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夢見人ーVisionariesー  作者: 黒城瑛莉香
第二章 加速する記録
18/35

逮捕

 

「ザスピルの召喚士だと……!?」


「そうだ。

 ミスター――人々からはそう呼ばれている。到着が遅れて待たせてしまったようだ。深く謝罪しよう」



 ひどく焦り、後ずさるクチバ。

 もはや先ほどの子どものように生き生きと経験を語っていた面影はなかった。



「大変貴重な話を聞かせて頂いた。

 宮中顧問官という職業柄、この子たち以外の客人インヴィティと対話する機会がなく、物質世界でこちらがそのように認知され、研究の対象になっているとは知らなかった。


 だが、肝心な所が抜け落ちている。

 貴方はいかにしてザスピル(こちら)へ来訪し、帰還後もなぜ記憶を保有しているのか。入手した情報をどうするつもりなのか。そして《あの方》とは誰なのか。

 ――さあ、お話願おうか」


「っ!!」



 クチバを言葉の圧で追い込んでいくミスター。

 だが相手から脅迫に屈する返答なく意志は行動でもって示された。


 クチバがさっと両手を広げるとその体にマナが集約され、つむじから放たれた。その反動で体がよろめくも根性で踏みとどまる。魔力の塊は一筋の黒光となって館の穴へ戻っていく。



「そうくるか――ならば」



 ミスターが顔の高さで指を鳴らす。一瞬にしてハクの魔法に似た障壁で屋根の穴を塞ぎ、間もなく箱型となって黒い魔力を閉じ込めた。大きかったそれは収縮され、キャラメルほどのサイズとなってミスターの掌におさまる。


 逃亡を阻止された悔しさで顔を歪めるクチバ。だがミスターは妨害攻撃の手を緩めず、さらなる策で畳みかける。


 もう一度指を鳴らしてステッキを異次元から取り出したミスターはトンと地面を軽く叩く。するとクチバの足元より出現した光の鎖が彼の自由を封じ、身体全体に巻き付く。更に半透明の球体が膨れ上がってすっぽりと覆う、その身柄を拘束した。

 気を失っているスキンヘッドの住人レジデントも鎖こそないが球体型の檻に捕えられる。



「おっと、どこへ行くつもりだ? 

 折角貴重な時間を割いて私自ら参ったというのに、挨拶もなしに帰るのか。

 私自身も貴方も互いに質問の返答をもらっていないというのに、失礼な御方だ」


「……! ……!!」


「とはいっても、その球体は内部の音を吸収する。異議申し立てをしてもこちらには聞こえないのだが」



 ははは、と笑いながら、ミスターはクチバの元へ歩み寄り、ハクたちには聞こえないがドスの利かせた声で語りかける。



「……さすがに私は現れないだろうと高をくくっていたのだろうが、考えが甘かったな。

 一度ならず二度までもこの世界へ土足で立ち入り、大胆かつ派手に暴れておきながら、私がお前の存在に気付いていなかったとでも?

