服の事 1
話がすすまない……。
「ゲホッ……ぽ、ポルトめ……(ガクッ)」
「勝った……シスター……俺、初めて誰かの平和を守れた気がするよ」
朝。目を覚ますと、部屋の中が混沌とした状況になっていました。
口の端から、赤い液体(血とは違う色と質感)を流しながら、恨みがましそうにポルトの名前を呼んで気絶したハーシェと、
恐らくハーシェの口の端から垂れている赤い液体が入っていたであろう空き瓶握り締めた右手を見詰め、感慨深そうに呟くポルト。
寝覚めから何か事件の香りが漂っています。僕が寝ている間に、一体この部屋で何があったというのでしょうか。
そう思っていると、瓶から目を離して我に返ったらしいポルトが此方を向きました。
「あ、おはよう千歳。悪いな、おこしたか?」
「おはよ、ポルト。大丈夫だよ、そろそろ卵集めに行く時間だから起きなきゃいけなかったし。……で、何があったの?」
先程、赤い液体を口から流しつつ床に倒れ伏して気絶したハーシェを指差しながら聞きます。
するとポルトは、床に倒れ伏したハーシェと手に持った空の瓶を交互に見遣り少し嬉しそうに言います。
「何時ものアレだよ、ハーシェのモーニングコール。で、今日は遂にあの瓶の中身をハーシェに飲ませてやった訳だ」
おー、遂に! 事ある毎に、寝起きが悪いと飲まされてきた例の唐辛子汁を遂にハーシェに飲ませる事に成功したんですねー。
ポルトは、前々から「今度アレを飲まされる様な事があったら、阻止してやる……いや今度は、逆にハーシェに飲ませてやるぜ!」って言ってましたからね。
「なる程……じゃあもしかして、もう事件解決?」
「事件だか何だか分かんないけど、多分解決だな。ハーシェの自業自得で」
何とも早い解決で、しかもパッとしない結末ですが、ハーシェの善意の悪戯の被害に遭わずに済んで助かりました。
「何はともあれ、ありがとポルト。御陰であの辛いのを飲まされずに済んだよ」
「どういたしまして、じゃあ俺は1度部屋に戻って着替えるよ。まだパジャマのままだからさ」
そう言ってポルトは、倒れ伏すハーシェを一瞥して、満足そうな顔で部屋を出て行きました。
「さてと、僕も着替えよ」
流石にこの時間から寝ると、朝ご飯の時に起きられるか不安なので眠る訳にもいきません。なので仕方なく起きる事に。
そうして着替えていると、ベッドの上に放ったパジャマを見て、ふと大切な事に思い至りました。
「そういえば、早いとこサクに服渡さないと……」
割と至急の用事です。急がないと、今日は騎士の人が居るので、大変な事になるかも知れません。
流石にパンツ一枚、ハンカチ一枚のサクが人前に出るのは彼女のは色々と不味いでしょうし、出合ってしまった人も気まずいでしょう。それに折角頑張って作ったのです。早い所服を届けてあげないと……。
そう決めて、着替えを済ませたり、『貯蔵庫』から服を取り出したりと、手早く準備を進めていきます。
流石に下着類は誰かの目に付くのは避けたほうが良さそうなので、ハンカチを風呂敷代わりにして包み、作った衣類と一緒に持っている中で一番小さな巾着袋に入れます。
そして、床に倒れ伏して気絶しているハーシェを華麗にスルーして、サクが居る医務室へ向かいます。……目覚めたハーシェの逆鱗に触れるのが怖いのです。
―――――
医務室へ向かう途中、何故かメイドさんと、騎士さんの1人が廊下の途中で右往左往しながら、見えない何か……壁の様な物を箒の柄でグリグリしたり、鞘に入ったままの剣でガンガンと叩いたりしていました。
「硬いですね……」
「ですね……」
散々見えない壁に攻撃を加えたメイドさんと騎士さんは、うんうん唸ったりしていました。
何やら難しい問題にぶち当たって居るようで、ちょっぴり話しかけ辛い雰囲気だったのですが、勇気を出して話しかけてみる事に。
「あのー」
「おや? 千歳ちゃんじゃないか、おはようございます」
「おはようございます、騎士さん」
右手を背中に回し、左手を胸に当てて一礼する。この世界における騎士の挨拶をする騎士さんに習い、僕はメイドさんに教えて貰った、両手でズボンを掴み、片足を軽く引いて少し膝を曲げて頭を下げる挨拶で返します。
前世で朱里ちゃんに習った挨拶にも似ていますが、これはもしやアレなのでしょうか? 女性用の挨拶とか……いえ、きっと気のせいでしょう。朱里ちゃんがそんな挨拶を僕に教える筈がありませんから!
