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夢見人ーVisionariesー  作者: 黒城瑛莉香
第二章 加速する記録
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金の召喚士

 数えきれないほどの時を人類と共に歩み、理想と欲望を綴り続ける世界ザスピル。


 完全と不変、安寧と秩序が約束されたこの夢の地にわずか十七年前.

 特異点が発生し、七つの黒い結晶が天から、地から、宙から次元の狭間を開き、地上に顕現した。


 それは住人レジデントと同質でありながら決して受容できない影。

 創造主に存在を否定された哀れな負の魔法の使い手――悪魔。


 悪魔の目的は人類への復讐。

 その第一歩として精神で繋がれたこのザスピルへ侵攻してきた。


 光を闇に染める混沌の願いは、一夜にして世界を覆い、大地に呪いをかけた。

 世界が瘴気に包まれ住人レジデントの力を奪っていく。

 必死の抵抗も空しく、悪魔によって街は崩壊し、中央は占拠され、多くの人が負のマナの露と消えた。


 だが――そこで金色こんじきの英雄が立ち上がった。

 影の結晶を喰らい、悪魔を自らの内に取り込んだ英雄は、圧倒的な力で悪魔を蹂躙し、戦争は住人レジデントの勝利で帰結した。



 ――たった一人の尊い命と一人の輝きを代償にして。






「負の魔法?」



 聞きなれない単語にアカネが眉をひそめて繰り返すと、ラルカが肯定するように口を開く。



「この世界は二つのマナで構成されていますわ。

 一方は正のマナ。光に始まり光に終わる神聖なる恵の力。

 一方は負のマナ。闇に生まれ闇に残る無限に渦巻く混沌の力。


 住人レジデントは正のマナを消費して現象を引き起こす正の魔法の使い手。それにより住人レジデントに課せられた役目を果たすと共に、負のマナを正のマナに変換しております。

 対する悪魔は負のマナを根源として正のマナを喰らう負の魔法の使い手。


 それぞれのマナはそれぞれの精力の活動の源であり、対成すマナはそれぞれのマナを生み出す貴重な資源。故に、正と負のマナは共存できず、どちらかが屈服する関係を築かざるを得ないのです。

 ザスピルでは創造主よりもたらされし正のマナによって構成され、負のマナを支配する環境が生誕より継続されきましたわ」


「でもさー、そうだとしたら負のマナはどこかでなくなっちゃうはずだよね。

 世界全体が正のマナでできているのなら、なおさら。

 負の方は水みたいに湧き出てくるものでもないでしょ?」


「お、いいところに気付いたな。

 そう。資源は補充しなければいずれなくなる。

 そこで登場するのが、客人インヴィティの執念や強い欲望だ」



 アルジャンが意識を奪ったハナダをラルカの隣に置いてハクたちへ振り返る。



「君たちの心の奥底で眠り、目を背けている真の欲求を具現化することが住人レジデントの使命。それは客人インヴィティの内部で発生した“負のエネルギー”を、歓びという“正のエネルギー”に転換すること。

 このために住人レジデントは正のマナを大量に消費して君たちに最上のもてなしを提供し、最高の満足感を与える。


 住人レジデントは負のマナに対して耐性がない。だから感情操作で間接的にマナの性質を変化させるしかないんだ。

 物質世界に帰還した君たちに記憶がないのは、ザスピルを認知させないためだけじゃなく、マナの回収も兼ねているからさ」


「……つまり、客人インヴィティの満たされない願いの結晶である魔塊マナ・マスは……負のマナの集合体だと」


「その通りですわ」



 一行に衝撃が走る。だが、それは少し考えてみればたどり着く当然の答えだった。


 喜楽、幸福、感動といったプラスの感情に頂点も蓄積もない。人生という短い時間の途中で幾度となく繰り返され、一瞬にして消えるものだ。

 対して欲求、苦情、怨憎、憤怒といったマイナスの感情は高まれば高まるほど心を汚し、消え去ることなく残り山のように積もっていく。そして耐えられなくなった精神は心を守るために、それを記憶と共に葬り去ることがある。

