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夢見人ーVisionariesー  作者: 黒城瑛莉香
第二章 加速する記録
31/35

それぞれの想い

「--それでね、そこのドーナツがすっごく美味しかったんだ! 見た目もアニマルで超可愛くてね。どれにしようか迷っちゃって」


「へー、あの商店街ってそんなお店もあるんだあ」


「今度つぐちゃんも一緒にどう? 」


「うーん……そうだなぁ」



 生徒会室へ向かう道すがら、実果の提案につぐさは顎に手を当て返事を渋る。


 経験上友人との付き合いにつぐさは慣れていない。昨日知り合った実果と意気投合したとはいえ、まだ深く知り得ない関係に不安を抱いているのだった。

 加えて昨日の件で、唯一の頼り人たる花代の心境が気になり遊ぶ気にもなれない。


 仕方なく今回は断ろう。

 そう決めたつぐさが実果の後に続いて目的の部屋へ足を踏み入れると、そこには既に先客がいてカチカチと作業を進めていた。

 入室を確認した二年生徒会のメンバーの勝は下がった眼鏡を中指でくっと持ち上げ口を開く。



「おやおや、どちら様かと思えば君でしたか。昨日はよくも我々の邪魔をしてくれましたね」


「あっ、わっ、す、すみません! 勝手に入っちゃって。その、私たち……」


「……? 誰ですか、あなたは? 学年のカラーからして一年生でしょうが……。

 用がないならおかえり願いたい。ここは君のような凡人が気軽に立ち入ってよい場所ではありません。それに大事な仕事の邪魔です」


「ええっと……私たちは……」


「あれぇ、ハッくんもキブ兄もあのお姉さんもいないのかぁ。まだお昼食べてるとか」



 部屋中を確認したつぐさは、勝の存在を無視して踵を返し早々にその場を去ろうとする。



「待ちたまえ、君! 山吹つぐさっ!」


「んー、僕に何か用?

 というかさ、お兄さん誰? ここで何してるの?」


「なっ……先輩に対しての礼儀もわきまえずなんたる無礼っ。この僕をどこまで愚弄すれば気がすむんだ、山吹つぐさ!」


「いや、愚弄もなにも、僕が質問してるんだけど。

 言う気がないなら、まーいいよ。興味ないし。

 お兄さん、眼鏡にぺしゃんこの七三分けなんて真面目そうでつまらなさそうだもんねー」


「な、ななっ、ななな――」


「さ、みかっち、行こ」


「あっ、つぐちゃん……!」



 好き放題言われ思考が停止した勝を置き去りにつぐさは実果の手を強引に引いて来た道を引き返す。

 階段を降りて中庭のベンチの前でようやく手を離したつぐさは、腕を組んで腹立たしさともやもやとした感情を吐き出す。



「もー、せっかくあそこで時間潰せるかと思ったのにー。これだからガリ勉君は。

 融通が利かないから、いじり甲斐はあってもすぐ飽きちゃうし、何より遊び心が足りなくて楽しくない」


「……凡人……」


「楽しい……! そうだよ、やっぱり何事も楽しいが一番! 絶対そう! 間違いない!

 ね、みかっちもそう思うよね?」


「……そう、だよね。どうせ私、できの悪い馬鹿な人間だもん……」


「? どーしたの?」


「ひえっ? あっううん、なんでもないの!」


「そう、なの?

 ――あぁあ!」


「つ、つぐちゃん?」


「今日が三者面談なの忘れてた!

