29 やさしい年上女房
鈴木氏は昨日から入院をしていた。虫垂炎になって疾患部分の摘出手術を受けたのである。
この日。
鈴木氏はすでにベッドから降り、窓辺に飾られた花瓶の花をいじくっていた。
そんな鈴木氏に、病室にやってきた看護師が笑顔で声をかけた。
「さっそく体を動かしていらっしゃるんですね」
「ええ、先生から歩けと言われてるんでね」
「あら、きれいなお花」
看護師が花瓶の花に目をやる。
「うちの庭に咲いてる花でして」
「じゃあ、そのお花、奥様がわざわざつんで持って来られたんですね」
「たった三日間の入院だっていうのに、病室が明るくなればって言ってね。ほんとによくしてくれますよ」
「奥様、生け花がお上手なんですね」
「いや、これは私がやったんだよ」
「鈴木さん、お花を活けられるんですか?」
「女房がお花教室に通っていたときのテキストが残っていてね。それを見ながら、見よう見まねで覚えたんだよ。女房は性が合わないらしくて、すぐに教室をやめてしまったがね」
鈴木さんは苦笑して話を続けた。
「女房のやつ、料理教室のときはたったの一日だったんだ。それでね、やはり無駄になった料理本でもって私が料理をしてみたところ、これがことのほかおいしくてね。それからは私の方が料理にこってしまい、時間さえあればやるようになったんだ。会社を定年で退職してからは、毎日のようにね」
「奥様、しあわせですね。毎日、だんな様の手料理を食べられるなんて」
「まあね。それに退職後は日曜大工も始めたんだ。女房がホームセンターで、大工道具一式を買ってきたものだから」
「では、それも奥様がお始めに?」
「そうなんだよ、女房が思い立ったようにやり始めたことなんだ」
「じゃあ、お二人で仲良くですね」
「いや、女房は金づちで指を叩いてしまい、一度きりでやめてしまったよ。私は器用なんで、今ではたいていのことができるようになった」
「じゃあ、お花も鈴木さんがお庭で?」
「ああ、私が種から育てたんだ。公民館でガーデニングの講習会が開かれたとき、女房がいろいろ道具を買いそろえたもんで」
「では、ガーデニングも奥様が?」
「女房は花が好きなもんで、庭に花をいっぱい咲かせましょうねって。それがね、ミミズにびびってしまって……」
鈴木さんは、ふっと微笑んでから話を継いだ。
「それに花を植えると、草むしりもやるんで庭がきれいになるんだよ」
「ところで鈴木さん、これってうちの待合室にあったものじゃ?」
看護師がベッドに置かれた小冊子のパンフレットを手に取った。
「ああ、それは女房が取ってきたんだよ。最近、自分は足が痛いというのに、私のために勉強を始めたんだろうな」
「奥様、やさしいんですね」
「ああ、女房は私より五つ年上なんだ。年上女房は金のワラジを履いてでも探せ、そう言うだろ。ほんとにいい女房と一緒になったもんだよ」
「はい……」
看護師が小冊子のタイトルを見てつぶやく。
そこには『やさしい在宅介護』とあった。




