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夢見人ーVisionariesー  作者: 黒城瑛莉香
第二章 加速する記録
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本音と日記

 目的地へ到着した一行を鉄の自動ドアが迎え入れる。

 無駄なものが何一つない殺伐としたロビー。そこではローブを深く被る住人レジデント客人インヴィティの来訪を待ち構えていた。



「悩み苦しむ若者よ。現実いまを忘却すべく、過ぎ去りし時の追憶を欲するか?」


「ああ。ただし、担当はパール氏で頼む」


「……その者は訳あって身を休めておる。何故かの者を選ぶ?」


「《あの方》より言伝を賜っている。急ぎの要件だ」


「……承知した。

 右手へ進まれよ。さすれば月の涙が光を放つだろう」



 ローブ男の言葉に従い、ハクたちは右の通路へ足を向ける。

 一瞬男がハクとツグサへ視線を送るが、ただそれだけだった。


 ここはその人の過去を追体験する空間エリア

 己の欲求を実現させて心を満たす大半の空間エリアが全ての世代に共有されるのに対し、一度味わった感情を再び呼び起すこの空間エリアは年配者や現実を拒み過去にすがる者が望む。

 追憶を専門とする住人レジデントは少数。三人もこのような空間エリアへ足を踏み入れるのは初めてだった。


 白と黒のタイルが続く廊下をツグサ、ハク、シキブの順に並んで進んでいる。

 するとツグサがくるりと半回転し、器用に後ろ向きに歩きながらシキブに素朴な疑問をぶつける。



「ねえ、キブ兄。《あの方》って誰のこと? ミスター?」


「いや、ミスターじゃない。あのクチバと名のった狂乱者が口にした名だ。

 今日のターゲットがあの男と関係しているのなら、《あの方》のことも知っていると思ってな」


「どうしてですか?」


「クチバが自身の研究を得意げに話した時、《あの方》との関わりについては一言も喋らなかった。あれだけ詳しくザスピルにたどり着いた経緯を語ったにもかかわらず。

 ただ単にその人物との出会いが大きな転機をもたらした、とほのめかしただけ。

 そこから考えられるのは……」



 シキブは一呼吸おいて、続ける。



「クチバがその人物についてあまり深く知らない。だが、この場合でもあいつは僅かなことでも話したはず。

 研究者ってのは己の好奇心にひたすら真っ直ぐなもの好きばかりだから、その成果を披露できるのなら喜んで口を割っただろう。


 とすれば、故意にはぐらかした、と考えるのが妥当だな。

 その《あの方》が事件に一枚噛んでいるなら、クチバの協力者であろう所有者であるパール氏とも関係があるだろうし」


「先輩はここの住人レジデントが《あの方》と密接な関係を持っていると知ってたんですか? それでさっきあんな嘘を」


「まさか。さっきのはブラフだよ」



 ツグサが耳を傾けているついでにシキブが先ほど途切れた話を掘り返す。



「話を元に戻すが……ツグサ、お前どうして友達を作ろうとしないんだ?」


「またその話ぃ? そんなこと別にいいじゃんか」


「俺は真面目に聞いてるんだ。


 うちの学校は何事も生徒が主体となって授業や行事、部活、その他の活動を行う。そんな中で孤独を貫き通すのははっきり言って不可能だ。お前が中学時代をどんな風に過ごしてきたのかは知らないが、今は弐路学園高等部の一生徒でうちのルールに従う義務がある。