 さあて、時間はたっぷりある。ここにいれば誰の邪魔も入らない。

 ――お前が知り得る情報を洗いざらい話してもらうから覚悟しておけ」



 必死に抵抗するクチバとミスターの様子をハクはぼんやりとする意識の中記憶に刻み付けていた。

 無事に犯人を捕らえ嬉しい反面、特定できない不安のような負の感情が残ったまま、ハクは意識を手放した。







「――――……ぁれ……」



 目を開けると視界に広がっていたのは空ではなく、どこかで見た白い天井。

 心地よい風が頬を撫で、鳥のさえずりに交じって男女の話し声が聞こえてくる。

 少し頭を動かすとふかふかのクッションが耳に触れた。どうやら寝かされているらしい。



「目覚めたんだ」


「…………は、ハナダ……ここは、もしか、して……?」


「そう。ミスターの書斎だよ。今隣にいるから、ちょっと呼んでくる」



 ポンと本を閉じる音がして、足音が遠ざかる。

 相変わらず整理が不十分な執務室は、書類や資料で埋めつくされ、ソファで横になるほかない。顔を左へ向ければテーブルの隙間にツグサにもらった飴の瓶が置いてある。

 頭が覚醒するにつれて、薄れていた記憶が蘇ってきた。任務、戦闘、魔法、突然の雷、謎の男の話。そして――。



「!」


「そう無理に起き上がるな。心配するな、事態はすでに収束した。」


「ミスター……」



 部屋に入って来たミスターがソファに腰かけながら言った。



「……みんな、は?」


「先に帰ってもらった。ハナダはまだそこで読書中だがな。

 気分はどうだ?」


「悪くはない、です。

 ……あの、僕は気を失って……?」


「そうだ」



 ミスターは足を組みながら答える。

 ハクはソファに座り直し、気になっている点を言葉に出す。



「事件は解決した、って言いましたけど……あれからどうなったんですか?」


「捕えた犯罪者二人のうち住人レジデント空間エリアの外に待機していた黒車に乗せて留置所へ連行。目覚め次第取り調べが行われる予定だ。

 客人インヴィティの方は規則に従って処理、すでに帰還させた。


 現場となった建物については持ち主が特定されたが、建物の状況から察するに長い間使われていなかった可能性が高く、その行方はわかっていない。

 例え運よく掴んだ足取りから所有者を捕えたとしても、入手できる情報は少ないだろう。

 念のために周辺地域は閉鎖し、二人の逃走経路を確認しながら後日いろいろと調査する予定だ。地下にあったものも実に興味深い代物だったのでな」



 ミスターは飴の瓶を手に取ると、ハクの了承をとらずに蓋を開いてその一粒を口に頬張る。



「時間はまだあったのだが、この一件で全員力を消費したようだし、今日のところはこれで終わりだ。

 お前もそのまま帰還させてもよかったが……念のため、目覚めるのを待っていた」


「……」



 そこで口を閉ざしたミスターが黒い瞳をじっとハクへ向ける。

 聞きたいことはないか、とハクに語りかけるように。


 ハクは言葉に詰まった。

 この世界を出入するようになって一か月。初めの数日以外、ハクが彼と対面することはなかった。


 大半の情報はシキブから聞いて一切疑問に思わなかったわけではない。むしろ聞きたいことは山ほどあるのだが、とりわけクチバの話を聞き入っていた自分を思い出す。


 彼の話に興味がなかったわけではない。しかし、気づけば夢中になってそれを受け入れていた自分がいる。意識とは裏腹に抗えない無意識が僕の精神を乗っ取っていた。


 上手く言葉に表せない。ただ、僕は今ある感情を口に出していた。



「……僕はどうしてしまったんでしょうか」


「何もたいしたことは起こっていない。あの男が話をしながら洗脳魔法をかけ、それにハクが引っかかっただけのこと。ハナダたちは金縛りにあって動けなかった。


 ここは物質世界に比べて精神へ直接的な干渉がしやすい。

 本来はそのような魔法は無論禁忌で普通の住人レジデントには使える代物ではないのだが……その辺りの調べはついている。

 ハクは馬鹿正直な性格をしているからな。

 敵であっても相手の目を見て一語一句聞き漏らさず、理解しようと努めている。その真っ直ぐなところが今回裏目に出ただけのことだ。あまり気に病む必要はない」


「ば、馬鹿正直って……」


「しかし、痛いところをつかれたな。私の監視が十分に届かない空間エリア内で意識を誘導しようとしていたとは。

 ハナダからの連絡がなければ私も見逃すところだった」




 通信はアカネに任務のことを伝えた時に使用しただけじゃ、とハクは目を丸くする。



「それと合わせての伝言だ。

 客人インヴィティ魔塊マナ・マスを持って住人レジデントと逃走した、というイレギュラーの真相を掴むため敵を泳がせている。念のため様子を見に来てほしい、とな。

 だが、今回の失敗を踏まえてハクが提案してくれた通信機の開発を急がねばなるまい」



 つまりシキブが予想した通りハナダはこの事件の不可思議な点を把握していたということになる。

 同じ人間で同年代であるはずなのにこの差はなんなのだろうか。



「それにツグサも少々魔法に頼りすぎているようだな。

 ……大きすぎる力は時に持ち主を傲慢にする。それが経験の浅い者であればなおさらだ。努力なき力に依存するものほど脆く崩れやすいものはない。

 感情は人の特質を表す需要な要素の一つ。生きる上でも必要不可欠なものではあるが、己を律し、それをコントロールすることも大人になるにつれて必要になってくるだろう。

 お前も魔法という強さに満足することなく、自身の心を磨いていけ。そうすれば誰にも負けない自信を得られる」


「……」


「さて。そろそろハクも元の世界へ帰れ。あまり人を待たせるべきではないだろう。私も手をつけていない仕事が山のようにあるのでね」



 ミスターはハナダから強制的に本を奪い、忘れずに飴をハクに握らせてすぐさま二人を部屋から閉め出してしまった。

 ハクの胸のもやもやは晴れるどころか、反対に傷を負った気がしていた。





 宮中顧問官兼召喚士という特別な待遇で迎えられているミスターは王宮と隣接する豪華絢爛な建物に住んでいて、ヴィジョナリーの住居も彼の敷地内にある。

 家といってもそこは彼らがザスピルで生活するためのものではなく、任務の合間の休憩や勉強、時間が開いた場合のプライベート用に準備された場所。とはいえ、任務続きで実際はあまり使用していない。

