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第一章 丹波の風

天正十年、卯月も末のことである。

丹波亀山城の一室に、明智十兵衛光秀は独り座していた。文机の上には、波多野旧臣の動静を記した書状が広げられている。読み終えてなお、光秀はそれを片付けようとせず、ただ灯明の炎を見つめていた。

丹波の仕置きは、片付いたはずであった。八上城を落とし、波多野一族を滅ぼしてより、すでに数年が経つ。国境の砦を修め、検地を進め、寺社領の安堵にも心を配ってきた。にもかかわらず、国人どもの間には、いまだ燻る火種があるという。表向きは恭順しながら、裏では旧領の回復を夢見る者どもが、密かに文を交わしているらしい。

――なぜ、静まらぬ。

光秀は幾度となく、その問いを胸の内で繰り返した。丹波の統治には、誰よりも意を用いてきたつもりであった。国人の系譜を調べ、その由緒を重んじ、年貢の取り立てにも、行き過ぎのないよう気を配ってきた。八上城攻めの折には、波多野秀治・秀尚兄弟の助命を信長に願い出て、これを容れられなかったこともあった。あのとき、光秀は己の顔を立てて降伏を勧めた国人衆に対し、深く恥じ入る思いを味わったのである。あれからというもの、丹波の国人衆の目には、どこか明智を信じきれぬような、醒めた色が残っているように、光秀には見えてならなかった。

――あの折の約束を違えたこと、いまだ根に持たれておるのやもしれぬ。

そう思うと、光秀の胸には、言い知れぬ疚しさと焦りが、綯い交ぜになって兆した。統治者として非のないよう努めてきたつもりでも、一度損なわれた信は、容易には戻らぬものらしい。

その焦りに、追い打ちをかけるかのように、安土からの使者が届いたのは、その翌々日のことであった。

「殿には、この度の丹波仕置きの遅れにつき、いたくご不満の由にございます」

使者の言葉は、決して激しいものではなかった。淡々と、事務のごとく告げられたに過ぎぬ。だが、その平淡な物言いの中にこそ、光秀は信長の苛立ちを感じ取った。信長という主君は、声を荒げずとも、その沈黙のうちに、相手を凍りつかせる力を持っていた。かつて、比叡山焼き討ちの折、あるいは佐久間信盛父子を追放した折――信長の下す裁きは、常に光秀の背筋を正させてきた。あのときは、他人事として、粛々とこれを受け止めることができた。だが近頃、その裁きの視線が、他ならぬ自分自身に向けられているのではないか、という疑いが、光秀の中に根を張り始めていた。

使者が下がったあと、光秀は独り、庭に出た。夕暮れの光が、亀山城の石垣を薄紅に染めていた。長年、丹波にはこれほど心血を注いできたというのに――その労苦の全てが、たった一つの「遅れ」という言葉で片付けられてしまう。光秀は、その理不尽さに、声には出さぬまま、幾度も歯を食いしばった。

四国のことも、そうであった。

長宗我部との取次役を、長年にわたって務めてきたのは、光秀であった。娘婿にあたる斎藤利三の縁もあり、土佐一国はおろか、四国のほぼ全土を平定せんとする長宗我部元親との誼を取り持ち、その労は、光秀自身の功として、家中でも認められてきたはずであった。元親からの起請文を取次ぎ、四国切り取り次第という信長の朱印状を得るまでには、幾年もの根回しを要した。それが、ここにきて信長は方針を転じ、三好康長を通じて四国への出兵を企て始めている。長宗我部討伐へと舵を切ろうとしているのである。

――これまでの取次の労苦は、なかったことにされるのか。

光秀は、己の胸の内で、幾度もその問いを繰り返した。光秀がこれまで積み上げてきたものは、主君の一存によって、いともたやすく覆されるものであったのか。もしそうであるならば、これまでの奉公とは、一体何だったのか。丹波の仕置きも、四国の取次も、光秀にとっては、単なる役目ではなかった。己の武士としての面目、いや、生きる拠り所そのものであった。それが、信長の掌の上で、いとも容易く塗り替えられていく――そう思うと、光秀の胸の奥に、これまで感じたことのない、冷たいものが差し込んでくるのを覚えた。

