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夢見人ーVisionariesー  作者: 黒城瑛莉香
第二章 加速する記録
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蠢く影

 廊下で談笑する役人の側を一人の男が通り過ぎる。

 黒のローブについたフードで顔をすっぽりと覆った男は唯一見えている口元を一ミリも動かすことなく宮中のとある場所へ向かって堂々と進んでいた。


 大理石が敷き詰められた床だが足音はなく、すれ違う者は皆、挨拶はおろか存在すら認知しないように向かいから近づいては遠ざかる。



 事実、彼の姿は誰にも捉えられていなかった。幽霊でも小人でも原子レベルの大きさというわけでもない。魔法を纏って己が姿を隠し、気配を消しているのだ。


 もちろん発見できないことはない。

 けれども、昨日起こった事態の収拾と半日後に予定されている罪人の救済処置で実力者らは会議や命令でこの場を離れている。


 よからぬことを思案する悪人には絶好の機会、絶頂の襲撃日和と言えるだろう。



 生を受けたその時から地位や魔力、役割が定められ、上にも下にも変動できない住人レジデント

 彼らはその完全性ゆえに強く、脆く、異物が混入しただけで自然崩壊していく。

 どの箇所であっても彼らの代わりなどいくらでもいる。けれども、それは第三者の手を必要とし、助けが与えられなければ治ることも、故障を遅らせることもしない。

 そういった意味でもこの精神界は機械そのもの。初めから終わりの定められた人生など、生きる意味も命を削る価値もない。男は誰にも知られず嘲笑した。



 彼は咎められることなく厳重な警備で守られたとある次元の門へたどり着くと、堂々とその中へ入っていく。

 そこはひたすら長く、白い隔離された別空間。

 無事転送した男は慣れた手つきで内側から魔法の鍵をかける。そして大きく嘆息した。



「……味気ない。多少の戦慄は期待したのだが。

 このような子ども騙しでこうも易々とたどり着けるとは」


「……それだけ正が弱まり負が強くなってるってことじゃん。

 おれっちらにとっちゃ願ったり叶ったりなんだし、もうちょい喜んでもいいんじゃないの?」



 ローブをカーテンのように開け、男の足元より姿を現したのは白と黒の格子柄が特徴的なあの熊の人形だった。

 パールは振り返って周囲を確認すると、先行く男に早足で並び歩調を合わせる。



「私は面白みに欠けると言っているのだ。

 享楽なき遊戯など、労力と時間を消する価値もない」


「価値よりも楽が一番だと思うけどなあ。

 おれっちには一生かかっても理解できないし思考だね、それ。


 実際、ちょちょいのちょい!って頑張るくらいが丁度良いんだって。手がかかればそれだけ面倒だし。

 願わくば、少年らにも会いたくないんだよね」


「少年? ――ああ、そうだ。あやつらが控えているのを忘れていたぞ……!

 あの者どもが相手ならば退屈することもあるまい。ハハハハッ!」


「あぁ! なんてこと言っちまったんだ、おれっちの馬鹿!

 自分で自分の首を絞めてるじゃないか……! 巻き添え食らうなんて二度とゴメンなのに。


 ねっ、モリオンさん。

 頼むからさ、またおれっちを囮に使うなんてやめてね」


「ハハッ、不許可」


「ええぇ、即答っ!? そこは了承しといてよ。心にゆとりができないじゃんか」


「貴様の頭と心は常に満開の花で安らいでいるのではなかったのか?」


「あっ、それもそうだ。

 へへっ、おれっちってばなんて幸せ者なんだ!」



 うっかりしてた、と言わんばかりにパールは両手を頭の後ろで組み、てへっと笑ってみせる。



「さて、時間だ。くだらぬお喋りはこれにて終了。

 我が愚かな同士らはどうしておる?」


「全員到着済みだよ!

 せっかくだしご登場願おうか」



 男の影が立体的な人の姿へ膨らみ、同じローブをまとった者が四人現れた。

 彼らは一言も声を発さず、男とパールに続いて白き牢獄の門をくぐりぬける。



 大広間の中央で無重力に浮かぶ透明の牢屋。その中には強力な複数の魔具ウェポンで無残にも串刺しにされた黒の罪人が囚われていた。

 言うまでもなく、住人レジデントとはいえ通常であればこの状態で生きていられるはずはない。牢屋内の濃い正のマナと突き立てられた武器から流れ込む正の魔法がそれを可能にしているのだった。


 罪人は数時間前にやってきた相棒とも、救出にやってくるだろう客人インヴィティとも異なる気配に気づき、痛みを堪えて混沌が渦巻く虚ろな瞳をなんとか開く。



「――」


「あっ気失ってるかと思ったら起きてたんだ。

 やっほー、英雄さん。おれっちのこと覚えてるう? もちろん覚えてるよねえ。じゃなきゃ、おれっち泣いちゃうぞ」


「――」


「あれっ、目開けてるよね。起きてるよね?

