交戦
「逃がさないんだから……」
魔法で巨大化させた使い魔ブランの背に乗り、生い茂った木々の間を飛行するアカネ。
長く入り組んだ森の先にある花畑へ出る前に仕留めるつもりで、もう一羽の使い魔ロンヌと手分けし定めた標的の行方を追っている。
魔法を展開したシキブとアカネが一斉に外へ飛び出せば、敵の一人は水面を華麗に滑って森へ、もう一人は峠へ入って姿を消した。
そこで二手に分かれることにした二名。アカは山へ向かおうとしていたが最終的に騒ぎ立てる使い魔の意思を尊重し森林地帯を選択したのだった。
離れた片割れからの連絡を受けた使い魔が急旋回し、速度を上げる。どうやら獲物を見つけたようだ。
「! あそこね。すぐに終わらせるわよ」
それからすぐ倒れた樹木の陰に隠れる男を発見した。
アカネは気配を消して地面に降り魔法陣を両手の甲に浮かび上がらせると、使い魔たちに魔力を送って攻撃を仕掛ける。
――――ピャァァァーッ!
「――!」
音速で降下した二羽の攻撃を相手はギリギリのところでジャンプして避け、距離をとった。
身を潜めていては十分な指示が出せない。
アカネは借り受け腰に携えていた武器を手に飛び出そうとするが、そこであることに気が付いた。
「ちょっ、これ拳銃じゃないの!」
それはハナダが普段身に着けているサイレンサー付きの一丁の銃だった。
いつの間にすり替えられていたのか。使い慣れない武器を前に唖然としていると、地面に何かが落ちた。
メモのような小さな紙きれを拾い上げ、文面を読み上げると〈短剣は借りました〉とご丁寧に書かれてある。
「……ハナダ……今度ばかりは許さないんだからっ!」
沸き立つ怒りをこらえて、仕方なく銃を構えて相手の前に出るアカネ。
彼女の頭上では茶色の羽をもつ双子の隼ロンヌとブランが始まる狩りを待って旋回している。
潔く逃走を諦めてアカネの姿を捉えるのは狙っていた男ではなく、どこか機械的で人間味を感じられない下っ端。
外れくじを引き賭けはアカネの負けに終わった。しかし、この抑えられない感情をぶつけられるのであればもはや相手など誰でもよい。
「……もう追いつかれたか。それもたった一人とは。
せめてもう一人釣れてほしかったが……やはり侮れない方々だ」
「へぇ、ずいぶんと自信があるようね。
……今すっごいむしゃくしゃしているのよ。申し訳ないのだけれど、私の気晴らしに付き合ってもらうから。覚悟しなさい!」
「ならば一秒でも長く彼女をここに留め、時間を稼ぐ……それが我らの忠義!
――はあっ!」
内に秘めたるマナの枷を外し、男は魔法を最大限に展開する。
魔物とは違い、淡く光るそれは男の体より放出され、人ほどの大きさを持つ両刃の剣を形成する。
「――行くぞ!」
両の手で剣を構え、男はアカネに突撃する。
展開した魔法は彼の体にも力をもたらし、一気に彼女の懐へ迫る。
一撃で仕留める。
男は力の限り剣を振り上げ、無慈悲にも相手の心臓もろとも体を切り付ける。
だが、残虐なる刃はかの者の命を削るどころか、肌に触れることすらなく、栗色の髪の毛が数本舞う虚空を裂いた。
「――どこを狙っているの?」
男の背後よりアカネが声を発すれば、次は彼女の反撃が始まる。
天高く、はっきりとその姿を捉えられないほどの速さでブランとロンヌが男へ突っ込む。
第一の攻撃をかわした男だったが、続いて隙を突いて食らわせる隼の攻撃に足を削がれ、肩、腕、背中、頬、と順に傷を負っていく。
男が追い払おうと剣を振り回すも、無駄のない動きで華麗に回避する鳥たち。
――バンッ!
「――っ! ぐああっ!」
アカネの発砲を察知して刃を盾に銃弾を跳ね返す男。だが、その一瞬が獲物を狙う狩人に絶好の機会を与え、男の背中を鋭い爪で引き裂いた。
ぐったりと膝をつく男。地面に転がった武器はマナへ分解し、消えていった。
息が乱れて彼の鼓動も早く波打つ。短期戦を狙って解放させた魔力が底を突こうとしていたのだ。
「はあ……はぁ……」
「勝負あったわね。それにしてもどうして魔法を使い果たすような危険を?」
「……」
うつろな目をアカネに向ける。わずかに口が動いたが、声を発する前に力尽き、倒れると目を閉じた。
男の体が光に包まれ弾けると、そこに残っていたのは傷を負った木偶人形。
それを拾い上げたアカネは肩の上で羽休めをする使い魔と見つめ、納得する。
「彼は守護人形だったってことね。なら彼が住人と似た外見をしていたことも、人間らしくなかったことも、魔力を使い果たしてしまったことも説明がつく。もしかしてツグサが水責めした彼も守護人形だった?
