籠絡
湯舟に浸かり目を閉じては首を一回二回と捻り回し、はく吐息にあー うーと声をつけては肩に沸き立つ湯をかける。
人知れぬ湯に浸かっては巡る思考も席を外す。何時いかなる時も感情が思考を越えることはない。したがって損な性格をしていると自他共に認める類いではあるが、これが性分なのである。些か嫌になる時もあるが、連れて歩いてきた手前今さら手を離すわけにはいかないのである。
お前は 誰だ
度々聞こえてくる言葉に首を傾げては聞こえない振りをする。湯の流れる音なのか、湿気で軋む音なのか。聞こえてくるが聞こえてない振りをする。ここで返事を返したなら、ゆっくり浸かる気分を害してしまうと私の中の私が叫ぶ。何をもって叫ぶのかは知るよしもないが、思考が席を外しているのなら致し方のないことである。
「ふー ここの湯は面白い 何処の誰とは聞かないが、これはこれは面白い」
聞こえてない振りをしながら、聞こえてくる声に話しかける。
声として話をかけてくるならば、私の声も聞こえるはずだと返す刀で盾を突く。これで返してこなければ、私の耳も弱くなったものだと荷物を入れ直せるというもの。もし返してくるとするならば、それはそれはとお茶を差し出し、膝をつけて席を囲むであろう。
カコンカコンと外から内から聞こえてきては、流れる湯の音にかき消される。
瓢箪の形の湯に入り、纏わる湿気に風が踊る。身も心も癒されては、思考も席に戻ってくる。
「さてはて なんの仕業だったのか」
聞こえてきた声もいつしか聞こえなくなり、疑問に頭を掻いては腑に落ちないことに胸を静める。
身も心も温まったところで瓢箪から足をあげ、良い湯でありましたと、声に出しては左足から湯舟をあがる。
体に滴る湯を拭うように払っては、ゆっくり脱衣部屋まで歩みを進める。
瓢箪の湯は一瞬にして無くなり、連なる蛇の曇が姿を表す。
お前は誰だ
歩を進める体に悪寒を感じては、勢いよく振り向いた。
。。。。。
瓢箪の湯はちゃぷちゃぷと揺れ動き、連なる雲も成りを変え、山の形を表した。
「いったい どうしたもんか」
聞く声に振り向いて何も変わらない景色に口を尖らす。
些か不思議にその場で立ち尽くすも、声は聞こえてこない。体を反転させては振り向いて、何度かその場で同じ動きを繰り返した。
声は聞こえるが姿が見えず。幻聴なのか幻覚なのか。ここの自分は幻なのか。思考も湯に浸かっては幾分疲れが取れたのか。今にもまして巡る早さが何時もと違うのである。
「何処のどなたか存ぜませんが、ちょいと失礼ではありませんか?」
思考に乗って感情までもが走り出す。見えぬモノに敵意を魅せては元も子もないが、些か待つこともできずに切歯扼腕する思いが先走る。
束の間の時をその場で立ち尽くし、見えぬ姿に部屋を見つめる。
温まった体も冷めはじめ、これではなんとも と今一度湯を浴びに瓢箪まで歩を進める。
「ちょいと貰うよ」
声をかけては手で湯を掬い、体に当てては繰り返す。
湯をかける場所から温まり、体にかけては全身が赤く染まる。ポカポカと内から外から湯気が湧き出る。
「やれやれ」
湯をかけては声にだし、揺れる水面に目を写す。
お前は誰だ
水面に姿を表して、見ては後ろに倒れこむ。尻餅をついては外に見える曇を目に、山に連なる蛇はそこには居ない。手をつける瓢箪の中に蛇が現る。
「お、、おま、、お前さんは誰様か」
蛇の姿に肝を冷やし、腰をついては声をかけた。
お前は誰だ
水面に映る蛇は、言葉同じに声を出す。
「わ、私は、、、」
蛇の声に臆するも名前を伝える声が出ない。何も声を出すだけなら幾らでも出せる。けれど予期せぬ出来事に遭遇したのなら、思考も止まるというもの。どちらが上かと立場を見ても、それは何も意味せぬことである。
「私は、、、、」
蛇に名を伝えようと口にするも、水面に映る姿は消えた。赤く染まった体も我に返り、いつもの肌へと戻っていく。
一瞬の出来事に対処もできず、ただただ、口を開けては茫然と揺れる水面を見つめていた。




