誤解 2
暖冬だった筈なのに……大雪が!
『多分、君は色々と誤解している。リディアの趣味はソッチ系じゃない。寧ろ逆だ』
シルバの言葉が、床に崩れ落ち、両手を付いて微妙に震えるリディアの中で反復再生される。
(何が、『大丈夫だ、分かってる』ですか! 全然分かってないじゃないですか)リディアは内心でそう嘆きながら、(……若しかして、私はもう何年もシルバに勘違いされたまま過ごしていたのかしら?)と、ちょっと怖くなる。
流石に、何年も共に暮らして居る者に、そういう趣味があると勘違いされたまま、今まで過ごして居たと考えるとゾッとする。
「リディア様は、所謂百合趣味では無いのですか!?」
エクレアの、その言葉を聴いて、リディアはピクピクと笑顔を引き攣らせながら幽鬼の如くユラリ、と立ち上がる。
「あぁ、リディアは所謂BL……痛いぞ、リディア」
リディアは、何か言おうとしているシルバの肩をギリギリと音がする程強く掴み、黙らせると同時に、二の句を継がせないように『黙ってろ』という意味を込めて強く睨みつける。
そして、顔を青くして黙ったシルバの横を抜け、エクレアの元まで歩み寄り、エクレアがその場から一歩たりとも動けない様に、両の肩を掴んだ。
「あの時も何か勘違いされていた様ですが、エクレアさんは何故その様な"誤解"を?」
ピクピクと引き攣った笑顔のままエクレアに詰め寄り、誤解の部分を強調して問うリディア。その笑顔は、笑顔とカテゴライズするには余りにも恐ろしいものだった。
その笑顔を向けられたエクレアは顔面蒼白になり、さながら蛇に睨まれた蛙の如く、生命の危機すら感じて怯える。
「ひっ! すいません、すいません、すいません。リディア様がそこにいらっしゃる妖精の女性を襲っていた様に見えたモノで、その……」
最後の方が、若干尻すぼみ気味になりながらも、正直に答える辺り……リディアが相当怖かったと見える。
そんなエクレアの言葉に、今までベッドの上に座って成り行きを見守っていたサクは思わず声を上げる。
「いや、ウチ襲われてへんで?」
本当は、この状況が落ち着くまで大人しく成り行きを見守っている積もりのサクだったが、流石に自分にあらぬ誤解が掛かっているとなれば、否定ぐらいする。
「そうですよ、襲ってません。というか、何処が襲っている様に見えたと?」
すると、エクレアはリディアの手元辺りに視線を彷徨わせ、先程まで血の気が引いて真っ青だった顔を、羞恥で真っ赤に染めながら答える。
「リディア様の手に、キ、キノコ状のナニかが有りまして、それで……」
リディアは少し考え込む。そして、数秒するとエクレアの言わんとする所が理解出来てしまったのか、エクレアと同様に、顔を真っ赤にしてエクレアの言わんとした事を否定する。
「キノコ! コレはキノコです! 紛う事なき、キ ノ コ ! 薬の材料ですよ!」
勿論、リディアが持っているのは、エクレアが勘違いした、説明に自主規制が必要なソレでは無く、紛う事無きキノコだ。
マンドラゴラ類(自走する植物的なモノの総称)マイコニド科(マイコニド類の中で、キノコっぽいモノが分類される科)森林自走キノコ目(そのままの意味)に分類される。立派なキノコである。
「え! じゃ、じゃあ、フィリス王国で実しやかに囁かれているリディア様が百合趣味と言う噂は……?」
「何ですか、その噂は!?」
「救国の英雄である御三方が、亜竜を討伐して凱旋なさった祝いの宴の折、リディア様がサリア様を襲ったというアレです」
「はぁ!? 何ですかそれ、全く心当たりが無いのですけど?」
寝耳に水。とばかりにリディアが抗議していると、エクレアの話を聞いて、何か考えている風だったシルバが目を見開き、ポン! と手を打つ。
「リディア、若しかしてアレじゃないか? 第2王女様が酔っ払ってリディアに絡んで来た」
すると、リディアはハッとした顔をして、エクレアの首元を掴み、ガクガクと揺らしながら猛抗議する。
「あ、アレは寧ろ私が襲われていた方じゃないですか!! 何で、私が襲っていた事になっているんですか?」
「わ、わ、わ、かりません。私は『リディア様が泥酔したサリア様をお部屋に連れ込んで、朝までお楽しみだった』としかっ!」
