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夢見人ーVisionariesー  作者: 黒城瑛莉香
第二章 加速する記録
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生徒会

 一日の終了を告げる鐘が学園中に鳴り響く。

 日誌を書き終え荷物をリュックにまとめた伯は、下校する生徒や運動着で鍛錬に励む部活動生を見届けながら学校の一角へ向かっていた。

 二階の奥に用意された一室。ほぼ毎日通い詰めているそこは普段であれば中に人がいるのか疑うほど静寂なのだが、今日はトラブルでも起こったのか、騒がしい声が廊下まで聞こえる。


 入室すれば案の定予想通りの二人が対面していた。その隣の机では時間に追われる生徒会の男女が忙しく作業している。



「――だから、どうして予算がこれだけしかないの? 昨年大会で優勝したんだから、相応の配当があるはずでしょ?」


「図書館新設の経費が当初の予定よりもかかった影響で、今年度は部活動の経費が削減されているんだ。予算が削られている部もある中で馬術部はむしろ増えてるんだから我慢してくれ。足りないなら実費で出せばいいだろ」


「簡単に言ってくれるけど、手続きが必要なんだから。それも厳しくてすごく面倒なやつがね。

 あなたが私の代わりにそれをやるって言うのなら今日の所は帰ってあげてもいいけど」


「おいおい、お前のわがままに付き合えるほど俺は暇じゃない。今だって仕事の手を止めてこうして話を聞いてやってるんだ。冗談も休み休み言ってくれ」


「この状況下で冗談ですって……? あなたこそいい加減そのふざけた物言いを矯正してあげましょうか? こんなダメ男が学園の代表の一人だなんて関係者として放って置くわけにはいかないもの」