……もしそうだとしたら、本物の客人は今どこに?」
アカネが思考を巡らせる中、ロンヌとブランが何かを察知し彼女の耳元で騒いで知らせる。
使い魔たちが示す方向は後にしたばかりの館。その上に奇妙で不気味な雲が出現し、瞬間光を落とした。
「……急がなきゃっ」
なにか不吉で禍々しい気配を感じる。
再度、魔法で巨大化させたブランの背につかまり仲間の元へ急行した。
無事でいて、とある人物を思いながら。
――――
一方、山へ逃げた住人を目指して飛び出そうとしたシキブだが、その影と周りに妙な静けさに違和感を覚えオレンジの屋根に立ち止まっていた。
思い違いの可能性もあるが試してみる価値はある。
「いい歳こいてかくれんぼか? 悪いが俺はそんなお遊びに付き合うほど子どもじゃないな」
「……なぜわかった、私がここに潜んでいると」
肩をすくめてみせれば、男が周辺同化の魔法を解き、その姿を晒した。
ブラックスーツに喧嘩強そうな面構え。あたりだ、とシキブは密かにガッツポーズをする。ここ最近振り向きもしなかった賭博の女神が今は自分に微笑みかけているようだ。
「確かに魔法で気配は感じられなかった。けれど、それはお前だけでなく館の中で暴れてる俺の仲間の気配もかき消すみたいでね。
それで山頂へ向かう影が魔物によるブラフだとわかったのさ」
「見事な観察力だ。流石というべきか」
両者は一定の距離を保ったまま湖と反対側の屋上へゆっくりと動いていく。
だが次の瞬間、二人は足に力を込めて飛び出た。
激しくぶつかり合い、抗戦する男たち。
シキブが魔法のかかった紫の鉄の剣を切り付ければ、スキンヘッドの男がかわして魔法のかかったチタン付きのレザーグローブを打ち込む。
互いに一歩も譲らない。
何度も剣とチタンが擦れ、悲鳴をあげる。
「ぅっ……!」
だが、一瞬の隙をついて相手がシキブの顔面に拳を突き出す。
間一髪首をひねるが、魔法で殺傷力が飛躍的に高まっている攻撃が首筋の皮をわずかに剥ぐ。
走る痛みに意識を持って行ったことで形勢は変化した。
「防戦一方じゃないか、さっきまでの威勢はどこへ消えた?」
男の言うように、シキブ先輩は次々と繰り出される連続攻撃を受け止めるのに精一杯だった。
戦闘の途中から敵の技を食らうたびに頭からの重圧が増す。スキンヘッドが武器に施した重力魔法が次第にシキブを追い詰めていくのだった。
「はぁっ!」
男が渾身の一発を振り落とす。
攻撃は防ぐが負荷がずっしりとかかり、遂には片膝を地面につけてしまった。
「これで終わりだ……!」
「っ…………」
男がシキブの頭上より振りかかる。
渾身の一撃をシキブは避けることができない。
そして勝利を確信した男は――口元に笑みが浮かべたシキブに仰天する。
「――――!!」
「はあっ!」
掛け声とともに一筋の光が弾けると、それを目の前にしたスキンヘッドの男が眩しさでうろたえる。花火のように散るのは紫色のマナだった。
強化魔法を解いたシキブが続けて踏み込んで柄で相手の腹を殴る。
それから背後に回り込み、鉄の刃で相手の手首の方からレザーグローブを切り裂いた。
魔法の発生源となっていたチタンが砕け、魔法はマナへ分解される。
力を失った手袋は跡形もなく消滅した。。
スキンヘッドが地面に手をつけると立ったシキブが剣を首に当てる。
勝負は決まった。潔く負けを認めた男が片足を立てて呟く。
「よくこの魔法を見抜いたな。
攻撃力の向上は手の甲から指先までで、手首から腕には魔法をかけられないことを」
「あんたの戦い方を見ていればわかるさ。パンチを打ち込み、すぐに引いて急所や弱点を守る。それが人間の心理。
魔法が十分に使えないのならなおさらだ」
「はは……やはり気付かれていたか。私がこの空間の所有者ではないことを」
「あぁ。
そして使っていたのは魔法ではなく、魔法道具の一種である魔具。
生成時にあらかじめ術式とマナの結晶を埋め込むことで、使用者のマナを消費することなく魔法が発現できる武器。