 ごめんね、みかっち。そろそろ時間でママが来るだろうから、僕迎えに行かないとっ」


「あっ、ちょっと、つぐちゃん!」



 理由を告げるなりつぐさは実果に挨拶もせずに駆け出す。

 静止も聞かず、遊びの誘いの返事もせず、つぐさは自分勝手に去って行ってしまったのだ。



「……そう、どうせこの学校のみんな、何のとりえもない私と違う人間なんだ。

 勉強ができて、好きなことができて、非難されることも、悩むこともない……。

 つぐちゃんも、昨日の先輩方も、みんな……――」



 ベンチに座った実果は背負ったリュックから例の人形を取り出すと、それを両の手で包みこむ。

 誰も分かってくれない、認めてくれない。

 所詮人間は結果だけで能力を判断される運命なのだ。


 だったら、こんな世界――。



 橙の女の子はぐっと感情を押し殺して目をつむって願いを込めていた。

 手にした人形のへの字の口が逆さに動いたことも知らずに。






 ―――



「……」



 人を寄せ付けない雰囲気を纏い、荷物をまとめた茜はぐっと黙し教室を後にする。

 いつになく無表情で。思考を自ら止め、ただただ手足を動かし家路を急ぐ。


 視界に青が入ってくれば、目を逸らして排除し、これ以上怒りを沸き立たせないよう理性で制御する。

 けれども、それは意識すればするほど頭を巡り、薄れていくどころか濃くはっきりと跡を残してとどまる。




 花代藍。

 茜の学園生活に黒星と汚名を付けたたった一人の越えるべき者。



 入学試験のたった一つの間違いが順位をつけ、誇りを傷つけ、茜から大切な人の信頼を、期待を奪っていった。

 原因が自分の甘さにあったと承知しているからこそ、茜は努力し、学年一位という地位を守り続けてきたのだった。

 正々堂々、真っ向勝負で花代に勝つため。自分こそが一番だと証明するため。


 けれども、肝心の対戦者は入学以来平均点を取り続け、闘いの舞台にすら上がってこない。



 花代は偶然勝ったのか?

 それこそ茜のプライドを踏みにじるというもの。

 彼女の力を疑い続け、挑発した。己の存在を示し続けた。



 それでも花代の瞳はいつも外の景色を映し、成績開示の掲示板の前にすら現れない。

 やがて花代の態度は侮辱へ、嘲弄へ、軽蔑へ、冷笑へ、変化し茜を苛立たせた。


 争う相手とすらみなされない。

 再戦の機会すら与えてくれないなんて――。



 そんな時だった。

 夢の世界で魔法を纏った花代が現れ、彼女を通してミスターと契約を交わしたのは。

 茜は零れる笑みを隠すことはできなかった。



 物質世界では会話を交わしたことすらない、面と向かって話したこともない。

 だが、茜と同じように花代も認知していたのだ。

 そして彼女の用意した舞台へのチケットを手に入れた。使い魔という心強い味方もいる。

 これでやっと――。



「……でも、魔法は……悪魔の、力――」



 結局は手駒のように利用されていた。

 花代の思惑通りに。



 正門まで面倒な知り合いにも遭遇せず到達した茜は、振り返り、学園の屋上へ目線をあげる。



「これで昨日までの愚かな私とはおさらばよ。

 また私の無言の闘いが始まる。


 誰にも知られずに、私は私の力で勝ってみせる。次こそ――」


「――茜」



 突然背後から名を呼ばれた。

 声量は小さくも、全身を凍らせ、心を震え上がらせる。

 抵抗などもってのほか。絶対服従が一択の権力者。



「……おばあ、さま……!?」



 ゆっくりと視線を後ろへ向ければ、正門の前に高級車が停まり、素顔を隠すように深くスカーフを巻いた老女が窓を半開きにして茜の名を呼んでいた。

 スーツに身を包んだビジネスマンが運転席から降りて後部座席のドアを開け、乗車するよう手招きする。

 荷物を預け、老女の隣に乗ると車はゆっくりと前進した。



「ご、御機嫌よう、おばあさま。

 珍しいですわね、おばあさまが外出なさるなんて……」


「……茜」


「ど、どうかなさいましたか……?」


「……茜は、二度もわたくしを失望させることはありませんね?」


「っ!

