それがすべての機動力だから(隔絶された二つの世界)
それがすべての機動力だから(隔絶された二つの世界)
エレベーターがある。ボタンを押して待つ。すぐに到着してドアが開く。乗り込む。
どの階まで行くのか? ボタンをじっと見る。そして――
何もしない。そのまま、エレベーターのカゴの中でじっとしている。
この文には主語がない。日本語なら主語がなくても構わない。
英語であれば、命令形になってしまうが、日本語ではそうはならない。
主語は何なのだろう?
エレベーターに乗って、どこへも行かず、ただそのままカゴの中にいるその――人物は……
これは小説だ。強引に主語を「私」にしても構わないだろう。
私は今日もエレベーターに乗り、どこへも行かずにいる。
ただ、それだけのことだ。
部屋に戻り、PCを操作する。ネットニュースを読めば、日本の総理大臣が渡米し、アメリカ大統領と行った首脳会談のニュースが踊っている。
世界の【悪意】のすべてを一身に引き受けたような、そんな探偵小説を書くんだ。
世界中の悪意を一身に背負ったような探偵小説を書くんだよ。
二つの文章が頭の中でグルグル回っている。似てはいるが、微妙に異なる二つの文章。
どちらかが現実で、どちらかが……
……虚構……
二つの世界は隔絶されている。
あちら側とこちら側……
その隔絶された二つの世界にどうしても拘ってしまう。
それが唯一の機動力だから……
唯一の……
……機動力……
それは味わいつくさなければならない……
PCを介してネットの向こうにある現実……
いや、身の回りのこの現実……
机の前でPCの画面を眺め、キーボードを叩いているこの現実……
すべての現実……
それさえも、ひょっとしたら……