だが、その欠点は一種類の魔法しか展開できないことと発動範囲が限定されること。そして、保有したマナを使い切るか、貯蓄媒体である結晶部を破壊することで消滅すること」
つまり、魔具であるレザーグローブの重力魔法は、シキブの剣、正確には剣を包んでいた魔法に対して働いていた。魔法はシキブ自身のものであるため全身へ圧力がかかったが、その魔法を解けば働きは無効化され、彼は自由に動けるようになる。
「素晴らしい。賞賛に値するよ、君は」
渇いた笑い声が響いてすぐに消える。ここまで見破られているとは思いもしなかった男の清々しいほどの完敗だった。
「あんた、もしかして魔物を自在に操れるのに魔塊の影響を受けていないのか」
「……ああ、そうだ。私は自らの意志で魔塊を所持した客人をここへ招き、規則に反して君たちに刃を向けた」
「なぜそんなことを? この世界において、客人にとって、ルールを守ることがすべてじゃないのか?」
「罪を犯してでも、秩序に逆らってでも叶えたい夢がある。
十数年しか生きていない君たちには到底理解できない理想が……」
「叶えたい夢、それに理想だって?
――いや、待て。
そもそも住人の使命は客人の接待のみであって、己を視野に入れるような感情は持ち合わせていないんじゃ――」
突風が舞い上がり話を遮られた。そして一気に辺りが暗くなる。
急変に驚き空を見上げれば、館の真上にどよめく黒い雲がいつの間にか発生していた。
「直ちにここから立ち去るんだ! でなければ、君もただでは済まないぞ」
「この期に及んでまだそんなことを……」
ごろごろと雲が唸る。本当に危険が迫っているようだ。
どうするか、と思案するシキブ。
だが、彼が判断を下す前にぱっと視界が光に包まれ、雷のような轟きだけが知覚を貫いた。
――――
シキブとアカネが魔法を展開する少し前。
ハナダはここへ近づくにつれて感じた不快な感情の発生源を探して、一人館内を探索していた。片手には使い慣れた銃を、片手にはアカネから拝借した短剣が握られている。
彼女は魔法を展開しない限り、魔物たちは襲って来ないことを知っている。だからこそ魔法に頼らない戦闘を重ね、技術を磨いてきたのだった。
警戒は怠らず、気配を消して敵の懐へ潜入し内部から破壊する。それが変装魔術を使うハナダのやり方。
「ここかな」
敵がいた二階のベランダから階段を下り、さらに地下へ進んだ先にある重厚な扉が彼女を迎える。
魔力と音声認証の二重ロックのかかった、いかにも重要な何かを保管している地下室。
目を閉じてもう一度確認する。
間違いない。その先から異様な強い気配を感じる。
恐らくこの先に魔塊があり、もう一人の逃亡者――大柄の客人がいる。
だが、その前にロックを開錠しなければならない。
「――我が綴りたるものは 夢幻の戯曲 青き虚構の衣纏いて かの者を導かん――」
ハナダは一度武器をホルダーに戻し、左の手の平を上に向けて静かに詠唱した。
指先より青い光が具現し、一回転して全身を光で包み込む。そして一歩踏み出せば覆っていた光は黒のスーツとなり、革靴となり、ネクタイを締めて銃と剣を内ポケットに忍ばせる強面のスキンヘッドの男となった。
唯一異なるのは瞳の色。他の部分は完璧に真似ても、目の色だけは魔法で変えることはできなかった。
早速ハナダは扉の前に立ち、行動を開始する。
男の魔力と声は弾丸を打ち込んだ時にすでに確認済み。
識別のための変装なので、本人のような立ち振る舞いをする必要もない。
〈――認証確認。ロック解除〉
扉にかかっていた罠もろとも鍵は解除された。
ここからが本番。ハナダは気を引き締めて取っ手に手を伸ばす。
――指先がそれに触れたその瞬間。
雷鳴が轟き、物理的障害を越えて光が扉の奥へ落ちた。
そしてハナダは危険を察知し、ドアから飛び退く。
ぱっと顔を上げれば、接触する手前の至近距離で黒い何かがハナダの瞳を覗き込んでいた。




