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夢見人ーVisionariesー  作者: 黒城瑛莉香
第二章 加速する記録
27/35

神様

 天の光りを失い、外壁のボックス席から漏れる電灯だけが薄暗い競技場をわずかに照らしている。

 観客たちは生き物のようにうねる刈安の影に恐怖し、散り散りになって会場から逃げ出していた。しかし、ハク同様に敵の闇に呑まれて狼狽し動けない人もいる。


 視線を前方に立ち尽くす刈安に向ければ、転がっていた自身の銃を手にして不気味な笑い声をたてている。

 大いなる力を思いのままに操る狂人の姿はもはやハクたちの知る彼ではない。


 そして手の形をした影が握っているのは黒髪の貴婦人。刈安がその人をハナダだと思っているのならば、考えられることはただ一つ。


 首筋を冷や汗が下る。

 そこでアカネのように攻撃をかわしていた少年グレイが隣にやってきた。



「二人とも大丈夫ですか?」


「問題ないわ。

 ……口調そのままなのね」


「演じたままの方が色々と便利ですし、敵の目も欺けます。それにあなた自身不快ではないでしょう?」


「それもそうね。あなたに敬語を使われるなんてこれから先ありえないでしょうし茶番に付き合ってあげる」


「えっと……もしかしなくても

 ……ハナダ?」



 その問いかけに彼は微笑むだけで答えない。しかしそれこそがハナダであるという証だった。



「それで、ここの住人レジデントは見つかったの?」


「はい。建物の影に隠れていましたので、至急警察に連絡するよう指示しました。

 ミスターにも連絡を入れましたが、執務室にいないのか返事はありません」


「まぁシキブとツグサにも一報しておいたから、大丈夫でしょ。

残りの問題はあれだけね。


 ハクはここにいる人たちの避難を優先して。相手は無関係な人を巻き込む気はないみたいだし、ある程度ここから離れたら戻ってきていいわよ。

 そしてハナダもといグレイは人質の救助と私の支援。あの変人は私が仕留める」



 そう言うとアカネは赤と黒のブレスレットをつけた左腕を突き出し、手の甲を上にして意識を集中させる。

 アカネの前に紅の魔法陣が出現し、空気中のマナを吸い上げながら赤い輪を形成していく。


 異変に気付いた刈安がようやく三人へ視線を向け、軽く目を見開く。



「緋月さんじゃないかい? それに空木も。

 いやぁ、こんなところで会えるとは偶然だね」


「さすが色男さん、私のことも当然知っているのね。残念だけど、その手の誘惑には乗らないわ」



 淡々と、だが確実に召喚の準備を進めるアカネ。その隙にハクとグレイはその場を離れる。



「それにしても随分と楽しそうじゃないの。その力が何かは知らないけれど、私を敵に回した時点であなたの負けは決まっているの。

 やられたら二倍にして返すのが私の流儀でね……あなたの腐った魂ごと喰らいつくしてあげるっ! 