「へぇ! それは光栄なこった。是非そうして頂きたいものだね。

 お嬢様直々のご指導だなんて滅多に給えるもんじゃない。お前の失態から俺が学べることもあるだろうからな!」



 物質世界でもザスピルでも関係性に変化のない式部と茜。

 喧嘩するほど仲が良いとは言ったものだが、こうも毎度対立されると居合わせる者たちは慣れたものである。

 伯の存在に気付いた生徒会メンバーの一人がパソコンで資料を作成しながら器用に話しかけてきた。



「空木君来たのね。いきなりで悪いのだけど、この二人を止めてくれないかしら。

 口論する分は構わないのだけどこうも騒がれると私も集中できないわ」


「そんなの無理難題ですって」


「退出させるだけでいいから、お願いね」



 横に流した前髪を耳にかけながら、伯を一瞥しウインクする。

 第三学年で生徒会書記をしている小町こまちすずは、定期試験で式部と一位争いを繰り広げている成績優秀者の一人。

 加えて学年随一の美人で毎年六月に開催されている美女コンテストで優勝したこともある、容姿頭脳ともに完璧なまさに理想の先輩である。


 灰色の瞳とうちに巻かれたダークグレーのボブヘアと鎖骨の上にあるほくろが女性らしさを引き立てている。

 誰に対しても強気で容赦のない、常にトップを目指す性格は女子には人気が高く、噂によればファンクラブまであるらしい。

 だが、男気溢れる彼女に何人もの男子の心が踏み砕かれたことか。



「…………」



 小町と向かい合うようにパソコンを開くもう一人のメンバーが前髪の隙間からじっと伯を見つめ、頷くと視線を戻す。

 同じく生徒会書記を務める三年のかや孝三こうぞう

 積極的な式部や小町とは対照的に己を主張することが滅多になく、無口で内向的な性格。しかし好きなことにはひたすら真っ直ぐで正直な人物である。


 墨色の髪から覗く枯葉のような黄褐色の双眼は目尻が少し下がっていて、いつ見ても眠そうな印象を受ける。

 しかし実際は悪と戦う正義に憧れていて、式部の熱意と男気に惚れ込み生徒会への誘いを受けたという変わり者だ。

 彼も真横で繰り広げられている口論に嫌気がさしているらしく、二人を止めるよう伯に訴えていた。



 現在進行形でエスカレートしていく喧嘩。

 ここでも双方は人を寄り付かせない覇気を纏って対峙していた。それほどまでに熱くなる問題でもないだろうが、この両者が相まみえて衝突しなかった時の方が圧倒的に少ない。

 仲介者として二人の間を取り持ち、場を鎮める。

 本日一つ目の任務を遂行するため、伯は腹をくくって乱入しようと歩み寄った。


 すると突然生徒会室の扉が開き一人の生徒が入ってきた。



「きゃっ!」


「あっ、君は……!」



 伯は驚きの声を上げた。

 知人というよりも顔見知りに近い関係だろうか。入学式当日の登校時に遭遇したあの動物好きな女の子だったのだ。


 女の子も伯の存在を認知し、手をついて立ち上がると真っ先に伯へ目を向ける。

 しかし、突如現れた乱入者へ常人にはない眼力で赤と紫の瞳が光を放つ。

 恐縮し凍り付いたように動かなくなってしまう女の子であったが、強い心を持ち合わせていたおかげで釈明する成功する。



「す、すみませんっ!! 中の様子を伺おうとドアに近づいたら勝手に開いちゃって……あの……お取込み中でした、よね……?」


「こら、二人とも。その目つきやめなさい。かわいい後輩が怖がっているでしょ」


「――はっ! す、すまない。つい感情が……」


「ふん」



 我に返った式部が慌てて謝罪の言葉を述べた。

 つり目を気にして初対面の時は一層優しく接するように心がけている彼にとってこれはかなり痛手だったようで、この失態を挽回しようとできる限りの穏やかな笑顔を向ける。

 一方、茜は毛嫌いしている小町に正論を言われたことが不快らしく、涙ぐむ後輩など気にも留めず腕を組むとそっぽを向く。


 小町は満足そうに笑みを浮かべ、茅も黙々とタイピングを続けていた。

 過程はどうであれ騒ぎは収まった。誰もがそれを確信していた矢先、再び自動ドアが開か、大きな声が発せられる。



「おっ邪魔しまーす」



 入口付近で佇んでいた女の子を壁に突き飛ばし、踏み入る第二の来訪者たち。決して部外者とは言えない彼らの登場に一気に室内の空気が重くなり、伯も自然と後ずさりする。


 申し訳なさそうだった式部の表情は張り詰め、一点を捉えて動かない。

 茜は反射的に伯の背後に隠れ制服を掴むと同じく注意を向けた。


 それは三人の男子生徒だった。全員が容姿端麗で高貴な雰囲気を醸し出している。

 見たもの全員に強烈な印象を残す知性にあふれた瞳は、伯たち、いや式部、小町、茜の三人を捉えている。

 カチカチと作業音が鳴る生徒会室に不穏な気が湧き上がる。

 生徒の一人が続けて口を開いて言った。



「やあ、式部。久しぶりだね。調子はどうだい?」


「……要件はなんだ」


「質問に質問を返すなんて相変わらずだな、君は。そう思わないかい、茜?」


「…………」



 殺気立つ茜に動じる様子もない彼は三学年の東雲しののめ奏緋そうひ

 伯よりも頭一つ高い長身と金髪、朝焼けを想起させる黄赤の瞳を持つイケメンだが、式部にとってその気障な性格は面倒で、非常に嫌っているため態度は素っ気ないものだ。

 花代が言うには茜とは遠い親戚関係にあるらしい。



「何、とは愚問ですね。今日が期限であることをお忘れですか?」



 眼鏡を中指で直し、高圧的な態度をみせつける二年のかつ哲士てつじ。額を出した黒髪の短髪に黒に近い青の細目をしている。

 彼は茜と肩を並べる成績優秀者だが、見た目通りの生真面目な堅物。なによりも結果に重きを置き、己以下の能力者には誰であろうと劣等という名の判子を押し付ける嫌われ者だ。

