ、食事どころか睡眠さえもろくにとれない。
不整脈の持病を持つ体は徐々に衰弱していき、一年後の冬を越したところでこのありさまというわけだ。
病室のドアが開いた。
「あなた!」
「お父さん!」
妻と娘が飛びこんできて、私の寝ているベッドにかけ寄った。
二人は、私がこの町にいることは知らない。おそらく病院から連絡があったのだろう。
「お気の毒ですが、つい今しがた……。死因は栄養失調による衰弱死だと思われます」
医師が死因を告げる。
「お父さん、バカだわ。なんで家出なんか」
娘が涙声でベッドの私を見て言った。
「とても気の弱い人だったから、責任を感じたのね……きっと、お父さん」
「おじいちゃんが死んだばかりなのに、なんでお父さんまで」
「そうよね」
妻がつぶやく。
――オヤジが死んだ? あんなに元気でピンピンしていたのに……。
私は少なからずおどろいた。
オヤジは同じ町で一人で暮らしていた。
身のまわりのことはあまねく己でやり、さらには畑で野菜なども作っていた。
それほど元気だったのだ。
――すまない、オヤジ。
私は心の底から謝った。
葬儀に出なかったばかりか、死んだことさえ知らなかったことを……。
娘の声が聞こえる。
「お父さん、生命保険に入ってたんでしょ。ねえ、いくら出るの?」
「二千万ぐらいだったと思うわ」
「じゃあ生活、当分こまらないわね」
「ええ、遺族年金も出るはずだから」
二人はなんとも現実的な会話を始めた。
だが、やむをえまい。妻と娘にはこれからの生活があり、生きていくために金は必要なのだ。
――これでよかったんだ。
家出したことはやはりまちがっていなかった。
オヤジの死は予期せぬことだったが、妻には保険金を残してやることができたのだから……。
妻と娘の会話が続く。
「おじいちゃんところの土地、どれくらいで売れるのかしら?」
「土地の値段なんて、お母さんにわかるはずないでしょ」
妻が小さく笑って返した。
――オヤジの土地?
オヤジには屋敷と少々の畑がある。価値としては二束三文の土地だ。
そしてその土地は、いずれ私が相続することになっていた。しかしあの地区は調整区域で、そう簡単には売買できないはずである。
「四月から売れるようになるんでしょ?」
「どうもそうらしいの。都市計画の線引きが変更されるみたいで」
――都市計画区域に?
その話はかなり以前からあった。しかし、とつぜん変更になるとは……。
近くに大きな道路でも通れば、おそらく地価は数十倍にはね上がるだろう。わかっていれば家出などしなくてよかったのだ。
――生き返らなきゃあ!
私の胸は、鼓動の音が聞こえるほど高鳴った。
「先生!」
看護師が叫んだ。
「どうした?」
医師が振り向く。
心電図の波形が大きく波打っていた。
信じられない……。
全員がそんな表情で、心電図とベッドの上の私を交互に見ている。
医師は私の手首をにぎり、心電図を見ながら脈をとり始めた。……が、すぐに波形の山は小さくなり一直線に変わった。
「先生、今のは?」
妻が我に返ったようにたずねた。
「わかりません。私にもどういうことなのか、まったく……。奥さん、ご主人の死因を衰弱死から心臓発作にします」
医師は死因の変更を告げた。
死因はなんであれ。
私の心電図は二度と波打つことはなかった。