 ――我が綴りたるものは 永久とこしえリリック 宿りし海の封蝋解き放ちて 安らぎを齎さん――!」



 掛け声とともに赤い輪が具現する。アカネは掴んだそれを一回転して宙へ放り投げると魔法陣から白い閃光が放たれた。

 縦長い光は魔法の輪を潜ると、人の二倍ほどの大きさのある生物の形の姿へ変貌していく。


 現実世界でもとある場所でよく見かけ、人とコミュニケーションをとっている海に住まう冥界の魔物。

 アカネとの契約の証であるリングを尾柄部にはめ込むと光を解放させ、黒と白の巨体を現わす。



「クオォォォォォォ!!」



 悲鳴にも似た甲高い声を発し召喚された鯱の使い魔ノアレス。

 まだ未成熟な体をひねらせて、ノアレスは弧を描いて水中のように地の中へと潜る。背びれだけを地上に出して敵へ突進すれば、影は音もなくうごめき二つに分裂した。


 人質を掴んだ手はそのままに、もう一方の影が主を守る壁となってノアレスの猛進を拒む。さらに地面から魔物が湧き出てノアレスに襲い掛かった。

 間一髪地中へ逃れたノアレスを影と魔物が追いかける。目に見えない地殻での激しい攻防が始まった。


 ハクとハナダも観客たちを避難させるべく展開魔法を詠唱し、行動する。

 彼らに励ましの言葉をかけると自力で立ち上がり、徒歩ではあったが無事に安全な場所へ向かって行った。



 射撃場へ戻ってくると刈安の影はさらに分裂し、アカネを四方から襲っている。一目でわかるほどの集中攻撃を受けアカネは苦渋に満ちた表情をしていた。

 元々アカネは使い魔との連携を前提とする戦闘スタイル。そのため個体での戦闘力はハクを除いて最も低く、自身の手で相手を下した経験はそれほど多くはない。

 リーチの短い短剣を駆使してどうにか凌いでいるが、倒れるのは時間の問題だろう。



「一か八かの賭けだけど……やってやる!」



 存在を気づかれないように外壁に沿ってハクはそっと刈安に近づく。

 そしてイメージを膨らませ、魔法を展開すれば相手の両腕両足の自由を奪った。



「な、なんだっ?! このっ!」



 成功率を上げるために強度を落としたためか、魔法の鎖はすぐに壊されてしまうものの、それで十分だった。



「約束はきっちり守ってもらいます。

 ――闇を貫け、光子の弾丸」



 外壁の頂上に潜んでいたグレイがライフルに魔具ウェポンを装填し、貴婦人を捕える影を引き裂く。

 空中に投げ出された彼女をグレイは躊躇いなく飛び出して保護し、着地する。

 さらにグレイの放った弾は壁に当たるとボールのように跳ね返り、遂には天に向かって上がると太陽を遮る黒き雲に穴をあけた。

 光と共にマナが降り注ぎ地上へ恵みをもたらす。すると邪悪なる雲は次第に力を弱め遂には浄化されて跡形もなく消えてしまった。



「うぅっ……!!」



 暖かく神々しく輝く光に刈安はひるみ視界を腕で覆う。

 地中で変幻自在に活動していた魔物たちも一つにまとまり、影と同化して主の背後へ逃げていく。



「お遊びはこれまでよ。ノアレス!!」


「クオォォォォォォ!!」



 左腕のブレスレットを胸に当てて魔力を込めれば、地面を通して使い魔のリングへ吸収され、その体をさらに大きくさせる。


 地表からノアレスの姿が消えた。かと思えば芝生全体が濡れたように暗くなり、水中より水鳥を食らうが如く、地中より姿をあらわし刈安とその影をガブッと飲み込んだ。

 飛び上がったノアレスは背中より落下し、再び地の中を泳ぎアカネの横で静止する。


 飲み込まれた刈安は銃を握ったままその場に倒れていた。魔物も彼の影も消えていた。

 動かないことを確認するため、三人は刈安の元へ向かう。



「ちょっとやり過ぎたかしら」


「ちょっとどころじゃないよ! 完全に悪夢になってるじゃないか!」


「これが夢だから良いんです。現実なら忘れられない体験を差し上げるつもりだったので、僕は大いに満足できる結果です」


「珍しく苛立っていたみたいね。理由を聞かせてくれる?」


「……彼のような気が軽くて他人の本質を見ようとしない、支配的で自分勝手な性格が苦手なだけ、ですよ。

 それに無関係の彼女を巻き込んだ」



 グレイが視線を抱きかかえる貴婦人へ落とす。



「彼女って、その女性? たかが守護人形ガーディアンか魔法で作り出された幻影でしょう? それを救うなんて」


「違いますよ。彼女はれっきとしたこの世界の人間です」



 刈安から少し離れたところで三人は立ち止まる。

 そしてずっと抱えていた貴婦人を支えながら降ろし、振り払うように片手を彼女の目の前で動かすと虚脱状態だった瞳に色が蘇った。

 星々の広がる夜空を連想させる煌びやかな双眸がハクたちを映し出す。同時に黒く塗られていた髪は地肌から銀色へ移り変わり、本来の姿を露わにする。



「まあ、ハナダではありませんか!