「おお! しっかりと挨拶が出来て偉いねぇ。家の娘にも見習わせたいぐらいだ」
おー、褒められました! やっぱりこの挨拶で間違っていなかったんですね。
「今日は何時もよりちょっぴり早起きですね。もしかして、千歳ちゃんも野次馬しに来たんですか?」
「野次馬って、今朝の悲鳴の?」
「そうです、そうです。でも、この見えない壁みたいなののせいで先に行けないんですよ。野次馬できないんです」
手に持った箒の柄で、見えない壁をコンコンしながら言うメイドさん。どうやら本格的にお困りの様子……っていうか、この壁って結界ですよね。
確か、調理魔法にも耐熱結界とか対衝撃障壁とか、そういう感じで調理魔法の一部として組み込まれていたり。結界や障壁その物を、調理器具の形に変えて使う魔法が調理魔法にはあった筈です。
「……シスター達かな?」
「でしょうね」
「エクレアの姿が見えない所を見ると、あの子も何か関係してるんだろうな……あぁ、始末書が」
騎士さんとメイドさんと3人、顔を見合わせて溜息を1つ。
何時もなら、問題が起こったのならいの一番に姿を現すシスター達が居ないのです。この結界は十中八九シスター達が作り出したものでしょう。
にしても、アレですね。何で結界なんて張ったのでしょうか? 魔物が出たにしても、普段なら結界など張らないですし、張るにしても医務室の周辺のみに張るという事は無いでしょう。
「この壁って、消したり出来ないのかな?」
「それが、何とかしようと思って、私と騎士さんで思いっきり叩いてみたんですけどビクともしないんですよ。御陰で手が痛いです」
「いや、本当に。こんなに硬い結界は初めてさ。それに何かを剣で叩いて手が痺れるなんて見習い騎士時代以来だよ」
相当痛かったのか、2人とも渋い顔をて手をブラブラさせます。
やっぱり硬いんですね、この壁……。
「……じゃあ、壊すのは無理そうだね」
「無理そうですねー壊せる気がしませんよ」
「別の所でも仲間が壊そうとチャレンジしてるんだけど、この壁の様子からすると全然みたいだね」
2人とも肩を竦めてお手上げ状態。騎士さんに至っては、「ハハハ……このままだと始末書に加えて、特別訓練の予定まで組まれてしまう……」と、ちょっと絶望的な顔すらしています。
「困ったねぇ……サクに服届けに行きたいのに」
そう言うと、メイドさんは僕が持っている巾着袋に視線を落としました。
「そういえば作るとか言ってましたねぇ……その巾着に入ってるんですか?」
「そだよ、昨日頑張って作ったんだー」
どーん、と巾着袋をメイドさんの前に突き出して自慢します。
この巾着袋には、昨日の夜に作った、サクの衣装一式が入っています。服が2着に、靴下以外の下着が一揃いで5日分。
妖精は、飛行をメインの移動法にしている種族で、滅多に靴やら靴下やらは履かないらしいので、靴下は作りませんでした。
もしも履物が必要なら、靴は無理そうですが、適当な木材でも拾って来て下駄でも作りましょう。魔法を使えば何とかなる筈です。
「服を作ったのかい? まだ小さいのに凄いねぇ」
「ちょっと見せて貰っても?」
こくん、と頷いて、巾着袋をメイドさんに差し出します。
それを受け取ったメイドさんは、巾着袋を開いて服を1着、複製品の方を取り出します。
「え、ちょっと、何ですかコレ!?」
取り出した服を広げて目を見開くメイドさん。
ふふっ、驚いてる驚いてる。少しだけメイドさんの鼻を明かせたような気がしてちょっと嬉しくなります。
「これは見事な物だな。服の良し悪しが分からない俺でも、この服が凄いのは何となく分かるよ」
「ですね……正直驚きました。というか、この服って昨日咲奈さんが着ていた服ですよね? まさかこれ昨日の夜だけで作ったんですか!? 怪我は大丈夫ですか? 針で指を刺したり、ハサミで何処か切ったりしてませんか?」
「してないよ? お裁縫得意だし」
ほら、とメイドさんの方に手を見せます。すると、メイドさんは「うーん、確かに怪我は無いようですね……普段の様子からすると信じられません」と、怪訝な顔をします。
家事全般は、お母さんにしっかり仕込まれましたからね。伊達に『何時お嫁に出しても恥ずかしくないわね』とお母さんにお墨付きを貰ってはいません! ……お嫁には行きませんけど。
「でも残念。今はこの壁があって、届けられませんね。ほら……って、あら?」
メイドさんが箒の柄で、壁をコンコンしようとすると、箒の柄は先程壁があった場所を何事も無く通り抜けました。
「壁、いつの間にか消えてるね」
「本当だ、仲間の誰かが何とかしてくれたのかね? ……まぁ、何はともあれ結界は消えた訳だし、この先の様子を見に行くとしようか」
騎士さんは、「必要無いかも知れないけど、一応安全を確認しながら進むから、俺よりは前に出ないように」と、腰に差した剣に手を掛けて、周囲を警戒しながら医務室の方へ進んでいきます。
「じゃあ、私達も行きましょうか。折角作った服なんですから、ちゃんと咲奈さんに届けてあげましょ」
「うん」
メイドさんから差し出された巾着を受け取り、メイドさんと一緒に、先を行く騎士さんの後に続きます。
頑張って作った服……サクは喜んでくれるでしょうか? と、ちょっと不安になりながら医務室へ向かうのでした。




