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夢見人ーVisionariesー  作者: 黒城瑛莉香
第二章 加速する記録
24/35

遭遇

 本来の生徒会業務を式部たちに任せ、伯は一年生二人と共に正門へと向かっていた。

 その途中、運動場より黄色い声援が耳に入ってくる。三人が視線を向けると案の定女子生徒が十数名、サッカー部の練習を立ち見していた。

 しかし、全員が制服姿。マネージャーではないようだ。


 彼女たちが手を振る先。

 仲間からのパスを受けたある選手が迷いのないシュートを決めた。駆け寄るチームメイトとハイタッチを交わす。

 日焼けした肌に引き締まった体が男らしさを引き立てていた。



「ナイスシュート!」


「かっこい〜!」


「さすがですー!」



 スポーツ刈りのこげ茶の髪に黄色の瞳を輝かせている彼は、運動神経抜群でサッカー部次期キャプテンと名高い二年生の刈安かりやす大騎だいき

 女子生徒からの応援に軽く手を挙げて笑顔を送る。



「相変わらず人気だなぁ、刈安君」


「あれくらいならハッくんもできそうだよねー」


「か、かっこいいかも……」



 口々に感想を言いつつ三人がその場を去ろうとすると、刈安が練習中にもかかわらず運動場から離れていく。

 応援していた女子生徒の前も素通りし一直線に向かっていく先には、かばんを持って正門へと向かうポニーテールの生徒が一人。



「ちょっと待って!」



 大声で呼びかけるも、その生徒は静止する素振りも振り向く様子もなく歩き続ける。

 日々鍛えられた体力と脚力で生徒へ追いつくと、刈安は行く手を阻むように正面に立ちキーパーのように両手を広げた。

 あれやこれやとご機嫌取りに必死になるも、相手の反応は薄いことが遠くで眺めているだけで伺える。

 だが一瞬だけ向けたその横顔は伯もよく知る人物のもので、思わず声に出してしまう。



「は、ハナダ!?」


「あ、本当だ!」



 飛び上がらんばかりに喜ぶつぐさを見て実果は困惑しているが、男女の関係が気になるのか二人を凝視する。

 一方の伯はこの事件の行方を、固唾を呑んで見守っていた。


 面倒事に巻き込まれたくない、との理由で学校での成績を中の上に抑えて先生やクラスメートの目を欺いている花代。普段の生活では印象に残らない控え目な発言と行動を選択しており、その意図を組んで伯も目立った接触はしないよう心がけていた。

 そんな人の影に隠れる生活を送っている彼女が別クラスの人気者に声をかけられている。これを事件と呼ばずに何と呼ぶのか。



「あぁあっ、ちょっと!」



 彼の一瞬の隙をついて花代は足早にその場を去っていく。

 同時にやっと見つけた彼女を逃すまいとつぐさが駆け出した。

 伯も悲嘆に暮れる同級生に同情しつつ、実果と共に二人の後を追った。






 無事合流を果たし、事情を理解した花代の提案で一行は商店街のファミレスへ足を運んだ。

 つぐさと実果が向かい合う形で座りってドリンクバーを注文する。



「僕取ってくるけど、何がいい?」


「僕メロンソーダ!」


「じゃあオレンジジュースで……すみません」


「ハナダは?」


「さすがに四人分は持てないから手伝うよ」



 興味本位にメニュー表を広げる一年生を置いて伯たちは席を立つ。

 てきぱきとグラスにコップを入れていく花代の横顔についさっきの出来事が脳裏に蘇った。



「そういえばさっき、学校から出る前に刈安君に声かけられてたけど何の用だったの?」


「たいしたことじゃないよ」


「面識あったっけ?」


「話したのはつい最近。私は知ってたけど向こうはどうだろうね。ハクはあるの?」


「僕は去年の体育が彼のクラスと一緒だったんだ。でも話した記憶はほとんどないな。僕と違って彼は運動神経抜群だからさ。ちょっと憧れる存在、かもしれない」


「……そうなんだ」



 一瞬花代の動きが止まるも伯は深く考えなかった。

 伯がメロンソーダと自分用のぶどうの炭酸飲料、花代がオレンジジュースと自身の紅茶を持ってテーブルへと戻る。



「はい、ツグサ」


「あ、ありがと!」


「ありがとうございます!」



 飲み物を受け取った二人は予想以上に親し気に話しをしていた。

 メニュー表のデザート欄を開いてどっちにしようと悩む姿は今日知り合ったとは思えないほどの仲良しぶりで、とりわけ実果のアプローチは見習いたいほどのものであった。

 結局女子高校生らしくパフェを注文し、ようやく飲み物を口に含んだ。



「それでさ、さっきのことでハッくんに色々聞きたいことがあったんだよね。

 僕に喧嘩を吹っかけてきたあのちっさい人って誰?」


「ちっさいって……あの人は三年の木賊先輩。見た目は小さくてもシキブ先輩と同じ生徒会副会長も務めているんだ」


「副会長? 確かキブ兄も副だったよね?」


「そうだよ」


「副会長さんが二人?