 御機嫌よう。また訪ねて下さるなんて嬉しいですわ。今日は何をして下さいますの?

 ……あら、そちらの方々は? もしかして例のお友達、ですの!」


「え……」


「どういうこと……?」


「ご機嫌麗しゅう、陛下。

 ご紹介いたします。こちらは私と同じ刻印を授かりしアカネとハク。

 二人とも、こちらはこの街の統治を任されているラルカ女王陛下です」


「「!!?」」



 衝撃の余りハクとアカネは絶句する。

 宮廷や宮中顧問官が存在する世界で王族なる住人レジデントが統治していることは容易に想像できても、同世代で威厳のいの字も感じられない目の前の女性がそれだとは到底思いつかなかった。

 アカネも初耳であるならツグサはもちろんシキブもこの事実を知らないはず。



「ご、御機嫌よう、陛下! お初にお目にかかり光栄ですわ」



 アカネに習ってハクも頭を下げる。

 すると、ラルカは不満そうな表情を浮かべるハナダに悪態をつく。



「もう、あなたがそのように畏まるから、お友達も困っていらっしゃるではないですか!

 ここは王宮の外なのですからわたくしの地位は気にせず普通に接してくださいな」


「それは無理な相談です陛下。それにお戯れを楽しんでいる暇もございません。

 ……陛下、どうしてまた中央を抜け出すようなことを?」


「私が宮廷を……?

 そういえばここはどこですの?」



 その質問に答えようとした時、三人は不穏な気配を感じ咄嗟にラルカを守るような陣形をとる。


 発生源は前方。いつの間に目を覚ましていたのか、刈安が銃を構えて立っていた。



「……よくもやってくれたなあ、グレイ、緋月さん。それに空木も。

 まさか神様の力を使ってでも勝てないなんて……油断してたかも」


「刈安、君……?」


「けど次はそうはいかないんだなあ。

 なんてったって僕は神様に選ばれた人間なんだからねえ。負けが許されるはずないんだよお」


「彼は、どなたですの……?」


「陛下の御前に相応しくない、低俗な自意識過剰男です。

 下手に刺激すると危険ですので僕から離れないでください」



 ハナダの背に身を重ねるラルカ。それを見て刈安が優しく語りかける。



「怪しい三人に囚われてさぞ怖いだろうね。

 でも、もう安心していいよ。今度こそ僕が君を救うから。

 最後には正義が悪を打ち倒すんだよ。特撮ヒーローでもおなじみの展開だろう?


 さあ、神よ! 今一度契約に従い、邪悪なる魔の使者を滅する力をこの僕にっ!!」


 《――――》


「ど、どうしたんだっ!

