誤解 1
暖冬ですね。まだ1月なのに、春の様な暖かさです。
「や、止めてぇぇぇえええええぇぇっぇえぇー、○(ピー)される(自主規制)ーーー私が17年大切に守ってきた大切なモノが散らされるーーーーっ」
早朝。夏にしてはまだ肌寒い時間。教会に切羽詰まった様な女性の悲鳴が響き渡る。
「―――ふわっ!? にゃひごりょ?」
悲鳴に驚いた千歳は、布団を跳ね除けながら跳ね起きる。そして、眠い目を何とか開いて、自分の部屋の中をぐるりと見回す。そして、自分の部屋では何も起きていない事を確認すると、目を瞑りながら小さく頷き、先程跳ね飛ばした布団を引き寄せ、そのまま真後ろに倒れこみ2度寝の体勢を取る。
「……ふみゅぅ………(ポテッ)……スヤァ」
結構切羽詰まった感じの悲鳴が聞こえたにも関わらず、千歳は和知と平常運転。……まぁ、危険な魔物が跳梁跋扈する大森林では、先ず山賊などは出没しないし、危険な魔物も、滅多に教会には近寄って来ないので、教会の周囲で、誰かが危険な目に遭って叫び声を上げること等まず無い。
それに、普段教会で誰かが叫ぶ事があるとしても、大抵の場合、リディアが調剤に失敗し貴重な素材を無駄にしてしまったか、千歳の身に何かあったか……。その程度である。
「助けてぇぇええぇーーーお母ーーーさーーーん、ポチーーーーーー」
「……zzz」
2度目の悲鳴が教会全体に響く頃にはもう千歳はヨダレを垂らし、スゥスゥと安らかな寝息を立てて夢の世界に旅立っていた。
普段なら、悲鳴や不審な物音が聞こえようものなら、色々迷った挙句様子を見に行くであろう千歳だが。本日に限っては昨晩の徹夜が響いて、この有様である。
だがしかし、徹夜などして眠い日に限って、狙ってやっているのではないか? と思うほど、誰かが無理矢理起こしに来るものである。
今だって、千歳の部屋の外からドタドタと足音が響いている。そして、その足音が、千歳の部屋の前でピタリと止まった数瞬の後、ノックと同時にバーン! と、勢いよく扉が開かれる。
「おっはよぉぉぉぉーーー千歳。あっさだよぉぉぉーーー」
やって来たのは、早朝から響いた叫び声に、何が起こったのかワクワクして異常に高いテンションになっているハーシェと。
「……眠いぜ。変な叫び声が聞こえて、ハーシェが元気にさえならなきゃまだ寝てられたのに」
オラ、ワクワクすっぞ!状態のハーシェに無理矢理叩き起こされ、非常に眠そうにしているポルトだった。
ハーシェ的には、面白い物を見逃さない様に、善意で他2名を無理矢理叩き起こしているのだが、起される方は堪ったものではない。
想像して欲しい。普通に起こされて起きないと、口の中に唐辛子の2倍~3倍弱の辛さがある香辛料の粉末を水に溶いた物を口に突っ込まれるのだ。善意とは一体何なのだろう?
「さぁ、千歳起きて! 医務室の方でエクレアちゃんが何か叫んでたよ! 何してるか見に行こう!」
「んぅ~」
扉を開けたテンションのまま、千歳の布団を思いっきり引っぺがすハーシェ。だが千歳は、モゾモゾとその引っぺがされた布団の下に潜り込む。起きたくないという無言の抵抗だった。
「……しょうがないか。もうコレを使うしかないよね。千歳が起きないんだもん、仕方ないよね!」
仕方ない。と言う割に、ハーシェはとても嬉しそうに、ポケットから粘土が高そうな真っ赤な液体の入った小瓶を取り出す。そして、キュポン! と良い音を立てながら、その瓶の蓋を開く。
それを見たポルトは、青い顔をしてハーシェの肩に手を置いて次の動作を制止する。
「ハーシェ……止めるんだ。この前千歳にそれやったら、起きるどころか、白目剥いて気絶しただろ?」
「大丈夫。今度のは前回の3倍の辛さがあるから、きっと平気だよ」
何故かサムズアップしてドヤ顔で答えるハーシェ。その自信は何処から来るのだろうか。
「……何を根拠に平気とだ? 前回の3倍とか、絶対不味いだろ!」
「不味いね……でも、薬学の歴史は挑戦と失敗の歴史だってリディアが言ってたよ。犠牲を覚悟して果敢に挑まないと成功は掴めないんだよ」
「何か良い事言ってる風に聞こえるけど、それ薬じゃないし。大体、犠牲になるのは千歳じゃないか。挑むなら自分で飲んで挑めって」
「嫌だよ、だってコレ絶対辛いもん!」
「凄い理不尽!!」
――――――
ハーシェとポルトが千歳の安眠を賭けたやり取りをしている丁度その頃。シスターシルバは、医務室の窓際に居た。
