土人形
「カント速すぎ。完全に見失ったわね」
「三重詠唱があれだけ持続するなんて」
三重詠唱はすぐに魔力が枯渇する。
それがこの世界での常識である。
アイリスやエリザベスも類稀な才能を持っているはずなのだが、カントのそれは二人から見ても突出していた。
結果、アローラを追って先行したカントを見失ったというわけである。
現在、二人は闇雲に森の中を進んでいる最中であった。
「とりあえず人のいそうな痕跡を見つけないと本当に迷ってしまいそうね」
「あ、前方に人影のようなものが見えますね」
アイリスが目を凝らすと、確かに遥か先に動く何かが見えた。
「鬼かもしれないので、慎重に近づきましょう」
二人は、回り込むようにその影へと近づき、茂みの反対側から様子を窺った。
「何、あれ」
それは、確かに人のような形をしていた。
胴体部分から地面に向かって二本の足が生えて二足歩行しており、腕や頭部に当たる部分もある。
だが、それが人と決定的に違うのは、全身が泥でできていることだった。
「どうやら、あれがカントの言っていたゴーレムというモンスターのようですね」
「姫、何をしてくるか分かりませんから気を付けてください。動きが遅いのでそれほど危険な印象はないですが」
両手をだらりと前にたらし前進する土の人形。
その動きは人の歩行速度よりも遅く、襲ってきても十分に対処できるように思われた。
「この程度なら何も怖くありませんね。……ちょっとアイリス、そんなに強く押さないでくれますか。相手が弱いと言っても、前に出て見つかると面倒なことになるかも――」
「私ならこちらにいますけど」
後ろにいると思っていたアイリスがなぜか横にいる。
すると後ろから押しているのは何なのか。
エリザベスが振り向くと、視線の10センチ先には、ゴーレムの頭部があった。
最初に発見したゴーレムに気を取られている隙にもう一体が近寄ってきたのである。
エリザベスとゴーレムは顔を合わせるような形になったため、暫し互いに見つめ合う。
もっともゴーレムは目や口といった顔のパーツがない「のっぺらぼう」なので、見つめ合うという表現が正確であるかは定かではない。
「いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
エリザベスはパニックになりながらもようやく状況を理解し、力を込めてゴーレムを両手で突き飛ばした。
【アクセル】を使用中だったこともあり、それは簡単に吹っ飛び、後方の木の幹に叩きつけられる。
その勢いで、ゴーレムの左肩に亀裂が入り、左腕がボロリと崩れ落ちた。
これが人なら一大事だが、相手は無機物である。
ダメージを受けたような素振りもなく、再び二人の方へと向かってきた。
「【ショックウェーブ】!」
エリザベスがゴーレムの臑をめがけて衝撃波を放つと、接触部分が砕けてその場に崩れ落ちた。
「姫、おケガはありませんか?」
「ええ、問題ありません。それにしても脆いわね」
魔法の使えない普通の人間であれば、これほどゴーレムが弱いとは感じなかったかもしれないが、エリザベスは上級魔術師以上の力を備えている。
目の前にいるモンスターはさほど脅威とはならなかった。
「こいつ、もう立てないのにまだ動きますね」
ゴーレムにはもはや右手しか残っていないが、これを器用に使い、地べたを這ってこちらに向かってこようとしていた。
エリザベスがもう一度【ショックウェーブ】で首の部分を切断すると、ようやく動きが止まった。
「姫、さっきの一体もこっちに向かってきてます!」
アイリスが武器として持っている鋼製の金属棒を頭部めがけて振り下ろすと、ゴーレムはすぐに機能を停止した。
「頭が弱点のようですね。ここさえ叩き壊せば簡単に倒せるみたいです」
「カントがもし遭遇していたとしてもこれなら大丈夫そうだわ」
動きが遅く、しかも倒すのも容易となれば不安になる要素は見当たらない。
カントも同じようにこのモンスターに出会っている可能性があるが、それほど手間取ってはいないだろう。
「何か忘れているような気がするけど……」
アイリスは、違和感に首を傾げるがその正体ははっきりとしない。
「先を急ぎましょうか」
「はい」
二人は再び森の奥へと向かって進んでいった。