 体育祭や部活動の試合、クラスマッチでの協力はもちろん、定期試験ですらクラス対抗で競い合わなきゃならない。

 言ってみればクラスメートはライバルでもあり、仲間でもある。そうやってお互いに切磋琢磨することで学校全体の基礎レベルを引き上げ、大学受験で好成績を残しているんだ。


 俺も生徒会副会長なんてやってるから、その伝統と信頼を守り後輩たちへ伝えていく責任があるし。

 ……何よりも楽しさだけを生きがいとするお前が、笑い合う同級生を見て平気でいられるはずがない」


「…………」


「改めて聞く……なぜ友達作りを拒む?」


「……キブ兄に僕の気持ちなんて分かりっこないよ」


 ツグサは背を向け前へ向き直る。

 溜息と共に吐き出された本音は閉ざされた心を解放させるどころか場の空気を重苦しくするだけ。


 シキブは腕を組みじっと先の言葉を待つ。こうなってしまっては期待する答えが返ってくるまで、口を開くことはないだろう。

 一方のツグサも叱られる子どもが自ら答えずに大人の言葉を待つように口をへの字にして沈黙を貫く。


 この二人の間に立つ人物がどれだけ気まずいかは想像に難くないだろう。

 ハクはこうした雰囲気が大の苦手だった。変に気を使い、全身に力が入る。

 張り詰めた空気を乱してはならない。

 じっと我慢しなければならに。

 つまずいてはいけない。

 くしゃみをしてはならな――



「――ひぇっくし!」


「……ぷ」

「……はっ」



 ――やってしまった。

 ハクは思わず天を仰ぐ。



「あははははは! なに今のくしゃみ!

 ハッくん、おかしすぎでしょ。あはははは!」


「そ、そんなに笑わなくてもいいだろ!」


「ったく、本当に期待に応えてくれるな、お前は。はははっ」


「せ、先輩まで」


「いや、お前はやっぱりこうでなきゃな」


「ははははっ!」


「あの、褒められている気がしないんですけど」


「そりゃ、褒めてないかな。というか俺は感謝してる。

 俺も任務を前にこんな調子じゃ足元すくわれちまう、って反省してるんだ。

 ツグサも簡単に折れる素直な性格じゃないし、今日のところは勘弁してやるよ」



 三人の愉快気な声が廊下に響く。

 ハクの羞恥心もツグサとシキブの我慢比べも笑いと共に吹き飛んでいた。



 タイルの黒が段々と白みを帯びていき、いつの間にか白と灰色が組み合わさっている。

 そして長かった廊下の突き当たりの床にはPの文字に刻まれぴかぴかと点滅を繰り返している。

 ここがローブの男が言っていた部屋なのか。

 警戒しつつ文字の上に足を乗せれば、音もなく壁と同化していた扉が自動的に開き三人を招く。



「おー、勝手に開いたよ! この文字がセンサーになってたのかなぁ」


「敵の気配ない。が、念のため魔法を展開して――って、おいツグサ!」



 好奇心の塊のようなツグサが無防備にも一人闇に包まれた部屋の中へ入って行く。

 人の存在を感知して電灯がともされ、ようやく室内の状態が露わとなる。

 その瞬間。



「うわぁぁぁっ!!!」



 ツグサが思わず叫びハクの服にしがみつく。

 突然の出来事に腰を抜かしてしまいそうになるハクだったが根性で堪える。しかし、血の気が引いてしまうような光景がそこにあった。


 終わりの見えない高い本棚に囲まれた部屋、その至る所に描かれた奇妙で異様な魔法陣。しかしそれはアカネが使い魔を呼ぶ際に浮かび上がるマナにあふれたものではなく、鮮血のように赤い契約印だった。どれも同じようでわずかに違いがみられ、刃物で刻み込んだものもある。

 とりわけ目を引いたのは中央に大きく残された陣。すでに儀式を終えたかのように赤色は黒みを帯び、そこら中に跡を残している。


 ゆっくりとシキブがそれに近づき、膝をついて触れる。



「……本物の血ではないな。そもそもこの世界に血なんて概念は存在しない」


「ここで一体何があったんでしょうか……? それに住人レジデントは……」


「ねぇ、これ見てよ」



 ツグサが示したのは、机の上に積まれていた大量の本。シリーズもののようで、カバーはすべて同じだが、背文字には”S.H”や”T.Y”というタイトルと数字が彫られていた。

