散らば諸とも
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
千歳が服を作り終えて眠りに付いてから数時間。未だ起きる気配すらなく、口の端からヨダレを垂らしすぅーすぅーと安らかな寝息を立てて寝ている頃。
朝日が昇り、草木を揺らす高原の爽やかな風が教会を包む爽やかな朝。誰もが未だ夢現の狭間にあるような時間。
「…うぅーんっ―――っはぁ…ええ朝やなぁ。風が気持ちええなぁ」
サク――咲奈=フェンは、教会の医務室の窓枠に立ち、夏の朝日を受けてキラキラと輝く青い長髪を早朝に吹く爽やかな風に靡かせながら、精一杯伸びをながら漏れ出す欠伸を噛み殺していた。……全裸で。
「朝日が眩しいわ!」
そんな、元々装備していたパンツとハーシェのハンカチ。そして大切な何かを昨晩の内に何処かへ脱ぎ捨ててしまったサクが、朝日に目元に輝かせながらぼんやりと朝日を見ていると、鈍い音を立てながら医務室の扉が開いた。
「!?」
サクが少し驚いて後ろを振り返ると、そこに居たのは、昨日キノコを追いかけて何処かへと駆けて行ってしまい、軽い行方不明状態になっていたリディアだった。
サクの姿を見たリディアは、土埃で汚れたり小さな木の枝が絡まったりしてボサボサになった髪をガシガシと掻き乱しつつ、少しグッタリした声で呟く。
「…………はぁ、疲れているのかしら。窓際に全裸の痴女が見えるわ」
「痴女……か。ふっ、服という肉体を縛る頚木から開放された今のウチがそう見えるん?」
リディアは、はぁ、疲労が原因の幻覚ではありませんでしたか。と、残念そうに呟いて答える。
「……肉体だけではなくて涙腺の頚木まで開放されている様に見えるんですが、大丈夫ですか」
「……そう見えるん?」
リディアは何も言わずに、ハンカチを取り出してサクの方に差し出す。
窓際から、カーテンを伝って器用にベッドまで下りたサクは、それを受け取り涙を拭ってから羽織る。
「ありがとう……あと、ベッドにパンツが落ちてるんやけど、良かったら取ってくれへん」
リディアは彼女の気が変わらない内にサッとパンツを取って彼女に渡す。
「はい、どうぞ……それで、良ければ何が如何してそんな事になったのか、話を聞かせて頂けないでしょうか?」
「うん…実はな…」
そしてサクは、魔物に襲われてしまった事やその際に大切な服が破けてしまった事何かをポツリポツリと語りだした。
「エルディアリリーの特注品でしたか、それはそれは災難でしたね……」
ファーリシアの隣国、ベルナード王国に【エルディアリリー】という、クリスタリア大陸中にその名を轟かせる服飾ブランドがある。
約10年程前に、ベルナードの貴族令嬢(当時5歳)が資財を投じて設立した、今まで無かった新しいタイプのドレスや衣装や。王族や貴族等の富裕層だけではなく、平民でも手が届くような価格に抑えて作られた、丁寧で繊細な作りの服が人気の有名店である。
そんなエルディアリリーの中でも最も人気が高いのが、オーダーメイド品だ。人気過ぎるが故に予約が常に満杯で、予約すら困難。予約が出来ても、順番が来るまで年単位の時間が掛かる。サクがダメにしてしまった服は、そのオーダーメイド品である。
「予約から2年、やっとウチの順番が来て作って貰えてん…でな、嬉しゅうて仕立てて貰った服を着たまま、ここまで来てしまったん。
それは確かに失敗だったと思っとるよ? でもな普段のウチなら、盗賊でも魔物でも、探知の魔法で襲われる前に見付けて、逃げ切れられるんよ」
本気で戦えば、盗賊や魔物相手でも少しは戦える実力のあるサクだが、彼女の本職は行商人だ。行商人にとっての戦いの勝利条件は2つ。『敵から荷を守り無事に逃げ切る事』そして『討伐する手筈を整える為に、情報をギルドに持ち帰る事』である。
