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夢見人ーVisionariesー  作者: 黒城瑛莉香
第二章 加速する記録
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黄染めの記憶

「ハク!」



 ハナダの呼びかけでハクは我に返る。

 けれども、襲い掛かる黒き掌から逃れることはできずそのまま飲み込まれてしまった。


 何かしらの痛みを覚悟するも実際に体内へ伝わってきたのは異性に対する激しい感情。それも全ての女性を手に入れたいという異常なまでの支配欲だった。

 そして魂へ流れ込んでくるかつての彼の記憶の断片――。






 ――――






 一年生のとある帰宅途中、学校から少し離れた人気のない歩道橋で真新しいバッグが汚れるのも気にせず地面に置いて黄昏の空を眺める青眼の女子学生がいた。

 真っ直ぐと海へ続くここの道路は車線も多く視界も開放的、知る人ぞ知るデートスポットとまで言われている。


 普段なら自転車で登校している刈安だが早朝雨が降っていたのでこの日はたまたま徒歩。

 中学時代から付き合っていた女子と些細な喧嘩を理由に別れ、僅かながらも苛立っており、気分転換に、と自宅とは逆方向へ足を向け、放浪していたのだった。


 刈安にとって恋愛とは単なる遊戯。彼に好意を寄せる女子と享楽に耽り、飽きたら次の人へ移し替える人形遊びに過ぎない。



「……」



 風に揺れる優美な長髪と陽の光に染まる横顔、そして他人を寄せ付けない孤高のベールに刈安はすっかり心奪われていた。

 同学園の制服を纏い学年カラーである青のスカーフを飾っているが一度も校内で見かけた覚えはない。

 入学してまだ日も浅い。全同級生と挨拶を交わしたわけでもないが、彼が極上のおもちゃを見逃すはずがなかった。



 ――あの純粋無垢な彼女を僕色に染めあげてしまいたい。



 刈安はすぐに決意を固め、彼女との接触を図ろうと動いた。

 しかし、彼女もなかなか勘が鋭く、見知らぬ彼が声をかける前に荷物を持って去ってしまう。

 急いで階段を駆け下りたが、エレベーターの近くに彼女の姿はなくどの方向へ歩いていったのかでさえ土地勘のない彼にはわからない。


 唯一の手掛かりは記憶に刻み込まれた彼女の外見と雰囲気。

 弐路学園高等部第一学年まで分かっているのだ。見つけ出すのは時間の問題だとこの時は高をくくっていた。



 翌日より密かに捜索が開始された。

 入学式から広げていた人脈の広さを活用して、暇さえあれば他クラスを訪問し友達とたわいもない話をしながら教室にいる女子を見定める。

 だが友情を育むだけで一向に彼女の行方は掴めない。人付き合いの悪い進学組とも会話する努力をしたが、やはり彼女は見つけられなかった。

 恋愛ゲームを始める前に負ける、など彼のプライドが許さなかった。

 日を増すごとに薄れていく記憶という名の手がかり。刈安は憤りを覚え始めていた。




 そして時は過ぎ、翌年の三月――つまり先月の始め。遂に刈安は彼女を発見した。

 各クラスが一丸となって優勝に燃えるクラスマッチ。

 運動神経の良さからクラスのリーダーを務めていた刈安だが、部活の練習で怪我を負い、やむなく日陰で試合の行方を見守っていた。



 自分が出場できないために優勝を逃す試合に嫌気がさし、運動場から逃げる。

 すると仮にも授業中だというのに体育館裏の方から男女の声が聞こえてきた。

 刈安が興味本位でそっと伺うと、真剣な表情で話し込む体操服姿の生徒。

 男子は特待生にして生徒会の片翼を率いる二年の式部菖。そして女子は黒縁の眼鏡を手に持つポニーテールの一年生。

 式部を見上げる青の瞳と凛々しい表情こそまさしく探し求めていた彼女だった。


 こんな場所で男女二人きりとなれば大抵の人間が恋人同士だと判断するだろうが、経験値の高い彼にはそんな親密な関係でないことはすぐに分かった。

 欠点のない式部におもちゃを取られていないことを一先ず喜び、彼は体操服に刺繍された彼女の名前を読み取る。



 ――花代さん、ね。



 そしてすぐにその場を去った。



 後日、クラスと部活動に所属していないことを把握した刈安は下校途中の彼女をやっと捕まえることに成功する。

 初めて彼女と面を向かい合う。

 髪型と眼鏡だけでこんなにも印象が変わるのか、と驚き、しかしもう逃がしはしないと刈安は笑みを浮かべた。

 ようやく彼女で遊べる。喜びで興奮が止まらない。


 整った顔立ちに、誰とでも気さくに付き合うスポーツマン。ファンクラブだってある。

 決して悪い印象はない。あるはずはない。