 おーい! もしもしー、聞こえてますかー?」


「なんと非情な問いかけを。貴様は鬼か」


「えっ? おれっち鬼じゃなくて悪魔ですけど」


「自覚なし、か。よほど質の悪い。

 だが、それだからこそ貴様はこちら側なのだろうな」


「??」



 首をかしげるパールを放置し、男は安全が保障された監獄へ飛び上がる。

 彼はミスターの視界に合わせて宙で静止し、存在を認知させると、不敵な笑みを浮かべてさっとフードを取り払った。

 瞬間ミスターは僅かだが精一杯の驚きを露わにしてその顔を凝視する。


 隠されていた男のそれは文句なしに整った端麗なものだったが、もちろんそんなものに反応したのではない。

 ――男の髪と瞳。

 それはミスターと全く同じ。すべての色を吸収し混ぜ合わせた、深く、濃く、汚れた黒色だった。


 深淵を覗けばまた深淵もみつめ返すもの。

 ミスターは男の正体を探ると同時に葬り去っていたかつての血塗られた記憶を呼び覚まし、焦燥感に駆られる。



『お……おま、え…………は……っ――』


「時は満ちた――。

 封じられし我らが同胞よ。今こそ目覚め、かつての願いを成し遂げようぞ!!」



 魔力を片足へ集結させた男は、高らかに声を張り上げ監獄の外壁を力強く一蹴した。

 するとその衝撃とともに正魔法の白き壁に穢れが走り、瞬く間に正のマナと正の魔具ウェポンを負のそれらへ変換していった。

 同時にミスターの魔力も負の力により侵食され、十七年前に喰らい己の中に封印していた悪魔が覚醒する。



 《――ははははっ!》


「ぐあああぁぁっっっ!!」



 欲深い悪魔はミスターの意識を取り込もうと、底なしの闇へ引きずり込もうと足を掴んで離さない。

 心の中での戦い。だがそれに抗うよう体に力を込めれば、身体を貫く魔法が反応し激痛がミスターに襲いかかる。


 一度回り始めれば止めることなどできない地獄の連鎖。

 ミスターの必死の抵抗も空しく身体と精神は負のマナに蝕まれていく。



「があっ、ああぁ!」


「……これよりさきは私の管轄外。せいぜい死力を尽くすがいい。

 なにをぼやっとしている。早々に撤退するぞ」


「へっ? なんで?」


「今の魔法でさすがの能無しも異変に気付いたはずだ。

 次元の鍵もこの環境故にそう長くは持つまい。虫のごとき騎士と鉢合わせる、それこそ面倒というもの。

 我々は女王とその騎士、そして夢見人の始末へ向かうぞ。計画を確実なものとするために」


「あー、そゆことね! んじゃ、おれっちの出番だ。

 行先は――天空の庭園!

 開け、ごま!!」



 パールがステップを踏み床に次元の扉を展開させると、男たちはモノクロの世界へ姿を消した。

 その一連の出来事を紺の竜が周囲と同化し、心を押し殺して見守っていた。


 少し経ち、見張りの騎士が牢屋へ駆けつけると、竜は静かに壁をすり抜け天へ昇る。

 騎士たちは赤黒く変わり果てた牢獄ともがき苦しむ罪人の姿に慌てふためき、通信の魔法を発動した。



「――こ、こちら光の間担当! 投獄中の罪人に異常あり! 負のマナに汚染されたもようっ。至急応援を!」


「がはっ、ぐあ、あぁぁ、っあ!!」



 瞳孔を開き、体を反り返りミスターは絶叫する。

 禍々しいマナが牢獄を埋め尽くし肥大する。剣で体を固定し、魔力量を管理していなければ、彼の暴走をそれだけに抑えることはできなかっただろう。


 負のマナに耐性のない騎士たちは身の危険を案じて退室を余儀なくされ、強固な封印魔法が一時的に展開された。

 そしてこの報告はすぐさま中央で会議中の大臣の元へ届き、彼らは顎に手を当て問いかける。



「――どうする? このままでは救いの時より前にこの宮廷全体が悪のマナに侵されてしまうぞ」


「すぐにでも創造主へ我らの罪を告白し、恵みを乞うべきだろう」


「だが、その役を成し遂げられるは我らが女王陛下のみ。そしてその陛下はどこかへ外出なさっている、と」


「まったく……これだから新人の王は。

 たった十七年の未熟な若娘にこの街の統治など初めから不可能だったのだ」


「今更嘆いたところでこの事態は回避できまい。

 あの銀の騎士も結局はただの掃除屋にすぎぬのだからな。

 使命を全うできぬ使徒など、このザスピルには不要」


「もはや希望は神の施しのみ、か。

 では、決まりだな」


「満場一致。すぐに神秘の間にて儀式を行う。


 宮廷内の騎士を可能な限り集め、警備を。

 光の間は次元の扉を強化し、負のマナの侵略を防ぐのだ」


「……」



 住人レジデントたちの決定に、一度も発言しなかった人物が薄気味悪く笑った。

 儀式の準備で会議は解散し、大臣たちは早々に水晶の部屋を後にする。



「ふふふっ……」



 愉快気な足取りでその人物も扉より出て別の準備へとりかる。

 その怪しげな行動を白の一角獣が物陰より見守り、泡のように消えて空へと駆けていった。






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