32 エイラの血筋。
シャナは、俺から手渡された(妖精族の歌)と書かれた魔法書を、自身が書き記したメモ帳と照らし合わせながら何度も目を通していた。
そして大きく息を吐いたかと思うと、魔法書をゆっくりと閉じ俺へと視線を戻した。
「まさかこの目で失われた魔法書を見ることが出来るとはな。タイチ君、君のお陰だ」
「いや、役に立てたのなら良かったよ。それで? この本に書かれている文字は何なんだ? 妖精族の歌と書かれているけど……」
いや、大方の予想は付いているんだけどね……。
シャナも俺の表情からそのことには薄々感づいていたのだろう。小さく笑みを浮かべ答える。
「フフッ、タイチ君が今思っていることは恐らく当たっている。これは太古に使われていた妖精族の文字。そして今では使われることのない失われた言葉だよ」
やっぱりな……。だからこそ俺があの遺跡でこの言葉を読めたことに驚いていたんだな。
あれ、でもちょっと待てよ?? これが失われた言葉ならどうしてエイラはこれを…………。
俺は隣に座っているエイラに視線を移した。
「なぁ、エイラ。聞きたいことがあるんだけど……」
「……はい、タイチ様が仰りたいことは分かっています」
ふぅ……。エイラはまだ俺が聞こうとしたことに答えるか決め切れていないようだった。
だが、しばらくの沈黙が辺りを包み込んだのちエイラは大きく息を吸うと、俺とシャナに話始めるのだった。
「……この文字は私の暮らしていた里に伝わる言葉なんです。ですがそのことは里の者達以外に知られてはいけない。そうお父様とお母さまに教えられてきました」
「ふむ、やはりそうであったか……」
「どういうことだ? 俺にも分かるように説明してくれないか??」
パチパチッ……。シャナは火の勢いの弱まった焚火に、側に積んである枝を投げ入れるとゆっくりと話し始める。
「そうだな、ではまず少し昔話を聞いてもらおうか」
「昔話?? いや、今は……」
俺はシャナの言葉に腰を浮かしかけるが、その鋭い眼光を受け再び腰を下ろした。
そしてシャナが話始める昔話に耳を傾けることにした。
「遠い昔、まだこの世界に緑が生まれたばかりの時代。この世界を創造された神が世界に初めての生命、妖精族を作り出した。そして彼らを見守り、時には助けるために生み出した七つの光人を地上に遣わした」
七つの光人……。そうかあの遺跡の描かれていた七つの玉はそれを意味していたんだな。
俺は遺跡に文字と共に描かれていた絵を思い出す。
「初めての妖精族(ファースト・エルフ)と呼ばれる彼らは、神の思惑通り七つの光人の助けを受けながら世界に広がり、文明を築き、平和な世を作った。だがそれも長くは続かなかった。七つの光人が空に去った後、神は新たに人間や獣人、蜥蜴人などを生み出したが、彼らの欲は果てしなく、その中でも人間のそれは最も深く醜かったのだ。そして彼らは遂に妖精族に牙をむく。1人の力では妖精族の方がはるかに強かったが人間はその数の多さで一つ、また一つと妖精族の街を滅ぼしていった」
ふぅ……。シャナはそこまで話すと、小さく息を吐いた。
「それで……? その後、妖精族達はどうなったんだ??」
俺の言葉にシャナは慌てるなと言っているかのように右手をこちらに向けると、再び話を始めていく。
「妖精族は人間に負けた。そしてその内部は2つに分かれた。1つは当時の妖精族の王に従い身を隠した者達、つまり今の我々のように隠里を築いた者達だ。これは連邦にも存在する。そしてもう1つは徹底抗戦を唱え北方に移り住んだ者達、これが今の妖精族の国の始まりだ」
「へぇ……。この世界にそんな歴史があったのか……。でもそれとエイラがこの文字を知っていることと繋がりがあるのか??」
「ああ。先ほど当時の妖精族の王と言ったであろう? 彼は民を守るためあえて隠れる道を選んだ。そしてそこでこの文字と言葉を受け継がせていったのだ。いいかタイチ君? この言葉は当時の王家の者しか使うことが出来なかったものなんだ。ここまで言えばタイチ君なら分かるんじゃないか?」
王家の者しか使えなかった……、隠里……。そうか!! ならエイラは……!!
