守護人形《ガーディアン》と真珠
「……おいおい、なんだよあれ」
「あ、あれは……おれっちの守護人形!」
「にしてもおっきいねー」
ツグサの呟きのように、その守護人形は規格外の大きさだった。
魔力の歪みですでに果てしない広がりを見せている空間の中、この被造物の足は確認できず唯一胸から上だけが確認できる。
この空間自体が守護人形だと言っても過言ではない。
シキブがパールの首筋に剣を当てる。
「どういうつもりだ?」
「お、おれっちは何もやっていない! 知らないんだ!」
「守護人形は主の命令以外従わない。あれがお前のものであるなら、お前以外に誰がそれを行えるんだ?」
「その通りなんだけど、本当なんだってば!
第一守護人形の術式を上書きするには固有魔術による詠唱が不可欠。そんな時間も余裕もおれっちにはなかったはずだ!」
「ここへ来る以前にすでに行っていた可能性だってある」
「そんなことはないっ! 言っただろう? 助かったって。おれっちはずっと逃げていたんだって」
「逃げるって誰から?」
「そ、それは……」
シキブの指摘にパールは口ごもる。
基本的に不明なことを追求するのはシキブとアカネの役回りで、他のメンバーはその様子を黙って見届けている。
しかし、一向に口を割ろうとしない態度に、ついにツグサが我慢の限界を迎えた。
「あーもう、まどろっこしいなぁ!!
要はあの守護人形をどうにかすればいいんでしょ!」
ツグサが収めていた警棒を取り出し敵へ向けた。
瞼を閉じ小さな∞文字を宙で描いて膨大な魔力を武器へ集積させていく。
世界の果てが静かに訪れようとしていた。
黄の双眸が開きモノクロの世界に再度希望の色を灯す。
「――ハッくん、階段作って」
ボソッと言い残し、ツグサは風の如く駆け出す。
行く手を拒むように着ぐるみたちが床から現れ立ちはだかった。
しかし、ツグサはハクが魔法で生み出した足場を利用して宙を歩いていく。ブロックから離れられない着ぐるみに彼女を止める術はない。
迫りくる小さくも力強い生命体を察知した守護人形が咆哮し、掴みかかろうと腕を伸ばす。
ツグサは俊敏で無駄のない動きでそれを回避する。そして足場を力の限り叩いて守護人形の顔面に飛びかかった。
「――真なる雷よ、轟け」
限界値まで蓄積された魔力が雷鳴と共に具現する。一筋の稲妻は空間を揺らし、守護人形の体を貫いた。
身体の奥深くに刻まれていた守護人形の心臓部ともいえる術式がツグサの圧倒的な魔力に燃やされ、巨体は崩れ去っていく。
無数に湧き出ていた着ぐるみたちも同じように倒れ、ブロックと同化した。
「――うわぁぁっ!」
同時に、地平線の混沌から満月が現れ天高く昇り始める。
淡い光はすべてを飲み込まんと強さを増していく。だが、目を覆うほどの瞬きを放って一粒の滴を地上へ落とすと、急激な速さで欠けついには闇への呑まれてしまった。
瞬間、地響きがハクたちを襲った。光りを失った空間が崩壊を始める。
「うわぁ!」
「ハク、ツグサ! 大丈夫かっ?」
「僕らは大丈夫!」
「ま、まずいぃ~……!」
手を口元に当て焦るパールにシキブが胸ぐらを掴む。
「状況を説明しろ。今すぐ!」
「守護人形を破壊したことで一気にマナが解放され、空間が一時的に暴走しているんだ! このままここに居続けたらどうなるか判らない!」
「どうせまた、おれっちの仕業じゃないから止めらんない、ってわめくんだろう?」
「へへっ。ようやくわかってくれたかい?」
「軽口を叩けるくらいの余裕はあるんだな。
なら質問を変える。さっき光が弾けたときに零れ落ちたもの。あれが脱出口へ通じる鍵なのか?」
「おっ、君もなかなか鋭いねー。
ご明察の通り、あれこそおれっちらを外へ出してくれる唯一の力。満月の涙さ。
疑うなら自分の目で確かめな」
「月の涙、パール……なるほど。言われずともそうさせてもらうさ。
ハク、ツグサ、俺について来い!」
シキブがパールの胸を掴んだまま先導する。
向かうは月の涙の落下地点。
