23 曼珠沙華の咲く風景
道の両側に、曼珠沙華の花が帯状につらなって咲いている。それらは血管のごとく、広がる畑のあぜ道にそって続いていた。
この日。
私は、ある画伯の墓参りに訪れていた。
今日が一周忌にあたり、彼は昨年のこの日に亡くなっていた。いや、殺されたのだ。窃盗目的であろう侵入者の手によって……。
画伯の墓前に立った。
墓の周囲にも曼珠沙華が咲いていた。そしてそこには、一匹の黒アゲハが舞っていた。まるで生前の画伯をしのぶかのように……。
曼珠沙華は彼岸花とも呼ばれる。理想郷の河岸に咲く花ということだろう。だが画伯は、その彼岸に渡ることが叶わなかった。
さぞかし無念であっただろう。描きかけの大作を残したまま逝ってしまったのだから。
黒アゲハがいつかしら二匹になっていた。
墓参りをすませ、画伯が住まいとしていた古民家に足を向けた。場所はそれほど遠くない。ゆっくり歩いても十五分ほどの距離にある。
その道にも、さらにまわりにも、曼珠沙華は咲き乱れていた。見渡すかぎり、そこらじゅう曼珠沙華の赤い花だ。
画伯が最後に描いていた絵は、まさにここに広がる風景だった。ただし、時は夜であったが……。
月光が大地に咲く曼珠沙華を照らし、黒アゲハが青白い夜空と重なるように舞っていた。壁一面ほどのキャンパスに描かれた夜の風景は、見る者をそこにいざなうかのようだった。
絵は完成間近だった。そして完成すれば、画商である私の手に渡るはずだった。
そんなときに起きたのだ。
摩訶不思議で、あのいまわしい事件が……。
あの日の朝。
画伯のアトリエを訪れた私は、血まみれの画伯を発見することになる。同時に、キャンパスの前にある黒いカタマリを……。
黒いカタマリ。
それがなんであるのかすぐにはわからなかった。状況が状況だけに、ひどく気が動転していたのだ。
私は画伯の死を確かめたあと、あらためて黒いカタマリに目を向けた。
カタマリはうごめいていた。無数の黒アゲハが羽を開け閉じしていたのだ。
その数は何百、いや何千といたかもしれない。
――まさか?
私はキャンパスの絵を見た。
黒アゲハが消えている。夜空に描かれていた黒アゲハはひとつ残らず消えていた。
――バカな……。
あらためて床にある黒いカタマリ――黒アゲハの群れに目を向けた。
一匹が群れを離れる。
それを機に、ほかのものも離れ始めた。しだいに飛び立つ数が増えていき、アトリエは黒アゲハたちの乱舞となった。
急いで窓を開けてやると、黒アゲハがいっせいに外へと飛び出してゆく。
私は魅せられたように、黒アゲハたちが飛び去るのを見送っていた。
そして我に返ったとき。
黒いカタマリ――それが男に変わっていることに気がついた。
男は息絶えていた。
画伯の血で染まったナイフを手にして……。
主を失った古民家に着いた。
黒アゲハが飛び去った窓から、私はアトリエをのぞき見た。
画伯の残した絵がある。
月光の照らす大地に曼珠沙華の赤い花が咲き、青白い夜空には無数の黒アゲハが舞っていた。




