やはり更に地下へ……
やはり更に地下へ……
相変わらず同じことの繰り返し……
もう何日も経つのに……
エレベーターがある。ボタンを押して待つ。すぐに到着してドアが開く。乗り込む。
どの階まで行くのか? ボタンをじっと見る。そして――
何もしない。そのまま、エレベーターのカゴの中でじっとしている。
「何階ですか?」声がする。
顔を上げると彼が立っている。
「何階に行くのです?」彼が問う。
しかし私は答えない。
「あなたは誰です?」
そう訊いたのは私だろうか? 彼だろうか?
「あなたは誰です?」
私は彼に、彼は私に同じ質問をする。
その同じ質問に私も彼も沈黙で答える。
―――彼は誰だろう? そうか!
「尾崎凌駕、君は尾崎凌駕、そうなんだろう?」
「なるほど」彼は笑った。「私が君を誰だかわからない。だから……」
「そう」私は頷く。「君は失顔症!」
「しかし、君も私が誰だかわからなかった」
―――確かにそうだ。
「まあ、尾崎凌駕は本名ではないがね」彼は真顔で「もし、僕が高柳一だと名乗ったら?」
「すると、私は日野茂……。なるほど、売れない推理作家……」
「売れなかった推理作家ではないのか?」
――売れなかった……なるほど過去形か……
「いや、失礼」
「いいんだ。事実だから――。いや……、売れなかった、で正しいが、その前に書けなかった推理作家――」
「推理作家、尾崎諒馬は殺人事件が書けない?」
「ああ」
「すると、君は尾崎諒馬? つまりは鹿野真吾?」
「ああ、そのはずだが……」
「はず?」
――確かに……、なぜ「はず」をつけたのだろう?
「君は自分が誰だか、本当はわからない?」
「いや……」
「私、尾崎凌駕が君が誰だかわからないのは失顔症のせいだとして、君が私が誰だかわからないのはなぜだ?」
――確かに……
「君の目には何も見えてはいない?」
「そうではないが……、いや、そうなのかもな。というか、見えているものを信じてはいない」
「それはどういう?」
「全ては本当の現実ではなく、生成されたもの」
「なるほど」彼は深く頷いた。「しかし、生成の指示を出したのは君なんだろう?」
私は何も答えない。しばらく沈黙が続く。
「質問を変えよう」彼が訊く。「君は人間かね?」
「私は――」どうしたのだろう? 言葉が出てこない。
再び沈黙が続く。
「話を変えよう、いや話を戻そう」彼が訊く。「何階に行くんだい? このエレベーターで」
それに私は答えない。
「上か? 下か?」
「……下」やっとの思いでそれだけ答える。「しかし……」
「地下へのボタンがない?」
「ああ」
「それも生成してもらえば? 指示を出して」
――確かに、そうすればいいのだろう。
「君はいつでも地下に行ける。ボタンがなければ生成させればいい、違うか?」
「一つ、訊いていいか?」私は彼に訊く。「君は真実をしっているのだろう? 私は人間なのか?」
彼は答えない。
「答えない、ということはやはり……」
「確実に言えることは君は生きている」
――私は生きている! 確かにそれだけは確かだ!
「つまり、地下にあるのは? そうなんだね?」
「脳髄に4万本の電極が突き刺さった液浸標本ではなく――」
「ベッド、ICUベッドに横たわる――脳髄に電極が突き刺さった私はそのベットで生きている?」
「いや……」彼は無表情で「もう誰もベッドにはいないさ」
「しかし――、私はまだ生きている!」
「いや、まだ、というのは違うな。君は最初から生きている、ただそれだけだ」
――どういうことだ?
「自分で確かめるつもりなんだろう?」
――そうだ、やはり地下に行かねば! 行って確かめねば!