 会長さんはいないんですか?」



 実果の質問に花代が口を開く。



「二人も察しているように、弐路学園高等部には二つの生徒会が存在しているんだ。


 一つは高等部編入生から絶大な人気を誇り、教師からも厚い支持を受けている式部先輩率いる“新”生徒会。

 もう一つが小・中等部からの進学組で構成され、弐路学園全体の上層部と密接関係にある木賊先輩率いる伝統的な生徒会。


 双方は学園の代表ともいえる生徒会長の座を空けておくことで成立し、均衡を保っている。けれど組織が増えても担当する行事や仕事が増えるわけではないから表立って活動する行事はそれぞれ交互に担当することになっている。

 昨年度の卒業式は木賊先輩たちが務めたから入学式はシキブ先輩たちが担当したんだよ」


「へえ。でも、なんでそんな面倒なことになってるの?」


「要因は様々あって列挙すると大変なんだけれど主に大人の事情かな。


 ここは歴史ある私立学校。地方にありながら全国の有名校の一つに数えられている。でもその背景にはこの周囲一帯に根付いたかつての貴族やビジネスで成功を収めた、いわゆるお金持ちの人たちの手厚い支援があるから。

 この人たちは学校に多額の投資をすることで自身の後継者たちを立派に育て上げ、社会に貢献できる人間育成の環境を整える手助けをしている。

 だから学園の教育委員会の大半はその投資家たちで構成され、学園側は彼らの意向を尊重せざるを得ない。


 彼らにとって学園は自身の意のままに操れる世界であり、彼らのご子息が学園の中心となって活躍することを強く望んでいる。

 当然それは生徒会や生徒会長という地位にも反映される……そんな中で編入してきたのがシキブ先輩」


「そんなに頭の良い人なんですか?」



 花代は一息置いて続ける。



「いや、シキブ先輩にそんな天性の能力はないよ。ただ、常に第一線に立ち続ける責任感と彼の後を追う者を正しい方向へ導くリーダーシップ性を備えている。

 今の三年特待生の半数が編入組という異例の事態になっているのも、先輩のおかげだって先生たちは言ってるらしい。

 ……学園の代表となる生徒会長は、生徒からの高い支持と教師からの厚い信頼が必須。

 でも上層部の投資家たちがそれを許すはずもなくてね。

 結果的に進学組の中で優秀だった木賊先輩を並べて対立させることで混乱を防いだみたい」


「でも委員会活動は?」


「委員長は一人ずついて生徒会から独立しているから大丈夫みたい。

 生徒会長という役職だけが問題で、何かにつけてどちらが相応しいか争っているらしいよ、特に進学組の連中が、だけれど」


「なーんかごちゃごちゃしてるねえ」


「ツグサやっていけそう?」


「要は勝てばいいんでしょ? ならやれるよ!」


「実果ちゃんはどうする? 誘われてるんだよね?」


「わ、私もつぐちゃんと一緒に頑張ります!」


「なら二人ともシキブ先輩勢力。よかったね、ハク」


「あ、うん。

 二人とも歓迎するよ」



 話しが途切れたそのタイミングで待ち望んでいたパフェが運ばれてきた。

 値段の割には大きく、プレッツェルが刺さった生クリームの頂点には星形のクッキーが添えられている。



「可愛い……! 写真撮らなきゃ」


「わーい! いただきまぁす!」


「それで生徒会の主な仕事内容なんだけど……」



 忘れないうちに言っておこう、と簡単に説明をするが、その間つぐさは手と口は止まることはなく、五分と経たずに食べきってしまった。

 写真を撮り終えた実果は対照的にゆっくりと味わってスイーツを堪能している。


 花代は二人の様子を興味深そうに観察していたが、隣の実果を一瞥すると持参した小説を開いて読み始める。

 伯もグラスを片手につぐさと実果の会話に耳を傾けていた。


 ジュースを飲みほしたツグサがドリンクバーへ視線を向ける。



「僕違う飲み物取ってくるよ」


「ついでにキャラメルマキアートもお願いしていい?」



 花代からの頼みに、はーい、と快く承諾し、空のグラスを持って席を立つ。

 つぐさが離れたことを確認すると、普段他人に何かを任せようとはしない花代が唐突に隣でパフェを頬張っている代田さんへ向けて話しかけた。



「そのぬいぐるみ可愛いね」


「えっ……!?」


「それって?」


「これのことだよ」


「あっ……」


「!!」



 困惑気味の実果をよそに花代は横にある半開きのかばんを開ける。

 取り出したそれに伯は目を見開き、言葉を失った。


 手のひらサイズのそのぬいぐるみはボタンのような長方形の目に尖った耳、垂れたひげ、細長いしっぽのマスコットキャラのような外見をしている。

 けれども、最も目を引いたのはその身体を飾る黒と白のチェック柄。それは紛れもなく昨晩ザスピルで出会ったパールと同じ模様だった。



「猫だよね? 独特なデザインだけど何かのキャラクターだったりする?」


「いや、それは……手作りなんです……」


「そっか! すごいね。見かけたことなかったから気になって。

 はい、ありがとう」