「違います。私は泥酔した王女様が絡んで来たので、仕方なくお部屋までお連れしただけです! あの時は、待って居たのに誰も助けに来てくれなかったので、非常に大変だったのですけど!」
自分達の為に開かれた筈の宴で、何故か酔ってマーライオン宜しく飲んだお酒を吐き出す装置となった第2女王サリアの介抱をする羽目になったリディア。
誰も助けに来てくれなかったのは、王と使用人を含めた城の関係者が妙な気遣いをしたせいである。
「では、サリア様が、『朝起きたら、全裸で縛られてベッドに寝ていた……きっと昨日は激しかったのね……(///∇///)』と、恋する乙女の様なお顔でおっしゃっていたのは?」
「アレは仕方なくです。勝手に服を脱いで全裸になった挙句、酒瓶片手に城内を駆け回ろうとして居た女王陛下を止める為に仕方なく縛ったのです。これでも私に何か落ち度が在るとでも! 女王陛下に全裸で城内を駆け回らせろと!」
リディアは悪く無い。寧ろ、飲んでハッスルした第2王女が恥じを晒す事を全力で阻止したのだ。
もしも、リディアが女王を放置していたら……まぁ、何も無かっただろう。客を持て成す宴の席で脱ぐような女性だ、普段から脱いで居ない筈がない。
「なる程……では、リディア様は百合趣味では無く、襲われたというのは私の勘違いだったという訳ですか?」
女王の酒癖の悪さを、噂に聞いて知っているエクレアは、ちょっと納得した様な顔をして頷く。
「そうです。私は至ってノーマルです。百合趣味でもなければ、BLも嗜みません」
「では、リディアが持っていたあの本は?」
シルバは怪訝そうな顔をして、かつて教会の一室で目撃し、手にとってしまった本の事を問う。
その本はタイトルや外装こそ普通だったのだが、内容が"ぬふぅ"な感じの本だった。それを不意に読んでしまったシルバのショックは計り知れない。
「アレですか……アレはレビアが腐教とかで送ってきた本です」
数年前教会を巣立った少女、それがレビアである。現在は何があったか、別の大陸の大国で、国家公務員の様な仕事をしている。
「レ、レビアか……あの子は確かバルディア帝国で宮廷図書館の司書をして居た筈では?」
バルディア帝国。クリスタリア大陸のお隣、フィーリスト大陸にある文学と芸術の国と呼ばれる大国である。
数百年前、とある国にフラリと現れた女性が、『ホモがねぇ』と、一言発して、たった1人、しかもたった一晩でバルディア帝国の前身である、とある国を乗っ取った。
……などと、おおよそ真実とは思えない伝説と、世界に1つしかない本を複写する魔法道具がある事で有名な国である。
「それが原因ですよ、あの国の宮廷図書館は他の国のソレと比べて、かなり特殊な部分がありますから……」
初代皇帝である、とある女性の意思は、時を超え代を経た現在まで脈々と受け継がれている。その象徴がシルバが読んでしまった本であり、バルディアの宮廷図書館だ。
その蔵書量は他の国の群を抜き、蔵書の種類は他の国のソレとは一線を画す。他の国の宮廷図書館の蔵書は、国の歴史やらが書かれた物や希少な魔法の本や魔本の類の物だが、バルディア王国の宮廷図書館にはそんな物は無い。
代わりにあるのは、宮廷図書館の管理に関わって来た者達の趣味で選定され、集められた本である。
「なる程な……そういう訳だったのか。俺はてっきりリディアの趣味「あ゛ん?」……いや、うむ。俺の勘違いだったな」
「分かれば良いのです。分かれば……」
リディアに睨まれ、シルバは震え上がりながら何度も頷くと、リディアはスッっと、不機嫌な顔を引っ込めて、結界を解いたのであった。
マンドラゴラ類。自走する植物っぽいモノの総称で、分類される際には、割とフワッっとした基準で分類される。中には、本来魔物として分類されるものが混じっている事も。
マイコニド科。マンドラゴラ類の一種でキノコ系のものに分類される。コレもまた、分類の際は、フワッっとした基準で分類される。
森林自走キノコ類。マイコニド科に分類されるモノの中で、森林地域に生息し、尚且つ走るキノコの総称。コレもまた、分類の際はフワッとされる。




