謎の訪問者
「な、なんだ、この音っ」
地下を除く館すべてを舞台に魔物と終わりの見えない戦闘を続けていたハクとツグサ。
天災を思わせる轟音が鳴り、外がぴかっと光る。紛れもない異常事態だった。
するとそれと関係があるのか、隙が生まれた二人に迫っていた魔物は攻撃を中止し、巨人のような手から分裂すると静かに床下へ戻っていく。
「何かあったのかもしれないよ。外に出てみよう」
開け放たれたベランダから外へ向かう二人。空を見上げれば湖や森には雲一つない単色の空が続いていた。
もちろんシキブやアカネ、敵の姿はない。だが、そこはどこか薄暗く、不自然な静寂さが支配していた。
かすかに館の上から物音が聞こえ、ツグサの魔法で屋根上へ飛び上がる。
そこには首筋に傷を負ったシキブと座り込むスキンヘッドの住人が腕で目を覆って俯いていた。
「先輩!」
「ハク、それにツグサか……無事だったみたいだな」
「ねーキブ兄、今さっきのは何? 雷でも落としたの?」
「いや、落ちたのはただの光で、幸いダメージはない。というか、館に貫通したように見えたがそうじゃないのか?」
「はい、中では何も。
でもひっきりなしに襲ってきてた魔物は光の後で逃げるようにいなくなってしまって」
「……おい、あんた、今起こっている事態が何か知っているだろ。
どうして俺に危険を知らせるようなことを言ったんだ?」
「……」
シキブの問いかけに住人は視線を送るだけ。平静を装ってみえるが、確かに男は鍔を呑んで動揺する。
「――ハク、大丈夫っ?」
「アカネ! 無事だったんだ」
アカネを乗せた使い魔が屋上に降り立った。 色々と彼女に問い詰められるも、共有できる新たな情報はない。
わかっていることは、地を轟くほどの雷鳴に似た光が館の上から落ちた、ということだけ。
――バーーンッ!
「こ、今度は何――って、おわぁ!?」
爆発音に続いて上下を揺さぶる振動が館を襲い、ハクは尻もちをついてしまう。
そして屋根もろとも天を貫く衝撃が波紋を広げると、その穴より魔法を纏った人影がとんぼ返りを華麗に決めて着地する。
ハナダの変装に敵の再来だと勘違いしはっと息を呑み警戒するハク。だが、そこからさらに後退して正体を晒す彼女を見て、ハクはもちろん他の仲間も安堵する。
「アイ姉! よかったあ、無事で」
「ハ、ハナダ、かぁ。びっくりした……」
「てっきりどっかの誰かさんが隠していた失敗の事実が露見しちまったのかと思ったのに残念だ」
「誰が、何を失敗したですって?」
アカネがシキブを一瞥するも、場の状況を考えていつもの喧嘩はそこで終息する。
「でも本当にびっくりだよね。鏡じゃない、双子の兄弟みたいに同じ顔の人がいたらさ。服も髪も声も全部が一緒なんだけど自分じゃない人が目の前にいるんだよ。
ましてそれが三人になったら、僕おなか抱えて笑っちゃうよ!」
「私が賭けに負けたことを遠回しに言ってるつもり?
あれは双子じゃなくて守護人形。どうせ影武者を作って敵を錯乱させる作戦だったんでしょ」
守護人形とは文字通り主の盾を目的に作られる魔法道具の一種。特別な素材を用いた木偶人形に魔法を分け与えることで命を吹き込み、外見は主が自由に選択できる。
だが注ぎ込んだマナがそれの生命力となるため、マナがなくなれば守護人形は姿はもちろん役目も全うし続けることは不可能。そのため住人は空間内でのみこれを使用し、今回のような巡回や警備、支援に利用しているのだった。
「……」
彼らがそんな無駄口を叩いている間もハナダの視線は煙の立ち込める穴へじっと注いでいる。
「……ハナダ?」
「――あははははは!」
「!」
彼らでも、住人でもない謎の低い美声。
穏やかで歓喜に満ちた陽気な声。だが張り詰める空気の中で笑うその調子にハクは背筋が寒くなっていく。
「ははっ……いやいや、申し訳ない。
あまりの嬉しさについ衝動を抑えられなくてね。驚かせてしまった。
だがまあ本当に、世の名まだ捨てたものではないなあ!」
そう声を張り上げ、穴から飛び出してきたのはもう一人の追跡者。
見た目の体格とは裏腹に身軽に足をつけ、笑みを浮かべてズボンのポケットへ突っ込む余裕ぶり。
明らかに普通じゃない。だが、魔物に理性を支配され我を失っている様子でもない。
新手の敵の登場でスイッチが入る仲間たち。
シキブは柄に手を当て、アカネは使い魔に魔力を送り、ツグサは飴を握って、ハナダはライフルの銃口を敵に向ける。ハクも杖を強く握りしめ、頭の中で魔法発動のイメージを膨らませる。
そんなハクたちの対応に敵は軽く飛び上がるとさっと腕を挙げる。
「おっと、待ってくれ。私は争いにきたのではない。君たちと話をするために、危険を顧みずこちらの世界へ赴いたのだよ。まずは自己紹介といこうか……。
私の名はクチバ。君たちと同じく物質世界からやってきた客人だ。
私は長い間君たちに会える日を楽しみにしていたのだ。そう、この世界の異端者である《夢見人》にね」
「!?」
「なっ!」
「あなた一体何者なの?