 女子を見下す傾向にあり、男子よりも劣っていると信じて疑わない。様々な面で伯は彼を苦手としていた。



「もちろん覚えているさ。いちいち指摘されずともとっくに仕事は終わっている。

 錫」


「私を誰だと思ってるの?」


「孝三」


「……問題ない」


「だそうだ。ついでに来月予定されている体育祭関連の資料も作成したから、俺達から職員へ提出しておく」


「……さすがです」



 三年生の対応ぶりに勝は大人しく引き下がる。

 不意打ちともとれる来室も生徒会の鼻をくじこうと目論む彼の策だったのだろう。


 しかし、勝の思惑も品定めするような態度も式部にはどうでもよいことだった。

 式部は二人の背後で身を隠すように立つ友だけを見つめていた。いくら視線を送ろうとも決してぶつかり合うことのない相手を一方的に見やる。



「…………」



 あえて知らない振りを演じているのは三年の木賊とくさあきら

 式部の高等部入学時から勉学に限らず運動、行事、奉仕活動で常に競い合い切磋琢磨しあってきた唯一の好敵手。

 伯よりも小柄な体格だが、灰色がかった茶色の癖毛に強い光を放つゆるぎない緑の眼をしている。


 元は式部と行動を共にするほど友好な仲であったが、最近はそろって見かけるのが稀になるほど距離を置いている。



「……用事は済んだろ。なら、俺は先に帰らせてもら――」



 木賊が呆れ顔を浮かべてそのまま踵を返し、生徒会室を去ろうとしたまさにその時。



「――やっほー!! キブ兄、ハッくん、来たよー!」



 本日三度目の来室。

 元気よく手を挙げて乗り込んできたのは、あろうことか昨日生徒会入会を宣言したつぐさだった。

 操り人形の糸が途切れてしまったように、ほとんどの人間が唖然とし動きを止める。


 額に手を当て式部は嘆息した。

 期待の新入生が一人生徒会室を訪れ、表向きは接点のないはずの伯たちの名を親しげに呼んだのだ。この場にいる者たちがそれを疑わないはずがない。

 しかし、当の本人は何も知らずに普段通りの調子で振る舞う。



「って、うわぁ、生徒会ってこんなに人いるんだぁ。

 ……って、あれ、アーちゃんまでいる。馬術部だって聞いてたけど生徒会の一員でもあるの?」


「そ、そんなわけないでしょ……ツグサこそここへ何しにきたのよ」


「僕? 生徒会への入会を決めたから、どんなものか見学にね。

 ……アイ姉はいないのかあ、残念……」


「ちょっと、あなた」



 最初に動いたのは小町だった。席を離れ、つぐさに一歩近づくと疑問をぶつける。



「一年生の山吹つぐささん、よね。今言ったことは本当なの?」


「生徒会に入ること? そのつもりだけど。お姉さん誰?」


「私は三年の小町錫。役職上は彼の書記だけど、生徒会の一員だと思ってもらって構わないわ。

 あなたのような可愛くて優秀な人が入ってくれるなんて、すっごく嬉しい。大歓迎よ」


「ちょっと待て、錫。

 まだこいつの入会は決定していない――」


「それから聞きたいんだけど、このろくでなしの副会長と空木君、それにそこの緋月家のご令嬢とずいぶん親しい間柄にあるみたいね。

 どういったご関係で?」


「そういうお姉さんこそ、みんなとはどういう関係なの?」


「私は別にたいしたものではないわ。空木君とは生徒会の一員、お嬢様には一年前にコンテストで争った仲。そして我らが副会長殿は昔――」


「――からの単なる腐れ縁」


「ふふっ。まあ、そういうことよ」


「ふーん」


「ねぇ、君」



 次に割って入ってきたのは東雲だった。振り向いたつぐさの前で前髪を掻き上げポーズを決めると、ふっと微笑み白い歯を見せつける。



「……誰?」


「おや、弐路学園の生徒でありながらこの僕を知らないとは!

