43 ギュースト市攻防戦 Ⅱ
蜥蜴人族本陣。
戦場を見下ろせる小高い丘の上に築かれた木製の柵、動物の皮で張られた天幕が並ぶ更に奥にひと際大きな天幕がある。
そこで戦況を眺めていた蜥蜴人族族長 ムムは思い通りに進まない現状に苛立ちを隠せず天幕内にある巨大な机を殴りつけ、机は真っ二つに砕けた。
「くそっ!! どうしてあのように小さな街を落とせないのだ! 待機している部隊も全て投入しろ!!」
「お待ちください父上! 彼らはこの本陣を守るための部隊、それを投入したのでは……」
「黙れジュスト、お前はこの私が守られねばならぬほど弱いと言うのか??」
「い、いえそのような事は……」
「ではさっさと言う通りに動け! もっともっと攻勢を強めるように命じるのだ!!」
ち、父上……、一体どうしたというのだ……。
族長の息子 ジュストはギュースト市への侵攻を決めてからの父の変わりように戸惑いを隠せない。
これまでのムムであればこのように部族の若者が無駄に死ぬような作戦は取らなかっただろう。
だが、その原因と言うべき元凶には検討は着いていたのだが……。
ジュストはムムに頭を下げ部下と共に天幕内を立ち去ろうとするが、その時、ムムの後方に控えるマントで顔を隠した2人に視線を向け、怒りをあらわにした。
ただ父や部下の手前どうすることも出来ず、ゆっくりと天幕の中から立ち去るのだった。
「……あの者ども、父上に何をした? あれほど部族の事を想っていた父上をあのように変えてしまうとは」
「ですがジュスト様、ムム様は我ら蜥蜴人族の族長、その決定には従わなければ……」
「分かっている! だがお前も先ほどの光景を見ただろう? バジリスクを倒したのは竜、更にそれを操るとなると竜騎士近衛団がいるということだ」
「あの竜騎士近衛団ですか!?」
「ああ、しかも戦鬼と呼ばれるディートゲイル・バーナーも戦場に出てきている。このままでは被害が無駄に増えるだけだ」
「……た、確かに」
ジュストの言葉に、部下も返す言葉が見つからない。
バジリスクも倒された今、ジュストの言葉通りギュースト市に攻め込むには決定打に欠ける。
だが族長であるムムの命令には従うのが蜥蜴人族の掟なのだ。
しばらくして、そんな部下の考えを察したジュストは笑みを浮かべ口を開く。
「まぁ、この私が前線で指揮を執る。すぐにでもギュースト市を落としてやるさ」
「その時は、私も微力ながらお力をお貸しします!」
「ハハハハッ、それは頼もしいな」
ジュストは部下の言葉に頼もしさを感じつつも、蜥蜴人族の行く末を案じ戦場で戦う同胞たちの姿を見つめた。
だがいつまでもそうしてはいられない。
ジュストは大きく息を吸うと、腰の剣を抜き、戦場へと一気に駆けだす。
その後を追い、部下達も同じように戦場へと向かうのだった。
「……早くこの戦いを終わらせるためにも、私がケリをつける!」
……しかし、父上の後ろにいたあの者達。
父上にこの戦いを消しかけたあいつら一体何者なんだ?
この戦い、嫌な予感がする……。
ジュストは戦場に向かいながら、後方で小さくなっていく本陣の天幕を見つめるのだった。
一方、ジュストの去った本陣内。
ムムはジュストの向かった戦場を見つめながら笑みを浮かべていた。
その側には、ジュストが警戒していたマントの人物が立っている。
「ムム様、ご子息はこの戦いにあまり賛成ではない様子ですな?」
「心配するな。奴は儂の命には逆らえぬ。それよりも、本当にこの戦いが終われば200年前に奪われた土地は戻してくれるのだろうな?」
「もちろんです。主よりそのように申し使っておりますので」
「ハハハハハハッ! それは何よりだ。……では儂もそろそろ戦場に向かうとするか。人間どもに200年前の借りを返さねばならぬからな!」
ムムは背の高いマントの男の言葉に笑い声を上げ、天幕の中から外へと向かい出ていった。
だがその場に残されたマントの2人は遂に堪えきれなくなり笑みを浮かべるのだった。
「ククククッ、見ましたかロク様。あのトカゲの姿を」
「ああ、面白いよね。あれは僕達がムムに上げた剣、それに精神が侵され始めているせいなのにね」
「確かに。何のリスクもなく大きな力を手に入れられると本当に思っていたのでしょうか?」
背の高い男は、隣の子供程の大きさの人物、ロクに笑いを堪えながら話しかける。
ロクもその言葉に笑いながら答えるが、一度天幕の裏に広がる森の中に視線を向けた後、再び隣の男に口を開いた。
「でもこれで僕達の計画も先に進める」
「そうですね。器が整うまでもう少しといったところでしょうか」
「うん、それにこの街にはあの子がいるかもしれない……」
「あの手配書の妖精族の少女、ですか」
「あの子は僕達の計画には絶対に必要だからね」
「なるほど……」
ロクの言葉にマントの男も笑みをやめ、真剣に考えこみ始める。
だがその会話を聞いていた人物がもう1人いたことに、男性は気づいていないかった。
「……この戦い、本当の目的はエイラさんを手に入れること?」
天幕の背後に広がる森、その中の大木の陰に隠れ話を伺っていた闇妖精族のハシュナ。
彼女は太一の指示で蜥蜴人族の動きを探っていたのだが、それ以上の情報に驚きを隠せなかった。
……つまりあいつらの目的の一つに、この混乱に乗じてあわよくばエイラさんを手に入れることなのね。