 それが魔塊マナ・マスの発生条件であり、負のマナである証明だった。



「この戦争でザスピルの地は深く毒されてしまいましたわ。

 正のマナを生成するためには負のマナは必要不可欠な存在。ですが、強力な負のエネルギーを放つ魔塊マナ・マスは顕在するだけで周囲の正のマナを負に染めてしまいますの。


 それは悪魔にとって最も望ましいこと。正の魔法で封印した彼らが力を取り戻し復活する契機になりかねません。

 ミスターはこれを回収することで今なお地の底でうごめく悪魔の力を奪い、封印していたのです」


「で、でも、ミスターも住人レジデントだから、魔塊マナ・マスが傍にあるだけで悪影響を受けて精神を壊されかねないんじゃ……」


「そう。あいつが“純粋な”住人レジデントだったらね。

 でも、もうあいつは――そうじゃない」


「それは、どういう……」


「君たちもとっくに気付いただろう?

 英雄が誰なのか。


 ――そうさ。

 悪魔を取り込んで、力を手に入れたザスピルの救世主。使命を、色を、名すらも捨てた男。

 それが君たちの契約主――オルの正体さ」


「!!」



 予想だにしない真実にハクも仲間たちも絶句する。

 淡々と語るアルジャンは銀の瞳を閉じて、当時の様子を想起しながら続ける。



「オルは文字通り悪魔を喰らい、負の力を制御して他の悪魔を狩って行った。


 あいつを突き動かしていたのは住人レジデントとしての使命感や、存在意義なんてものじゃない。

 ……目の前でとある客人インヴィティのすべてを奪った悪魔に対する激しい怒りと憎しみ。ただそれだけだった。


 馬鹿だよなあ。

 数えきれないほどの年月を通して客人インヴィティの心に触れまくった結果、あいつは住人レジデントが持つ感情を理解してしまった。

 創造主の手駒として、役目を果たすためだけに生まれた俺たちが、いつしか対象を通して変わってしまった。悪魔をその魂に取り込むという最悪の結果を残してね。


 ま、そのおかげで悪魔はその日のうちに殲滅され、残りの六つの結晶には強力な封印が施されたんだけど。

 これにて一件落着――とはいかないんだよ。残念ながら」



 アルジャンが目を開いて思考を現実へ戻す。



「問題は山積みだった。


 まず、オル自身。

 世界を救ったとはいえ、正と負の両極を持つ異端者。悪魔だって完全消滅したわけじゃないし、他の住人レジデントはオルを英雄視する一方で危険分子とみなしていた。

 だが、悪魔の封印はオルの正魔法によって施されている。


 だから中央の連中は、表向きには悪魔を打倒した後に創造主へ身も心も捧げた英雄としてオルを祭り上げ、裏では幾重もの正の結界の中、首輪をつけて飼う監視対象とすることとした。