 そんな人から突然告白されたならば、驚きはしても悪い気はしないだろう。

 とりわけ恋愛事情に疎い女子ならば、今断られてもいずれ向こうからその気になってくれる。

 一度その手を取ったらもう刈安の勝利は歴然だ。


 その穢れなきベールをはぎ取り、心の奥までも支配しつくす。

 ここまで手こずらせたのだ。これ以上ないほどいたぶり、男と女の本当の主従関係を理解させてやる――。



「ごめんなさい」


「………えっ……」


「その手のことに興味はないんです。それでは」


「ちょ、ちょっと!」



 表情一つ変えず黒髪の彼女は去って行った。


 負けた。

 この僕が、支配される女子なんかに。


 遂に僕の欲望が抑えきれなくなる。


 こうなったら、何が何でも彼女を僕のものに……!



 《――――それが貴様の望みか?》



 誰だ。僕を呼ぶのは。

 神様か?



 《ハハハ、神様、か。貴様にとってはそうかもしれんな。しかし私は貴様の呼びかけに応じているまで。私自身がどのような存在であろうと関係ない。

 して、その娘を我が物にしたい、と。貴様はそれを欲するのだな?》



 ああ、そうだ。彼女は――――僕のものだ。

 誰にも渡しはしない。



 《良い欲望だ。誰を犠牲にしようとも、何を利用してでもその娘を手中にする。その覚悟が貴様にはあるようだ。

 ……さすれば私が力を貸そう》



 力……?



 《そうだ。人を魅するかぐわしき幻想。この香りに釣られていずれかの娘も貴様の元へやってくるであろう。その時こそ貴様が勝利の祝杯を上げる瞬間となる。

 ――――ただし、一つ条件がある》



 条件、とは。



 《力を与えた暁には私の願いも叶えてほしい》



 願いを叶える? 僕に力を与える君が僕に願い事をするのか。



 《貴様が考えているような気難しい願いではない。至極容易だが、貴様でなければ成し遂げられぬ。内容は時が来れば伝えよう。

 いかがか?》



 いいだろう……。

 神よ、僕に力をもたらせっ!!



 《ハハハ、気に入ったぞ! 契約成立だ……。

 他言無用、今宵の約束は胸のうちにしまっておけ。私は何時も貴様が力を欲さんその時を待っている。

 ……力を得るには代償がつきもの。その事をゆめゆめ忘れぬようにな》



 いつ、どこで会ったのか分からない。夢だったと思わざるを得ない非現実。

 けれども、刈安の気持ちはどこか高ぶっていて、確信を抱いていた。


 今度こそ彼女のすべてを奪って、永遠に自分のおもちゃにする。

 そして――全身を覆いつくす純白のベールを剥がして、真っ赤に染め上げてあげるよ――。






 ――――






「――――ぅっ……」



 不快感からようやく解き放たれ、ハクはよろめき膝をつく。

 影に飲み込まれてしまったが、体に外傷はない。周りにいた観客たちも腰を抜かして動けないだけで攻撃の後は見られなかった。


 だが、確実にハクの心はかき乱されていた。実際にはわずか一秒足らずの出来事。

 ハナダに関する刈安の記憶と感情が走馬灯のようにハクの頭に入り込んできたから。


 彼の執着は異常だった。

 すでに片思い、いや恋心の域を越えている。彼を止める方法など残されているのだろうか。

 そして、刈安が〈神〉と呼んだ謎の存在。

 会話と彼の行動から察するに、〈神〉が今彼に力を与え、この状況を作りだしているのだろう。



「でも……あれは……」



 ものへの執着。抑えられない感情。自分を呼ぶ声。

 どれもハクがあの日、校舎と執務室で体験したことと酷似している。

 ミスターは事の原因は魔塊マナ・マスにあると言った。



 刈安は魔塊マナ・マスに理性を奪われているのか? 

 ならば、射的の試合であれほど正確に的を撃つことはできなかっただろう。



 〈神〉との契約?

 まるでヴィジョナリーになるためミスターと交わした契りではないか。



 そもそもハクの魔塊マナ・マス――万年筆はどこにいったのだろうか?



「――ハク、無事っ?」



 敵の変化に反応して回避したアカネが駆け寄ってきた。

 心配して少し慌てた様子だったが、ハクの拍子抜けした顔を見て息を吐く。



「あ、アカネ……大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」


「もう、防御と支援がハクの役割なんだから、しっかりしてよね」


「ごめん」



 アカネの手を借りハクは立ちあがる。

 気になる点はいろいろあったが、まずはこの状況を打破することが先決だった。



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