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夢見人ーVisionariesー  作者: 黒城瑛莉香
第一章 はじまりの記録
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交わす契り

 休憩のつもりなのか、沈黙が流れる。ミスターは紅茶を味わい香りを堪能していた。


 潔くこの非科学的な現実を受け入れ始めた伯はあることに気が付き疑問を抱く。

 ……なぜこの男性はこんなにも丁寧にザスピルのことを記憶が消滅される自分(インヴィティ)に教えてくれるのだろうか、と。


 伯の変化を悟ったミスターが不敵な笑みを浮かべて本題を持ち掛ける。



「察しが良い。さすが、というべきか……。

 私が君に世界の仕組みを教えたのにはもちろん訳がある。

 ――君もヴィジョナリーの一員として私の手伝いをしてみる気はないか?」


「……なぜ僕に話を持ち掛けるんです? 僕には危険を顧みてまで叶えたい願いなんてありません」


「それは本心か? ならば君は自分自身をも偽り、心を閉ざしていることになる」


「え?」


「先ほども説明したように魔塊マナ・マス客人インヴィティの想いの集合体だ。

 であれば、この万年筆うつわに封印されたそれも誰かの強い欲望が魔法物質となって具現化していると考えるのが理の当然。


 ……基本的に魔法物質と化して魔塊マナ・マスは持ち主でなければ見つけることはできない。

 君が教室でそれを発見できたのも、さっき導かれるように暗闇に潜りそれを見つけたのも、それが“君の欲の塊”だからだ」


「っ!?」


魔塊マナ・マスはある条件を満たさなければ、周囲にそれほど大きな影響は与えない。

 そしてその条件は“創造者が近くにいて、それを欲している時”だ。


 信じられないか? 信じたくないのか?

 ならば、持ってみろ。

 閉じ込められた感情が、忘却していた記憶が、ともに神経を通って脳へと伝わってくる」



 伯は少し考えを巡らせた後今度は恐る恐る腕を伸ばし、意を決してその文具を掴んだ。


 瞬間入り込んでく不快な感情。だが、それを自分は知っていて、どこか親しみやすさもあって。



 期待を失い、希望を捨て、やってもいないのにできないと決めつける怠惰。

 どうせ自分なんて、と諦め、学校に、友人に、先生に、親に、社会に、そして自分自身に絶望していた。


 抵抗はやめてすべてを受け入れろ。これが本当の空木伯なんだ、と。脳内で自身の声がこだまする。



 操り人形のように全身の至る所に糸が付けられ、意思に関係なく体が、心が動いていく。このまますべてを受け入れてしまおうか。理性を捨て感情のままに身をゆだねてみようか。


 どうせ自分は成績も悪く、誰の役にも立たない。周囲からはもちろん親からも何も求められていない。ただの足かせ。役立たず。そんな自分がこの世に存在している意味なんて――。



「――っと、そこまでだ」



 ミスターが万年筆を握った拳に手を乗せ、その容器マナ・マスを引き離す。

 伯はやりきれない感覚からようやく解き放たれた。身体はどっと重く、ソファの背にもたれかかる。



「…………」


「予想以上の結果だな。さて、どうしたものか」



 奪った万年筆を眺めながら独り言を呟くミスター。

 伯は内より込み上がる苦しみや哀しみを抑えるのに必死だった。


 あれが自分自身も知らなかった本心。周りに心配を掛けまいとして奥底に押しやっていた正体。

 理想とかけ離れた現実を前にしてやる気を失い、堕落の道へ突き進む。そして最期は……。


 悔しかった。こんなにも自分が弱く、脆いことが。

 恥ずかしかった。家族に、仲間に支えられようやく立つことができる自分が。


 ……誰かに必要とされる立派な人間になりたい。

 だが、自分にそんな力は――ない。


 膝を抱えて伯は顔を埋める。頬を流れる涙を誰にも見せまいとして。


 ミスターはその頭に手を乗せると、優しい口調で慰めるように語りかける。



「辛いか? 悲しいか? 本当の自分を、逃げてきた現実を受け入れるしかできない非力な自分をまざまざと見せつけられて」


「……」


「だが、君はまだ終わっていない。変わることは可能だ。君の心にこうありたい、と強く願う想いが、願望がある限り。


 私が勇気を貸そう。自分自身に向き合い、越えていく魔法の力を。

 だが、忘れないでほしい。この力は強力で有限だ。力に溺れ、自分を失えば、待っているのは死よりも残酷な永久とわの地獄。

 与えられた偽りの力に頼らない真なる力を見つけ、己に潜む影を受け入れろ。

 白と黒が交わった時こそ、ゆるぎない無限の勇気を君は手に入れる……」



 ようこそ、私のヴィジョナリーへ。

 歓迎するよ、ハク――――。



 一瞬、心に、魂に、張り裂けるような痛みが走る。

 伯は顔を上げることなく、深淵の中へ落ちていく。



 しばらくして、光が現れた。

 眩しい、と伯は腕を上げる。腕が何かに触れた。



「――――ぁ、れ……」



 感覚を確かめるように手を、指を動かす。握ったそれは通信可能な四角い電子機器。

 脳が覚醒し、それがスマートフォンだと悟ったのは数秒たってから。



「!! ぉわぁっ!」



 がばっと腕をついて起き上がろうとする伯。だが、自分の位置も確認せず重心をベッドの外にかけてしまったため、勢いよく落下してしまった。

 当然のごとく顔をぶつけ、床に座りなおす伯。

 朝日が差し込む窓を見れば、いつもの目覚めと変わらない光景がそこにあった。



「…………」



 やはりすべて夢だったのだろうか。

 額に手を当て、自問する。


 すると手に持った携帯がメッセージを受信して音と振動で伯に知らせた。



 《今どこだ》



 先輩からだった。

 伯はすかさず返信する。



 《おはようございます。家にいます》


 《…わかった。

 授業には遅刻するなよ》



 そこでようやく伯は現在時間を確認した。

 七時一分。



「………………っ!?」



 仰天するあまり声も出ない伯。

 昨日の生徒会の解散時に告げられた、クラスマッチの準備のため七時に集合、遅刻欠席厳禁、という式部先輩の言葉が蘇る。



「まずいっ……!」



 すでに誰もいない部屋をばたばたと駆け回り、伯は身支度を急ぐ。

 机に広げていた荷物を鞄に放り込み、朝食も食べずに家を出た。

 昨日から今日にかけて起こった出来事を考える余裕もなく、伯は一心不乱に自転車をこいで学校へと向かう。



 この日を境にすべてが変わり始めたのだと伯が意識するのはずっと後のことだった。



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