 幸いここにある物は無事のようで、すべてが白と黒。

 シキブが一番上の本を手に取り、ぱらぱらと内容を確認する。



「これは……日記メモリーズブックだな」


日記メモリーズブック?」


「文字通り客人インヴィティの過去を記した記憶媒体だ。ここを訪れた者たちは日記メモリーズブック住人レジデントに提出することで、追憶を実現させている」


「もしかして、この魔法陣もそのために必要なものだったりするの?」


「俺も正確なことは知らないが、こんな悪趣味なものは必要ないはずだぞ」



 ツグサの問いに答えたシキブは、別の本も確認しようと栞が挟まれたページを音読し始める。



「……初めての家族旅行。


 あの子は興奮のあまり寝付けなかったようで、せっかくの初フライトを寝て過ごした。

 睡眠を取ったおかげでいつもの元気を取り戻したみたい。目的地に到着しはしゃいで辺りを駆け回るあの子を見て、私も思わず笑顔がこぼれる。


 レンタカーの手続きをしているほんの僅かな隙にあの子はいなくなってしまった。

 近くを捜索するも見つからない。警備の人に頼んで一軒ずつお店を覗いていくが。時間だけが過ぎていく。


 私と夫もあの子を探しに見知らぬ土地で地図を片手に歩く。途中から二手に分かれ必死の思いで探した。

 繁華街の裏手へ回ると、レトロな駄菓子屋を見つけた。薄暗い店内に人気はなかった。淡い希望を抱きつつ中へと入り、ごめんください、と呼びかける。


 返事はなかったが子どもの声が聞こえた。しかも探していたあの子の元気な笑い声……!。

 綿あめを手にした我が子に感情のまま叱ってしまったが、心では安堵で泣き崩れてしまいそうだった。無事でよかった、と素直に喜びたい。


 せっかく立てた計画は台無しになってしまったけれど、一生忘れられない旅になりました。

 やっぱりこの子は特別なんだと改めて実感した……」


「本当に思い出話なんですね。他人の日記を勝手に読むなんて、罪悪感が……」


「俺だって快くはないさ。これも住人レジデントの役目だから仕方がない。

 ……それにしても、この子どもは随分とやんちゃ坊主だったみたいだな。誰かさんにそっくりだ。なあ、ツグサ?」



 いたずらっぽくシキブはわざとツグサに話を振った。

 子ども扱いされることを嫌うツグサ。普段の彼女であれば頬を膨らませて反論するはずなのだが、その予想は覆される。



「……あっ、うん。そうだね……」



 素っ気ない返事。

 ハクとシキブは思わず顔を見合わせた。



「そっ、それよりもさ! パールさん、だっけ? その人を早く探そーよ! もしかしから部屋のどこかに隠し扉があって、そこで寝てるかもしれないじゃん!」


「あ、あぁ、そうだな。

 部屋の状態から察するに、異常事態が起こっている可能性もまだ残っている。ローブ男もああ言っていたことだし調べる価値はあるか」



 本を元の位置に戻し、空元気に振る舞うツグサと共にシキブは隈なく調査を始める。

 日記メモリーズブックが気になりつつも、ハクも机上のメモに目を通す。


 人間関係、青春、恋人、栄光、家族、美しさ、英知、一番、名声、永遠と最強……。

 走り書きされた単語ではあるが、住人レジデントが魔法で再現させた人々の輝かしい思い出だと直感する。


 幻想だと頭で理解してもなお失われた物を求める人の心をハクは知らない。

 こうして望みを叶えた客人インヴィティたちはどのような気持ちで物質世界へと帰還するのだろうか。

 ザスピルでの経験は基本的には記憶として残らない。目覚めたときにあるのはひたすらに心の満足だけだ。



「……なんだか寂しいな……」



 かりそめの時をもたらすことで、下を向いて立ち止まってしまった誰かの顏を上げさせる。だが、それは日々を生きていくための緊急措置に過ぎない。