 その時からだな。名前を捨てて敬称で呼ぶようにしたのは」


「それに、彼の処分を言い渡すよりも深刻な事態があったのです」




 ――悪魔の侵攻により、ザスピルのマナのバランスが完全に逆転してしまっていた。

 正のマナは辛うじて残ってはいたものの、大地は負のマナに汚染され、負が正を打ち消す状態。


 住人レジデントは正のマナでなければ魔法の使用どころか生存自体が危うく、さらに負のマナの影響を受け、暴走してしまう恐れもあった。

 よって中央は残った正のマナで大地に浸透した負のマナを抑え、進行を止めることを決定した。


 正のマナは負のマナを還元することで発生する。

 世界の状態が元に戻るまで正のマナを貯蓄することで事態は解決へ向かって行くように思われた。



「ですが、悪魔が残した呪いはまだ世界を蝕んでいました。

 それは魔塊マナ・マスの産出の誘発。そして負のマナより生まれた悪魔の僕――魔物。

 魔塊マナ・マスの影響を受けた住人レジデントあるいは客人インヴィティの暴走、悪夢を化したことで回収できない正のマナと心に蓄積されていく負のマナ。


 もはや侵食を止める時間稼ぎだけでは回復の見込みがないほどに、この世界は汚染されていましたの」


「それは戦後より十年、今から七年前のこと。

 魔塊マナ・マスに唯一触れることのできるオルに回収作業が言い渡された。


 だが、正のマナで満ち溢れた中央とは違って、街や空間エリアは負の瘴気が充満している。

 当然、オルの魂にある悪魔は無意識に活動的になって内側から精神を乗っ取ろうとたえず隙を狙ってくるし、負の濃い場所では悪魔が魔物に指示を出して妨害する始末。

 気力も正の魔力も奪われ、もろくに魔塊マナ・マスを回収できやしない。

 最近だって負のマナが流動的で中央にいても感じされるほど活発だった。一度外へ出たあの時もかなり力を消耗していたようだったし。


 そこで白羽の矢が立ったのが、負のマナに耐性を持つ……客人インヴィティ



「――!」



客人インヴィティはマナを魂に蓄積しないだけで、魔具ウェポンのような魔法媒体を利用すれば魔法を展開できることは報告でわかっていたからな」



 そこまで言うと、アルジャンはポケットより羽ペンを取り出し宙で浮かべる。

 それから手を軽く上げ指を鳴らせば、ペンの羽根がオーロラのように波打ち光を放ち始めた。



「……疑問に思ったことはないかい?


 住人レジデントは町では使用する魔法が制限されているから、こうした小さな魔法ですら発動をためらう。

 一方君たちはこの規制圏外で、いつでもどこでも自由に魔法を使うことができる。それはなぜか?」


「俺たちが負のマナを糧とする、悪魔と同じ魔法を使っているから、か」


「ご名答!

 ここでさっきの結論へ至るわけだ。


 第一の結論、君たちがどこでも好きなだけ力が使えたのは、負のマナたる魔塊マナ・マスを媒介として干渉、操作、エネルギーを抽出して魔法を発動しているからさ。


 マナは消耗すればなくなる。正も負も変わりなく、な。

 だが、戦争の影響で今ここには正を上回る負のマナが蔓延している。

 俺たちが直に処理できずに困っている負のマナを君たちの力で少量でも減らしてくれるなら、これをやってもらわない手はないだろう?」



 アルジャンが羽ペンを掴むと魔法は解除され、元の半透明の羽へ戻る。

 同じように知りたくもない事実を笑いながら突き付けられ、ハクたちの心もまた次第に色を変えていく。

 自信を、勇気を与えてくれる魔法が、悪魔のものだったなんて――。


 募る感情を抑え、ハクは彼の話に耳を傾けた。



「オルの手法を応用して魂に魔塊マナ・マスを目印たる契約印と共に埋め込み、暴走しないよう正の魔法でコントロールする。

 それは正と負の両方の力を持つオルにしかできないことだ。これが第二の結論。


 すぐにこの案に基づき客人インヴィティの選出、実験が開始された。

 本来であれば夢を叶える世界で、ひたすら他者の夢を見届け幻想を抱き続ける者――夢見人ヴィジョナリー

 栄えある第一号が――彼女、花代藍」


「えっ!?」


「アイ姉が!?」



 魔法で眠ったように瞳を閉じている彼女へ視線を移せば、隣で座るラルカが憐憫と悲哀の表情を浮かべてハナダの頬を撫でていた。



「あ、誤解のないようにしてほしいんだけど、きちんと本人の了承は得ているよ。

 実戦へ入る前に必要最低限の技術は叩き込んだし、何度もその意思を確認したさ。けれど、アイちゃんはすべてを理解し、受け入れた上で契約を交わした。


 でも、たった一人じゃ重荷を背負いきれず回収も不十分。

 だから、君たちのように魔塊マナ・マスを落とした客人インヴィティ、とりわけ忠実で使い勝手の良い優秀な若者を選別して、契約へ誘い込み協力してもらってたんだよ」


「私たちはミスターからそんな話聞いたこともなかったけれどっ?」


「それは、単に聞かれなかったから、だろうよ。

 ま、こんな話契約時にやっても信じられないだろうし、必要以上にザスピルを詮索されるのも困るからな」


「でも……こんなのっ……」



 そむけたくなるような真実と、仲間に裏切られた事実。

 俯き下唇を強く噛んでアカネは必死に耐える。

 悲しみと憤りで張り裂けそうな心の叫びで自分を見失わないように。



「そんで第三の結論は……言わなくてもわかるか。

 そういうわけであいつは捕まっちゃったんだよ」


「ちょっと待った。

 これまでの話でミスターの危険性はわかった。だが、それは十七年間続いてきたことだろう?

