不得要領
夢か幻 まやかしなのか。うつつに見ては目を擦り、揺れる湯に膝まずいては覗きこんだ。
「これは いったい」
唇を噛んでは首を傾け、額に皺を寄せては見たこともない思いに息を飲んだ。
捻る頭に白昼夢だと考えるのならば、それはそれでと納得するが、予期せぬ出来事に足元をすくわれては頷くこともできるわけがない。かといって、見るもの全てに槍を射して調べるほど小心翼々な個性など知るよしもない。
ならば何故に慄いた
予期せぬ事に理解が追い付かなかったのか、思考をする時間が足りなかったのか。手にする大抵の事ならば怯むとしても前を向ける。しかし前を向いても対峙の内に居るのならばうずくまっては膝を抱えてしまうのである。
力及ばず理解に足りぬ、人とは違う何かを感じたならば、人ではない何かであるということになる。
その内は
見聞きした全ての情報を棚から引きずり出しては片っ端から読み漁る。これかこれかと書物 絵物に口伝 記伝。至る全てを引きずりだす。しかし何処にも見て採れぬ。ならばこれかと、奇術モノノ怪八百万の。洗いざらいザルに掛けてはふるい落とす。それでも何も出てこなければ、それはそれとて受け入れるしか宛はない。しかしそれは腑に落ちないまま懐にしまうようなものであり、いずれはまた、目の前に出ては訪ねてくる。
あれは何だ
意図も解らぬ威圧の言葉に、幻もうつつを抜かすというもの。一度つまづく石でさえ次第に大きな岩となってしまうのである。
瓢箪の蛇から目を離し脱衣部屋まで体を引きずるように歩いた。意味付けできぬモノに思考と感情が私の中で言い合いを始める。
名といえば、聞くより先に自名を言うのが礼儀というもの。されどあやつは名を言うてない。ならば言う必要はなかったのではないか。いやいや、名を言うことさえも出来なかったという事実を追いやっては何も意味がない。ならばなぜ名を聞いてきたのか。互いに紐解こうと縛る紐を引っ張るも余計絡んでは固く結ばれていく。
脱衣部屋に腰をついては体を拭い、籠から服を取っては体を包む。
「あれは 蛇なのか」
服を着替え今一度瓢箪の方に目を向ける。微かに見える山の雲に目を向けては籠に置く風呂敷を掴み納得出来ぬ思いにその場を離れた。
使用中の掛け軸が蛇の彫り絵に飲み込まれ、出の口へと足を向かわす。
蛇の門に頭を下げては、疑問を抱いて風呂敷を背に投げ背負った。
固く結ばれた風呂敷から一つ何かがこぼれ落ちた。
「さてさて どうしたものか」
蛇を背に廻廊の壁を目にしては出の口を探す。行きに見た廻廊とは何も変わらず光沢を魅せては繋がっている。
一度上を向いては肩で息をはき、無理矢理閉じ込めては前を向く。
こっち
目の前の廻廊の壁に一枚の紙が貼ってある。来たときに無かった紙が貼ってある。
「はて 」
見落としていたのか、見ていなかったのか。
初めて見る場において、緊張と不安が手を組み落とし穴を作っているのである。それゆえに培った経験による思考が、感情に話しかけていく。
行くのか
誰に何を言われようとも目の先にある事柄に集中してきた私としては、度々出てくる感情に些か嫌味を持って対応することもある。その意見は何を見てる。そう問いかけては何も言えなく部屋の扉を閉めさせる。
感情は時として信を伝えにやってはくるが、思考の論理に押さえ込まれる。思考の答えに不服をしても理論に論理で返されては見も蓋もない。しかし答えのないモノに対しては思考も止まる。けれど、思考に閉じ込められた感情は我の出番だと出てくるほど幼稚ではない。
仲違いした二つを同じ席に着かせるのはなかなか難しいものである。されど、別に席を取ったとしても互いを見てはせせら笑うのである。ならば二つを繋げるにはどうしたものか。それは内に座る一つに助けを借りる。
意識
思考と似て非なるものであり、感情とかけ離れているわけでもない。双方二つから見れば内に見えるものであり、前を歩くものでもある。
「ならば こっちに」
廻廊の壁に貼られた紙を見ては ふむと声を漏らし、光輝く廻廊を前に進んでいく。
背に持つ風呂敷を何回も上へと持ち上げては、こっち という出の口に歩を進める。
「ほうほう ここか」
歩く足を止めては高くそびえる扉を目にした。赤く染まる扉にはなんとも言いがたい絵がかかれている。
一つ心を落ち着かせては扉を奥へと開いていく。