ただ、あの口ぶりからまだエイラさんがこの街にいる確証はないみたいだけど。
それに器……。まだまだ何かありそうね。
一度タイチ様の元に戻って報告を……
ハシュナは顔を隠すように黒い布を顔にまき直しその場を離れようと動き出す。
しかしその瞬間、背後で何かの気配を察知し急ぎ振り返るが、頭部に強い衝撃を感じると地面に倒れ込んでしまった。
薄れていくハシュナの意識。
ただ次第に消えていく視界の中で、彼女はある男の姿を目の当たりにしたのだった。
「ど、どうして……、あなた、が……」
「……答える義理はないな」
「……ポ、ス」
そこでハシュナの意識は途絶える。
彼女が最後に見たもの、それは自分を気絶させ天幕へと去っていくポスカの姿だった。
ギュースト市北側平野部。
エリザ達竜騎士近衛団の参戦、そして全てのバジリスクを倒されたことで一時は混乱に陥った蜥蜴人族達だったが、徐々に戦線を立て直し始めると再び攻勢へと打って出てきていた。
元々蜥蜴人族は3000を超える大軍、いかに竜の力があるとはいえ数で押されれば力負けするのは目に見えている。
そのため、竜の体力が回復したため再び戦いに加わっていたエリザはディートゲイルの側で竜の背から飛び降りた。
「ねぇ! これって少しヤバいんじゃない? 蜥蜴人族が本気で攻めてくると……」
「分かっている。しかしこの機を逃せばギュースト市の城壁をもってしても2日守るのが限界だろう。今ここでこの戦いに決着を付けねば……」
ディートゲイルは剣を振り下ろしてきた蜥蜴人族を避けると、その体に自身の剣をめり込ませた。
だがそこでディートゲイルは遂に膝を折る。
肩で息をし、体中を傷だらけにしている彼の姿に、エリザもそれ以上は何も言わなかった。
「……まったく、相変わらず頑固なんだから!」
「ハハハハッ、お前に言われたくはないな!!」
「フフッ……。まぁいいわ! ハイルディン!! 一気にあいつらを倒しちゃって!!」
「グォォォォ!!!」
エリザは自分達へと迫ってくる蜥蜴人族達を目にも止まらない速さで吹き飛ばすと、なおも迫ってくる蜥蜴人族達を指差し、側にいた自分の竜に口を開く。
すると竜は先ほど放った炎を集約させた一撃を放つため、口を大きく開ける。
だがその時、竜の周りの土が盛り上がり始めたかと思うと、無数の土の腕が現れ竜の体を捕らえ、一瞬で岩のように固まるのだった。
「グアァァァァァ!!」
「ハイルディン!! ……これは上級魔法 土牢獄。蜥蜴人族、こんな魔法まで使えるなんて」
「我らを甘く見たな、王国の紅き鬼!」
竜を捕らえる土を破壊しようと剣を叩きつけるエリザは、背後から聞こえたその声にゆっくりと振り返る。
そこには10名ほどの魔術師と思われる蜥蜴人族を連れた、他の者とは違う装飾の施された鎧を身に着けている蜥蜴人族が立っていたのだ。
「あなたは……、誰?」
「私は蜥蜴人族族長が子、ジュスト! お前に恨みはないが、ここで死んでもらうぞ紅鬼エリザ!!」
「……そう、あなたがハイルディンをこんな目に」
「ま、まずい……、団長!!」
上空から竜による援護攻撃を行っていたバレリーは、地上からエリザの膨れ上がり始める魔力を感じ、竜の背から地上へと飛び降りる。
しかしバレリーが地上に到達する前に、エリザの体から赤い光が発生したかと思うとジュストの側にいた魔術師の蜥蜴人族数名は後方へと吹き飛ばされ意識を失った。
「こ、これは……、」
ジュストは目の前のエリザの姿に言葉を失う。
そこには先ほどまでの可憐な少女の姿ではなく、背が伸び大人の女性の姿になり、また赤い爪に牙、そして額から伸びる角。
それはまるで、50年前に滅びたはずの紅鬼族の姿そのものと言えるエリザがいたのだった。
「私のハイルディンをこんな目に合わせたのだから、覚悟は出来ているのよね?」
「その姿、そうかお前は紅鬼族の血を……」
「そう、私は紅鬼族の血を受け継ぐ最後の生き残り。でもそんなことはこれから死ぬあなた達に関係無いんじゃない?」
「……くっ。全軍、密集隊形だ!! 魔法を使える者は防御魔法を展開しろ!!」
「……アハハハハッ、そんなものなんの役にも立たないのよ!!」
ジュストは口調、姿、そして先ほどまでとは比べ物にならないほど魔力の上がったエリザの姿に、周りの部下達に命じ、防御態勢を素早く取りエリザとの間に何重もの防御魔法を展開した。
だがその様な物は意に返さないかのように、エリザは笑みを浮かべながらジュスト達へと突進。
防御魔法を突き破り、一瞬でジュスト達の目の前に到達したかと思うと、次の瞬間にはジュストの周りの兵士達を一瞬で屠っていったのだった。
こ、これほどとは……。
紅鬼……、その名は彼女の髪の色を言っていると思っていたがとんでもない。
我らの血を浴び、更に赤く染まった彼女の姿は、その名の通りまさに紅鬼……。
ジュストは目の前で起きた光景に思わず息を飲む。
だがすぐに気を取り直し、腰の剣を握るとエリザの攻撃に備え剣を構えた。
「お前がいかに化け物だろうと、私は退かない。それが倒れていった同胞へのせめてもの……」
「フフフフッ、そう? ならせいぜい楽しませてね??」
「なっ……」
エリザは再び笑みを浮かべたかと思うと、一瞬でジュストの前に移動。
彼女の爪がジュストの首元へと到達しようとしていたのだった。




