連絡先と50ドル
初カキコ…ども…
「ここから出て行け!!!」
ハイラムの、歳の割には細い腕がシャープスライフルを持ち上げて構える。
「出てけ……出ていけ!」
再び叫ぶ。先ほどよりも声が震えている。銃口が震えないようにするだけで精一杯で、足も、声も震えが抑えられない。
「はや、く……早く!!!」
発せられた声はもはや言葉として成り立ってはいない。自分のことだから良く分かる。怖い。目の前にいる保安官補佐の男が怖い。こちらを睨みつける目が怖い。腰に着けられたホルスターに収められているであろう拳銃が怖い。男の息遣いが怖い。
「しゃあねぇな。出てくよ。出てきゃいいんだろ。」
そう言いながらサムターは持っていた袋に手を突っ込んで何かを探している。
「袋から手を出すな!拳銃でも出す気だろ!」
「おいおい、物騒な考え方だなー。拳銃ならホルスターに入ってるだろ」
「だったら何を取り出す気だ?」
「俺の連絡先だ」
言っている意味が呑み込めず、口を閉じてしまった。この男、何を考えているのか全く理解できない。
「言っている意味が分からない……なぜ連絡先を僕に?」
「広告みたいなものだ。俺は保安官補佐をしながら副業で用心棒をやっていてな……そういや自己紹介を忘れていたか?」
サムターは再び袋に手を入れてゴソゴソと中を探り、何か取り出す。それを地面に置くと再びこちらへ視線を向けてきた。
「俺はロバート・サムターだ。ジョセフ・リー保安官のもとで保安官補佐をやっている。それと副業で用心棒も。用心棒の依頼はダグラス市の保安官事務所にいる、ジョセフ・リー保安官の所まで、契約内容は紙面に記載しておくこと。口約束には応じない。字が書けない場合はリー保安官に代理で契約書を作成してもらう」
(用心棒?依頼?なぜそんなことを急に?)
あまりにも脈絡のない言葉が投げつけられた。困惑からなのか、気づいたら銃口は下を向いていた。
「――僕みたい貧乏人に用心棒の広告なんて、馬鹿馬鹿しいことを言うために連絡先
を?意味が分からない。何がしたいのですか?!」
「だーかーらー、広告だって言ってんだろ。お前、ハイラムだったっけ?フルネームは?」
「ハイラム・カイルですけど……」
「分かった。『ハイラム・カイル』の名義で契約する時は安くしてやる。じゃあな」
そう言ってサムターは来た道を引き返していった。
「え?えぇ?」
「おまけにコイツもやるよ」
まったくもって不可解といった様子でサムターを眺めていると、こちらには視線を向けずにたくさんの何かをジャラジャラと落としていった。
***
――結局、サムターが大通りに出ていって見えなくなるまでその背中を眺め続けていた。
「何だったんだ?あいつ?」
サムターが落としていった『連絡先』とやらを拾いながら呟いた。
染色されていない薄茶色の布切れに、黒のインクで何かが書かれている。文字は読めないので何が書かれているのかは分からないが、おそらく『連絡先』なのだろう。
「ハイラムお兄ちゃん、お金が落ちてる」
連絡先が書かれた布を見ていると、同じ『家』で暮らしているストリートチルドレンの男の子が駆け寄ってきた。手にはコインが1枚の10セント硬貨が載せられていた。
「お金?どこに?」
連絡先が書かれた布切れを一旦ポケットに入れておき、お金が落ちていた場所を尋ねると男の子は「あそこ」と指で指し示した。
男の子が指さした場所には子供が3人ほど集まり、落ちているコインを拾ったり眺めたりしていた。
「アレって、あいつが落としていった……」
コインを落としていったのは『ロバート・サムター』と名乗っていた、感じの悪い保安官補佐だ。取り締まりに来たわけでもなく、忘れ物を届けに来て、連絡先が書かれた布切れを渡してきたあの保安官補佐――
「わあっ沢山ある。これで私たち大金持ちだね!だれも飢え死にしないし、寒さで死ぬこともないね!」
サムターが落としていったコインを囲んで子供たちが喜んでいる。
(あんな嬉しそうな表情、去年のクリスマスにチキンを買ってあげたとき以来だ……)
緑のケピ帽を拾い上げて被り、右肩にライフルを担いで子供たちのもとに向かう。子供たちの近くまで来て「僕にも見せて」とのぞき込むと、そこには十数枚のコインと紙幣が落ちていた。
「――はぁ?」
あまりにも非現実的過ぎて、意味が分からなさ過ぎて呆然と立ち尽くし、3分ほどしてやっと出てきた感想がコレである。
落ちていたお金は合計で50ドル。数か月は飢えずに過ごすことができ、子供たちに新しい服や布を買ってやることもできる、そんな大金だ。
「これで大金持ちだね!ハイラムお兄ちゃん!」
(待ってくれ、理解が追い付かない。意味が分からない)
お金が手に入るのは嬉しいことだ。それはそうとして、なぜ?