 僕の願いを叶えてくれるんじゃなかったのか!?」


 《――既に貴様の願いは聞き届けられた。これ以上の助力は不可能だ》



 その声は刈安の記憶にも出てきた威圧感のある神のものだった。

 再度全身を鳥肌が駆け、恐怖が内から蘇ってくる。



「なっ、なんだってっ? 僕の願いは……彼女を手にするという僕の夢はまだ達成されていない!」


 《何か勘違いをしているようだな。

 私は貴様に力を貸し与えると言ったが、成し遂げられるまでとは申していない。


 つまり、助力は一回のみ。

 そして貴様はすでにそれを求め、契約に従い私はそれを貴様に授けた。

 だが、貴様は無様にもそれを上手く行使できず、結果その者たちに大敗を喫した。


 これ以上私が貴様の片腕となり猛威を振るう必要もあるまい。次は貴様が私の本懐を遂げる番だ》



 そこで〈神〉は言葉を区切る。

 するとその延長ともとれるように刈安は銃を手にした腕をゆっくりと上げていき、発射口を自身のこめかみに向けた。



「かっ……勝手に、う……腕が……!」


 《私の願いは“貴様の魂を私に差し出すこと”。

 安心せよ。そちらの世界のように痛みが走り、辺りが赤く染まることもなければ、部位が吹き飛ばされることもない。


 ――邪魔をするでないぞ、幻視者ヴィジョナリーども。

 貴様らは私たちの同士であって、敵ではないのだからな》



 その行動を妨害しようと試みるも、金縛りにあったように誰も体を動かせない。

 ハクたちは目の前で起ころうとしている悲劇をただただ見守ることしかできなかった。

 刈安の黄色い瞳から涙があふれ、色素を失った頬をつたい地面へ零れる。



「い……いや、だぁぁ……っ」


 《これ以上長引かせて恐れ慄かせるのは酷か。されば早々に終わらせてくれよう。

 悩み苦しむこともない無垢なる世界へ、いざ》



 何も、誰も、声すら上げることができないまま。

 静寂な空間エリアに鈍い銃声が鳴り響く。


 〈神〉の言う通り何一つ壊れることなく、彼の体は地面に倒れぐったりと動かなくなる。


 ただの夢の出来事に過ぎず、刈安は悪夢に襲われ、その恐怖故に物質世界に帰還した。

 それがいつも通りの日常。そう考えるのが自然。


 けれども――人ひとりの命の灯が消えた。ハクは無意識にそう確信していた。



 縛りから放たれ、アカネはぐったりとその場に膝をつく。

 誰も今見た光景が現実なのか、夢なのか、幻想なのか、理解することはできなかった。


 ――瞬間、聴覚を貫く威勢のある声でハクは我を取り戻した。



「動くなぁっ!!」




 競技場を囲むように整列する人々は、住人レジデントが要請した警官たち。

 けれども、全員が彼らに銃を向け、指揮官は警戒するような調子でメガホンを手に続ける。



「お前たちは既に包囲されている! 速やかに人質を解放し、大人しく降参しろ!」


『ひ、人質っ? 降参しろ!?』


「もう一度だけ警告する。お前たちに逃げ場はない。無駄な抵抗はやめて女王陛下を解放しろ!」



 反射的にハクは両腕を上げるがそれで事態が解決するはずもなく。

 警官たちはハク、アカネ、ハナダを犯罪者とみなしている。一歩でも動けば銃弾の嵐にあうだろう。



『アカネ……アカネ!』


『…………』



 呼ばれる本人は生気を喪失してピクリとも動かない。

 手を肩に乗せるだけで事足りることが、今はできない。

 不信行為だとみなされて発砲されれば、彼らとの戦闘を逃れられない。



『アカネ……緋月あかねっ!』


『――っ!

 ……ごめんなさい。うっかりしてた』


『まだ大丈夫。早くここから脱出しないと』


『警察に従って、訳を話した方がいいんじゃ……』


『いや、それだと敵の思う壺。

 警察はもう私たちの味方じゃないから、素直に帰してくれるかも怪しい。

 だから……アカネ、ノアレスに私たちを飲み込むよう指示して』


『それでこの場から逃れられたとしても、扉を通らなきゃ空間エリアから出ることは不可能よ』


『それならラルカがなんとかしてくれる。

 早く、一刻の猶予もない』



 仲間を信じ、アカネはありったけの息を吸い込む。



「ノアレス!」



 突発的なことに警察陣営はたじろぐ。だが、すぐに我に返り指揮官は命令を下す。

 けれども、銃弾がハクたちに達する前に巨大な鯱が魔法を纏って飛び上がり、四人を口に含んで地中へ沈んだ。



「ゆ、誘拐犯が逃げたぞ! 地面の影を追うんだ!

 ここから絶対に逃がすなっ!!」



 頭に血が上った指揮官の怒声が空間エリアに響き渡る。

 より深い地の底へ潜り、ノアレスは扉へ向かって速度を上げていくのだった。





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