 なぜ今さらになって逮捕し、処刑までされなきゃならないんだ?」



 動揺しながらも理性でもって状況理解に努めるシキブ。

 その問いかけにアルジャンは静かに答える。



「……さっきちらっと言ったけど、ラルカの行方が分からなくなる少し前、中央でお偉いさん方が大事な会議をしてたんだが――何者かの手で消滅したことがわかった。

 住人レジデントが死ぬなんてことはそう滅多にあることじゃない。この世界の死は体内のマナの完全喪失によって起こる現象だからな。


 僅かに残留していた魔力を辿ってみれば、瀕死の一撃を与えた力は負のマナによる魔法であることが確認された。加えて中央にいた住人レジデントに話を聞けば、数名がその時客人インヴィティの気配を感じたんだと。


 誰にも咎められず中央内部へ侵入し、負の魔法で確実に住人レジデントの魔力を削る客人インヴィティ――そんなの君たち(ヴィジョナリー)以外いるわけない」


「でも、僕たちは任務中で……」


「そんな理由で論破できるとでも?

 魔法という奇跡が存在する世界でやれないことなんてないさ」



 ハクの言葉をアルジャンはきっぱり切り捨てた。



「そして君たちの主が事件の首謀者だという見解が下された。

 中央の連中は君たちの行動原理はすべてあいつの意志と指示によるものだと考えているからな。魔塊マナ・マスの大量回収により悪魔が目覚め、暴走、理性を失った結果が招いた惨事だと判断したみたいだ。

 ラルカの誘拐と拉致は……まあ、あれだ。女王様の立場を利用して人質とし、復活の足掛かりとする、とかだろ。


 上の連中の大半はあいつが悪魔を内に飼ってる事実を知っている。

 ラルカが中央へ戻り、君たちの大臣殺害および誘拐を否定したとしても、負の魔法と悪魔の危険性は変わらない。

 今度こそ世界の浄化が決まるだろう」


「世界の浄化?」


「簡単に言えばそれは“初期化”。

 生まれ持つ使命すら全うできない駒なんて無意味で邪魔でしかない。

 だから慈悲深い創造主へ懺悔し、許しを請う。

 穢れに満ちたこの世界をあるべき姿に戻してくださいって」


「いけませんわ、浄化なんて。

 わたくしが絶対に許可しませんわ!」


「ラルカ、さすがの君でも今回ばかりは無理だよ。戦後と違って状況が悪すぎる」



 そう告げるアルジャンもどこかやりきれない様子で落ち込む。

 初期化、という例えから、ザスピルのこれまでの記録すべてが消去され、思い出すら残らないことは想像に難くなかった。



「だからその前にヴィジョナリーの契約印を解く。物質世界の誰も夢の真相を知らない。元の状態へ戻すんだ。

 君たちは悪魔の呪いから解放し、晴れて自由の身となる。

 眠れば朝が来るし、他人の心を垣間見る負い目を感じる必要もなくなる」


「――でも、それは……この世界の記憶も経験もすべて失うことを意味する」



 消えてしまいそうな囁き声が零れ出る。

 音をたどれば、青い目が虚ろにアルジャンを見つめていた。



「あちゃー、起きちゃったよ。

 無駄話が過ぎたかな」


「私はそんなことさせない、絶対に。

 それに、まだ……オルの処刑もザスピルの浄化も決定したわけじゃない」


「ハナダ……」


「そうかもしれないけどさ。

 ――ん、ちょっと待って」



 アルジャンが本を開き、徐々に不満げな表情を浮かべていく。

 それから本を閉じて大きなため息をつくと、諦めたようにハクたちへ背を向ける。



「中央から招集命令が入ったよ。すぐにでも戻らないと。

 物質世界へ帰還する時間も近づいてきてるし……どうしたものかね」


「では、ヴィジョナリーの皆様、時間を差し上げますわ。

 心を痛める話ばかりで混乱しているところでしょう。

 皆様にとって魔法が必要なのか、不快感を抱きながらもこの世界と関わり合いを持つべきか。一時帰還し、熟考くださいませ。


 ……明日、この地を踏んだその時に改めて皆様方の答えをお聞きしますわ」



 一行の濡れ衣をはがすことを約束し、アルジャンはラルカを連れて中央へ戻っていく。

 ハクたちも言葉を交わすことなくザスピルを後にした。



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