――筑前守どのは、いかがであろうな。

夜半、まんじりともせぬ闇の中で、光秀の思考は、幾度となく羽柴秀吉のことへと及んだ。中国において、着々と版図を広げる秀吉。播磨を平らげ、因幡を落とし、備中へと兵を進めんとするその勢いは、日に日に大きくなっている。信長からの信頼も、いや増しに厚くなっているように見えた。かつては共に信長に仕える身として、さほどの隔たりを感じたことはなかったはずであった。むしろ、身分の低きところから己一代で成り上がった秀吉を、光秀は多少なりとも侮る気持ちさえ、かつては持っていたやもしれぬ。

だが近頃、光秀の目に映る秀吉の姿は、どこか自分を追い越し、置き去りにしていく者のそれであった。中国の役に光秀もまた加勢を命じられることがあれば、それは秀吉の指揮の下に置かれることを意味する。方面軍の将としては同格であったはずの二人の間に、いつのまにか、上下の隔たりが生じてしまっているのではないか――そう思うと、光秀は己の五十路を越えた歳月を思い、言いようのない焦燥に駆られるのであった。

眠れぬ夜が、続いていた。

光秀は、床に就いても、幾度も目を覚ました。丹波のこと、信長の裁きのこと、四国のこと、秀吉のこと――それらが幾重にも渦を巻き、光秀の頭の中で、答えの出ぬ問いを繰り返させた。灯りを消した闇の中で、光秀はしばしば、若き日のことを思い出した。越前の朝倉家に身を寄せていた頃、あるいは足利義昭を奉じて上洛した頃――あの頃はまだ、己の行く末に、確かな道筋が見えていたように思う。信長に見出され、坂本に城を与えられ、丹波を任された折には、これでようやく武士として身を立てられると、素直に喜びもした。それがいつの間にか、行く手の道筋は霧に閉ざされ、ただ足元の危うさばかりが、光秀の目に映るようになっていた。

――なぜ。

その一語だけが、闇の中で、確かな形を持って光秀の胸に居座っていた。なぜ、これほどまでに追い詰められねばならぬのか。なぜ、これまでの功が、かくも軽んじられるのか。なぜ、己ばかりが、かくも危うい立場に置かれねばならぬのか――。

その問いに、光秀自身、まだ気づいていなかった。己の思考が、いつしか、事の是非を静かに吟味することよりも、ただ己の身の置き所を測ることにばかり向かい始めていることに。かつての光秀であれば、丹波の不穏も、四国の方針転換も、秀吉の台頭も、それぞれを切り離して、冷静に対処の道を探ったであろう。だが近頃は、その全てが一つに縒り合わさり、「己が見放されつつある」という、ただ一つの重苦しい影となって、光秀の胸にのしかかってくるのであった。

家臣の何気ない一言も、近頃の光秀の耳には、どこか刺々しく響くようになっていた。ある夜、丹波の年貢の取り立てについて、斎藤利三が何気なく「今年は少々厳しゅうござりましょう」と述べたことがあった。それはただ、実務上の見立てを述べたに過ぎなかったはずである。だが光秀は、その一言に、思わず色をなして問い返してしまった。

「――利三、それは、わしの仕置きが至らぬと申すか」

利三は、怪訝な顔をしただけであった。

「滅相もございませぬ。ただ、今年は日照りが続きましたゆえ」

利三の返答に他意のないことは、光秀にもすぐに知れた。だが、己が思わず声を尖らせてしまったことに、光秀は内心で狼狽した。これまでの己であれば、かような些細な言葉に、いちいち色をなすことなどなかったはずである。何かが、確かに己の中で変わりつつある――そのことに、光秀はうっすらと気づいてはいた。だが、それが何であるのか、どう対処すべきものであるのかを、じっくりと見定める余裕は、もはや光秀には残されていなかった。ただ日々の政務をこなし、夜には眠れぬ闇の中で、同じ問いを繰り返す――そうした日々が、静かに、しかし確かに積み重なっていくばかりであった。

この小さな軋みに、まだ誰も気づいてはいなかった。少なくとも光秀は、そう思っていた。丹波の政務に追われる己の姿を、遠く安土から見つめている眼差しがあることに、光秀はまだ思い至ってはいなかったのである。


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