なのでサクは基本的に、襲われる前に、《風》属性の広域探知魔法を使い敵を発見し、全力で逃げる。若しくは《空間》属性の代名詞である【亜空間創造】の魔法『保存庫』の中に逃げ込み敵をやり過ごす。という逃げ一辺倒の戦法を取る。
「やのに、あのカマキリ…魔法の探知に引っ掛からんし、そんな時の頼りの風の障壁も砕かれて、『風の護符』もダメになってまうし……全然油断何てしとらんかったのに何でなん! というか一撃で風の障壁破るとか、絶対おかしいやろ!」
【風の護符】とは、とある伝説級魔法道具の効果を再現して作られた、魔力を注ぐ事で自分の周囲に風の障壁を張ることが出来る魔法道具だ。
障壁が破壊されると護符の本体が崩れ去って以降使用出来なくなってしまうのが欠点なのだが、性能自体は現在製作されている防御系統の魔法道具の中ではトップクラスの逸品だ。
「魔法の探知を回避して、風のお守りの防御障壁を突き抜ける程の攻撃力を持つ魔物ですか。……大森林に生息している魔物は基本一芸特化で隠れるか攻めるかの一点特化なのに……珍しいですね。変異種か何かでしょうか?」
サクが涙ながらに語る最中、ブツブツとサクが襲われたという、危険そうな魔物について考察するリディア。それに気が付いたサクが不思議そうな顔をしてリディアを見る。
「……シスターさん、聞いとる?」
「あ、はい。大丈夫です続けて下さい」
リディアは表面上は、聞いている体を取りつつ、ごめんなさい、途中から全然聞いてませんでした。と心の中で謝罪する。
「でな、ウチ考えたんよ。どうしたら服が破けんで済むか」
内心、何時の間にそんな話になったのでしょうか?と、思ったリディアだったが、話を聞くといった手前、流石に「別の事を考えてました」とは言えない。
「……思ったんよ。"全裸なら服着てないし破けないやん"って」
リディアは少し青い顔をして頭を抑えて「何でそうなった」と項垂れる。そうしてサクの話を聞いていると、数回のノックが響いた後、医務室のドアが開いた。
―――――
~エクレア~
昨日の夕食を少々食べ過ぎてしまったのか、少々お腹の調子が悪かったので、お薬が置いてあるという医務室へ向かいます。
シルバ様曰く、女性が1人傷を負って寝込んでいるとの事だったので、あまり朝早く押しかけるのには抵抗があったのですが。お腹の調子が本格的に不味い事になってしまい、背に腹は変えられぬという事で、迷惑を承知で医務室の扉をノックします。
「失礼します。昨日食べ過ぎてしまったのか、お腹の調子が悪いので薬を………って、申し訳ありませんお邪魔でしたよね。どうぞ私の事は気にせずに続けて下さい」
扉を開けると、そこでは妖精の女性に、ハンカチ一枚という極めてマニアックな格好にさせて、ベッドに座らせているリディア様の姿がありました。
昨日の段階では教会にいらっしゃらなかったリディア様ですが、いつの間にかお帰りになられて居たようで、片手にキノコの様な何かを握り締め、妖精の女性とお楽しみの最中でした。
邪魔するのも悪いと思い、私はお腹の調子が悪いのも忘れて、一言謝罪を残して部屋の扉を閉めます。
いやぁ、以前から城の一部で『救国の英雄の1人。薬姫リディア様は百合趣味がおあり』と、まことしやかに囁かれていたのですが、まさか本当だったとは……。こうなっては、私の身も危ないかもしれません。
急いでこの場を離れはくては。
「くっ!ここで逃がすと面倒な事に…『影よ、彼の者を拘束せよ。シャドーバインド』」
そんな声を聞き、「あ、これは本格的にヤバい。急いで逃げなくては」と思い足に力を込めて走り出そうとした瞬間。何かが足に絡みつき、私は堪らず前のめりに倒れこんでしまいました。
何が絡み付いたのか、と、足の方を見てみると。それは、植物の蔦の様な形に変化した私自身の影でした。