 ……はい。この魂に誓って」


「……よろしい」



 考えを見透かされたようで動揺するも、茜は胸に手を当て、強く決意を持って答える。

 その姿に老女はスカーフの間からひっそりと笑みを浮かべ、左手の親指から指輪を抜き取り茜へ渡す。



「これを差し上げましょう。お守として大事になさい」


「! あ、ありがとうございます!」



 茜は黄の宝石が輝くそれを祖母に倣って身に着け、目の高さに持ち上げてまざまざとみつめる。

 透き通る石の輝きこそ、茜の欲した未来を照らす穢れなき光。


 早く立派な大人となり、祖母のような煌星の一つとならなければ。

 そのためにも――。






「――あら、お早いご来訪ですわね。まだそちらの世界は活動時間ではありませんの?」


「昼寝がてら立ち寄ったのよ。

 今夜から何の憂いもなく、ぐっすりと床に就きたいし」


「……では、心を決めたのですね」



 外を眺めるラルカの問いかけに影に身を潜めたアカネは強く頷く。

 そこは中央の広く、長い、陽光が照らされる廊下。幸いにも二人を邪魔する者も、見張りの騎士の気配すらない。

 ラルカが身体の向きを変えれば、アカネが答えを示す。



「私は――契約の解除を要求するわ」


「その決意は何人の干渉も受けず、己が判断により下された、真なる意思に基づいたものでありますか?」


「えぇ。

 自分で決めた、私だけの答えよ」


「そう、ですの……」



 アカネの揺るぎない心を感じ取ったラルカ。

 少し残念そうに視線を下げ、それからすぐに赤い瞳へ戻して続ける。



「わたくしには意見を述べる資格も、止める権利もありません。

 --貴方の新たなる門出に祝福があらんことを」



  胸より差し出した両の手で小さな虹の魔法陣を広げたラルカは、息を吹きかけ正なる魔の力をアカネに飛ばす。

 絶えず色を変えるマナはアカネの魂に深く刻まれた契約の印へ到達し、堅固な楔の繋ぎを解きほぐす。そして異色を排除し、単色のあるべき状態へ修復すると、その魔力はアカネの中で治まった。



「――」



 刻印という名の保護を失ったアカネの魂は限界に達し、ぐったりと意識を失う。

 それを支えるラルカの手には容量を超えて具現化したかつての欲望を封じた万年筆が握られていた。


 虹の魔法に包まれたアカネのそれは正規のルート通り空高く上昇する。

 それから黄黒くどよめく彼方へ吸い込まれていくと、瞬き姿を消した。






 ――――



 午後の授業を終え、交通量が増えた交差点を曲がって家路を進む式部。

 彼もまた伯同様に与えられた選択肢に迷い、考えを巡らせていた。



 夢の世界における式部の当初の目的はすでに達せられている。

 成り行きでヴィジョナリーを続けてきたとはいえ、簡単に見捨てられるほど未練がないわけでもない。


 花代は確実に残り、どんな手段を使ってもミスターを助け出そうとするだろう。他の三人も大方見当はついている。

 しかし、他人がどんな判断をしようと己の判断は自身によって下されねばならない。



「……さあ、どうするか。俺は、どうしたいのか……。

 ――!」



 式部は前方に現れた人物を確認して一瞬目を見開き、それを相手に気付かせないようすぐに無心を装った。

 足を止め、じっと相手の次なる行動を待つ。学内では執拗に式部を拒絶していた友の狙いを探る。



「――菖」


「翠……どういう風の吹き回しだ? 昨日も俺のことを無視したくせに。

 今さら仲直りしよう、なんて冗談、一発殴るくらいじゃ収まらないぞ」



 呆れた態度で式部は問いかける。

 それはかつて木賊と交わしていた冗談交じりの挨拶。

 だが、相手はそのまま続ける。



「……菖、潔く手を引け。お前は関わるべきじゃない」


「……何の話だよ」


「とぼけるな。

 これから“向こう側”は戦火に包まれる。もう誰にも止められない」


「だから、何を言ってるんだ。俺には話が全く見えないな」


「菖!」



 どう攻め寄られても式部は白を切る。

 けれども、彼の内部は大海原の荒波のように揺れ、やっとの思いで嘘を被っていた。


 ぼやかしてはいるものの、木賊は夢世界(ザスピル)に言及している。

 そして式部がヴィジョナリーの一員として決断を迫られていることも把握し、あろうことかご丁寧に警告している。


 なぜ?

 どこで、どうやって?

 何を企んでいる?


 木賊の握るカードが全く見えない。ならばこちらも明かす気はない。

 式部は息を吸って感情を制御する。慎重に、冷静に、一瞬の隙を狙って機会を待つ。



「どんな経緯でお前が“向こう側”を関わるようになり、どれくらい思い入れがあるか、俺は知らない。知らないままでいい。

 ただ、お前の好敵手ライバルとして、ひとりの友達として最後に言わせてくれ。

 何もかも全部俺が引き受けるから、菖は普通の学生生活を全うするんだ」


「……怯えてんのか?」


「っ……!

 違う。俺は……俺はただ、これ以上お前との仲を悪くしたくないだけだ」



 横へ俯き目を背ける翠の態度に式部は徐々に理性を抑えきれなくなる。



「はっ、お前がそれを言うのか! 

 だったらまずは事情を説明してみろよ。

 それを聞いたうえでどうするか、俺が決める。


 誰にも指図されず、自分の道は自分で切り開く。今までだってずっとそうしてきたじゃねぇか」


「……」


「……できないんだろ。

 こうしろ、ああしろって俺たちの嫌いな大人みたいに一方的に主張するんだろ……!


 腰抜け野郎になり下がりやがって……調子に乗るのもいい加減にしろってんだ!」



 ついに堪忍袋の緒が切れた式部はぐっと木賊へ歩み寄り、ひたすら真っ直ぐ抵抗の意志を紫の瞳に乗せ訴えかける。



「そんな中途半端な気持ちで説得しようなんざ舐められたもんだな。

 翠、お前ならわかるだろ? 俺を止めたけりゃ、真正面から向かってこいよ! 