客人だというのに、どうしてこの世界のことを知っているの?」
「それはこちらの台詞だよ、お嬢さん。
私が人生の半分をかけてようやくたどり着いた真実をなぜ君たちは知っているのか、教えて欲しいくらいだよ。
そもそも、どのようにしてここが別世界だと知り得たのかね?」
アカネの焦りは当然だった。ザスピルは現実に認知されることのない精神世界なのだから。
けれども、クチバと名のるこの男はザスピルどころかヴィジョナリーの存在すらも把握している。
「……」
誰も相手の問いには答えない。重苦しい沈黙が流れる。
ハクたちを観察していたクチバの視線が深い呼吸を繰り返す住人で止まった。
「哀れな住人。君には心から感謝している。
しかし、今は一分一秒が惜しい。残念だが君を助けることはできない」
「所詮私も貴様らに利用される駒に過ぎなかったということか……」
クチバは否定も肯定もしない。
住人はぐったりと首を垂れると力尽き、地面に倒れた。
ハクがすぐに駆けよる。
「だ、大丈夫ですかっ?」
「ふむ。マナを過剰に消費し過ぎて気を失ったようだ。
だがまあ命に別条はないだろう。
では彼のためにも早速話を進めるとしよう」
警戒を解かないハクたちは構わず、クチバは腕を背に回すと語り始めた。
「――君たちはどうやってこの世界のことを知り、こうして訪れているのかね?」
「……どういうことだ」
「おや、意味がわからないのか? 難しい質問をしているつもりはないんだが……では質問を変えよう。
君たちはこの世界をどのように感じている? ここは現実かね?」
「……」
「私は……そうだな。現実ともそうでないとも言える。というもの、ここは別離に存在する世界なのだから。
人、いや生命体が眠り夢を見ることが、別世界への短い旅だとは誰が想像していただろうか!」
対峙する少年少女へじっくり視線を送っては移し、興奮気味にクチバは続ける。
「そう、私は若い頃から夢を見る、ということに疑問を抱いてきた。
様々な科学的見解、証明、理論が発表され、我々はかつて知り得なかった領域まで理解を広げている。しかし、どれだけの本や論文を読み漁り、知識を得ても私には納得できないことがあった。
ごく一部の人間が実際に体験したことなのだが……
過去に一度も接触したことのない人間同士が運命の悪戯で互いを認知しあう。自然な出会いの瞬間だ。
だが、ごく一部の人はその一瞬に別の感情を抱いた。どこかで相手と会ったことがある、とね。
しばしばこのような現象はデジャヴと言われ、研究が進められている。
――しかし、彼らは同時にある共通する経験を語りだすのだ。それも、現実では体験していないはずの事柄を思い出話のように語り出す!
これが意味することが何か、君たちはわかるかね?
本来なら記憶されているはずのないことを、他者との出合いを契機として想起し十年来の友のような関係で打ち解け合う。そんな非科学的な事象がいくつも確認されているのだよ。
世間はこの事実を黙認しているが、私はそうじゃない。
これこそ、人類が追求し、証明しなければならない最も重要な問題だと考えている」
一息置いて、クチバは再度口を開く。
「研究材料を集めていく中で、私は一つの答えにたどり着いた。
――脳の奥底に眠っていた記憶は現実以外の場所で行なわれた“真実”なのだ、と。
この仮説を証明するために様々な実験を行った。
始めは思考の分析だ。脳を調べ、人の考えについて研究した。
次は記憶だった。しかし、既に周知の事実以外に発見はなかった。
そして、思考と感情の関係……結果は同じだった。
……成果は一向に上がらず、刻々と時間だけが過ぎていった。気付けば私は年老い、家族や友人を失っていた。
世間から断絶し孤独になっても、私は己の欲求を満たすためだけに研究を続けた。
そんなある日だった。彼と出会ったのは――――」
「……彼?」
そうだ、とハクの言葉を肯定したクチバは目を閉じて天に顔を向け、話す。
「その日は目覚めが悪く、すっきりしない朝から始まった。
いつものように研究所にこもり、集めたデータを分析していたのだが、昼過ぎになって私の元に珍しく客が訪れてきた。
彼は古い学者仲間で、暇さえあれば知り合いを捕まえて自慢話をしたがる人物。その日も例外なく友人を連れて私の顔を見に来たのだと言った。
研究以外に興味を示さなくなっていた当時の私は、知人の見知らぬ連れなど気にも留めず、とりあえず客室へ彼らを通した。
コーヒーを準備しに席を離れ、戻ってきた私は、電灯に照らされた連れの顔を見て、思わず手にしたマグカップを落としてしまった……。
――連れは白髪で腰が曲がった同年代の老人だったが、きらきらと少年のように輝いた瞳は間違いなくその日の夢に出てきた好青年そのものだった!