「エイラは、王家の末裔……?」
コクッ。俺の言葉にシャナは小さく頷いた。
しかし、俺以上に驚いていたのが他ならないエイラだった。
彼女は勢いよく立ち上がると、シャナへと声を荒げる。
「ま、待ってください! 私が王家の末裔?? そんな……、だってお父様もお母様もそんなことは一言も……。それに2人とも普通の妖精族でしたよ!?」
「ハハハハッ、落ち着けエイラ君。君の言う通り、父君も母君も自分達の血筋を知らないのは無理もない。何せ先ほどの話は何万年も前の事なのだ。だが、君が王家の末裔というのは恐らく正しい。その証拠が君の魔力だ」
「魔力??」
「うむ。妖精族は20歳前後までは人間と同じように成長し、あとは老いる速さが極端に遅くなる。君はまだ子供だが、それでも既にLv.30近い。いかに妖精族と言えどその年でそのような魔力量を持っている者はおらん。それこそ始まりの妖精族(ファースト・エルフ)の血を色濃く受け継いでいる証拠なんだよ。君はこれからもっともっと力が上がっていくだろう」
「………………」
エイラは自身の血筋に関する真実を教えられ、力なくその場に座り込んでしまった。
その姿にシャナは少し申し訳なさそうな表情を浮かべるも、俺に視線を戻すと真剣な面持ちで口を開く。
「タイチ君、これからは今まで以上にエイラ君を守ることだ」
「……どういうことだ??」
「我らがもうすぐこの地を離れることは聞いていたな?? 」
「ああ。確かに聞いていたが……」
そうだ! そのことも聞こうと思ってたのにシャナの話に気を取られて忘れてた。
シャナは俺の言葉に小さく頷くと、さらに話を続けていく。
「その理由は最近、他の隠里が魔獣に襲われたという報告を受けているからだ。しかもその襲撃場所は徐々にこちらへ近づいている、ここが襲われるのも時間の問題だろうからな」
シャナはそこで話をやめると、さらに驚きの表情を浮かべているエイラへと視線を向けた。
「エイラ君の里も襲撃されたのではないか??」
「は、はい! その通りです!!! そのせいでお父様たちは……」
「やはりな……。これではっきりした、魔獣、いやそれらを操っている何者かの狙いはエイラ君のようだ」
「そんな!! なんで私が……??」
こいつ、まだ何か知っているな??
ショックを受けるエイラの言葉にシャナは何か口にしようとしたがそれを飲み込んだ。
その口ごもるシャナの姿に、俺はまだ俺達に話していないことがあることに気が付き、彼へと口を開く。
「あんた、まだ知っていることがあるんじゃないか??」
「うむ……。これは話そうか迷ったのだが知らぬ方が後々困るか。いいか? 王家というのは始まりの妖精族(ファースト・エルフ)の力を色濃く受け継いでいる存在だ。彼らは瀕死の者をも復活させる力を持っていたという。もしその力がエイラ君を狙っている奴らの手に渡れば悪用されることは目に見えている。だから……」
「俺にエイラを守ってくれということか」
コクッ。シャナは再び小さく頷いた。
なるほどな、これで何となくだがこれまで疑問だったことが分かった気がする。
恐らく妖精族達を襲っているのはディートゲイルの言っていた黒幕だろう。
そしてどういう経緯かは分からないが生き残っていたエイラの存在に気が付き、手配書という形でエイラを探しているんだ……。
今も行われている襲撃は、エイラが捕まらなかったときの保険みたいなものか。
「タイチ様……」
エイラはこちらを心配そうに見つめている。
それもそうだ、それだけ巨大な存在に追われているんだ。昔の俺なら一時間は吐いているくらいの恐怖だもん。
でも今の俺にはエイラを守れるだけの力がある。まったく、アンデッドが人助けなんて、おかしなことになったもんだな……。
ガシッ! 俺は小さく笑みを浮かべると、隣のエイラの肩を抱き自分の体へと引き寄せる。
その突然の出来事に、エイラの顔はみるみる赤く染まっていった。
「タ、タ、タ、タイチ様!? な、何を…………!!」
「フッ、シャナさんよ? 忘れてるかもしれないが俺はアンデッドだぞ? 俺はただ俺の物を奪おうとする奴らは許さない。それが誰だろうとな!」
「お、お、お、俺の物?!?! 私がタイチ様の物・・・、ムギュゥゥ」
うわぁぁぁぁぁ!! 恥ずかしい!! こんな臭い台詞吐く奴なんて他にいないだろな……。
って、あれ? エイラの意識がない!!!
エイラは俺に言われた「俺の物」という言葉で恥ずかしさが頂点に達し、気を失ってしまった。
俺も似合わない言葉を口にしたことに、死人でなければ顔が真っ赤に染まっていたことだろう。
そんな2人を見つめていたシャナは少しの間を置き、大きく笑い声を上げる。
「ハハハハハッ!! そ、そうであったな!! これは失礼をしたアンデッド殿」
「あ、ああ。分かってくれればいいんだ。てかおい! エイラ、いつまで寝てるんだよ??」
「ムギュゥゥ…………」
「だめだ、完全に気を失ってる……。」
俺は自分の胸の中で顔を真っ赤に染め気を失っているエイラを何度もゆすり起こそうとするが、エイラはそれでも目が覚めない。
シャナは、そんな光景に先ほどまでの心配事が嘘のように胸の中から晴れていくのを感じていた。
フッ、人助けをするアンデッドか。タイチ君、君は本当に興味深い存在だな。
だがエイラ君を狙う者達の手は次々と君達に伸びてくるだろう。もしかするとこの世界そのものがひっくり返るほどの風が吹き荒れるかもしれない。
…………いや、タイチ君には無用の心配かも知れないな。
君ならどんな壁も簡単に突き崩してしまう、そんな予感がするよ。
その行く末を見れるなら、もう少し長生きするのも悪くない、か……。
「楽しみにしているよ、タイチ君」
シャナはそう呟くと、未だエイラを起こそうと頑張っている俺に笑みを浮かべ、天に輝く2つの月に視線を向けるのだった。




