39 ミリュリーネ第三王女様!
ギュースト市から北方に30km、ヒリア沼地。
ここは蜥蜴人族が住まう地域であり、王国内でも人間の立ち入りが厳しく制限されている。
その蜥蜴人族達の住居が立ち並ぶ沼地近くの森の中に人間と思われる3人の人影が、蜥蜴人族族長の住居へと入っていった。
木と動物の皮で出来た住居の中には、表皮を鱗で覆われ人間よりも二回りは巨大な体を持つ蜥蜴人族が2名、訪れて来た人間を出迎える。
「これはこれは、蜥蜴人族族長 ムム殿が出迎えてくださるとは……」
「ふんっ! 下手な芝居をしおって……。貴様らが私に会いたいと書状をよこしたのだろうが!!」
「まぁまぁ、そうお怒りになられるな」
ムムはフードで顔を隠している目の前の人間達に苛立ちながらも、腰の剣を手に持ち毛布に敷かれている床に腰を下ろす。
「……まぁいい。それで我に何の用だ?? 書状では用件までは書いていなかった。もし下らぬ用件ならこの場で切って捨てるが……?」
「ハハハハハッ、それは手厳しい。だが今回この地に来たのは貴殿と争うためではない。むしろ蜥蜴人族にとって喜ばしいことと思われるものを提案しに来たのです」
「ほう……? 我ら蜥蜴人族はお前達王国人に恨みがあるのを知らぬ訳ではあるまい?? その我らが喜ぶこととなると、お前達が我らから奪った地を返してくれるということなのかな??」
「流石はムム殿、察しが良くて助かります」
ムムに頭を下げる人物は、マントの中から一つの書状を取り出しそれをムムへと差し出した。
ムムもその言葉に驚きながらも、手渡された書状に目を通す。そしてその内容に笑みをこぼし始めるのだった。
「何だと!? 200年前の戦いで我らから奪った地を返すというのか?? これは本当だろうな??」
「はい。誰かは申せませんが我が主は王国内で絶大な力を持っておられます。今回の企てが成功した暁には、200年前の戦いで停戦条件として王国が貴殿達から奪ったヒリア沼地周辺の地を全てお返しすると……」
「なるほど……。悪い話ではないな」
ムムは書状に書かれている内容が、目の前の人物が語った内容と違わないことを確認した後しばらく考え込んだ。
200年前、王国は我らが住んでいたこの地にいきなり攻め込んできた。
蜥蜴人族は人間よりも強い。だが人間の数の多さには敵わず泣く泣く停戦条件を飲むしかなかった。
それから豊かな我らの地には人間どもが入植し、今や多くの建物が立ち並んでいる。
我ら蜥蜴人族はその屈辱を忘れず、力を蓄えて来た……。
そんな時にこの申し出、これは神のお導きかも知れん……。
しかしムムが考え込んでいるその後ろで、同席していたムムよりも少し体の小さい蜥蜴人族が声を上げる。
「父上!! このような密約を結ぶ必要はない! 蜥蜴人族の多くは、もはや戦いは望んでいない。それにこの者らが密約を守るとは限らないではないか!!」
「黙れジュスト!! 我がそのような事を考えていないと思っているのか?? だがこれは我らの地を取り戻すチャンスなのだ、みすみす逃すのは惜しい……」
「父上!!! お考え直しくだされ!!!」
「…………」
くっ……。父上は200年前の戦いに参加されていた。
それゆえ父上と同世代の蜥蜴人族の中には父上と同じように王国への恨みを抱いている者は多い。
だが、私達子供の世代は武芸に励んではいても戦いを望んでいる者はいないのだ!
しかし父上は皆から選ばれた族長、その決定には全員が従うだろう……。
ジュストは蜥蜴人族が駒として使い捨てられるのではないかという懸念から、もう一度目の前のムムに声を上げようと口を開くが、それを遮るようにムムが口を開き声を上げた。
「この約定は本当なのだろうな? 流石にこの紙一枚では信じることは出来んぞ??」
「分かっております。ですので主より今回はこちらの品をムム様に差し上げよとの仰せです。ムム様ならこれが何かご存知でしょう??」
「これは……! 200年前の戦いで使用された魔剣ではないか!! 王国の宝を我に預けるというのか??」
「はい。これで我らの密約が真の物であるとお分かりいただけましたか??」
「……ククククッ、ああ。信じてやろう」
「父上!!!」
ムムは手渡された青く輝きを放つ剣を目にしたことで、大きく笑い声を上げた。
魔剣……、200年前はこれを人間どもが持っていたせいで負けた側面が大きい。
だが同じものがこちらにもあれば負けるはずがない!!
目の前の小賢しいこ奴らも利用するだけして切って捨ててやるわ!!
ムムはジュストの言葉には耳を貸さず、魔剣を鞘に納めると目の前の人物に声をかける。
「それで? 我らに何をしてほしいのだ?」
「フフフッ、簡単な事です。ここより南方にあるギュースト市を襲撃し落としてほしい、ただそれだけ……」
「ほう……、あの街をか。確かに我ら蜥蜴人族であればそれも可能だろうが、何故王国の街を襲わせる?」
「詳しくは申せませんが、あの街には我らにとって最重要の物がある可能性があるのです。それを回収出来たら後の人間、金品はそちらが全て持ち出して結構。」
重要な物……。こいつらまだ何か隠しているな??