その瞬間に私は夢に出てきた内容を余すことなく思い出した。
見知らぬ場所で期限が迫っている研究課題の成果をだそうと必死になっている。室内には、同じようにせわしく研究に没頭する好青年の姿。
目指すゴールは違えども、お互いに協力し時には冗談を言い、将来を語り合った。
空腹も睡魔も疲労も感じない、やる気と希望に満ち溢れた時を……永遠に続くことを願っていたその時を思い出したのだ!
わかったのだ! 数十年にわたって求め続けてきた答えをようやく導き出したのだ!
すべてが夢の空間で経験した現実なのだとっ!」
クチバは拳を握りしめ、熱く語る。
「すぐさま私は連れの老人に確認を取った。昨夜から朝方にかけてお会いしましたね、と。返事はもちろん肯定する言葉だった! 私たちはこの日初めて出会い、たちまち親友となった。
……しかし、私たちに神は微笑みかけてくれなかった。出会いからわずか一年――最愛の友が心臓発作によりこの世を去った……。
悲しかった。そして何よりも悔しかった……年月をかけて培ってきた互いの知識と経験を糧に、夢の研究を続け、真相まで残り一歩まで近づいていたのに、彼は私の元から去ってしまった。
気力を失った私にもはや研究を続けることは不可能だった。生きる希望をもなくし、自分が死ぬ時をじっと待つ日々……現実以外の世界が存在するという発見すら、単なる幻想にすぎなかったのだと疑うようにもなった。
……諦めかけていた。人生に。夢は所詮夢のままなのだと……自己満足のために人付き合いをないがしろにした罰が、下ったのだ、と……」
溢れだす哀しみをぐっとこらえるクチバ。
俯く彼の姿は、まさに運命に翻弄される小さな人間そのもの。
「――けれども、私は簡単に死ぬことを許されなかった。人間が持つ探求心を捨て去れなかった!
まさにその時、再び運命が悪戯をした。
《あの方》を私の元へ導いてくれたっ!」
静寂なる空間に突如として風が吹き、一行の足元を通り抜けていく。
無意志に話に聞き入っていたハクは、思考力が低下し何が何だかわからなくなっていた。
ただ、彼の話に心躍り、気分もすこぶるいい。この調子に質問に答えてしまおうか。そんなことを思い始めてしまう。
「あの方は私が求めるものを全て与えて下さった……望みを叶えて下さった! 今度は私が……!!
さあ、ここまで私が話したのだ。今度は君たちが話をする番だよ。
なぜ君たちはこの世界にいるのか。どのようにして現実世界からやってきているのか。是非とも、質問に答えてくれ。
――――もちろん快く引き受けてくれるだろう?」
かっと開かれる男の目。ハクは自分の意志とは関係なく、それを食い入るように見つめていた。
瞳を通して、彼の熱意が伝わってくる。
彼がハクの魂に直接問いかけているようだった。
――知っていることを全部話してしまおう。
いつの間にかそんな気持ちになっていた。
頭のどこかで警報が鳴り響く。やってはいけないと。話してはいけないと。強く訴えかけてくる。
男がニヤリと笑ったように見えた。
でも、自分には関係ない――。
ハクは動かされるままに閉じた口を開いていく。
何を言えばよいのかは頭に浮かんでいる。後は言葉にして発するだけだった。
「――――」
「断る」
まさにその瞬間。誰かがハクとクチバの間を遮り、彼とは正反対の意志をきっぱりと言い放った。
ハクの言葉は音を発することなく吐き出され、虚空の中へ溶けていく。
何度も瞬きをして、ありのままの事態を受け入れようと試みる。
目の前はひたすらに黒一色。
「……………………は?」
「断る、と申し上げたのだ。会話のキャッチボールは成立しているはずだが、貴方はそう受け取れないのか」
「……っ、どういうことだね!?
私は君たちの気持ちを考慮してここまでの経緯を暴露したというのに、こんなにも簡単な問いにすら答えようとはしないのか!?」
「その通りだ。簡単な問いだというのなら、己の力で真実を導き出せばいい。
第一、彼らは貴方の問いに答えるとは一言も言っていない。
彼の優しさに付け入り意図的に吐かせようとしたのだろうが、詰めが甘かったな」
ここでようやく視界が正常に戻り、慌てふためく男の形相を確認する。そして視界の右手前には黒い長髪をなびかせる長身の男の後ろ姿がある。
ハクは全身の力が抜け落ち、後ろへ崩れる。
そっと誰かが背中を支えてくれた。
「……大丈夫?」
「うん……何、とか……」
額に手を当るハクは知らぬうちにそこにいたハナダに空元気で笑ってみせる。
他のみんなも武器を構えるのをやめてハクを心配し寄り添う。
一報のクチバは動転し。ハクたちの前に立つ人物を指さし言い放った。
「だ、誰だ、お前はっ……!?」
「……私はこのザスピルでこの子たちを預かる召喚士。よろしければこの私が貴方のお相手をしよう」
いずこより現れたミスターが得意げな表情で微笑んだ。