もののようにパールを扱うシキブにツグサが並んで問いかける。
「そんな奴の言葉信じるのぉ?」
「仕方ないだろ。今はそれ以外方法がない」
「んー、お嬢ちゃんは疑り深いんだね。そんなにおれっちのこと信用できない?」
「当たり前じゃん! だってさあ」
「だって、何?」
「さっきからずっと顔がにやにやしてるし、弄ばれている感じするし、なによりも――話し方が気に入らない! 変だよ!」
「変って、ストレートな。全くもって酷いよ!」
「き、気持ちは分かるけど理由が理不尽……」
「少年も同感しないでくれる? おれっちのガラスのハートにひびが入った君たちのせいだからね!」
パールが胸に手を当てながら言うと、シキブが鼻で笑う。
「青年もさ、さりげなく笑って貶さないでよね。傷ついちゃうよ、おれっち」
「まだ、傷ついてないのかよ。ってか言い返せる時点でメンタル強いだろ」
「それ言われたらおれっち終わりなんだけどー」
そんな会話を交わしながら不安定な足場を進んで行くハクたちは、暗闇の中に淡い光の波紋を発生させる穴を見つけた。
恐らくあれが唯一の脱出口だろう。
波打つたびに穴の直径が縮んでいく。ある程度の大きさはあるが悠長にしている暇はない。
「っと。二人とも急げ!」
一足先に目的地へ到達したシキブが声をかける。ハクはツグサのすぐ前を先行して陥没した道を登り、最後にシキブの助けを借りようやく出口の前へたどり着いた。
礼を述べたハクは振り返り、ツグサに腕を伸ばす。
ため込んだ魔力を一気に放った反動でツグサはかなりの体力を消耗していた。息を切らしながらも最後の力を振り絞り、差し出されたその手を掴もうと腕を伸ばす。
と、同時にガタッとブロックが変動を起こし、バランスを崩した。飛び上がる気力すら残っていないツグサが無抵抗に深淵に満ちた奈落へ向かっていく――。
魔法を展開している時間は、ない。
「ツグサ!」
咄嗟に身を乗り出してツグサの腕を掴む。そこにシキブも加わり、何とかツグサを引き上げることに成功した。
出口は大人一人ようやく入れる程の大きさにまで縮んでいた。
体格の大きいシキブに続いて飛び込んだツグサを見届け、ハクも穴へ滑り込む。
――彩色が吹き出ては混ざり合っていく異次元の中、ハクは瞳を閉じて重力のままに落下していく。
気づけば浮遊感から脱して地面に転がっていた。瞼の奥まで届く日光を感じて目を開け周囲を確認する。
人気のない街路に面した厳粛な扉はミスターからの連絡を受けて入って行ったあの建物の一部。
それらすべてに色彩が宿り個性を放っている。空間から市内へ帰還したのだった。
「はぁ……やっと帰ってこれた」
「僕も、疲れちゃった」
コンクリート上であぐらをかき、ぐったりと首を垂れるシキブと、その背に寄り掛かり空を見上げてため息を漏らすツグサ。
ハク自身も慣れないことを体に鞭打ってやったためか、全身がだるく思うように動かせなかった。
そのとき、パールがこの隙を好機とみて逃げ出すのではないか、という事態が頭をよぎった。
疲労と脱力で拘束魔法はすでに無効となっている。戦闘も行わず、終始シキブに掴まれていたので逃走する体力くらいは残っているはず。もしそんなことになれば、彼らに止める気力はない。
今どこに――。
「んーぐっ! こらっ、このっ! いい加減力を緩めなよ、ってば!」
「ああぁぁぁーー……」
「ぉいっ、逆に力を込めるんじゃない! 苦、しい……!!」
声の方へ視線を向けると、脱出時と同じシキブの小脇に挟まれた状態で腕を叩いて抵抗を続ける海老反りのパールの姿が。
杞憂に終わり、ハクはほっと一息つく。
人目がないとはいえ地面に座っているのも変だ。ハクたちは腰を上げ服の汚れを払っていると見計らったようにミスターから連絡が入った。
『――ようやく交信できたか。ハク、現状を報告してくれ』
「あ、えっと。無事パール氏を確保しました。今からそちらへ連れていきます」
「……えっ? 確保? 連れていく? どゆこと? ってか、誰に話してるの? 大丈夫かい、少年?」