 この場合、魂の帰還に伴い抜け殻となる体を休ませておくための場所、あるいは単純に現実世界へと帰るところ、と言う方が適切だろう。


 珍しく心にかかった霧を払うべく考えに耽っているハクにハナダが声をかける。



「ハク」


「えっ、なに?」 


「ずっと難しい表情しているけど、どうかしたの?」


「あ、うん。ちょっと考え事しててさ」


「言ってみてよ」



 ハクは一瞬ためらい言葉を詰まらせる。

 だが、ここまできて後戻りはできないと察し、歩くペースを落としてこの曖昧な内容と気持ちをなんとか伝えようとする。



「いや、あのさ……僕ってどうしてこう、みんなの足を引っ張るようなことばかりするのかなって」


「足を引っ張る……そんなことあった?」


「クチバに魔法で洗脳されて、そのせいで意識を失ったじゃないか。

 もしミスターが止めに入らなかったら、僕が知っているザスピルの情報をすべて暴露してしまっていたのかもしれない。

 この世界にとって、秘密を守ることは絶対。ルールを破った僕はもちろん、その場に居合わせながらそれを阻止できなかったみんなも罰を受けていた可能性だってある」


「でも、それは所詮仮定の話。実際は何も話さず、誰一人としてルールは破っていない」


「そうだけど……みんなに迷惑かけた。僕がしっかりしてないばかりに。

 それにさ、せっかく魔法が使えるって言っても僕の力は防御するだけ。みんなは戦って辛いおもいをしているのに……僕だけ何の役にも立っていない……」



 空間エリアの戦闘で、ハクは誰一人も仕留めていない。あれだけの数の敵を相手にしたにもかかわらず。 それは今日だけのことではなかった。


 ヴィジョナリーとして魔法を与えられ、特別な存在になっていてもその中で自分が役に立っているとは思えなかった。

 むしろ、余計なおせっかいで自ら事件に首を突っ込み、仲間に迷惑をかけている。


 困っている人は放っておけない。その結果偽善者と罵られようと何とも思わない。

 けれど、自ら事件に関わっておきながらそれを解決できない自分にはいつも腹が立つ。相手に立ち向かう勇気がない自分は結局仲間の信頼に甘えているだけ。


 魔物との乱闘も、住人レジデント客人インヴィティとの戦いでも。

 そして今この時も、ハナダに悩みを打ち明けることで現実から目を背けようとしている。


 自分の考えを否定してほしい、怒ってほしい、慰めてほしいと心のどこかで願っている。

 それが根本的な問題解決には至らないことも知っているのに。


 沈黙の後、ハナダがおもむろに口を開いて言った。



「人は所属する集団の中で一つの役割を担う」


「……え……?」


「役割はその人が集団内で個性を発揮するためのもの。しかし、自己をただ主張するではなく、一つの団体が力を発揮するために分け与えられた個々の使命。

 一人の力は壊れやすいが、結集することで何事にも屈しない無類の力を得ることができる。

 人は不完全で、欠点だらけの存在。どれだけ完璧を装おうと、すべてを見通す神にはなれない。

 だからこそ、仲間を必要とする。長所を肯定し、短所を補ってくれる友を求める。互いを理解し、信頼するからこそ自身の能力を最大限に発揮できる。役割を果たすことができる――。


 ハクはヴィジョナリーの一員として、立派に役割を担い、それに見合った責任を果たしている。ハクがどう思おうと、それは真実だし私たちの意見も変わらない。ハクが何と言おうと、私たちはそれを否定しない。

 それでも気持ちが変わらないと言うのなら、こうしてくよくよと悩んでいることが迷惑になってる」



 普段のハナダと変わらない、相手の気持ちなど考慮しないストレートな言葉がハクの心に突き刺さる。



「ハクはもっと堂々と、自信を持っていいんだよ。シキブやアカネ、ツグサのようにもっと自分の意見を主張していいんだよ。私たちは、能力は違えども平等で対等な存在。

 優しすぎて冷徹になれないところも、感情的になって後先考えず行動するところも、ハクの長所に変わりはないのだから」


「褒められている気がしないんだけど……」


「本当のことを言っているだけ。

 ……だから、顔をあげて真っ直ぐ歩こう。姿は見えなくても傍にいなくても、私たちはハクの味方だから」



 ハナダが一歩前に出て、いつもの微笑みをハクにみせる。


 ――まただ。

 彼女のこの表情に何度勇気と希望をもらったことか。救われたことか。


 視線が彼女の後ろへと引き付けられる。目的の住居へたどり着いていた。

 五つ並んだ扉の前には二人を待つシキブ、アカネ、ツグサの姿。


 いつの間にか心のわだかまりは無くなり、ハクの気分は晴れ晴れとしたものとなっていた。


「さぁ、いこう」


「……うん」



 ハクは心からの笑顔を浮かべる。

 そうさ、こんな素晴らしい仲間をもつ自分をもっと誇らしげに思わないと。

 そして彼女と一緒に仲間たちの元へと踏み出した。



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