 可哀想に……けれど、そんな輝きのない日々は今終わりを告げる。

 そう! なぜなら僕こそ! 学園一の美しさを備えし天使の使い、しのの――」


「面倒くさい人だなあ」


「うぐっ!」



 東雲はわざとらしく胸に手をあて、片膝をつく。

 言葉が刃となって人を傷つけるとはまさにこのことだろう。

 どこかで見た光景だな、と思いつつ伯は苦笑を浮かべた。



「……俺はこれで失礼する」


「と、木賊先輩!」


「待ってよ、木賊!」



 結局式部と言葉を交わすことなく、木賊は生徒会室を後にした。

 つぐさという乱入者で調子を掻きまわされたものの、大きな衝突がなかったことに三年の生徒会メンバーは安堵する。

 伯も制服にしわが寄るほど力を込めていた茜からようやく解放された。



「……もしかして僕、やらかしちゃった?」


「いや、ツグサのせいじゃないから大丈夫」


「ふーん。

 --って、え、何??」



 上半身の自由がなくなりつぐさが振り返ると、小町が腕をまわしてぎゅっと抱き着いていた。



「見た目によらず図太い精神してる子じゃないの! ま、この学園のトップ狙う気なら、それくらいなきゃ生き残れないけれど」


「ぐ、ぐるし、い……!」


「気に入った! この子はたった今から生徒会の一員」


「おいおい、錫、勝手に決めるなって」


「この子がそれを望んでいるのよ。異論は認めないから。

 それに……私好みの後輩をおいそれと手放すだなんて、菖は思っているのかしら?」


「……相変わらず悪趣味な女」


「これからよろしくね、つぐちゃん!」


「んぐー! 放してってばー!!」



 つぐさがじたばたするも小町は枕のように抱きつき離れない。

 さっきまでの切り詰めた雰囲気は笑い飛ばされ、平和な時が流れていた。


 すると突然ガタンッと物音が鳴る。立て続けの来訪者で存在を忘れ去られていた女の子が掃除道具を派手に散らかし尻もちをついていた。

 ただ一人少女と面識のある伯が急いで手を差し伸べる。



「大丈夫っ?」


「は、はいっ……いろんなことを一気に体験したからびっくりしちゃって」


「嫌な思いをさせて悪かった。改めて謝罪する。

 ところで、君は? ハクの知り合いなのか?」



 伯は後輩を立たせながら式部の問いかけに答える。



「知り合い、というか、入学式の朝登校中にぶつかりそうになったのでその時に」


「そんなことがあったのか」


「スカーフが黄色ってことは一年生――ツグサと同学年じゃない」


「え、スカーフの色って学年別だったの?」


「そうなのよ。私たち三年が赤、二年が青、そして一年が黄色。ローテーション式だから来年入ってくる新入生は赤になるわ」



 女子は種類が豊富でスカーフではリボン結びあるいはスカーフ留め、ネクタイ結び、既成のネクタイやリボンを好みに合わせて付け替えるが可能だ。

 茜と小町、女の子は定番のリボン結び、花代はスカーフ留めでまとめ、ツグサはネクタイ結びをしていた。

 ちなみに男子は学ランの襟と袖に入ったラインとボタンにこれらの色が使用されている。



「ええっと、そういえばまだ自己紹介をしてなかったね。僕は空木伯。見ての通り第二学年だよ」


「私は一年C組の代田だいだ実果みかです」



 続いて全員が改めて名乗り、紹介を終える。


 実果のことを入学式以来気になっていた伯。

 こうして再開できたことは心から嬉しかった。

 実際に彼女とつぐさが並ぶ姿を見た伯は近いうちに意気投合することを半ば確信している。


 報告書の提出や教員との連絡交換など用事が立て込んでいる生徒会であったが、つぐさの面倒まで同時に見られないと判断した式部が伯を部屋の端へ連れていき小声で頼んできた。



「……ツグサの入会は決定済みらしいから簡単な仕事の説明を頼む。もちろん代田さんもその気なら入会可能、指定の用紙に記入して担任に渡すよう言っておいてくれ。

 彼女はツグサの友達第一号。ハクも仲良くなるよう取り持ってやれ」



 職員室へと出向く生徒会メンバーと部活動へ向かう茜に別れを告げた伯たち三人はひとまず場所を変えようと、外へ向かった。


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