きょとんと眼を丸めるパール。
それを見て、ハクたちは自分たちの素性を隠して話を進めていたことを思い出した。さらに通信機は思念を交換して意思疎通を行う道具であるので、ミスターの声は彼には届かない。
それでも誰も彼の問いかけには応じなかった。
理由は至極簡単。パール氏のテンションが、疲労の溜まった一行の気分を害する雑音でしかないため。
「車を寄こしてくれないか? ここから徒歩でそっちへ行くにはさすがに遠すぎる」
『いいだろう』
「ちょっ、無視するな! そもそも市街には君たち客人は来ちゃいけいルールがあって――」
「その点ならすでに解決してる」
「……どゆこと?」
「それはねー……僕らがヴィジョナリーだってこと!」
「ヴ、ヴィっ!?」
ツグサの告白に受け固まるパール。さらっと言ったこれが相当ショックだったらしく、以降一切の抵抗をやめて本物の人形のように動かなくなってしまった。
間もなく迎えのリムジンが到着し中央へ到着すると、ミスターの元へパール氏を連行し、簡単な報告を済ませる。
そしてハクたちは物質世界へ帰還すべく住居へ向かう。
その道すがら、ハクの頭は執務室を去る際に見えたミスターの姿で一杯だった。
黒髪の間から覗かせた黒い瞳はいつも以上に鋭く光り、わずかに浮かべた笑みは背筋を凍りつかせる異様さを帯びていた。
けれども、対峙するパールの態度は泰然とし、どこか勝ち誇った様子すら漂わせていて。
ハクたちがヴィジョナリーだと知った時の仰天ぶりに鑑みれば、青い顔で委縮していそうなものだが。
変わった性格の持ち主だ。自分のような凡人が考えるだけ無駄なのだろう。
三人は会話もないまま舎宅へたどり着き、個々の部屋のドアへ向かう。
あー、と力のない声を発し、二人を静止させたのはツグサだった。
「さっきの話ずっと考えたんだけどー」
「さっき? どの話だ?」
「部活とかの話だよ。しつこく言ってきたくせに、もう忘れちゃったの?」
「……さっき、って言える以上の時間が経過していると思うんだが」
ツグサはそんな言葉はよそに続ける。
「僕ね、部活じゃなくて生徒会に入るよ」
「…………はっ?」
「えっ」
「そうすれば、キブ兄やハッくんと接点できるし、一人じゃなくなるでしょ?」
天を仰ぎ手で顔を覆うシキブ。ハクは予想だにしていない事態に困惑し、目を上下左右に動かす。
「何をどうしたらそんな発想になるんだ……そもそもお前は生徒会の活動内容は分かっているのか?」
「もちろん知らないけど、なんとかなるでしょ。じゃーそういうことで」
大きなあくびをこぼしてツグサは自室へ入って行った。
シキブはドアに顔を埋めていた。はあー、と大きくつくため息から半年分の幸せが逃げていったようにも見える。
現実でもザスピルでも苦労人で心配事が絶えないシキブ。ハク自身その原因の一つであることは否定できないが、彼以上に厄介な人物がさらに増えるとなると当事者のシキブは胃の縮む思いだろう。
「先輩、どうするつもりですか?」
「どうするも何も。俺はありのままの事実を見せるだけさ。
何を言っても耳を貸さないだろうし……ツグサのあの性格だ。一度決めたら簡単に意見を変えることはない」
半ば諦めたように語るシキブにハクも同感する。
「ただ、ツグサはまだ何も知らない。学園のことも社会のことも自分自身のことも、な。だから、後悔のない選択をしてほしいと思う。
……手伝ってくれるか?」
「もちろんです」
嘘偽りない返答を聞いてほっとしたのか、気の抜けた顔をハクへ向けてシキブは微笑む。
疲れはあるものの、普段の鋭い紫の瞳は優しさに満ちていた。
「俺たちも帰ろう。この前みたいに寝坊して遅刻するなよ」
バタンと扉が閉まった。
ハクは一人佇み、色に満ち溢れた世界を瞳に映す。
「……やっぱりこれが一番だ」
彼の呟きは風に乗って大空へはばたき、遠いどこかへ旅立っていった。
明日もまた、この世界を見るために。
ハクも一時の別れを告げて、ドアノブを引いて中に入っていった。