ふっ、まぁいい。そう言うことならば我も利用するだけしてくれる。
「……いいだろう。その話、乗ってやる」
「ありがとうございます。ムム殿のそのお言葉、我が主もお喜びになられるでしょう」
ハハハハハッ。その後、ムムとフードの人間達は計画の詳細を遅くまで話し合うのだった。
バタンッ……。
辺りが月夜で照らされる中、話し合いを終えたフードの人間達はムムの住居を後にし蜥蜴人族の村の中を進んでいく。
「クククッ、やはり奴も所詮は獣だな。こちらの言うことを最早疑うこともしないとは」
「そうだね。【贈り物】も気に入ってくれたみたいだし、これで計画がもう一段階先に進めることが出来る」
「ですがロク様、このような回りくどいことをせずとも我らでギュースト市を襲えばいいではありませんか?」
ムムと会話をしていた人物は、後ろに続く子供程の大きさの人物に尋ねる。
「だめだよ。今回の事はあくまで蜥蜴人族が行ったことにしないとね。僕達は何もしていない。これが重要なんだよ」
「な、なるほど……。確かにその通りですね……」
このロクという人物、一体何者なんだ??
まるで子供のような姿に声だが、その言葉から発せられる威圧感は感じたことがない位の物だ。
主からの命令で一緒に来たが、未だにその正体が掴めない……。
「それよりも、あとは君の働きが重要だよ?」
先頭の人物が後ろ人物の言葉に考え込んでいると、その子供の様な人物は最後尾の人物へと体を向け口を開いた。
その言葉受けた最後尾の人物は小さく頷き、ゆっくりと頭を覆うフードを外していく。
「お任せください。ロク様」
「ハハハハハッ、頼もしいね! それじゃあよろしくね、ポスカくん!」
もうすぐ会えるな、ファンネル……。
フードを全て外した男の顔は、行方をくらませていたポスカであり、その口元は月明かりに照らされニヤリと笑みを浮かべていたのだった。
ギュースト市 領主館。
ある日、俺達とエリザ、バレリーはディートゲイルからの呼び出しを受け領主館の執務室を訪れていた。
しかし呼び出した当人であるディートゲイルは落ち着きなく部屋の中を動き回っており、その姿にしびれを切らした俺が口を開く。
「おい、そろそろ俺達を呼び出した訳を教えてくれないか?? 俺達もいつまでもここにいるほど暇じゃないんだから」
まぁ、本当は依頼もないから暇ではあるんだけど。
「あ、す、すまない。ふぅ……、もう大丈夫だ。タイチ殿、今日はよく来てくれたな」
ディートゲイルは俺の言葉に何とか笑みを浮かべ答えた後、自分の椅子へと腰を下ろした。
「実はな、本日王都よりある人物がこのギュースト市に来ることが決まったのだ。あまりに突然の事だったのでな、つい取り乱してしまった……」
確かにディートゲイルがここまで落ち着きがないのは珍しいな。
それだけの人物となると、一体どれだけの人物がやってくるんだ……??
俺が日頃見ることが出来ないディートゲイルの真剣な面持ちに息を飲むと、隣にいたエリザが口を開いた。
「アハハハハッ、何辛気臭い顔してるのよ。あなたのそんな顔を見れるなんていい気味だけどね!!」
「うるさいぞエリザ。それよりもお前はいつまでこの街にいるんだ?? 王都から再三の帰還要請が私の所に来ているんだぞ! 全く、これ以上頭痛の種を増やさないでくれ……」
「だって戻ったら次はいつこんな風に遊べ……、いや調査が出来るか分からないんだもん! 王都の連中には調査が難航しているとでも言っていればいいのよ」
「こいつ……、はぁ、もういい。お前の事はこれから来る方に任せるとしよう。私はもう知らん」
「フフフッ、誰が来ようと無駄よ? 今の私は誰にも止められないんだから!」
「……それをあのミリュリーネ第三王女様にも言えるのかな??」
ミリュリーネ第三王女?? その名前どこかで聞いたことがる様な……。
「……ミリュリーネ様が、来る、の??」
机に肘をつき、真剣な面持ちで話すディートゲイルの言葉に、先ほどまで笑みはどこへ行ったのかエリザの顔色はみるみると悪くなっていく。
そしてバレリーの後ろに隠れると、エリザはその身体を小刻みに震わせ始めるのだった。
しかし俺は、その名前に聞き覚えがあったためディートゲイルの側まで進み、その耳元で周りに聞こえないように話始める。
「おい、そのミリュリーネ第三王女って黒幕の候補の一人じゃなかったっけ??」
「そ、そうだ。だがあれからの調査でミリュリーネ第三王女が黒幕の可能性は0に近いと分かった」
「そうなのか?? それなら何でそこまで悩むんだよ?? それにエリザの怯えようも一体……」
「それはだな、まぁ直接会えば分かると思うが実は……」
バタン!!!
しかしその瞬間、執務室の扉が勢いよく開きフレーゲルが息を切らして部屋の中に駆け込んできた。
「ディ、ディートゲイル様!! ミリュリーネ第三王女様、正門前にご到着です!!!」
「な、何を!? 到着はもっと後ではなかったのか??」
「そ、そのように聞いておりましたが、私にもどういうことなのか……、ぬあっ!!!」
フレーゲルは何とか息を整え答えるのだが、次の瞬間には後ろからやってきた人影に突き飛ばされ執務室の床に倒れ込む。
その姿に駆け寄るディートゲイルだったが、すぐに部屋の入り口に立っている人物の顔を見つめ急いで頭を下げた。
「……ミリュリーネ様!! お早いお着きで!!」
「うむ!! 苦しゅうないぞ!!!」
彼女がミリュリーネ第三王女……。
ディートゲイルの姿に驚いていた俺が見つめるその先には、緑の瞳を持ち、腰ほどまである銀色の髪を揺らしながら満面の笑みを浮かべる美しい女性が腕を組み立っていたのだった。
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