教会の裏手で毎朝の日課である早朝鍛錬をしていたシルバだったが。教会から女性の叫び声を聞きつけ、必要かどうか迷ったものの、「もしもの事が遭ったら不味い」と、素振りに使っている巨大な金属の塊を地面に突き刺して、叫び声の発生源たる、医務室までやって来た次第だ。
「うぅ……離して下さいリディア様」
「ふっふっふっふっふ……あと少し……あと少しで」
聞きなれた声を耳にしたシルバは、姿を隠しつつ、声の発生源である医務室の窓を数回ノックする。そして、まともな返事が帰って来なかった事を確認すると、覗き込みたくない気持ちを何とか押し殺して、部屋の中を覗き込む。そして、部屋の中を覗いたシルバは、思わず窓の中で起こっている光景から目を逸らしてしまった。
「(う゛わ……見てはいけないものを見てしまった……今からでも全て無かった事にして朝の鍛錬に戻れないものだろうか……)」
シルバが部屋の中を覗き込むと、ハァハァと息を荒くしながらエクレアの足を掴み、部屋の中に引き摺り込もうとするリディアと、それに必死に抵抗するエクレアの姿があった。
シルバは青い顔をして、如何したものかと悩むが、その間も事態は待ってくれず、リディアとエクレアの攻防は続く。
「嫌ッ! 止めて下さいリディア様ッ! 英雄の名が穢れてしまいますよ!?」
「英雄の名が穢れる? そんな物は貴女方が勝手にそう呼んでいるだけに過ぎません。それに、今はそんな呼び名を守る事より、優先すべき事があるのですよ。さぁ、観念なさい!」
「優先すべき事って何ですか!? 私を部屋に引き摺り込んで○す(自主規制)事ですか!? 私の初めてを奪う事なんですね!? そうなんですねッ!!」
「フフフ、大丈夫ですよ。例えそうだとしても悪いようにはしないので安心して下さい。それに、もう少しで結界も張り終わりますので、そうしたらどれだけ騒いで頂いても構いませんよ」
シルバは、ハッっとして、窓際から一歩後ろに後ずさる。
結界の発動範囲がどれだけか分からない以上、空間の一つの区切りたる部屋の壁から離れるのは正しい判断だろう。
「(……リディアめ、結界まで……今ならまだ間に合うか?)」
シルバは足音を消して慎重に2歩3歩と警戒しながら後ろに下がる。だが、5歩目を踏み出そうとした時に、結界に触れてしまった。
シルバが結界に触れた瞬間、リディアは振り返り窓の向こう側――ちょうど、シルバが結界に触れた位置辺りを壁越しに凝視する。
「誰!?」
「(!? リディアのヤツ……感知型の結界を張って居たのか、幾らなんでも警戒しすぎじゃないか?)」
シルバは自分の迂闊さと、リディアの警戒心を侮っていた事を後悔しつつ、医務室の窓から姿を現す。
窓の影から現れたシルバの姿を見た瞬間リディアは、驚いた様子でエクレアを掴む手を離し、両手をブンブン振りながら自分の無実を訴える。
「うびゃっ!」
「シ、シルバ!? 違うのです! ……これは違うのです!」
リディアが手を放したせいで、エクレアは支えを失い床に叩き付けられ、踏まれたウシガエルの鳴き声の様な声を漏らすが、エクレアは、それでもめげずにリディアから逃げようと医務室の外に這って行く。
それすら気にする余裕も無い程リディアは狼狽していた。
「大丈夫だ、分かってる」
シルバは、冷静を装うが、その実、彼もかなり狼狽していた。当然だ、見てはいけないモノを見てしまったのだから。
「そ、そうですか! よかった……」
シルバは、胸を撫で下ろすリディアの横を抜け、逃げだそうとするエクレアの元に向かう。
見つかってしまったのだ。今更逃げる事など考えても仕方がない。だったら、何とかエクレアの誤解を解いて無事にこの場を乗り切るのが、この状況に於いて最適な解だ。そう判断したのだ。
「エクレアさん」
「ひぃ! すみません、すみません、すみません」
シルバが、這って逃げるエクレアの肩を叩いて話しかけると、エクレアは、怯えて、まな板の上に乗せられた魚の様に跳ね回る。
それを見たシルバは、困った様な顔をして、このままでは埒が明かないと、エクレアの傍から一歩引いた。
「あー……うむ、取り敢えず落ち着いてくれないか? 多分、君は色々と誤解している。リディアの趣味はソッチ系じゃない。寧ろ逆だ」
「え?」
エクレアの間抜けな声を伴った驚きを他所に。そう言い放ったシルバの後方では、リディアは声も無く膝から崩れ落ちていた。
メイドさん「くっ! 見えない壁みたいなののせいでこの先に行けない……一体この先で何が!?」
彼女は今日も元気です。




