12 騙される訳にはいきません!
─ギュースト市中央 領主館─
俺達と別れたディートゲイルは領主館内の最上階にある自身の執務室へと戻ってくると、大きく息を吐きながら部屋の中央に置かれているソファーへと腰かけた。
しかし、ようやく安心して体を休めることが出来たディートゲイルの側に、共に執務室へと入ってきた60代程の口髭を蓄えている男性が近寄り、目の前の机の上に手に持っていたいくつもの書類を置くとディートゲイルに話しかけるのだった。
「ディートゲイル様。全くあなたはこの数日間どれだけ私共を心配させたと思っているのですか……。溜まっている政務もきっちりとして頂きますからな!」
「そう怒るなフレーゲル。私もまさか身内から裏切るものがいるとは思わなかったのだ……。これからは自重致すゆえ、許せ」
はぁ……。フレーゲルは笑みを浮かべながら答えるディートゲイルに小さく息を吐き、かけている眼鏡を少し上に上げる。
そのいつもの姿にディートゲイルは再び笑みを浮かべるも、背もたれから体を浮かし腕をを組み考え込んだ。
しかし私が思っているよりもあの盗賊団は規模が大きいのかもしれん……。
我が兵の中にも団員が潜伏していたくらいだ。
その姿に、フレーゲルはディートゲイルが何を考えているのか察し、机の上に置いた書類の中から一つの報告書をディートゲイルの目の前に差し出した。
「ディートゲイル様。その盗賊団の事ですが、裏で手を引いている者をかなり絞り込むことが出来ております。ですが、今後は勝手にご自身だけで盗賊団の拠点の偵察に赴くようなことはなさらないでくださいよ? あなたは今やこのギュースト市を任せられている身。以前の様な身分ではないのですから何かあったら……」
「ハハハハハッ! いや、お前の申す通りだ。すまなかったな、フレーゲル」
ディートゲイルは、自分の言葉で小さく頭を下げるフレーゲルの姿に心配をかけた事に罪悪感を覚えつつ、目の前に差し出された書類を手に取り目を通していく。
(蒼龍の団に関する報告書)
なるほど……、流石はフレーゲルだ。文句を言いつつも仕事は完璧。
盗賊団の拠点や、行動パターンの解析による次の出現場所の予測……、しかし極めつけは……。
パラッ……。 ディートゲイルは、フレーゲルの作成した報告書の内容に満足するが、次のページに記載されている内容に驚愕する。
「なっ……! これは誠か??」
「はい、ディートゲイル様。まだ特定はできていませんが、そこに書かれている3人の内、誰かが盗賊団を裏で操っていると断言できます」
バカな……! ブルトバ候にミリュリーネ第三王女、それにキリル将軍だと??
どれも王国の重要人物ではないか……。誰が裏で糸を引いていたとしても、このことが知られれば王国に大きな混乱が起こるのは必然。
急ぎ陛下にお知らせしなければ……!!
「フレーゲル! 急ぎ陛下に魔通信でこのことを……」
しかしディートゲイルの言葉を受けたフレーゲルは、首を縦には振らなかった。
「それは出来ません。陛下の周りにもこの3名の息のかかった者達が大勢おります。魔通信でとなると情報が洩れる可能性が高い……。そうなれば今後表立った行動を取らなくなるかもしれません。ここは直接お知らせした方がよろしいかと……」
なるほど、フレーゲルの申すことが正しいな……。
相手が大物なだけにここは慎重に事を運ぶべきだろう。
幸運なことに一月後、領主会議があるため王都に出向くことになる。その時に陛下にこのことを申すべきか……。
バサッ……。ディーやトゲイルはしばらく考えた後、大きく息を吐くと手に持つ報告書を机の上に投げソファーの背もたれに体重をかけた。
「……ではフレーゲル。このことは最低限の者だけと情報を共有し、外に漏れることは無いようにしてくれ」
「承知しております。一月後、王都へ赴く際に陛下へお渡しする報告書を急ぎ作成致します」
「ああ、すまんがよろしく頼むぞ」
ディートゲイルの言葉でフレーゲルは手元の紙に何かを書き込むと、それを紛失しないよう空間魔法を発動させその中に収納した。
そして、それまでの険しい表情を緩ませディートゲイルへと再び口を開いた。
「それにしてもディートゲイル様。今回は良いお知り合いが出来たそうですな?」
「ん?? ああ、タイチ殿の事か!! 確かに怪我の功名と言うのか、あそこでタイチ殿と知り合えたのは幸運であった!」
「ディートゲイル様が幸運だと思うのは、他の娘2人の事では??」
「ハハハハハハッ!! いや、あの者達は確かに美しいが、2人ともタイチ殿に惚れておるようだからな。私の出る幕はないよ」
「それは残念でしたな!!」
ハハハハハッ。 小さ息を吐きながら残念そうに答えるディートゲイルの姿に、フレーゲルはその日初めて笑みを浮かべる。
タイチ殿は確かに素晴らしい力の持ち主だ……。
私を回復させたあの回復薬もかなり高位な物だったはず。あの力を味方に出来れば心強いだろう。
しかし、それよりあの者にはまだ何か秘密がある気がする……。
ディートゲイルはしばらく考えた後、再びフレーゲルに視線を向けた。
「フレーゲルよ。部下の中から隠密に長ける者を選びタイチ殿達を見張らせてくれるか?」
「……よろしいのですか?」
「なに、別に何か疑っているという訳ではないのだ。ただ、タイチ殿にはまだ何かある様な気がするのだ……」
「……承知いたしました。では、早速そのように取り計らいたいと思います」
「……頼む」
フレーゲルはディートゲイルに頭を下げると、ゆっくりと執務室を後にしていく。
その後フレーゲルが出ていき執務室で1人になったディートゲイルは、ソファーから立ち上がり部屋の奥にある窓の前へと移動すると、しばらくの間そこから見える街の姿を見つめるのだった。
俺達がギュースト市に到着した翌日。
俺とルルミアの姿は、ギュースト市で最も大きな商人の店の中にあった。2人はギュースト市へと向かう道中に手に入れた大蜥蜴の鱗を換金するため、中央宿の店主に教えてもらったこのミリアル商会へと赴いている。
エイラとルナはというと、中央宿の娘 ミミに街の中を案内してもらっているためこの場にはいない。
しかし、でかい店だな。並んでいる商品もどれも高価な物ばかりだ……。
首飾り1つで金貨1枚って、ぼったくりじゃないのか??