 過去に縛られ、進むことを諦めてしまった人達がいるのだ。まだ知らぬ社会を突きつけられたようで、胸を締め付けられる思いだった。



「結局何もなかったね。本棚にあるのも全部日記(メモリーズブック)みたいだし」


「こっちも同じく。ハクは何か見つけたか?」


「いえ、めぼしいものは何も」


「……偽の情報を掴まされたのか。せっかく準備万端整えてきたっていうのに。帰ったらミスターに文句言ってやる。

 そろそろ引き上げるぞ」



 ポケットに手を突っ込みシキブは悪態をつく。

 ハクも机の上を元の状態に戻してからシキブの後を追う。


 その時、ハクはあることに気がついた。

 三人が入室しても開かれていた扉がいつの間にか閉じ、どこから入ってきたのかわからないことに。


 抜かりのないシキブは状況の変化に疑問を抱きつつも記憶を頼りに出口へと向かう。ツグサも壁を進み、二人は同じ場所で立ち止まると、再度扉は開かれる。 



「うわぁー!」


「なっ、これは……!」



 またしてもツグサが叫んだ。しかし、今度は絶叫ではなく興奮した声。シキブもそれを目の当たりして絶句する。

 駆け寄ったハクはそこにあった世界に目を疑った。



「廊下が消えて、立体空間が広がっている……!?」



 世界から色が失われ、ひたすら白と黒が広がっていた。同様に一行の体もモノトーンとなり紫と黄の二人の瞳だけが色彩を放っている。

 真っ直ぐに伸びていた床はなくなり、重力に逆らうように上下左右に浮遊するブロックがある。周囲を見渡せばブロックが螺旋を描いたり、波状になったりもしている。

 気付けば、ハクもその世界に投げ出され白と黒に染められていた。



「どうやら、はめられたみたいだ」


「えっ」


「ずるいよねー、罠を仕掛けてくるなんて。大人のすることじゃないよ、絶対。

 正々堂々真正面から向かってくれば、喜んで遊んであげるのに」


「いや、大人だからこそ頭を使って有利に事を運ぶんだよ」


「僕はそんなことで買っても全然嬉しくないけどね!」


「それだけ俺たちを警戒している証拠だ。ここはむしろ喜ぶべきだ」


「そもそも住人レジデントに大人も子どももありましたっけ……?」



 軽口を叩きつつ、シキブが冷静に全体を見まわす。



「ここは魔法が実在するザスピル。非科学的な現象が起こっても不思議じゃない。

 しかも俺たちがいるのは街中ではなく空間エリア内。ターゲットが無制限に魔法を使って仕掛けた結果だと考えるのが当然だ」



 ツグサもブロックの安全性を確かめながら言った。



「キブ兄の推測が正しいなら、敵さんはまだ建物の中にいるってことだよね?」


「その通り! 

 さーて、面白くなってきた……!」



 武器を取り出す二人の喜楽がひしひしと伝わってくる。

 絶好調には間違いないがこの二人を相手にする敵を思えば気の毒に思えて仕方ないハク。



「我が綴りたるものは 正義の物語サーガ――」

「我が綴りたるものは 黄昏のベル――」


「……我が綴りたるものは 勇気の軌跡トラック――」



 ハクも同様に魔法を展開し、二人の跡に続いて慎重にブロックを飛び越えていく。

 すると敵を察知した動く立方体が白黒チェック柄の着ぐるみへ姿を変える。床や天井、壁のブロックから分裂したそれが僕たちを取り囲んでいった。


 シキブは剣を構え、刃先を着ぐるみへと向ける。

 ツグサも今回は特別な仕掛けの施された警棒を伸ばし構えた。

 今回ハクの手持ちの武器はない。だが、ミスターより授かった新たな魔法が彼の気持ちを支えていた。 



「グオオオオオッッ!!!」



 どこからか轟いた声を合図に、ぬいぐるみが足場を叩いて三人へ襲い掛かった。



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