13部:お戯れはほどほどに、ね?
へらへらと笑うそいつは悪友だった。
見紛うこと無き悪友は、やってきて早々にほれ、と右手をこちらに差し出してきた。
「なんだ、その手は」
「ノート。コピーさせてくれよ」
「清々しいくらいに図々しいなお前」
私が睨みつけてやると、これが俺の個性なんだよと冴木は返す。
へらへら、へらへら。
それがどうしようもなく腹立たしく、私には到底我慢のし得ないモノであったため、私は向けれた手を軽く――そう、本当に軽くだ――はたき、
「貴様にくれてやる情報などないわ、寄生虫め」
「酷い奴だな」
「お前がな!」
そんな言い合いを続けていると、ククク、と笑い声が響いた。見れば、私の隣に座っていた芹菜が腹を抱えて必死で笑いをこらえようとしてはいるものの結局声が漏れているという体をなしており、
「やはり先輩方は、仲がいいんですね」
「そんなわけがないだろう」
「ああ仲がいいぞ本当に仲がいい」
後輩の愚問に対し、肯定と否定の両方が飛び出した。ちなみに肯定したのが誰かなどは言うまでもない。
「ソウルメイトみたいなもんだからな、俺たちは」
「むしろソウルフードだろうが、たかられる私の身としては」
「大して上手くもないな」
「別にジョークのつもりで言ったわけじゃないからな!?」
怒鳴った後、私はぐしゃぐしゃと苛立ち紛れに髪を掻き乱し、枕代わりに使っていた鞄をごそごそと漁っては一冊のノートを取り出す。
「ほら、冴木。ご希望のブツだ」
「なんだかんだ言って、渡すんじゃないですか」
うるさい、と睨みつけてもなお茶化す芹菜はニヤニヤと張り付いた笑みは消えず、それが苛立ちを助長させる。
「結局のところ、どうなんですかね、お二人は」
「……何の話だ?」
いきなり話題の矛先が変わったことに、眉をひそめる。
「サークル内でも噂になってますよ。飲み会以外でロクに姿を見せない二人が、異様に仲がよさそうだって」
「ふむふむ」
別にそうでもない、という反論は後回しに、とりあえず頷く。
「構内でよく二人でいるのを見かける、というかそれ以外を滅多に見かけない、と」
「ほーほー」
神妙な顔で相槌を打つ冴木にもまた、異議を唱えようとする様子は無い。
「それで、先輩と話す数少ない存在であるところの俺に、本当のところってやつを訊いてみろと、お鉢が回ってきたわけです」
「……話が見えないんだが」
「本当に分からないんですか、先輩?」
「ああ、分からないね」
大げさに首を振って返答、しかし、
「むしろ、分からないままで終わらせたいくらいだ」
嫌な、予感がしたから。
ロクでもない――本当にしょうもない、話になる予感だ。
「だから、ですね……」
芹菜は呆れたような顔をして、
「だから?」
「――先輩たちは、付き合ってるんですか?」
「「なにをいってるんだお前は」」
共通した見解を抱くことなど稀であるわたしと冴木にしては、珍しくも言葉が綺麗に重なり、
「後だしでアレだが、俺は、なんとなく予想がついていたんだがな……」
「奇遇だな、私もだ……だが、ここは敢えて知らないフリをしておくべきだぞ、冴木」
「そういうもんかね?」
「そういうモノさ」
はは、と捻り出した笑みは力無く、空気中に溶けて消えていく。
「いったい、どこからそんな話が出てきたんだ?」
「最初に言い始めたのは、土井先輩でしたね」
「そうかそうか……で、土井って誰だ?」
「俺に訊くなよ」
半ば本気で首をかしげる私と冴木に、
「あー……先輩方は、サークルの会員すらも興味の範疇に無いんでしたね――そのお熱い仲で、周りを見るヒマはない、と」
「気持ち悪い皮肉はよせ、鳥肌が立つ」
即答する声は、無意識のうちに刺々しい低さを伴う。虚偽を騙られた上に、そこに露骨なからかいが含まれているのだから当然だ。
「女子のマジトーンでそれは傷つくんだが」
「冗談みたいに笑い飛ばすのは、趣味じゃないんだ」
言いながら、ついでにそこに笑顔を付属させる。それが愛想か自嘲か、はたまた別種の何かなのかは知らん。
「なら、友人関係なんですかね?」
「さっき言っただろうが、ソウルフーd」
「いや、そういうのじゃなくて」
何だ何が不満だ母音を断ち切るとは。私がボインとしてないからか。実際に胸は無いが。
「貧乳批判とはいい度胸だな後輩よ」
「どう頭を捻ったら逆セクハラに行きつくんですか先輩。しかも自虐ネタとか聞いてて可哀そうになるんでやめましょうよ」
「おっと、すまんな」
脳内で完結させようとしたギャグが尻尾の方だけ口から迸ってしまったようだった。
「あと、面白くありませんからねそれ」
「おいギャグだとなんで分かった」
「先輩の考えなんて、単純すぎてすぐ分かりますよ」
セクハラに至るまでの経緯は分からなかっただろうがと揚げ足をとろうとしたが、大人げないのでやめておいた。私は先輩だからな。それらしいことは何一つしていないが。うはははは。
「……それで、結局のところはどうなんですか?」
今日はやけに食いついてくるな。普段なら、深刻なモノでもない限りは適当なところで切り上げられ、話題から話題へと渡っていくモノなのだが。
「だから、何でもないって言ってるだろ」
そう答えたのは、私の自虐ジョークにも表情を変えなかった――というよりは、ずっと間の抜けた笑みだっただけなのだが――冴木だった。
「俺と嵯峨根の間には、特には何もないさ。適当につるんでるだけだ」
「そうなんですか?」
「まあ、そんなところだな」
ヤツの言葉に合わせ、私も適当に頷いて見せる。
「少なくとも、私に色恋系のコトをするつもりは毛頭ない。第一、私の性に合わないんだ」
「どうしてです? 先輩は、別に男と話せないとか、男性恐怖症とかってわけでもないじゃないですか」
「そこまで根本的な話じゃない。ただ単に、面倒ってだけの話さ」
嘘じゃない。だけど、本当でもない。ただのでまかせでもない。
何と表現すべきか分からないけれど、これは、何でもない類の、とりとめのない言葉だった。
「恋とか、愛とか、そういうのが嫌いなんだよ」
「ああ、先輩、一回生の頃に四回生の先輩と付き合ってたんでしたっけ」
「同性での、な」
「それで、嫌気が刺したんですか?」
「………まあ、な」
嘘じゃない。
嘘では、無かった。