一体どうして、サムターという保安官補佐の男は、どこにでもいる孤児に大金をわざわざ落としていった?それも殺すつもりで銃口を向けてきた相手に。
「――ハイラムお兄ちゃん?」
そう呼ばれてから5秒ほど経過してから「ど、どうしたの?」と反応することができた。
「さっきのおじさん、お兄ちゃんの知り合い?」
「あ、あぁ!そんなところだよ!」
「すっごくいい人なんだね!喧嘩なんてしないで、おじさんを許してあげて!」
「う、うん……会ったら謝っておくよ」
眩しいほどの笑顔でこちらを見つめて懇願してきたが、歯切れの悪い回答をする以上には何も言えなかった。
「せ、せっかくお金が手に入ったんだ!何か美味しいものを食べよう!なんでもってわけじゃないけど、好きなものも買ってあげるよ!」
「ほんと!?やったぁ!!!」
――その日の子供たちが見せた笑顔は今までで見てきた中でいちばん眩しかった。あの、保安官補佐からもらった50ドルのお陰で見ることができた笑顔が。
***
次の日、ハイラムはダグラス市から北に3kmほど歩いた先にある建物を訪ねていた。
平屋で馬小屋が併設されている、壊れかけの木製フェンスに囲まれた家。もともとはダグラス市の近くを開墾していた農家が使っていた家だったらしい。だが、今はアジトの1つとして使われている。
「――よう、ハイラム。遅かったじゃないか。逃げたかと思ったぜ」
中に入ると、カウボーイハットとベストを身に着けた男が、安楽椅子にもたれかかりながら拳銃の手入れをしていた。
「あはは……そんなわけないじゃないですか、仕事はしっかり果たしますよ」
「金、必要なんだろ?『家族』を養ってるんだよなぁ……」
もう一人の男が拳銃の銃口をハイラムに向けてきた。
この男もカウボーイハットにベストをまとっている。聞くところによると、2人は血の繋がった兄弟らしい。どことなく顔が似ている。
「もー、脅さないでくださいよ!それで、今回のターゲットは誰ですか?」
ハイラムの目からはおおよそ感情と呼べるものが消えていた。子供どころか大人でもそのような目つきになれる者はほとんどいない。
「内戦中に『勇者』っていうあだ名をつけられた奴だ。聞いたことはあるか?」
「『勇者』?聞いたことはあるんですけど、どんな人かは知りません。そいつが今回のターゲットですか?」
「そうだ。俺たちの顔を見やがった。あいつは消さなきゃいけない。そうだろ、フォード」
安楽椅子にもたれかかっている男は、木製のイスに座っているもう一人の男に話しかけた。
「おうよ、兄貴。俺たち『ジェイムズ兄弟』の顔を見たからには生かしておけない」
2人とも、憎しみを前面に押し出した表情をしている。同じような表情になると顔がそっくりになるので、兄弟だということが良く理解できる。
「その『勇者』の名前とかって、分かってるんですか?」
「本名はロバート・サムター。今は保安官補佐として俺たち兄弟を捕まえようとしているらしい」
「は……?」
2人からは聞こえていないようだが、無意識のうちに声が漏れた。急に全身の筋肉が固まって動かなくなり、頭の中は『なぜ?』で一杯になった。
(あの人がターゲット?)
――理解ができない。なぜ、理解できないことが連続して襲い掛かってくるのだろう?あの保安官補佐がターゲット?どうしてあの人が?ジェイムズ兄弟を逮捕?
そして、酒場での会話を思い出した。
「カドー通りには何の目的で来たのですか?」
「犯罪者の追跡だ」
(そういうことか……)
こんがらがっていた思考が一気にほぐれた。
「おい、話聞いてんのか?」
「え?」
ジェイムズ兄弟が何か話していたらしいが、あまりの衝撃から全く気付いていなかった。
「話聞いてなかっただろ」
「あ、あぁ!すみません!」
「ったく、しっかりしろよ。お前は誰から金貰ってるおかげで生きてんのか、分かってんのか?」
弟のフォードが拳銃の銃口をこちらに向けながら文句を言ってきたので「すみません!兄弟のお二方のおかげで生きてます!」とペコペコと謝罪した。
実際のところ、ここまで生きてこれたのはジェイムズ兄弟のおかげといって間違いないだろう。そう思いたくはないが、子供たちがここまで生きてこられたのはこいつらに与えられた仕事を受けてきたからだ。
「――決行は明日。ロバート・サムターが保安官事務所から出てきたところを、お前がを狙撃する、それだけの仕事だ。ハイラム、お前なら簡単だろう?」
兄のエドがこちらに視線を向ける。目に映っているのは真っ暗な深淵。銃口よりも恐ろしく感じてしまう。
「……分かりました。準備しておきます」
***
サムターが落としていったお金を見たとき、奇跡なんじゃないかと思った。クリスマスの聖ニコラスが来たのかと思った。
(そんな人を殺すのか……)
僕は『家族』を養うために殺し屋としての道を選んだ。幸いにも、僕には狙撃の才能があったらしい。
この文章の下に星マークがありませんか?
色がついた星の数だけ、幸運が訪れると思います。知らんけど。