 人形を鞄へ押し込んだ後、すぐにつぐさが自身のグラスだけ持って戻ってきた。



「あれー、みんな何してたの?」


「ちょっと世間話をね」


「ふーん。

 そうだ、アイ姉。キャラメルマキアートなんてなかったよ」


「本当? 見間違えたのかな。ちょっと見てくる」



 上手くその場を誤魔化して花代は席を立つ。

 満足そうにアップルジュースを飲むつぐさは動揺を隠すように残りのパフェを頬張る実果の変化には気付いていないようだった。



 会計を済ませ、店を後にした伯たちはすっかり薄暗くなった商店街の出入り口で解散することにした。

 連絡先を交換したつぐさと実果は明日学校でまた会うことを約束し、別れを告げて家路を急ぐ。

 家の方角が同じ伯と花代は人通りの多い街路を歩いていた。



「……ハナダはあのぬいぐるみのこと知っているのか?」


「任務帰りに執務室へ寄ったらミスターがあれに似た姿の住人レジデントと話していたからそれでね。

 彼女のそれに気付いたのは写真を撮るために携帯を取り出した時。

 鎌をかけたつもりだったけど、あそこまであからさまな反応は期待してなかった。

 偶然だと思う?」


「……どういうこと?」


「彼女は最近の事件に関係しているかもしれない」


「それはないよ。向こうでの出来事は記憶されないし、仮に覚えていたとしても夢だったとしか思わない。考え過ぎているだけだって」


「…………」



 口をぎゅっとつぐんで花代は思考を巡らせている。

 枝道に入り、二人は別れを告げそれぞれの道を行く。


 否定したのは伯自身であるのに、もやのかかった疑念を払拭することはできなかった。






 ――――それから数時間後。

 ハクは任務で市街のとある空間エリア内を巡回していた。



「――任務先でそんなことが。それは災難だったわね。

 それで空間エリアを出たら色彩は戻っていたの?」


「そうなんだよ。アカネは今までそんな体験したことある?」


「そうね……突然世界が歪んで別の場所に飛ばされたことはあるけど、色を失ったことは一度も。

 ミスターなら何か知ってそうだけど」


「昨日報告した時には何も言われなかったんだ。

 ただ難しい顔をして連行してきたパール氏を見ていたような……」



 けれども、ハクはその先の言葉を飲み込む。

 いくら疑問を抱いたところで推理が的中するとは到底思えなかったからだ。

 アカネと近況報告をするつもりで話を持ち掛けるハクだったが、そこで人々の熱狂する声援が湧き上がり二人の声を遮ってしまう。



 ハクとアカネは城壁と芝生に囲まれた敷地を持つとある競技場の観客席を歩いていた。

 人々の目当てはサッカースタジアムのような試合会場で繰り広げられる激しくも肝を冷やす射的戦。

 屈強な巨漢から華奢な男まで統一感のない出場者たちが同形状のライフル銃を構えて並び、数十メートル先にある小さな的を狙って引き金をひく姿は圧巻だ。


 魔法補正により弾は必ず的に当たる仕組みだが、中央の点を貫くためには相当な集中力と精神力が求められる。

 夢の世界だけあって何でもありのルールだが、それがこの空間エリアの売りとなっていた。


 会場のどこかからファンファーレが鳴り響き、競技場の至る所にスクリーンが現れる。試合が終了し、表彰式が執り行われるのだ。

 優勝者でグレイと画面に表記された少年は、流れるような銀色の髪から青い瞳を覗かせ笑顔でインタビューに答えている。総得点は驚異の満点、大会最高記録を叩き出していた。

 MCを務める住人レジデントが優勝カップを少年に手渡すと、ビニールテープが吹き荒れ拍手が贈られる。



『今日ここに歴代最年少と最高得点という二つの称号を手にした新たなるチャンピオンが誕生した!

 だが一つの大会に二人の王者は必要か? いやっ、必要ない! 

 天才少年グレイと先日殿堂入りを果たした我らが王、どちらが真のチャンピオンなのだろうかぁっ!?


 二人の対決が観たいかっ? ここで! 今すぐにっ!! 

 さあ、まだまだ俺たちの戦いは続いているぞお!

 挫折を知らない挑戦者を迎撃すべく華麗に姿を現すのはーっ!!

 この人ぉ!!!』



 格好良く決めたMCの指先に反して空を舞い地上へと降りてポーズを決める王。



「やあ、みんな! 待たせたね!」


「え……!?」


「嘘でしょ……?」



 白い歯を見せてカメラ目線を送る王こそ、ハクとアカネの同級生、刈安大騎。

 夢の世界であるザスピルで知人や友人に遭遇することも稀にあるも、彼とは初めての遭遇だった。


 けれども、驚きはそこで途切れなかった。

 刈安のすぐ隣の地面が円形に開き、下からベールをかぶった貴婦人が登場する。

 顔を隠すように覆われたそれを王と呼ばれる男が優しく上げて女性の素顔を露わにしていく。


 焦点の合わない虚ろな瞳。漆黒に塗られたショートヘアが風でなびく。

 スクリーンに映されたその人物の顏は――まさしくハナダそのものだった。



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