でもこれだけの大蜥蜴の鱗を買い取ってくれるのはここくらいだって親父も言ってたからなぁ~。
俺が店の奥にあるソファーに腰かけながら周りに見える数々の商品を見つめていると、右隣にあった扉が開き、その中から宝石がはめ込まれた装飾品に身を包むどっぷりと太った男が現れ、俺の目の前に置かれているもう一つのソファーへと腰かけた。
「いやぁー、お待たせして申し訳ない! それで今回はどのようなご用件ですかな?? おっと、申し遅れました。私このミリアル商会の会長をしております、ロンロンと申しますです、はい」
彼がロンロン・ミリアルか……。親父の話では王国内でも有数の商人だとか。
そのくせ、ギュースト市のような辺境地に居を構える変わり者だとも言っていたな。
俺は目の前で流れる汗を拭いながら笑みを浮かべるロンロンをしばらく観察した後、足元に置いていた大蜥蜴の鱗の入った袋を目の前の机の上に置いた。
その衝撃で、机に置かれていたカップから飲み物が少しこぼれるが、ロンロンは全く動じず袋の中身を確認していく。
「ほほー! これは大蜥蜴の鱗ですかな?? しかもかなり良質なものですな、はい」
「数は200枚ほどあります。今回はこれを買い取って頂きたく、今日はこうして伺ったのです」
「ほー、200枚!! それはまた多いですな、はい」
ガシャンッ。 ルルミアは袋の中から自分の拳ほどの大きさの鱗を見つめるロンロンに答えると、自分の足元に置いていたもう1つの袋を俺と同じように机の上に置いた。
流石の量に、ロンロンも少し戸惑いの表情を浮かべたようだったが、それ以上にどこか嬉しそうに感じる。
「そうですな~……。昨今は冒険者の数が多くなったことで、大蜥蜴の鱗は需要も高まっておりまして、これだけの量を仕入れることが出来るのはこちらとしても喜ばしいことなのです! ……では鱗1枚につき銀貨2枚、合計銀貨400枚でいかがでしょうか??」
おぉぉ!! 銀貨400枚!!!
それだけあればエイラとルルミアがいても、当分生活に困ることはないだろう。
……ん?? ルルミアの表情がおかしい気が……。
ロンロンの言葉に満足した表情を浮かべる俺とは反対に、その隣に座るルルミアの表情は険しいままだった。
そして、ルルミアは勢いよく目の前の机に手を置くと、体を前のめりにしロンロンへと詰め寄るのだった。
「ロンロン殿! この方はギュースト市の領主であるディートゲイル・バ―ナー卿の命の恩人。あまり下手なことを言えばこの街での立場が悪くなるかもしれませんよ??」
「バーナー卿の恩人……」
ルルミアの言葉に、先ほどまでとは打って変わってロンロンの表情はどんどん険しくなっていく。
どうやら、俺は危うく騙されるところだったらしい。
ルミリアの剣幕にロンロンはしばらく考えた後、噴き出す汗を拭うこともせず再び笑みを作り俺達に口を開いた。
「で、では1枚につき銀貨5枚! 合計で銀貨1000枚でいかがでしょうか、はい!!」
銀貨1000枚?! この野郎、半分以下で買い取ろうとしてたのか!!
「……分かりました、それならいいでしょう。では契約書をお願いします」
「は、はい!! すぐにでも!!!」
ルルミアが笑みを浮かべ、座っていたソファーに再び腰かけるとロンロンは立ち上がり、契約書を取りに入ってきた扉からその場を後にしていった。
その姿にルルミアは満足げな表情を浮かべている。
「あの、ルルミアさん? どうしてあいつが嘘の買値を言っていると分かったんですか??」
「フフフッ……。 私は幼い頃から村長に連れられこの街へ交易に来てましたからね。ある程度の商品の売値、買値は頭に入ってます! ロンロン会長は、恐らく私達が冒険者と思って嘘の買値を提示したんでしょうが、私の目はごまかされませんよ!!」
な、なるほどな……。
これはルミリアがいなければまんまと騙されていたなこりゃ。
この世界で生きていくなら、こういった交渉術も学ばないといけないということか。
ふぅ……。俺は隣で笑みを浮かべるルルミアの意外な一面に、また驚かされたのだった。
評価とブックマークをして頂けると嬉しいです!!!