「ぐびゃ!」
私は思わぬ事態に、手を付く事すら儘ならず、顔面から床にダイブし、貴族の乙女とは思えない様な声を漏らしてしまいました。ですが、リディア様はそんな私の事はお構い無しに、影魔法で両足を拘束されたままの私の足を掴み医務室へと引き摺り込みます。
「ふふふ、逃がすと思いますか?」
そう言うリディアの表情は、見る者を凍りつかせるような、ほの暗い笑顔でした。この動きを拘束された状態で、不気味な笑顔を浮かべる女性に部屋の中に引き摺り込まれるという状況……。
それを思い出した瞬間、私の中のトラウマが蘇り、頭の中が真っ白になってしまいました。
真っ白な頭の中、思い出したくない酷い思い出と同じ状況に、貞操の危機を感じた私は、医務室の中に引き摺り込まれまいとドアの縁を掴んで必死に抵抗します。
「いや……止めて、誰か助けてぇぇえええーーっ○(ピー)される(自主規制)ーーー私が17年大切に守ってきた大切なモノが散らされるーーーーっ」
自分でも何を叫んでいるのか分からない状況の中。私の中では、幼馴染の少女、リッカに貞操を狙われ続けた日々(走馬灯の様な何か)が鮮明に思い出されていました。
リッカの性癖に気が付いた幼少期。今も思い出の中に深く刻み込まれたトラウマと共にある少女時代。リッカの愛情表現の方法が年々過激になって行った青年期。
思えば、私が騎士になったのは、リッカの魔の手から逃れる為でした。
私が騎士になるのを阻止する為の、リッカの妨害工作に耐え修行する事8年。15歳の時に国家試験に合格し念願の騎士になり、実家を出て王都の女性騎士宿舎での生活が始まったのです。その時の安堵と平穏な日々への期待は今でも忘れません。
私の所属は、観光地の環境整備等の観光関係の業務を主な任務とする第3騎士団でした。
魔物や賊の討伐等の、治安維持活動を主な任務とする第1騎士団や、海洋の警備等を主な任務とする第2騎士団の様な、目立つお仕事ではありませんが。観光の国を陰から支える大切なお仕事ということで、騎士になって以来誇りを持って職務を全うする日々が続いていました。ですが今回、国賓を捕縛……迎えに行くという事で。『呪縛の鎖』の扱いに適切があり、尚且つ貴族の家の出で、教養や礼儀作法等を仕込まれていたワタシが、要人確保……いえ、警護の任務へ抜擢された訳です。
本当は断りたかったのですが「もしも任務を完遂出来たなら、リッカ嬢のストーキングの件を何とかしよう」と、王様が約束してくれたので。私は「どんな汚い手を使ってでも任務を完遂しよう」と、意気揚々国を旅立ち
、そして現在に至ります。
あぁ……なんと短い平穏だったのでしょうか。これは、汚い手を実行しようと私への罰なのでしょうか?
「チッ、無駄な抵抗を」
「助けてぇぇええぇーーーお母ーーーさーーーん、ポチーーーーーー」
あぁ、ごめんなさいお母さん。こんな事なら貴女の言う通り、白馬の王子様なんかに拘らず、近所の王子様で手を打って早く結婚しておくべきでした。
ごめんなさい妹よ、貴女が憧れていると言ってくれた姉は、今から穢されてしまいそうです。
ごめんなさい実家のメイドの皆と同僚の皆。あれだけ心配してくれたのに、私は無力でした。
ごめんなさいポチ。貴女の散歩を放り出してまで騎士になったのに、結局このザマです。
あと、恨むぞお父さん。貴方の趣味がで集めていた書物を読んだのが原因で、リッカが妙な性癖に目覚めてしまった所から全てが始まったのです。
そういえば、同僚の1人に貴方の事が好みのタイプだと言って居た青年が居ましたね。帰ったらけし掛けてやるので覚悟しておいて下さい。
エクレア「散らば諸とも!!お父さんが大切に守ってきた後ろの処女を散らしてやる。覚悟!!」