 昔のようにお前のありったけの気持ちを込めて、信念と覚悟をもって俺を屈服させるつもりで、ぶつかってこいよ!」


「俺はっ――」


「お互い言いたいことは言い切ったろ。

 ……急ぎの用ができた。帰らせてもらう」



 振り返ることなく式部は早足でその場を去る。

 木賊の先手も式部の探りも十分な効果は得られなかった。

 だが――。



「……これでもう、迷う必要も引き下がる理由もなくなった。

 感謝するぜ、翠」



 心を決め、式部は拳を見つめる。

 この手にあるのは人の欲望より生まれし負の力。ならば最後の最後まで自分のために好き勝手にやろうではないか。


 ――この手で友を馬鹿げた使命より救い出す。

 たとえ相手が正しかろうと、自分が間違っていようと、どんな結末が待っていようと、必ず。






 ――――



 白く、一点の染みもない無駄のない部屋。

 窓もなく、どこから光を受けているのかもわからない密室。

 マナに満ちたその牢屋でミスターは身動きを制限され目を閉ざし、制裁が下されるその時を静かにただただ待っていた。

 そのマジックミラーのような牢獄へ黒のコートをなびかせる一人の男が忍び寄り、思念を送る。



『――あーあー、なんて様。かっこ悪いなあ、ホントに』


『……アルか。こんな何にもないところへわざわざ足を運ぶなんて、お前も相当暇人だな』


『せっかく様子を見に来てやってきたのに。オル、そりゃないって。

 なんなら口を開いて相手になってもいいけど?』


『あいにく至る所に剣が刺さって声を出せそうにない。

 お前だけそうするなら付き合ってやらなくもないが』


『そんな無駄口叩けるならまだ元気じゃないか』



 ははっ、と笑いアルジャンは続ける。



『ついさっきお前の処分が決まったよ。

 俺の予想通り完全なる救済、つまり死刑だとさ』


『罪状は?』


『えーっと……。

 大臣を含む複数人の住人レジデントの殺害、夢見人ヴィジョナリーたちによる魔塊マナ・マスの回収及び負のマナの拡散、悪魔の復活促進、創造主への反逆、世界秩序のかく乱、十七年前の戦後処理の情報隠蔽、命令無視、負の浸食による使命の完遂不可能――とその他諸々、計二十三個』


『今までのツケ全部か。

 なら夢見人の冤罪は?』


『それはラルカの一言で即取り下げられた。

 ただ、うるさい輩が事情を知ったり、新参者が手を回したおかげで面倒くさいことになっててさ。

 次アイちゃんたちが来たら取り押さえて、契約印を消すよう言われてる。


 ま、お偉いさん方はラルカのことは信用しきっているから、その点は都合はいいんだけど』



 それから念を押すようにミスターが問いかける。



『俺の頼み、覚えてるだろうな』


『もちろんだとも。

 けど昨日やろうとしたけど、止められた。

 先謝っとくけど、俺強硬手段は苦手だから詰め寄られたらそれ以上は無理だから』


『……そうか』



 どこか悲しそうな、嬉しそうな感覚を乗せてミスターは答える。

 一旦そこで会話は途切れるも、アルジャンがもう一つ知らせを思い出す。



『それで刑の執行なんだけど――星々が元の場所へ帰還する少し前、だとさ』


『つまり物質世界が朝を迎える頃か。すぐさま悪の根源を断ちたいとはいえ、なんだその中途半端な時間は』


『さあ? 高位な方々の考えることだ。薄汚れた俺らにはわかりっこない崇高な理由でもあるんだろうよ。


 ……オルはどうしたいんだ?』


『?』


『生きたいか?』


『そんな権利俺たちにはないだろう。

 ……ただ』


『ただ?』


『俺はあいつの願いを叶える。それだけだ』


『……そうですかい。

 じゃ、用件は伝えたから俺は帰るとしますよ』



 淡泊に別れを告げ、アルジャンは音もなく離れていく。

 冷酷でも、心がないわけでもない。

 自分たちの存在意義を重々承知し、またその運命を受け入れているからこその態度。


 創造主の御心のままに作られた存在。

 使命に背く欠陥品などもはやこの世界には必要ない。



 だが、魔法という力を得て、夢を与えるのならば――たった一度くらい己の願いを叶えてもらってもいいと思う。

 だからこそ、彼は希望を抱く。夢を託す。

 自分たちと同じものを持ち、自分たちにはないものを持つ彼らに。




 最期のカウントダウンは静かに動き出した――。




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